鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか
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3.地上の兎、迷宮へ
前書き
今更ながらリングアベルが槍を使ってるのは初期装備準拠です。
設定的にはどこまでBBDF要素を入れるかが難しい所ですが、最終的には上手くまとめたいですね。
世界を司る四大元素。
生命と流動を司り、母星を潤す青き衣である水。
創造と治癒を司り、生命を育む肥沃なる土。
燈火と終極を司り、文明の果てと消滅を見届ける火。
循環と英知を司り、久遠の時より知恵を運んできた風。
それらの力がクリスタルという象徴存在として星に存在していることが判明したのは、果たして何千年前の出来事だっただろう。そして、そのクリスタルが、人の儚い祈りに呼応するようにその力を増すことを発見したのは誰だったろう。
すべては教団の管理する古代の書籍を見返せば知ることができる。
そして、かつてクリスタル正教を創設した聖者は、その四つのクリスタルを守護し管理する巫女を任命した。巫女は血統・地位に関係なく敬虔なる修道女が任命され、巫女となった者は「オブリージュ」の姓と共に生涯クリスタルに祈りを奉げ続ける義務を負う。
その一人――アニエス・オブリージュは、その知らせに動揺を隠せなかった。
「水の神殿が墜ちた………!?そんな、あり得ません!!」
神殿は世界的に不可侵とされた重要な場所であり、駐屯する正教騎士団によって守護された場所だ。
だが、その安全はあっけなく破られた。
――異常なまでに狂暴化した魔物の群れの襲撃によって。
修道女は、アニエスの動揺した理由が他にもあることを知っていた。
水の神殿の巫女であるオリヴィア・オブリージュは幼い頃のアニエスの親友であり、今でもこまめに連絡を取りあうほど仲睦まじい関係にあった。そして神殿が墜ちたということは、親友の命もまた消えたかもしれないという意味を含んでいる。
「心中お察しますが……神殿の修道女の生き残りから聞きだした確かな情報です」
「うそ……それじゃあオリヴィアは!おばば様は!?」
「神殿の脱出までは行動を共にしていたそうですが……残念ながらその行方は確認されていません」
「こんな……!こんなことって……!!」
アニエスはその場で崩れ落ちるように膝をついた。
巫女に任命されたとはいえ彼女はまだ十代の少女。如何に意志が強く責任ある立場とは言え、突然の悲報にさぞ動揺されている事だろう。だからこそ、周りの修道女たちが彼女を支えてあげなければいけない。
人は決して一人では生きていけない。クリスタル正教の広がりは、そんな当たり前の事実を自覚することから始まった。
「巫女様、気をしっかり保ってください!希望は消えたわけではありませぬ!」
「左様です!オリヴィア様は術に長けたお方ですし、騎士団とて行方知れずになる前は巫女様護衛の陣形を崩さなかったと聞き及んでおります!諦めるには早すぎますわ!」
アニエスの肩がピクリと動き、しっかりとした足取りで立ちあがった。
その目にはまだ不安や恐れが渦巻いているが、既に呆然とするだけの無力な少女はそこにはいなかった。
「皆………そう、そうですね。巫女オリヴィアにクリスタルの加護があらんことを………!」
アニエスが祈祷する。それは儀礼に則ったクリスタルへの祈祷ではなく、一般信徒がするような簡素な祈りでしかない。だが、その祈りに、神殿奥の風のクリスタルが一瞬瞬きを増した。修道女たちが集合して一斉に祈りを奉げてやっとその変化がみられるクリスタルの輝きを、たった一瞬の祈りで輝かせた。
――これなのだ。アニエスが巫女に選ばれた理由は。
術に長け、魔法や結界術など学問を評価された水の巫女。
他宗教の民とも打ち明けるような人間的魅力に溢れた火の巫女。
文化的博識と、民を説く力強いカリスマを振るう土の巫女。
その三人に対し、アニエスの選ばれた理由は非常にシンプルだ。
目に見えない筈の祈りが持つ量、純度、規模が圧倒的に大きい。
ひとつ祈りを奉げる度に世界の全てを慮っているかのような、圧倒的な器と無償の愛。
だからこそ、修道女たちは常に一つの覚悟を持って行動している。
正教の未来を照らす若き希望の光を――その命に代えても必ず守ると。
その様子を陰から覗いていた一人の修道女が、後ろを振り返って一人の男に話しかける。
男人禁制である筈の神殿内に特別に入る許可を与えた、一人の剣士に。
「傭兵イクマ・ナジット……もし我等でアニエス様を守りきれない時は、貴方が必ず我等の希望を守り通してください。報酬は正教が、貴方の望む限りを支払いましょう」
「……俺には主義も主張も関係ない。金を出すならその分の働きはしよう。お前との契約、承った……」
漆黒のローブに身を包んだ長身の男は、懐の剣を指でなぞりながらそう答えた。
= =
「Dの日記帳」。
リングアベルの持つ日記を、ヘスティアはそう呼んでいる。表紙に装飾された銀色の「D」がその由来だ。
リングアベルに一度見せてもらったが、なんでもそれによるとヘスティア・ファミリアにはこれから更にファミリアになってくれる人や協力者が訪れるようだった。他は主観的すぎて意味を読み取れない事が多かったが、リングアベルは「好きなだけ読んでいい」と日記を預けてくれた。
この日記はどこで買ったのだろうか――それが分かればリングアベルの記憶の手がかりになるかと思い、アイテム鑑定士や物流に関わる証人に聞いてみたりもしたが、恐らくオーダーメイド品だろうということで詳しい事は分からなかった。上質な品であることは間違いないのだが、少なくともこの町でこのような装飾は流行りでない。結局不明のままだ。
そして、その過程で1つ気になることが発覚した。
「――継ぎ目がある?」
「ああ。この日記帳、一見して不具合もないように見えるが……ちょうど中間あたりから後がごっそり欠落した跡があるらしい。日記もそこからずっと白紙だ。残ったページは後から継ぎ足したもののようだね?」
「まさかそんな事実を暴いてくれるとは!ウチの女神さまは本当に慧眼だな」
「ふふふ。もっと褒め称えたまえ!!」
「数多の知識を含蓄した確かな知性を感じるな!チャーミングでありながら知的であり、更には頼りがいもあるがこちらに頼ってもくれる………まさに大人のレイディッ!!爆発する魅力に酔ってしまいそうだ!!」
「………うう、やっぱり恥ずかしいから褒めなくていいよ」
聞いているこっちが恥ずかしいことを平然とのたまう。それもまたリングアベルの凄い所である。
若干顔が赤くなってきた。経験が少ないせいもあるだろうが、リングアベルにそれを言われると妙に恥ずかしい気分にされてしまう。というより隙あらば人を口説こうとするこの男に本気で褒めさせると丸一日ありとあらゆる手法で愛を囁かれそうだ。
「と、ともかく!これ、修繕したのはどうやら倒れていたキミをここまで運んでくれた人物のようだよ。欠落したページはどこにも見当たらなかったそうだから、この日記に続きがあったのかは謎のままだね」
「ほう?ちなみに俺を運んでくれた人物とはどのような人なのかな?てっきり宿の主がそうかと思っていたのだが……」
「うーん……キミを預けてすぐ自分の用事に出かけてしまったから分からないということだ。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「………いや、なんでもない」
「おいおい隠し事か?『A secret makes a woman woman(秘密は女を美しくする)』……という言葉もある。これ以上女神様が美しくなったら、俺の情熱もさらに燃え上ってしまうな……」
フッとニヒルな笑みを浮かべるリングアベル。どこまで本気なのだろう。ある意味どこまでも本気なのかもしれないが、敢えて追求してこない気遣いは助かる。彼は意外と空気が読める男。ヘスティアはリングアベルのそういう所も含めて彼の事を気に入っている。
実は、助けてくれた人物の手がかりは一つだけある。
「尾を食む蛇」のエムブレム――その人物は、『ウロボロス・ファミリア』に所属する冒険者だったらしい。
ウロボロス・ファミリアは、ファミリアとは名ばかりで実際には主神が存在しない戦士の愚連隊だ。そもそもウロボロスは概念であって神ではないので、彼らが何故そのような名前とエムブレムを掲げているのかも定かではない。
その全員がアスタリスクの加護を受けた人間だとも、実は隠れた主神が存在するとも言われている。彼等は秘密主義で、周囲も彼等を避けるために真相は何も分かっていない。
何故周囲が彼等を避けるのか。それは、ウロボロス・ファミリアの存在を認めないいくつかのファミリアが彼等を襲撃した事件が原因である。
その襲撃事件に参加したファミリア達は――皆殺しにされたのだ。
元々彼らはかなり悪質な神の従える存在だったために正当防衛で殺すことはやむを得ないとも言えるが、ウロボロス・ファミリアは同族である人類を平然とその手にかけた。それまでただ気味悪がられているだけで周囲に害を及ぼすことのない彼らの初めてのアクションは、余りにも苛烈で残酷だった。
その行動は当然ながら大きな物議をかもし、彼らをダンジョンから追放するべきだという声も上がった。だが、その意見は直ぐに取り潰される。
――従える神を追放できないのに、だれがどうやって彼らを止めるのか?
――あの得体の知れない連中にもし抵抗されたら、いったい何人が死ぬ?
――あたら犠牲を出すくらいならば、いっそ不干渉を貫いたらどうだ?
結局その件は正当防衛が成立して、ウロボロス・ファミリアは厳重注意という非常に軽い対応で無罪放免となった。そして、それ以降オラリオには暗黙の不文律が生まれた。
ウロボロス・ファミリアには関わるな。
(隠し事ばかりの神でごめんね、リングアベル。ボクは万が一にもキミに彼らと関わって欲しくないんだ……上の神は彼らはちょっかいを出さなければ無害だなんて言っているけど、ボクは信用できないよ)
スキルの件は自分に言い訳しながらだったが、今回は別だ。
こればかりは本当に教える訳にはいかない。
何故ならば――
(ウロボロス・ファミリアには女性もいるからね。キミ、知ったら絶対口説きに行くだろ!いいや、行くに決まってる!!助けてもらった恩を口実にしてねっ!!)
「………女神様?ちょっと顔が怖いぞ?」
「誰のせいだと思ってるんだい!ふんだっ!」
「????」
せいぜい困るがいいさリングアベル!と、ヘスティアは子供っぽくへそを曲げた。
数秒後、機嫌を戻そうと全力ワッショイを開始したリングアベルに慌てて元の態度に戻ったが。
= =
翌日、町内に買い物に出かけていた二人は、一人の少年を発見した。
白い髪。赤っぽい目。そしてちょっと小心そうな顔つき。何所となく兎を彷彿とさせる少年を前に、リングアベルとヘスティアは驚愕の表情を浮かべる。その顔に、その特徴に、覚えがあったからだ。
「リングアベル。彼はもしかして……?」
「ああ、俺も同じことを考えていた……」
「えっと、あの……?」
如何にも駆け出し冒険者な彼は、状況について行けずに困っているようだ。
見知らぬ女男二人組に突然目の前でヒソヒソ話をされたら、そりゃ誰だって困りもするだろう。
だが、二人はそれ所ではない。何度も言葉を交わし、日記の内容と少年の顔とを見比べて「やはりこの少年が!」とか「間違いないよね?ないよね!!」などと勝手にテンションを爆上げしている。なんのこっちゃ分からない少年はただ目の前の二人にオロオロするばかり。
ひょっとして難癖つけられてる?などと疑った少年に、リングアベルが突然ビシッ!と指を差して詰問した。
「少年!君はひょっとして、所属するファミリアを探しているのではないか?」
「え………は、はい!僕、この町に来たばかりで右も左も分からなくて……」
何でわかったんだろう?と不思議そうに少年が首を傾げるのを横にヘスティアがずずいと前に出る。
「少年!キミの名前はひょっとしてベル・クラネルと言うんじゃないかい!?」
「ええっ!?な、なんで僕の名前まで分かるんですか!!」
反射的にヘスティアから距離を取ってしまった少年だが、2人の追跡は止まることを知らない。
「少年!!君はダンジョンに出会いを求めるロマン溢れる男か!?」
「ひぃぃぃ~~!?目的までバレてるぅ~~~!!!」
見ていてちょっと可愛そうになるような、嗜虐趣味を掻きたてられるようなくらいに見事なビビリっぷりで後ずさりする少年だが、後ろにあるのは壁。少年は二人にじりじりと追い詰められていたのだ。
ゆっくりと忍び寄る二人の影に、少年の動揺はピークに達するどころが段々恐怖に変わってきていた。
「ねえ僕なにか悪いことしました!?お、お金はあんまり持ってないんです!ゴメンナサイゴメンナサイ許してくださいっ!!」
「フフフ……欲しいのはお金とはちょっと違うんだなぁ、ベル・クラネルよ………」
「そう、お金は出してもらうさ……だけどそれは今じゃない。これから身体でじっくり……」
「フフフフフ………!」
「うふふふふ………!」
「嫌ぁぁぁぁ~~~~!!誰かぁぁぁ~~~!!」
まるで暴漢に襲われた少女のような――いや、実際に絵面的には幼気な少年を怪しい笑顔で追い詰める不審者なのである意味間違ってないが――悲鳴を上げる涙目な少年に、悪乗りが過ぎたかと怪しい笑みを消した二人ははようやく決定的な言葉をかけた。
今後の彼の運命を決定付ける、その言葉を。
「少年!!美しき女神ヘスティアの下で、俺と同じようににダンジョンに浪漫を探究しにいかないか?」
「いのちだけぁ………あ、え?」
「ボクはこの町でファミリアを抱える神様の一人なんだけど、ウチに入らないかい!?」
ぴきっと固まった少年は、脳の処理が追いつかないのか暫くフリーズしたのち――
「か、神様ぁああああああああああああっ!?」
その日、神住まう土地オラリオに一人の駆け出し冒険者の悲鳴染みたナイスリアクションが響いた。
ベル・クラネル。リングアベル。
二つの鐘が、ヘスティアの下に集った。
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