流星のロックマン STARDUST BEGINS
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精神の奥底
44 赤き断罪者
前書き
またもや1ヶ月近く経ってからの更新です。
遅くて本当にスミマセンm(__)m
前回の急展開から一転、今まであまり目立っていなかったあの人が活躍?します(笑)
ぜひ最後までお付き合い下さい。
「聞こえなかったか!?この脳筋共!!この野郎の頭吹っ飛ばされたくなかったらアカツキから離れろ!!」
マヤはベレッタを木場の頭に向けながら叫ぶ。
上官の命が掛かっている以上、マヤが子供で体格差があり簡単に御せると言っても、シドウを取り囲む部下たちは一時的にマヤの言うことに従うしかない。
「おい!マヤ!!銃を下げろ!!お前まで拘束されちまうぞ!!」
「フン!!今更下げてもブチ込まれるのは変わらんぞ!!」
「テメェは黙ってろ!!このクソ無能!!」
「ヒィィ!!」
マヤの剣幕は人質の木場や隊員たちすらも圧倒していた。
隊員たちならマヤをいつでも取り押さえられる、だがそれが一瞬恐ろしくてできなくなってしまう程に。
だが同時にリサやシドウの心も動かしていた。
本来なら今、マヤの立場になっているはずのリサはもし自分がやっていたらと思うと恐ろしくて頭の中が真っ白になってしまう。
「ッ…!すまない…」
どっちにしろマヤがこうしなければ、シドウは拘束され、事件は間違った形で終結する。
WAXAの指揮系統が正常に機能していない今、シドウがいなければ事件を解決することがまず不可能、だとすればシドウが逃げて独自にValkyrieを追うしかない。
シドウならともかくマヤが1人でできることではない。
ここでリサかマヤ、笹塚の誰かが自らを犠牲にしてシドウを救うというのがこの状況では限られた合理的な手段だった。
だからそれに同タイミングで気づいた唯一の肉親の姉であり、自分よりも優秀で僅かでも事件を解決できる可能性の大きいリサの代わりに率先して自らが犠牲になることにしたのだ。
そしてシドウはその犠牲を無駄にしないという選択肢を選んだ。
「ハッ!!」
「!?グェ…」
次の瞬間、シドウはハヤブサのような速さと動きで目の前の隊員の腹部に強烈な一撃を加えた。
だがシドウがずば抜けているとはいえ、他の隊員たちもプロだ。
初撃にはついていけなかったが、すぐさま順応してシドウを取り押さえるべく動く。
「大人しくろぉ!!」
「ッ!?やなこったぁぁ!!」
「うッ!?」
後ろから羽交い締めにされたシドウは後頭部で隊員の顔面に頭突きを加え、すかさず背負投で目の前にいた隊員を押しつぶす。
その光景は周囲で見ていた誰もが恐ろしくて一歩も動けない程の衝撃だった。
シドウも自体が既に平均的な日本人に比べて長身だが、それを遥かに超える大柄な体格の隊員が紙のように宙を舞い、地面に叩きつけられたのだ。
その際の衝撃が床から足を伝ってその場にいる人間の背筋を凍らせ、音が心臓を刺激する。
ヨイリーを取り押さえていた隊員もすぐさまシドウの方へ向かうが、シドウの方が一歩早かった。
シドウはドアを開けると廊下へ飛び出した。
「追え!!追えェェ!!!」
木場が叫ぶ。
すると2人の隊員を残して全員がシドウの追跡に走った。
マヤの勇姿が何とかシドウの危機を救い、逃すことに成功したのだ。
だがその瞬間、隙が生まれる。
「ッ!うぅ!!」
残った隊員の1人がマヤを取り押さえ、ベレッタをはたき落とす。
「このクソガキ!!」
「キャァァ!!」
「大人をナメると痛え目見るって、親に教えてもらわなかったのか!?アァ!?」
「クッ!」
「あぁ!そうだった!!お前にはその親がいないんだったなぁぁ!!」
「キャァ!!」
木場は自由の身になった途端に態度を豹変させ、マヤを合計で3発殴った。
子供相手であるとは想像もつかない程の剣幕でその口調は学生の不良崩れそのものだ。
マヤの頬は赤く腫れ、口の中を切ってしまい血が垂れている。
「おい!!連れて行け!!」
さすがにマヤも自分まで逃げ切ろうというエゴは無かったが、ここまで予想どおりだと痛みを忘れて笑い出しそうだった。
マヤとヨイリーは木場の指示で研究室から留置所へと連れられていく。
「マヤ…」
「…言わないでよ、姉ちゃん…どうせ考えてること一緒だから」
研究室から出る直前、目が合った2人は一瞬だけ言葉を交わした。
本来なら2人の立場は今頃逆だったのだ。
姉として妹には迷惑をかけまいと思い続けていたにも関わらず、まさか自分のやろうとしていることを読まれるとは完全に予想外だった。
リサは脱力して、その場に崩れた。
「…フン!」
木場はできるならリサも笹塚も共に留置所送りにしたいところだったが、悔しいことにこじつけにしても理由が見つからなかった。
熱斗の時は自分たちが依頼したとはいえ学校内のシステムにクラッキングしたという事実があり、シドウの場合は作戦行動中に指示に背いたという事実があった。
機密情報を見ようとしたものの本来、それは存在しないものとして扱われているもの、それを見ようとしたと言っても逆に秘密を漏洩することに繋がりかねない。
いくら木場が無能だろうと保身に関しては常人を遥かに上回る才能を持っている。
それに銃を持ってきたのはリサだが、それを奪ってマヤが銃を向けたという様子を認知していなかった。
木場の頭の中ではマヤが銃を持ってきて、それをマヤ自身が銃を向けたという認識だったのだ。
子供に銃で脅されて腹立たしそうな顔をして木場は研究室から出て行く。
「…リサ…さん?大丈夫っすか?」
「……私のせいで…マヤが…」
「すいませんでした…オレ、何もできなくて…」
笹塚は自分の無力さを呪う。
自分よりも10年近く若く幼い少女があれだけの勇気を見せたというのに自分は足が竦んで眺めていることしかできなかったのだ。
悔しくて悔しくて痕が残るくらいに唇を強く噛んだ。
顔は既に半分泣きそうだ。
だが次の瞬間、流れかけた涙が一気に引っ込んだ。
『ピッピッ…リサ!笹塚!手を貸してくれ!!』
「!?」
リサと笹塚の耳に入った通信機に交信が入ったのだ。
声の主は間違いなくシドウだ。
息切れのようなノイズと後ろから停止を呼びかける隊員たちの怒号が混じっている。
その声だけで状況が目に見えるくらい鮮明に想像できた。
「今何処にいるんすか!?無事ですか!?」
『それが分からないからサポートして欲しいんだ!!』
「どういう意味っすか!?」
『ナビゲートしろ!407実験室という表札が見える!!』
シドウは日常的に研究棟とは無縁の人間だった。
入ってからヨイリーの研究室まで行くくらいのルートしか知らないのだ。
笹塚は先程までの失敗が頭から離れなかったが、それを振り切るように反射的に体が動いた。
「待って下さい…!407実験室っていうのは4階の7番実験室、つまり4階です!そのまま階段を下って!!」
テーブルの上に乗ったリサのノートPCの前のイスに飛び乗る。
何もできなかった自分にできること、それはシドウをサポートすることだけだった。
リサのPCのコンソールには先程、WAXAの防犯システムに侵入した時の手順が残されている。
それ手順かツールを使えば、笹塚のようにクラッキングの技術に関してそこまで詳しくない分析官でも容易に再侵入できるが可能だった。
lisa@lisa-mobile:~$ history
笹塚は一瞬だけリサの方を見る。
「……」
「…ッ!」
操り糸を切られたマリオネットのように崩れたままのリサを見て、笹塚は一度深呼吸をして作業に戻る。
リサがこんな状態になったのは自分が無力だったから、そう思い込めば思い込む程に襲い掛かってくるプレッシャーが自分でも信じられないくらい高速で作業を進めさせる。
lisa@lisa-mobile:~$ ./tools/step-attack4.pl 144.33.19.41 -p 9211 -l /logs/waxa/system.lg
Ok.
#Setting Phase
[+]Setting springboard server 144.33.93.11 …
[+]Connecting to 144.33.93.11…
Complete.
#Attacking Phase
[+]Attacking target 144.33.19.4…
[ ! ] Connection successful!!
[ ! ] Uploading console /usr/bin …
# find -iname “*ctrl*”
./root/security/system/text_ctrl
./root/security/system/gui_ctrl
^C
# ./root/security/gui_ctrl
Starting GUI console…
CUIによるテキストベースの端末コンソールからGUIによる視覚的なコンソールを呼び出す。
CUIでは見えない景色がそこにはある。
防犯カメラ映像やシステムの状態が一目瞭然だ。
笹塚は急いで階段付近の映像に切り替える。
「いた!」
最新鋭の設備が導入されたWAXAの防犯システムであれば、ドアのロックやエレベーターの操作などを統括することができる。
防犯カメラも微細な相違を識別する顔認証の機能にも適合するレベルの高画質なものが使われており、シドウの顔がはっきりと見える。
本来ならセキュリティは非常に固く外部から侵入することはほぼ不可能なシステムだが、ネットワークの内側ならば多少なりともセキュリティは手薄だ。
その弱点が仇となってしまっていた。
「暁さん、そこが地下一階です。まっすぐ行って1つ目の角を右、次の角を左に」
『了解!追手は!?』
「2名ずつ2階と1階を捜索、今階段で地下に向かっているのは3人です。気をつけて下さい」
笹塚は各階の防犯カメラ映像はウィンドウで同時に表示して並べる。
その映像からするに恐らくシドウの逃げ足が速過ぎたのだろう。
見失ってしまったらしく、隊員たちは数チームに分かれて捜索をしている。
それもそのはずで、シドウは階段をほぼ飛び降りるような速度で下り、廊下を短距離走さながらに走り抜けていった。
前もってシドウが逃げると決め込んでいた以上、急に逃げられて追いかける方は心構えができていなかった人間が遅れを取るのは当然だ。
まして木場の強引過ぎるやり方を見ていれば、相手は抵抗する暇もないと何処か安心していたのだ。
笹塚は防犯コンソールから1階の休憩所のコマンドを呼び出す。
「頼む、ちゃんと引っ掛かってくれよ…」
藁にもすがる思いでEnterキーを叩く。
すると映像中の隊員たちは何かに反応したように移動を始めた。
今、笹塚が操作したのは火災報知機のアラートだ。
この研究室の階までは響いていないが、下の階では鼓膜が破れる程の轟音が響き渡っている。
それは耳を塞ぐ隊員が数名確認できる映像から察することができた。
「よっし!!」
『おい!笹塚!!』
笹塚が思惑通りにいってガッツポーズが決めた瞬間、今度は笹塚の鼓膜が破れそうなくらいのシドウの声が耳の中に響いた。
映像でシドウの場所を地下1階から探し出し、中央のメインウィンドウに出力する。
「なんすか!?あぁ…耳痛ぇ…」
『第一倉庫の前に到着したが、ロックアウトされた状態で中に入れない!」
「!?捜査官証の入った端末と音声認証です!!いつもやってるやつですよ!」
『…ダメだ!!端末も音声も…』
『暁シドウ捜査官 ユーザー認証…エラー 現在当該捜査官のIDは無効となっています』
『捜査官権限ごと凍結されてるらしい!そっちから開けられないか!?』
「ちょっと待ってください…!?」
防犯カメラに向かってシドウは怒り気味の顔でドアの方を指さしている。
笹塚はドアのロックを解除するコマンドを送信する。
だが返ってきたのはパスワード入力画面だ。
この防犯システムコンソールは基本的にWAXAニホン支部の施設管理者向けのものだ。
僅かなサブシステム以外はパスワードなど必要なく建物内の設備を思うがままに動かせるのが通常で、パスワードが必要なものに出くわす方が珍しかった。
「こっちからもパスワードが必要です!!」
『クッソ!この鍵も使えないし…一体何の鍵だ、あのババア!!』
シドウはヨイリーから受け取った電子キーをポケットにしまうと、ドアを開けるべくドアを殴りつけ始めた。
シドウは内心、他の出入口を探して逃げた方がいいと思い始めていた。
だがヨイリーが指示したからにはここに来れば、出入口を探して逃げるよりも効果的な手段のは間違いない。
あと10秒、あと10秒だけ待って開かなければ、他の出入口を探す。
そう決めると笹塚がロックを解除してくれることを祈った。
lisa@lisa-mobile:~$ scp -p 9211 /tools/analysis/bf-4.rb root@144.33.19.41:/root/b.rb
root@144.33.19.41’s password:
「ダメだ…間に合わない…」
笹塚は暗号解読ツールと思われるものを転送しようとする。
だがパスワードに関して何の手がかりも無い状態ではブルートフォース、すなわち総当りで探すしかない。
確実な方法ではあるが、侵入が見つかる可能性が高くなるというリスクがついてくる。
そして何より時間が掛かる。
パスワードが長ければ数日かかるということも珍しくない。
セキュリティホールも探している余裕はない。
『クソ…来やがった』
シドウの視界には自分の姿を発見してこちらに向かってくる隊員数名が映っている。
もう時間はない。
笹塚は悔しいが諦めかけていた。
だがここで諦めれば、シドウが捕まる。
WAXAは間違いなく権力を傘にきた組織へと変貌してしまう。
更にはスターダストに蝕まれている1人の少年の命が消えてしまうかもれない。
諦めたくても諦められなかった。
「V、P、Shift+6、K、2、L…」
「え?」
そしてその熱意に応えるように何処からか救いの手が差し伸べられる。
笹塚は思わず手を止めた。
救いの女神は遠い空の上でもなく、すぐ目の前にいたのだ。
「第一倉庫のパスワードはV、P、Shift+6、K、2、Lです!早く!!」
「あっ、はい!!」
声の主は数秒前まで床に崩れていたリサだった。
この防犯システムを普段から庭のように歩きまわるリサならば、当然、日常的に読書感覚でパスワードは目にしているだろう。
笹塚は全ての解析作業を中断させると、反射的にキーボードを叩き、パスワードを入力してEnterキーを叩く。
するとそのロックは「Authentication complete」の表示と共に呆気無く解除された。
「暁さん!!」
『サンキュー!!2人共!!』
シドウは開いた倉庫にすぐさま入ると、再びロックを掛け、すぐそこにあった書棚をドアの前に倒して即席で侵入者を阻む体勢を構築する。
これでしばらくは追手が入ってくることはない。
だが余裕をかましてもいられない。
「ッ…ハァ…ハァ」
急に全身に疲れを覚え、その場に崩れた。
スターダストに蝕まれる彩斗の身を案じていた自分だったが、自分自身が予想を遥かに上回る程にアシッド・エースに蝕まれていたのだった。
だが最初の頃に比べれば大したことはない。
一度、深呼吸をすると立ち上がり、トランサーを開く。
「アシッド、来い」
『ハイ』
戦闘の後に研究室でメンテナンスを受けていたアシッドを呼び出す。
木場はアシッドのことを電波変換の為の道具だと思っていたのだろう、完全に見逃していた。
仮に捕らえられていたとしても、アシッドならば容易に抜け出してくると確信していたが。
「事情があってWAXAから追われる身となった。すまない」
『状況は大体計算済みです。ご心配なく。無実の疑いを掛けられてしまい、捜査を続行するにはWAXAを裏切らなくてはならなかったのでしょう?』
「あぁ…とりあえず、木場の奴の悪事が明るみになるまで、事件解決後も逃亡を続けなくてはならないだろう」
『本来ならば私はWAXAに残らなくてはならない立場なのですが…』
「…あぁ、それはお前が判断することだ。どうだこうだ言うつもりはない」
アシッドは少し悩んでいた。
当然ながら追われているのはシドウだけ、アシッドには拘束される理由は無い。
それにアシッドにはWAXAの為、そして国の為に機能するようプログラムされている。
だがベースは組まれた感情でも、あらゆる情報を得ながら自己進化していくプログラムもまた健在だ。
アシッドは自分で物事を考え、判断する。
それによって導かれた結論、すなわち自分が選んだ道に進むのだ。
『私は…シドウに着いていきます』
「別にオレに気を使う必要はないぜ?」
『いいえ。これは私の明確な意志です。結果論としてはWAXAへの反逆行為となるでしょう。しかし今のWAXAはまともに動かない。その状況ではシドウ、あなた1人だけでも正しい行動をとらなければ多くの犠牲が出ます。多くの人命が失われていくかもしれないのに何もできないならば…私には存在意義がありません』
「……」
『それにあなたの命も…私と電波変換を続けることは確かにあなたの寿命を縮めることになりかねません。だがもし電波変換せずに立ち向かえば、いくらあなたでも一瞬で命を失ってしまう。私と電波変換すれば、寿命を縮めても今は生きられる。私が守らねばならないのは市民の命だけではありません。あなたの命も…例外ではありません』
「…ありがとう」
アシッドは初めて自分の意志で決断を下した。
今までは正しい命令を与えられ続け、考える必要も無く、それに従うだけの操り人形に過ぎなかった。
シドウも何処かアシッドにロボットのような冷たさを抱いていた部分があった。
電磁波という目に見えない不確かな肉体に吹き込まれた命、そしてプログラムされた感情で構成された生きたロボット。
命令をこなすだけの機械。
だが今は違った。
アシッドは今のWAXAのやっていることは間違っていると判断した上、自分がWAXAを裏切ることに抵抗を抱きつつも、正しいと判断したことに自信を持って行動する
1つの意思を持った命として存在している。
シドウは顔には出さないが嬉しかった。
『では、行きましょう』
「行く?何処へ?」
『?ここへ来たのはドクターの指示でしょう?』
「あぁ。ここに行けと。これを渡してな」
シドウはポケットからヨイリーが投げ渡してきた電子キーを見せる。
アシッドはそれを見ると自分の仮説が当たっていることを確信し、壁の方へ向かう。
『ここにはドクターやその関係者たちが我々の新しい装備として極秘裏に開発した機動ビークルが隠されているのです』
「機動ビークル?まさか…」
『そうです。先程、スターダストが使用したのと同じく、妨害電波内でも使用できる高速移動用ビークル。サテライト・チェイサーのように一般捜査員の為に作られたものではなく、常人を遥かに越えたアシッド・エースの為に作られた最新型です』
「…そんなものが作られてたなんて…言ってくれれば良かったのに」
『御覧ください。HONDA・VFR1200F、またの名を…『エース・パニッシャー』…』
シドウの目の前が一瞬で明るくなった。
そして次の瞬間、その美しいフォルムに心を奪われる。
「…わぉ」
そこには1台の1台の鉄馬がシドウ=アシッド・エースが訪れる瞬間を待っていた。
白のボディに真紅のラインが象徴的なスポーツツアラースタイルマシン。
『HONDA・VFR1200F』をベースにフロント部はアシッド・エースのフェイスを模した鷹のように鋭い外見となっており、確かにアシッド・エースの為に作られたのだと伺い知ることができ、その象徴的な1236cc水冷OHC4バルブの76°V4エンジンを技術者が改良を加えた強化型エンジンと水冷4ストロークのイオンエンジンを搭載し、出力はベース車の原型を留めていないと言っていい程のスペックを誇る。
それにより最高速度は390km/hを実現し、片持ち式スイングアームによるシャフトドライブシステム、驚異的なスペックに見合った強化型コンバインドABSシステムにスター・イリュージョンと同様にウェーブロードとの接触が可能なタイヤ『W.R.T』を搭載しているなど一般車を遙かに上回る高い走行性能を発揮できる。
また前輪部にはプラズマキャノンと小型ガトリングガン、フロントライトの両脇には3発ずつホーミングミサイル、ウインカー部には予備の弾薬やバッテリーの入ったツールボックスと脱着可能なグレネードランチャーを搭載しており、まさに『パニッシャー』、すなわち断罪者の名を冠するにふさわしい装備を備えている怪物としか言い様がない。
速さを追求して装備を最低限に抑え、軽量化することで『イリュージョン』、幻影と呼ぶにふさわしい走行性能を実現したスター・イリュージョンとは根本となるプロジェクトは同じでも全く方向性は異なるものだった。
『まだソフト面が未完成の部分が僅かに存在しますが、通常のマシンとしての走行には問題ありません。現在の状態でも最高速度は390km/hまで理論上は出せるはずです』
「…できればそこまで出す局面に出会わないことを祈るけどな」
『この奥からWAXAニホン支部本館の地下駐車場に通じる隠し通路があります。そこを経由して脱出しましょう。今、ゲートを開きます』
アシッドは倉庫内のコンソールから奥の隠し通路への扉を開く。
その間にシドウはパニッシャーの近くのテーブルに置かれたヘルメットに手を伸ばす。
SHOEI・J-Cruise PASSE、レッドが象徴的で開閉可能なインナーバイザーを備えており、トランサーに来た通知を知らせるスピーカーが内蔵されていた。
「オレの頭にピッタリか」
『アシッド・エース装着者であるあなたのサイズに合わせられています』
「いつかはオレとお前の手に渡るはずだったものが、ちょっと早く届いたってことか」
23時18分、シドウは時間を確認すると、腕のG-SHOCKを外して放り投げる。
実働部隊にWAXAから支給されていたものだが、発信機がついている可能性を考えてのことだ。
ハンドルを握り、跨るとヨイリーから預かった電子キーで作動させる。
マシンのエンジンは低く静かな音でありながら力強く始動した。
だがシドウは発進しようとした瞬間、あることに気づく。
「あれ?クラッチ…」
『DCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)を搭載しているので、アクセルを開くだけで発進して自動で変速します』
「サテライト・チェイサーと一緒か。オレは今まで通り、クラッチとシフトペダルがいいね。もちろんATモードも用意してくれてもいいけどさ」
『検討します。もし自身でシフトチェンジしたいなら現段階ではMTモードへ切り替えて下さい。左手の人差し指でシフトアップ、親指でシフトダウンが可能です』
「…あっと、ここね。よし…行くぞ」
シドウはシールドを下ろすと、MTモードに切り替え、人差し指でローに入れるとアクセルを開いて発進する。
そしてシドウはすぐにマシンの性能の高さを思い知った。
まだ速度としては20km/hも出ていないが、ハンドルやタンク、シートから伝わってくるマシンのパワーが普通ではない。
恐ろしいものを手に入れてしまったという実感がじわじわと込み上げている。
だが気づいた時には隠し通路を通り過ぎ、見慣れた地下駐車場に着いていた。
「ここは手薄だ」
『油断してもいられません。急ぎましょう』
シドウはアクセルを開き、加速していくと地下駐車場から飛び出すように脱出していた。
正門ではシドウを逃がさないように何人もの捜査官が検問を作っている。
それは既に300メートル離れていても見える程だ。
だが先程までの戦闘で弱っていたシドウならば一瞬で御縄だったが、今はこの大量破壊兵器と言っても間違いではない怪物マシンであるエース・パニッシャーがついている。
いくら数がいようと人間は車に轢かれそうになったら逃げる、すなわち危険を回避しようとする本能があるため、猛スピードで接近すれば自然と道が開くとシドウは確信していた。
シフトアップしてアクセルを開いて更に加速する。
「「うわぁぁぁ!!!」」
シドウは一瞬で検問を突破した。
その光景は武器を直接使用すること無く、その武器と性能だけで相手を震え上がらせて屈服させてしまう強者の様相だった。
間一髪でかわしてその場に倒れ込んだ隊員の視界からエース・パニッシャーは徐々に小さく、赤い星となって小雨が降る夜の暗闇に消えていく。
そんな光景を眺めていることしかできなかった。
「このマシンといい、あの隠し通路といい、逃亡を手助けした博士の首がますます絞まっちまうな」
『そうなる前に事件を解決して、指揮官の誤解を解きましょう』
「誤解も何も、アイツ自身が自分の良いようにしているからこんなことになってるんだって。必要なのは誤解を解くことじゃなく、アイツから指揮権を奪って正常な指揮系統に戻すことだ」
『長官に報告できれば一番楽で確実なのですが、現在アメロッパの本部にいる上、インターネットダウンによるWAXAの国際電話関連サービスが停止、民間の回線なら使えるかもしれませんが、長官の番号や音声などの漏洩のリスクが有ります。現状、連絡をつける手段は...』
「あぁ…オレたちだけでどうにかするしかない」
『これまでの状況を整理すると、全てのカギはデンサンシティにあります』
「間違いないな。何としてでも事件を解決して、マヤと博士、そして無実の光熱斗を救出。そして…スターダストにこいつを渡す」
シドウはポケットにヨイリーから預かったスターダストの修正パッチがあることを確認する。
そして信号を右に曲がる。
『ひとまず今晩は身を隠して休みましょう。あなたの肉体の疲労はあなたの想像を遥かに超えています』
「あと装備を整える必要がある」
『何処か行くアテがあるのですか?』
「あぁ」
シドウはサイドミラーを注視し、追手がまだ来ていないのを確認しながら交差点で今度は左に曲がる。
「オレがまだディーラーにいた頃、架空の名義でいざって時の為に借りてた部屋や倉庫が何ヶ所かある。そこならWAXAでも把握されていないはず」
『確かにWAXAのあなたの内偵データには、そこまでの情報は載っていませんでした。恐らくバレることはないでしょう』
「よし。じゃあ飛ばすぜ」
シドウは今後の方向性がある程度決まると、更に速度を上げた。
後書き
最後までお付き合いいただきありがとうございますm(__)m
笹塚が珍しく活躍しました(笑)
そして終盤で登場した新兵器で脱出に成功、しかし裏切り者となったシドウの今後は...?
ですが残念なことに次回、シドウは出ません(泣)
久々に主人公登場です(笑)
新章になってから主人公以外にスポットが当たることが多くなってきたのですが、退屈せずに付き合っていただけると嬉しいです。
感想、質問、意見等はお気軽に!
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