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鐘を鳴らす者が二人いるのは間違っているだろうか

作者:海戦型
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2.ダテ男は伊達じゃない

 
前書き
モンスターはもうブレイブリーシリーズからガンガン引っ張ってこようかなと思います。 

 
 
 その日、モンスターが急激に強くなる10層を越えたダンジョン12層に、一際陽気な声が響き渡った。

「ショウターイム!!」

 片手に持った槍を軽く放り上げるように構え直し、狙いを研ぎ澄ます。
 眼球に映る目の前のバグベアーをよく狙い、距離を測り、極限まで腕を引き絞った。
 敵は一体、身体は大き目。まともに戦うより強力な一撃で畳みかけるのが正解だ。

 眼前には、人間の身体など紙切れのように吹き飛ばすであろう巨碗を抱えた殺人熊。こちらの身体の数倍はあろうかという巨大な魔物は、剥き出しの野生と殺意を込めてこちらに肉薄してくる。正面から見たらその迫力は凄まじく、気が弱い人間ならば場違いなく戦意をそがれているだろう。

 ――だが、こちらは到って冷静だった。当てる、と心の中で静かに宣言する。
 歯を喰い絞り、全力で踏み込んだリングアベルは叫びとともに槍を投擲した。

「貫け、『ホライズン』ッ!!」

 一気に解き放たれた超速の投擲はリングアベルの狙い通りに空を駆け――避けようと身をよじったバグベアーの腹部を貫通した。

『グオアァァァアアアアアアアッ!?』

 断末魔の叫び声を上げたバグベアーが血を噴出させながら、ゆっくりと倒れていく。
 やがて、ズゥン!と衝撃が響き、魔物は完全に絶命した。
 投擲から勝手に放物線を描いて帰ってきた槍を空中でキャッチしたリングアベルは、すぐさま殺した魔物から魔石を回収する。戦っているうちに不思議と思いついた技だったが、想像以上の威力に少し驚いた。

「というか、今更ながら俺はどうやって投擲した槍を回収したんだ?勝手に返ってくる機能なんて無い筈だが……まさか、記憶を無くす前はマジシャンってことは!………ないか」

もしそうならば手品でも覚えて女性を喜ばせるネタに使えると思ったのだが、恐らく違うだろうとリングアベルは見当をつけた。

「これが俺の得た恩恵(ファルナ)の力なのか……あるいは噂に聞く『アスタリスク』の力か?取り敢えず戻ったら女神ヘスティアに訊ねてみるとしよう」

 ダンジョンを探索する冒険者となって数日しか経っていないリングアベルには知らないことが多すぎる。元来が女性を口説く知識と最低限の戦いの知識以外は無頓着な性質であるため、ひょっとしたら説明に聞き落としていた部分があるかもしれない。
 ともかく、今日は魔石やドロップアイテムも十分回収したし、少々深くに潜りすぎた。
 リングアベルとしてはこの層の魔物と戦うのに特段の不自由は感じないのだが、初心冒険者であることを理由に周囲を心配させるのも申し訳ない。特に初日に7層ほどまで行った日にはギルドの担当係官にもヘスティアにも大目玉をくらってしまったものだ。

「知らず知らずの慢心で傷を負って女の子を泣かせるようじゃ未熟者の証だ。涙は嬉し涙に限るよな!」

 別に慢心している訳ではないのに、発言内容を聞いていると油断してそうに聞こえてくる。これもある意味リングアベルが平常運転である証なのかもしれない。
 今日の成果に驚き自分を褒め称える女性陣を勝手に想像しながら、リングアベルは上機嫌に上層へ戻っていった。



 が、嬉々として報告したところ、女神さまの反応は芳しくなかった。

「リングアベール………いや、確かに嬉しいんだよ?キミが働き者だというのもよく分かるし、キミの登場で我がファミリアはじゃが丸くん以外の夕食を得るという空前絶後の好景気状態だ。だけどね………12層まで潜ったってどういうことだい!?危ないから深い層に行き過ぎないようにってあれほど口を酸っぱくして言った筈だよね!?」
「あぁ……その、心配させてしまっただろうか?」
「するに決まってるだろう!キミはボクの唯一のファミリアなんだよ!?言うならば家族だよ!?これで心配しない訳がないだろう!!」

 ヘスティアの声色からすると、かなり本気で心配させたようだった。言葉の選び方を間違えたな、とリングアベルは自分が失敗したことを自覚した。どうも予想以上に子ども扱いされているようだが、事実彼女からすると自分などガキも良い所だろう。何せ神なのだし。マナー違反なので年齢も聞いてはいない。

「しかしなぁ、ちょっと大袈裟すぎやしないか?あそこの魔物程度なら俺にだって対処できた。それに、これでも念のために早めに引き返したんだぞ?そう、キミのために!」
「ボクの為を想うんなら3層くらいで我慢しておいてよ!キミは『冒険者は冒険してはいけない』という名言をもう忘れてしまったのかい!?安全第一なんだよ、ここは!!」
「むぅ………気難しい女神さまだ。どうも俺にはその辺の勝手がわからないみたいだな……」

 怪我ひとつなく帰って来たのにと少々不満はあるが、この冒険者という職種は想像以上に死人が多いようだ。そんな彼女から見れば、リングアベルは危険な場所で遊ぶ子供くらいには危なっかしい存在らしい。

(女の子を泣かせるようじゃ未熟者の証……か。これからはもう少し自重する必要があるな)

 女性の為なら自分を曲げることくらい訳はない。
 リングアベルはそういう男だった。



 = =



 自分がどれほど危険な事をやっていたのかを全く自覚していないファミリアに溜息をつきつつも、ヘスティアは目の前の青年の能力の高さに少し驚いていた。ステイタスが、ではなく魔物相手に怪我ひとつなく戻ってきたことにだ。

 前から薄々感付いてはいたが、やはりリングアベルの身体には明らかに魔物との戦い方が染みついているようだった。記憶を無くしても肉体はその動きを覚えている、という話はよく聞く。恐らく記憶があった頃の彼はかなり魔物と戦い続けてきたと思われる。

 それが証拠に、契約を交わした時に見せてもらったステイタスはレベル1ながら能力値が軒並みCランクという異常な高さを示していた。ダンジョンで冒険者をしながらも未だにレベル2になれない人と比べれば、雲泥の差と呼んで差支えなかった。

(それに、スキルも気になる……いったいリングアベルの過去に何があったって言うんだ?)

 彼のスキルには、最初にヘスティアが抱いた蓋という印象をそのまま表すかのように『暗黒雲海(ブラックブラインド)』という名前が刻まれていた。
 『暗黒雲海(ブラックブラインド)』――その効果は、「忌まわしき過去を経験とスキル諸共封じ込める」というもの。これがどうやったら解けるのか、そして解いた時にリングアベルがどうなってしまうのか、それは不明だ。だが、自らスキルという形にしてまで封じ込めた「忌まわしき過去」を、本当に彼が取り戻していいのだろうか。そう思ったヘスティアは、思わずそのスキルを見えないように消した。

(ごめんよ、リングアベル。ボクはこれを君に見せる勇気がない)

 これは、背信行為だ。彼の記憶を取り戻す事に助力すると言っておきながら、都合の悪い事実をヘスティアは隠蔽した。
 そうしないと、彼が壊れてしまうような――そんな漠然とした不安に駆られて。
 いっそ心を壊すくらいなら、失ったままでいいから笑っていて欲しい。
 それが、ヘスティアの本音だった。

「時に女神ヘスティア。今日、魔物に槍を投擲したらひとりでに手元に戻ってきたんだが、これは恩恵(ファルナ)の力なのか」
「あ、ええと………いや、そんな力はない筈だ。君にはそんなスキルも発現していないよ」

 リングアベルの質問で我に返ったヘスティアは、しどろもどろながらそう答えた。
 怪しまれただろうか、と顔色をうかがうが、今の彼は自分の思考に没頭して不審には思われなかったらしい。

「となると、やはりこれは噂に聞く『アスタリスク』の加護なのか……?」
「その可能性はボクも高いと思うよ。初期ステータスが異常に高かったのも頷ける」
「アスタリスク………天上の神が地上世界に降り立つより更に過去から人類が握っていたアーティファクトか。確か今はその殆どをクリスタル正教とその隣国エタルニア公国が管理しているんだったな」
「うんうん、勉強熱心で感心だね!そう、アレの力なら恩恵(ファルナ)と同程度の加護を受けることができるから、君の強さも説明がつく。まったく誰だか知らないが凄いものを作り上げたものだよ……」

 アスタリスク。それは神が地上と交友を断っていた空白の期間に急激に普及した「クリスタル正教」に伝わる秘法の輝石だ。これを使うと、輝石に刻まれた特定の戦士のスキル、能力値、加護を継承する事が出来る。その代り、鍛錬を積まなければ本当には強くなれないという点において、冒険者と似たような条件ではある。

 いつ、だれが、どのようにそれ作ったのかは神でさえその詳細を知らない。
 何故ならば、クリスタル正教には通常の宗教ではいて当たり前の、崇めるべき主神が存在しないからだ。神がいれば、神々の間で話が出回るだろう。だが、あの宗教が崇めるのはあくまでクリスタルであり、神とは何の関係性も存在しない。

 世界を構築する四大元素である風、水、火、土の集積体である4つのクリスタルに祈りを奉げる事でこの世界の維持を幇助する、というのが基本的な考え方で、『無償の祈り』にその絶対価値を置く。ヘスティアたち神々がクリスタル正教に関して知っているのはそのくらいだ。

「きっとリングアベルはクリスタル正教かエタルニア公国のどちらかで、その職権付与を受けたことがあるんだろう。無論これは仮説でしかないが、特にエタルニアはダンジョン外の魔物討伐を一挙に引き受ける軍事国家だ。あそこにいたならその身のこなしも説明がつくよ」
「俺としては正教の方がいいのだが。神殿にて敬虔な祈りを奉げる無垢な巫女たちに、是非ともお近づきになりたい!!」
「そんな理由!?もう、リングアベル!真面目な話してるんだよ!」
「大真面目さ!軍事国家なんて女の子が少なそうじゃないか!俺は嫌だぞそんな所!!」
「……最北端の国エタルニアにはスタイルの良い美人が多いことで有名だよ」
「公国も悪くないなっ!!」

 そしてこの掌返しである。この女性関連限定で発動する気持ちの切り替えの早さに、ヘスティアは呆れて物も言えなかった。記憶を失う前もこの調子で女性ばかり追いかけ回していたんだろうか、それとも記憶が消えたせいでこうなったのだろうか。

「どっちも嫌だなぁ……」
「ん?何か言ったか女神ヘスティア?」
「何でもない!それより、そういうことだからギルドを通して両国に確認を取ってみたらどうだい?オラリオとは山脈を隔ててるから交友は少ないが、ギルドならとりなしてくれるだろう」

 これが切っ掛けで記憶が戻ってしまう不安はあるが、もしかしたら向こうに彼の本当の家族がいるかもしれない。彼のみを憂い、毎夜眠れぬ日々を送っているかもしれない。もしそうならば、やはり彼を知る人間を探すべきだろう。
 こんなジレンマを抱えるのは我ながらおかしいと思う。
 でも、それほど彼の問題は手に余る問題なのだ。
 神の癖に人ひとり満足に助けられない、とヘスティアは自分を恥じた。

「流石は我が女神!貴重なアドバイス、確かに受け取った!」
「ははは……いいんだよそんなこと。ファミリアなんだから甘えなさい!」

 だからこそ、リングアベルの笑顔を見る度に――小さく心が痛む。

「俺は甘えるより甘えられる方が好きでね。いつかは女神ヘスティアが俺に甘えてくれるように精進するとしよう!」
「………キミってやつは自分の主神まで口説こうとするなんて前代未聞だよ!まったく、こっちからしたらキミなんてまだまだ子供なのにぃ……」
「はっはっはっ!!年齢差は愛を阻む絶対の障壁たりえない!!」

 今日もキザっぽくバッチリ笑顔を決めているリングアベル。
 とてもいい笑顔だと思うが、内容が内容なだけにこの女たらしめ、としか思わなくなってきた自分がいる。こちらは家族的ファミリアとして接しているつもりなのだが、彼はいつまでたってもこちらを女性として見ることを止めようとしなかった。そのことが頭痛の種で………まぁ、ちょっと嬉しくもあるのだが。

「調子がいいんだから……そんなに女の子を口説きたいなら『豊饒の女主人』のミアさんでも口説いてみたらどうだい?」

 町の酒場『豊饒の女主人』の女将、ミア・グランドは肝っ玉母さんとして知られる元一流冒険家のドワーフだ。そのドワーフとは思えないほど大きな体躯と持ち前の迫力に加え、神でさえ対等に扱う器の大きな女性である。
 無論、彼女を口説いた男など聞いたことがない。というか口説いた先から首の骨をへし折られそうだ。これにはさすがのリングアベルも閉口するだろう。
 と、思ったが。

「ああ、ミス・ミアならばもう声をかけたぞ?」

 ずがっしゃーん!と音を立ててヘスティアは椅子から転げ落ちた。

「本気で口説いていたのかい!!節操なしのプレイボーイにも程があるでしょ!?あらゆる方向で冒険しすぎだよっ!!」
「面白いと言う評価は受けたが、生憎俺はマダムの好みではなかったらしい。いや、あの豪快さもまた女性としては魅力的だな!」
「………どこまで本気なの?」
「俺はいつだって本気だよ。遊びで女性に付き合うなんて相手に失礼だと思わないか?」
「あぁぁぁぁぁ、もう本当にこの子はぁぁぁ………」

 ところ構わず相手も選ばず口説きまくっているこのルーキーの存在は、既に町で噂になっている。ヘスティア・ファミリアに変な女たらしがやってきたという面白半分の理由で。それでいて本人は常にこの調子なのだから、もう「これがリングアベルという男だ」と思うしかないのだ。

 ――これで既に心に決めた女性がいるというのだから、本当に困った子だ。

 ヘスティアは心の底で、これから彼に出会うだろう「イデア」という少女に小さく同情した。
  
 

 
後書き
結構書くの難しいですね、リングアベル。
ネットでは彼が嫌いだって人も偶に見るんですが、個人的には男にも女にも嫌われない凄く絶妙なキャラだと思います。女たらしなんだけど、それ一辺倒じゃなくて意外と男とも仲良く出来る。それにティズの恋の後押しするようなことを言ったり、不安でいっぱいなパーティメンバーの中で常にブレない意志の強さも魅力でした。

さて、そろそろベル君を登場させてツインベルにしますか。 
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