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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  43 現れたメシア

 
前書き
また半月以上遅れての更新になります。
毎度遅くて、本当にごめんなさいm(__)m

さて今回は前回に引き続き、スターダスト開発秘話からのスタートです。
そして途中、笑える?コントのようなパートと最後にちょっとハードなパートで構成されています。

徐々にドロドロした展開(最初っからドロドロはしていました更に)になっていきます。
前章で最後で華麗に勝利を収めたように見えて負け告白したり、何かと展開も文章も読みづらいかもしれませんが、最後までお付き合いいただけると幸いです。 

 
「システムが装着者に対して求める要件が高過ぎたのよ。シミュレーションの結果、現在の人類には到底適合できるものではなかった。システムは誰が使っても確かにある一定のラインを越えた高い出力を発揮することができる、でもそれは装着者の先天的か後天的に電波変換に適した体質であったり、その人装着者自身の身体・頭脳の能力によって左右される。すなわち力を膨らますための下地が必要なのよ」
「電波変換に適した体質や能力というと?」
「電磁波を使ったマテリアライズ、何かと同調するシンクロ、それによる共感覚、予知、電波や紫外線などが見える特殊な目…現代の科学では100%理論的に説明できない能力、それも電波、電磁波に関する何かしら能力を持った人間は電波変換、というか電波体との適合率が高いことが分かったの。我々はそんな人間たちを『ロキの子』と呼んでいるわ」
「なぜそんなことが分かったんですか?」
「ステーションから見つかった電波体のDNAやアシッド、そしてトラッシュともデータバンクから比較的適合率の高い人間の人間をリストアップすると皆、この手の能力を持っている者ばかりだったのよ。理論的な裏付けはまだだけど、まず間違いないわ」
「じゃあ彼らの中にシステムを使っている人間が?」
「いえ。彼らはその特殊な能力ゆえに研究機関で隔離される生活を送ってる者ばかりよ。一応、可能な限り連絡は取ってみたけど、施設から一歩も出ていないそうよ」
「そんな引き篭もりだらけの連中が電波変換しているとはいえ、ここまで見事に戦えるもんかね?」
「その点に関しては問題無かったでしょう」
「え?」

マヤは少し驚いた表情をしながら、スターダストの監視カメラ映像からヨイリーの方に顔を向けた。

「DNAコンピューターが闘争本能を引き上げる特殊な電気信号・アスラーサブリメイションで装着者の脳に干渉して強制的に闘争本能を引き上げるわ」
「おいおい…そんなのに頭ヤラれたら性格変わっちまうぜ?大丈夫なのかよ、ばあちゃん?」
「これが使いこなせない理由の2つ目よ。脳が順応できない場合、電波変換を解いた後でもこの効果が残留し続ける上、凶暴で攻撃的になり、精神がどんどん破壊されていく…最悪の場合、廃人同然になってしまうわ」

ここまで聞くだけでも、この場にいるシドウを含めた、いわゆる「普通の人間」では使えない。
その上、更に条件があるとすれば、人数は限りなく絞られる。
だがシドウやマヤの勘ではそこまで分かっていても、ヨイリー自身が状況を飲み込めていない。
ヨイリーの口調もヨイリー自身の疑問と重なり始めているからだろうか、最初に比べて言葉に詰まるようになってきた。

「そして最後の理由はアシッド・エース同様、装着者に多大な負担を掛ける。システムが自らを一番運用しやすい状態に装着者の肉体を変えていく。全身を切り刻まれて弄り回されるような激痛に襲われるだろうでしょうね…もしロキの子でもなく、トラッシュとの適合率も低い資質の無い人間が使えば、即死しかねない程のね」
「そんな…」
「本当なら電波体という生物のメカニズムである本来の電波変換のシステムを採用しているから肉体への負担は下げられるはずだった。でも、あの時の私たちは既に正気じゃなかった。より強く、より完成されたシステムをと…装着者への負担なんて全く考えてもいなかった。同時期に開発していたアシッド・エースもそう。シドウちゃんが今のように扱えるようになるまで…2ヶ月掛かった」
「…プラス4日と11時間です。毎日、朝は7時から21時まで休む間も無く、アシッドとの電波変換融合シークエンスを続け、アホみたいに何度も吐きまくりました。今でも昨日のことのように覚えています。最初の1ヶ月は死んだ方がマシに思える程の激痛でもがく以外の手足による動作は10センチが限界、立ち上がることも出来ない、ついでにもって気を抜けば、一瞬であの世まで逝っていたでしょう。次の1週間でようやく立ち上がり、歩けるようになった。ここからは早かった。2日で走れるようになり、最後でようやく試験用のスパーリングドローン100体を2分で倒せるようになった」
「……」

シドウは肩や太ももを擦りながら顔を歪ませて口を開いた。
そのことを知っていたのは、ヨイリーだけだった。
リサとマヤが採用されたのは1年前、笹塚が採用されたのはも1年3ヶ月前とまだ右も左も分からない時の話だったからだ。
だがこの話からするとおかしな点が1つ浮かび上がる。

「アシッド・エースと研究元が同じと聞いて、相当な負担が掛かるとは予想はしていました。ですが、同時に驚いています。この映像のスターダストもオレが直接目にしたスターダストもダメージ受けて最小限ですが怯んでいる様子はありましたが、まともに動けていた。正直、信じられません」
「そこなのよ…シドウちゃんですら2ヶ月掛かった。でもスターダストが何者かの手に渡ってから、まだ1週間も経っていない。休憩無しで丸数日使い続けたとしても、この映像では這いつくばってもがき苦しんでいなければならないはずなのよ。シドウちゃんを超える超人を知らないわ」
「偶然、そんな超人かつ特殊な体質である者の手に渡るなんて都合が良過ぎ…てかありえねぇだろ」

それが全ての答えだった。
ヨイリーがこの状況を飲み込めていない理由もそれだ。
誰かに盗まれて誰かの手に渡る。
だが誰も使えない以上、そんな事態が起ころうと、システムによって誕生する超人=スターダストが世に出るはずがないのだ。

「そんな事情からプロジェクトは凍結、私が代表して管理することになった。トラッシュはサテライトサーバー、そして諸々の必須プログラムとシステムの起動キーは私のPCに分割する形でね」
「だからPCに侵入され、データが勝手に送信されてたわけか」
「サテライトサーバーからの侵入履歴も残っていました。しかも事件の数日前にも。恐らくトラッシュがシステム起動用のプログラムを盗み出し、適合者に送信した」
「そして事件当日は適合者がシステムを起動したことで、システム自体がばあちゃんのPCに侵入して、残りの必須プログラムを強制的にダウンロードしたってところだろう」
「でもこっそり改良を続けていたのでは?」
「未完成のまま放っておくのが辛くてね。出力は扱えるレベルに下げ、不必要な武器はオミット、接近戦用に最低限の装備をプラス…不適合な人間が万が一にも使って、システムの負荷に耐えられずに命を落としたり、脳への影響で暴走することの無いように不適合者と判断した場合はシステムが電波変換自体をリジェクトするようにと安全装置を設けた」
「でも一体誰なんでしょう…?それだけの負荷が掛かるのに使いこなすなんてどうやったら…?」
「可能性としては鎮痛剤とか薬物を限界まで投与してシステムを使ったか…」
「オレも多少使ってやりましたが、あまり効果は無かったな…むしろ投与しすぎれば体の方が持ちません」
「テトラヒドロカンナビノールとか?」
「合成カンナビノイド系の薬物か…考えられなくはないっすけど、あれは目の前の空間認識とか時間間隔もヤラれますよ?電波変換してもまともに戦えないのは変わらないんじゃ…」
「じゃあアンフェタミンとかの覚醒作用のあるやつのチャンポンとか?」

「…もう1つの可能性があるとしたら…データバンクに載っていない人間」

「そうね。私もその可能性は考えた。この時代、生まれた赤ん坊ですら血液型やDNAを採取されてデータベースに反映される。もちろん極秘裏にね。もしデータバンクに載っていないとなれば、まだ生まれていない人間か、出生後に正規の手続きを受けていない人間か、ミスか何らかの意図で正しい情報が載っていない人間か…既に死んだことになっている人間か」
「既に死んだことになっている人間…もしかしてデータバンク自体が改ざんされてたりして?」
「でもヨイリー博士はいつかスターダストを扱える人間が現れると考えていたのでは?」
「というと?」

リサは最後の資料ファイルを開く。
それはスターダストのシステムとは直接的は関係の無いものだった。

「『トール・ショット』なる携帯型の武器の設計図とトラッシュに装着者を最優先に守らせる人格プログラムの一部です。これは装着者となる人間を守るためのもの。そしてもし現代にはいなくとも、将来使える可能性のある人間が現れれば、プロジェクトは再び動き出すかもしれない。そうなれば、その被験者は多くの組織に命を狙われかねない…」
「将来生まれてくる以上、目をつけられる段階で子供であるのは間違いない。下手をすれば赤ん坊かもしれない。だからせめてスターダストになる運命を背負ってしまっても、身の安全を守れるように…と。全く…無責任によね。システムごと廃棄してしまえば良かったのに」

「…そして、その人物は本当に現れた。まるでValkyrieに汚されかかった世界を浄化する救世主、『メシア』さながらに」

「えぇ…でもできることなら早くシステムと切り離してあげないと危険よ。体への負荷はもとより、未知数の部分も多いんだから」
「まだ何か?」
「これを見て…」

ヨイリーは再び資料を戻す。
それは見たことのない言語と専門用語、更にスターダストの胸部と思われる図で構成されていた。
時折、数字が読み取れる程度でヨイリーを含めた誰も理解できなかった。

「何すかこれ?」
「分からないわ」
「博士にも分からないんですか?」
「じゃあ私らにも分からなくて当然だ」
「一応、読めなくはないわ。でもここに書かれている理論は全く理解できない。未知の理論とでも言えばいいのか…エースプログラムに近いものがあると言えば、あるような気もするんだけど…」
「想像でいいんで、博士の思いつく可能性としては?」
「皆目検討もつかないわ。非常時に敵を道連れにして爆発する起爆装置かもしれないし、未知のレーザー兵器が隠されているのかもしれないし、3分経ったら鳴り出すかも」
「ウルトラマンかよ」
「それはさておき、問題はDNAコンピューターの処理回路に近い位置に未知の物体があることよ。もしDNAコンピューターに何か影響を及ぼすことがあれば…最悪の場合…暴走する」
「暴走…」
「現在止める術はアシッド・エースだけだけど、向こうの装着者はシステムによる負荷を物ともしないような相手だとすると…勝ち目はあるかどうか…」
「一体誰なんです?この意味不明なものを仕込んでいってくれたのは?」
「それが電波変換の下地になる技術を提供してくれた科学者なのよ…今では連絡も取れないし、プロジェクトに関わった科学者の中には既に死んだ者もいる。私だって年齢的には死んでもおかしくない歳だし…」
「なんか胡散臭いですね。まるでスターダストの制作を含めて何か仕組んでいるような…」

全員がスターダストは使っている者だけでなく、他の人間にも何か危害を与える可能性のあるものを抱えていると理解した。
使っている者の命も危険だが、もしこれだけの性能を持つシステムが暴走すれば、Valkyrie以上の脅威になりかねない。
それにプロジェクトチームの中でヨイリー自身もよく知らない人間が随所随所で何か関わっている。
事態を安心して静観することはできない。

「一刻も早くシンクロナイザーからスターダストを切り離さないと…」
「え?なんだって?」

マヤはシドウが『シンクロナイザー』と口にしたのを聞き逃さなかった。
何かの名詞なのは確かだが、ここまで一度も出てこなかった名前であり、この文脈だと「スターダストから切り離さなければならない人間」、「スターダストになっている人間」を意味していると考えるのが普通だ。

「やっぱりシドウちゃんは知ってたのね、スターダストの正体」

「おい、どういうことだよ?」
「アカツキさん?」
「ちょ…どういうことっすか!?」

「……」

誰から見てもシドウの顔色が変わったのは目に見えた。
あからさまに「しまった」とでも言いそうな表情で全員から目を逸らしている。

「ディーラーがかつてロキの子を人工的に生み出す研究をしていたという噂は聞いたことがあったわ。個人としてのトラッシュとのシンクロ率が低くても、スターダストに電波変換するには電波体との融合に適した体質であるのは最低条件。ロキの子が比較的多く集まっているおり、そしてデータバンクに載っていない人間ともなれば、その中でトラッシュとのシンクロ率が比較的高い人間がいてもおかしくないわ」
「…えぇ。確かに、さっきの現場でスターダストはオレに正体を明かし、協力をするように提案してきました」

シドウは観念したように口を開いた。
ここで口を開くことは、かつて裏切ってしまった彩斗を再び裏切ることになると、心の何処かで躊躇う気持ちはあった。
だが彩斗はディーラーに育てられたというだけで悪人ではない。
事実を語りながらも、ディーラーと彩斗を同じく悪に染まった存在であると強調しないように必死に頭を回転させていく。

「一体誰なの?」
「オレにも詳しいことは分かりません。ただ彼はディーラーの中では『シンクロナイザー』という名前で呼ばれ、意識をインターネット上に投影できる程に高いシンクロ能力を持っていました。年齢は恐らく10歳から13歳程度で、外見も…恐らく男ですが、女ともとれる容姿で…本来の素性も知っているのはディーラー内でもごく一部です」
「男とも女ともとれる容…?」
「…詳しい詳細は分からずか…」
「じゃあ彼の提案っていうのは?」
「Valkyrieに囚われていたディーラー側の人質をオレにグラウンドまで運ばせ、彼は人質の生徒たちを救い出す」
「おいおい!じゃあ、計画を無視して敵か味方か分からない奴に協力したっていうのか!?」

これがシドウが別行動を取った理由だったと知り、マヤは驚き、そして呆れる。
だが不思議と怒る気にはならなかった。
本来なら死んでもおかしくない作戦だったにも関わらず、その提案に乗ったことでシドウは無事に帰ってきたのだ。
そして同時にシドウの説明で一箇所引っ掛かっていた。
「男とも女ともとれる容姿」、すなわち中性的な容姿に近い物事を最近、どこかで聞いたばかりのような気がした。
更にもう1つ、今度はリサも同時に昔会った少年の顔が不意に脳裏に浮かんできていた。

「でもその提案に乗ったことで、返ってきた見返りは相当大きなものでした。人質を見殺しにしても構わない制圧だけを優先した作戦だったにも関わらず、人質は1人が負傷した以外は全員無事、それに負傷した生徒も命には別状が無かった。Valkyrieの傭兵たちの他、SWATの裏切り者も全て制圧、WAXAの人間は負傷者は多数ですが、死んだ者はいません」
「…言われてみれば…それもそうっすね」
「もし木場の作戦に従っていれば…人質は皆殺し、隊員たちの中にも死傷者は多数出た上、SWAT…警察内部にValkyrieに懐柔された裏切り者がいたことも闇の中だったかもしれない。それに彼は高垣の持っていたValkyrieの計画が詰まった端末を提供してくれた。もしこれが無ければ、Valkyrieの狙いも計画も未だに分からずじまいのままでした」
「完全に敵と割り切ることができないってわけね…もし完全にディーラーの手先として現れたなら、生徒たちを助けたりしないだろうし…」
「…彼は味方ではないでしょう。でもディーラーに育てられたというだけで根っからの悪人というわけでもディーラーの手先というわけでもなく…勘ですが、ディーラーとValkyrieがぶつかっているのは間違いないにしろ、今回の事は恐らく彼個人で動いている可能性が」

シドウは頭を抱える。
この勘が正しいならWAXAとValkyrie、そしてディーラーの他にそれから派生したもう1つの勢力が存在している
敵の計画は明らかになったというのに状況は休むことなく複雑化を続けているのだ。
一刻も早く全容を解明しなければ、もはや手に追えるものではなくなってしまうのは間違いない。

「そういえば博士、さっき言ってた条件ってなんすか?」
「そうだったわね。これをスターダスト…シンクロナイザーに渡して欲しい」
「これは?」

ヨイリーはポケットから1枚のデータカードをテーブルの上に置いた。
最近ではトランサーやPET、PC、ゲーム機、ポータブルメディアプレーヤーなどで幅広く使われているもので銀色のカードに「FU Ver.Z3」というラベルが貼ってある。

「スターダストの修正パッチよ。バージョンはZ3…ほぼ完成系よ」
「…やっぱり完成させてたんですね、博士」
「なるほどこれをオレがスターダストのもとへ届ける。でもシステムから無理やりにでも切り離した方がいいんじゃないですか?」

シドウは日常的に見ている一見何の変哲もないデータカードにも関わらず必要以上に慎重にポケットに入れた。

「恐らくシステム自体が彼を正規資格者としてイニシャライズしている以上、何度切り離してもトラッシュはあの子に付き纏う可能性があるわ。だったらせめてこれ以上、彼にかかる負担を減らさないと…」
「これを使うと体への負担が軽減できるんですか?」
「…かなり軽減されるでしょうが…それでもまだまだ常人の扱えるレベルと言えない。でも初期のアシッド・エースを超える負荷のスターダストを扱ってきた人間にとっては装着中に感じる負荷は無いも同然でしょう」
「もとから人間が扱うことを度外視したシステムとそれを扱う人間…既に何が起こるのか予想できない次元に足を踏み入れてしまったんでしょうか?」
「そうね…今まで誰も使ったことがないから、開発自体が手探りだったしね。もしこのパッチが正常に動けば、理論上はDNAコンピューターが作動、圧倒的な処理能力で現在確認されている電波人間の中ではあらゆる意味で最速とも言っても過言ではない存在になるでしょう。でもそれが装着者にどんな影響を及ぼすのか…リサちゃんの言うとおり、全く予想できないというのが本当のところ」

いまいちヨイリーの声には自信がない。
イレギュラーなことが続いた上、データとして扱うことができない事象であるからだ。
もはや憶測で言っている部分が確信を持って言っている部分の割合を上回っていた。

「ところで…これを渡すことは了解しましたが、もう1つ聞きたいことが。これに見覚えは?」
「これは?」

シドウはトランサーのアルバムアプリから1枚の画像ファイルを開いてヨイリーに見せる。
撮影日時はついさっき、殆ど日も落ちた夕暮れ時でその印象的な白と青のボディが際立っていた。

「スターダストが脱出に使った自動二輪型の機動ビークルです。報告によると厚さ50センチのコンクリを破壊する程のEMPキャノンやウェーブロードを走れるタイヤを装備しているらしいとのことで…」
「ウェーブロードを…走れる?」
「ここのところ…非常に不鮮明ですが、WAXA、というかサテラポリスのロゴに近いものがプリントされている。何か知っているんじゃないかと思って」

スター・イリュージョンのカウルやテールなど幾つかの部分をズームすると確かにそれに近いものが見受けられる。
それが意味するところはサテラポリスに支給されるために開発されたもの、それが何らかの経路でスターダストの手に渡ったということだ。
しかしWAXAを含めたサテラポリスに支給される自動二輪型ビークルであるサテライト・チェイサーとは明らかに形状が違う。
シドウを含めたこの場のWAXA隊員全員が見たことの無い、それもサテライト・チェイサーの性能を遥かに凌駕した未知の機動ビークルだ。
隊員たちが知らずとも開発する側のヨイリーならば何かしら知っているかもしれないとシドウは踏んだ。

「…これは…いやでも…まさか…」
「何か知ってるんですね?」
「いや…私の記憶が確かなら…試作機はI.P.Cの倉庫に…」

自分の記憶と食い違い、ヨイリーは困惑している。
いくら年老いたとはいえ、世界有数の天才科学者の頭脳は健在だ。
ボケているわけではない。
だが次の瞬間、リサのPCからアラート音が鳴り響いた。

「!?びっくりした!!何に起こったんっすか!?」

「待って下さい…大変です!木場と捜査官数人がここに向かってます!!」

「チッ、思ったより早かったな…」

少なくとも国家の機密の一部に触れたこの場にいる者たちはWAXAの課長の皮を被った警察側のスパイからすれば邪魔者以外の何者でもない。
皆が知ることではなく一部の人間だけが知っているともなれば、好都合とばかりに口封じにかかるだろう。
この男はそういうタイプの人間だ。
だがシドウはここで捕まるわけにはいかなかった。
ここで捕まれば、スターダストにパッチを届けることができなくなる上、木場主導の現在の捜査体制では確実に事件が解決することができないのは明らかだったからだ。

「店じまいの時間だ…」
「隠せ!!テーブルの上のストレージも資料も全部隠せ!!」

マヤが叫んだ瞬間、全員が一斉に動き出した。
シドウはプリントしてあった資料を研究室の端のシュレッダーに突っ込み、笹塚は学校地下から持ってきたハードディスクをあたふたした様子でヨイリーのタワー型デスクトップの箱の空きスペースに隠す。
リサはPCに表示させていたデータを全て終了させ、防犯システムのコンソールをいつでも終了できる体勢で待機し、マヤとヨイリーは人数分の湯呑みを用意してお茶を注いでいく。
まるで階段を登ってくる母親の足音に漫画を読んでいた子供が宿題をやっていたかのように偽装するくらいの焦りようだったが、確実にそれを遥かに超えるクオリティの偽装工作だった。
勤務時間が終わり、皆でお茶をしている光景に早変わりだ。

「ばあちゃん、劣化して読み取れなくなったハードディスクとかあるか!?」
「そこのガラクタ箱の中」
「クッソ!博士、出口はあのドアだけか!?」
「研究室だもの!機密が盗まれる可能性を考えれば、出口をいくつも作ったりなんてしてないわ!」
「今出てったら確実に鉢合わせする…」
「空調ダクトは!?」
「狭すぎる!無理だ!!」
「窓!」
「ここを何階だと思ってるんだ!オレを殺す気か!?」
「電波変換!」
「体が持たない…無理!!」

「あと約30秒!!」

証拠が隠滅できてもシドウだけは命令違反で捕まる可能性が高いのだ。
だとすれば、その前に何としてでも逃げなければならない。
何処かに出口は無いかとシドウの目は事件が起こった時に勝るとも劣らない程の速度で部屋中のありとあらゆるものを捉えていく。
だがそんな中、ヨイリーは自分のデスクの引き出しから何かを探していた。

「ちょ!博士、何してるんすか!?一緒に出口探して下さいよ!」

笹塚はシドウとほぼ同じタイミングでその奇行を発見した。
マヤもリサも何とかシドウだけでも逃がそうと必死な状況だというのに、1人だけ全く違うことをしている。
だがシドウも笹塚もヨイリーが天才故に常人の自分たちの理解の及ばない行動をすることがあるのは分かっていたが、何かしらの意味があるということも知っていた。
実際にヨイリーは次の瞬間、電子キーのようなものを見つけるとそれをシドウに投げ渡した。

「これは?」
「よく聞いて!出口はいくら探そうとあのドアだけよ!私たちで何とか隙を作るから、ここを抜けだしたら、この研究棟の地下1階の1番倉庫に行って!!」
「隙を作る!?何する気ですか!?」
「うっわぁ…今、私たちって言いました!?言いましたよね!?」

ヨイリーの一言で引っかかるところがあり、笹塚は驚き、リサとマヤも一斉に顔を上げた。

「あぁ…私らの輝かしいキャリアもジ・エンドか…笹塚と違って」
「ちょ!オレだって一応、サテラポリスのキャリアコースを!」
「歩んでるエリートだって、合コンで女の子に言いふらしてるんでしょう?」
「大丈夫よ、みんなの手を借りる局面にはならないように努力する。もし私が失敗したら、手を貸して」
「皆さん、あと10秒です…」

シドウはヨイリーの策に賭けることにした。
皆が潔くお茶が注がれた湯呑みを手に取り、勤務時間後の談話中のような雰囲気を作り出す。
だがシドウは可能な限りドアから出やすい位置に立ち、ヨイリーもトランサーを腕に装着して隙を作る準備をするなど抜け目はない。
一度、大きく深呼吸をする。
そして次の瞬間、ドアが開いた。

「動くな!!容疑者の諸君!!」

「口が動かなかったら喋れないぜ?」

勢い良く部下とともに研究室に入ってきた木場にマヤは冷ややかな視線と言葉を浴びせた。
リサや笹塚は呆れたような態度を取りつつ、湯呑みで茶を啜った。
すると木場はテーブルの上に乗っているハードディスクを手に取る。

「君たちは覗いてはいけないものを見てしまったようだ…国家の敵となった君らは社会から抹殺しなくてはならない」
「残念ながら妨害電波で帯磁してしまっていて中を見ることはできませんでした。疑うなら調べて下さい。いくら調べても破損ファイルの山で修復のしようがありません」
「社会から抹殺とは穏やかでないっすね。もし僕らがこれを録音して外部に流してたら、キャリア街道脱落になっちゃいますよ?」
「チッ!ガキ共、そうやってられんのも今回だけだぞ。おい!」

木場は舌打ちし、小馬鹿にしたような態度をとる3人を威嚇すると背後にいた部下に指示を与える。
その瞬間がチャンスだと思った。
ヨイリーは後ろで手を組み、トランサーを操作しようと構える。
トランサーはこの研究室の管理コンソールに接続されていた。
ヨイリーは研究室の電気を落として暗闇を作ることで隙を生み出そうとしていた。

「…っ」

実行するヨイリーだけでなくシドウたちも神経を尖らせる。
そしてそれを悟られないように視線も態度も自然体を装う。
だが木場の出した指示は予想と僅かに違っていた。
木場の連れてきた4人の部下は2人ずつの組に分かれて、半分は予想通りシドウの方へ向かったが、もう半分はヨイリーの方へと向かったのだ。

「!?...なに」
「ヨイリー博士、あなたを今回の事件で現れたこの正義の味方気取りの凶悪犯を裏で操っていた容疑で拘束する。そこの双子分析官のPCのログから、あなたのPCに通信歴と凶悪犯との関与を思わせる資料が見つかりました」
「!?チッ、課長権限ってやつか…」
「そんな…」

ヨイリーは両腕を抑えられ、トランサーを没収される。
更に木場はリサとマヤのPCから盗んでプリントアウトした資料をクシャクシャに丸めるとヨイリーの顔面に投げつけた。
シドウたちは先手を打たれてしまったのだ。
リサとマヤは自分たちの用意した資料でヨイリーの首を絞めてしまったのだ。
必死で隠しているものの、よく見ると今までに無く悔しそうな顔をしていた。
だがこれで終わりではない。
次こそシドウたちが予想していた事態になった。

「さぁて、メインディッシュ。凶悪犯その2、暁シドウくん。君は今回、計画を自ら立てておきながら、任務の途中に計画を放棄、そのせいで隊員に多くの負傷者が出た。そんな君には敵のスパイの容疑がかかっている」
「ハイハイ、ゼッテーこうなると思ったよ!」

自信満々で何も悪びれることもなく、木場は自分の立てた計画をシドウが立てたことにして全ての責任を転嫁してみせた。
シドウの予想はほぼ全て当たっていた。
予想できなかったのは、計画すらも立案したのも自分だと書き換えられてたことくらいだ。
しかも万事休すな状態だというのに、自分への容疑の予想が面白いほどに当たり、笑いを抑える事に力を使っていた程であった。
この手の人間は間違いなく自分の過ちを認めず人に転嫁する、それは今まで何人もの世界中の俗にエゴイストと呼ばれるような人間たちを見てきたシドウの経験則だった。

「君たち2人をひとまず拘束、絶対に自白させてみせよう」
「まさかオレたち自白させて、事件解決?事件を直接起こしてる連中は野放しで」

「あぁ…君みたいな犯罪組織で育てられて、正義感に目覚めた子供みたいな奴には知っておいてもらおう。世の中ってのは利益を追求することで高いレベルへと進んでいく。みんな有罪だの無罪だの何か本当はどうでもいいのさ。誰かしらが罪を背負い社会から追放される。それだけで平和が保たれるのさ」

「利益を追求?ハッ、世の中全体の利益じゃなく、アンタだけの利益の間違いだろうが!!」

「それに…えっと…新課長?私は専門は全く違うけど、それは経済学の考えの1つで平等であることを重んじる法律を司る立場の人間が自信満々に掲げるものではないのではなくて?」
「フン!黙りたまえ!!このボケ老人!!もう年金も学会もキサマのような老いぼれを必要としていないんだ!!」
「ハイハイ、老いぼれは黙りますとも」

じわじわと言葉で反撃しているものも、状況的には最悪だ。
頼みの綱であったヨイリーの動きが封じられ、シドウも自身を上回る体格の隊員に囲まれている。
数秒後には手錠を掛けられるのは想像するまでもない。

「…どうしましょう、リサさん、マヤさん」

小声で笹塚が2人に声を掛ける。
だが反面、隊員たちや木場の意識はシドウとヨイリーに集中していた。
リサやマヤ、そして笹塚への注意はほぼ無いと言っていい。
リサは一度、目を瞑り、自分の一番尊敬する人物の顔を頭に思い浮かべる。
まで小さかった頃に見た『ヒーロー』の姿、シドウの話に出てきた少年と同じく中性的な容姿をした自分とマヤの恩人『双葉ツカサ』の顔を。

「…ッ!」

リサはこっそり持ってきていたベレッタM92の入った腰のホルスターに手を伸ばす。
ここで自分が木場に銃を向ければ、その部下は一時的とはいえ、シドウから離れるように命令を聞くしかない。
だがシドウをも上回る体格の隊員、それも従軍経験のある人間である以上、リサを御すことは容易だ。
あくまでシドウが逃げるチャンスは僅か数秒しかない。
しかし自分が犠牲になろうと実行しなくては、ますます事態が悪化するのは避けられなかった。
リサは覚悟を決め、ベレッタを一気に引き抜いた。

「ッ!え!?」

だが次の瞬間、その手は抑えられた上、銃を奪われた。
後ろに隊員は誰もいなかった。
いくら分析官であってもそれくらいの注意力はある。
リサは困惑し頭の中が真っ白になった。
しかし呆気無くその答えはコンマ数秒後に目に飛び込んできた。

「!?おい!キサマ!!何の真似だ!?やめろぉ!!」

「うるっせえ!!お前がこんな無能じゃなきゃ、こんなことせずとも済んだんだよ!!!」

リサから銃を奪った張本人、それは木場の部下ではなかった。
自分の癖や行動・思考パターンを自分と同じくらいに知っている人間、双子の妹のマヤ・ホープスタウン分析官だった。
マヤは木場に銃を向け、子供とは思えない程の剣幕で木場に怒鳴りつけると、シドウを取り囲む隊員たちの方を向いた。

「おい!!課長の頭吹っ飛ばされたくなかったらアカツキから離れて跪けぇぇ!!!」

 
 

 
後書き
最後まで読んでいただきありがとうございます。

今回、マヤ大活躍です(笑)
中盤の「隠せ!」のあたりであたふたするのは踊る大捜査線の湾岸署強行犯係のドタバタシーンをイメージしました。
そして最後のリサがカッコよくシドウを助けようとしたら、銃を奪って自分が助ける、まさに見せ場泥棒(笑)
これまでも最後に笹塚をイジってざっくりと笑いを持っていく?ような展開はあったのですが、今回はその完成形でした!

ちなみにセリフが多くて誰が誰だか分からなくなってくると思うのですが、

普通の女性口調「〜わね」、「〜よ」はヨイリー
普通の男性口調はシドウ
チャラめな男性口調「〜っすよ」、「〜すか?」は笹塚
男勝りな口調「おい!」「〜かよ」はマヤ
敬語一直線はリサ

です。
5人ものキャラクターが同時に喋ってるので、だいぶ混乱させてしまったかもしれません。
ごめんなさいm(__)m



次回、ようやく新章に入ってから最初の主人公登場です(笑)
シドウがどうやって逃げ切るのか?
上司に拳銃を向けて反逆者になってしまったマヤの運命は?
アイリスと買い物に行った後、無事帰れたのか?

などロジャー・ムーア世代の007や踊る大捜査線のように、シリアスな中にも少し笑いも入れながらいきたいと思います。


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