悪来
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5部分:第五章
第五章
「さあ、今のうちに」
「わかりました。それでは」
曹安民はすぐに屋敷の中に入った。典偉は彼を見なかった。ただ背でその別れの言葉を受けただけだった。そしてそのうえで目の前の敵に対して向かうのだった。
「悪来典偉か」
「奴め、起きていたのか」
張繍の兵達は彼が起きているのを見て驚きの声をあげた。
「あれだけ飲ませたというのにか」
「それでもか」
「わしを眠らせたくば」
その典偉が言う。
「あの程度では無理だ。龍を眠らせられるだけのものを持って来るのだな」
「ぬう、言うか!」
「だが。如何に貴様とて!」
それぞれ剣や槍を手に典偉の前に来た。門の階段の上に立つ彼を半円状に取り囲んできていた。
「この数ではどうだ!」
「退けられるか!」
「退けてみせようぞ!」
典偉は大音声で告げた。
「うぬ等。何としても!」
「よし、ならばだ!」
「貴様を倒して曹操を!」
「あの男の首を!」
やはり彼等が狙うのは曹操だった。彼が最大の獲物だった。
「手に入れてみせようぞ。覚悟せよ!」
「ここでな!」
言いながらそれぞれ襲い掛かる。まず数人の兵士が剣を手に襲い掛かる。だが彼等は典偉がその右手の戟を横に一閃させるとそれで忽ちのうちに吹き飛ばされてしまった。
「何っ、一撃だと!?」
「何という力だ」
「死にたい者は来るのだ」
その兵士達は門の横に吹き飛ばされていた。既に意識はなくなっている。
「この様にな。容赦はせぬ!」
「ならば!」
「これならどうだ!」
今度は二人の槍を持った兵士が来た。縦に並んで突き進む。しかし典偉はその彼等に対して戟を突き出した。今度は二人まとめて貫かれた。
その貫かれた兵士達を高々と掲げると右から左にその突き刺した戟を払った。するとそれで兵達は戟から抜かれそのうえで道に叩き付けられたのだった。
「二人貫くか」
「化け物か」
「その通りだ、わしは化け物となろう」
彼等の今の言葉を受けて言ってきた。
「殿を御守りする為になら。喜んでな!」
「まだ言うか!」
「これだけの数を前にできるのか!」
典偉の言葉に激昂した彼等は今度は十人単位で一斉に襲い掛かった。
剣も槍も手にしている。そのうえで典偉を倒そうとする。しかし今度も典偉は彼等を防いだ。両手のその戟を縦横に振り回し彼等を薙ぎ倒した。今度もであった。
「くっ、無理だ」
兵士の一人が呻くようにして言った。典偉の前にはもう屍が無数に転がっている。彼はその前に戟を二本手にして仁王立ちのままであった。闇の中にその目が爛々と輝いている。
「剣や槍ではあの男は」
「ではどうする?」
同僚の兵士が彼に問うた。
「このままでは曹操に逃げられてしまうぞ」
「あの男の為に」
「少なくともだ」
深刻な顔で言い合うようになっていた。
「あの男を倒さないとどうしようもない」
「しかし。どうやって倒す?」
言葉を出し合う顔はさらに深刻さを増してきていた。
「あれだけの男を。どうやって」
「剣も槍も効かん」
それはもう先に一掃されてしまったことでわかっている。その屍達を見てもそれはわかる。
「それでどうやって」
「弓か?」
一人が言った。
「ここは弓しかないぞ」
「弓か」
「そうだ、弓だ」
彼は言うのだった。
「弓で射るしかない。何があってもな」
「それではだ。弓で狙うか」
「しかし一発や二発では倒せんぞ」
このこともわかるのだった。
「あの典偉は。一発や二発ではな」
「それどころかあの戟で弾かれてしまうぞ」
今も彼が持っているその二本の戟を見て言うのだった。今も二本の戟は闇夜の門の前において白い輝きを見せていたのであった。血塗られながらも。
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