革命家の死
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1部分:第一章
第一章
革命家の死
当時の中国は狂気の中にあった。
文化大革命によりだ。多くの人命と財産が奪われていっていた。その犠牲は途方もないものだった。
そしてその破壊と混乱の中にだ。一人の男がいた。
林彪だ。中華人民共和国建国の功労者の一人にしてだ。人民解放軍の実力者だ。
その彼は積極的にだ。この破壊を推し進める毛沢東を支持していた。その結果だ。
彼は毛沢東自身に後継者に任じられた。それを見てだ。
日本から来ていたある新聞の記者、彼の名を秋生としておこう。尚本名ではない。
その彼がだ。部下や周囲に言ったのである。
「次は間違いないな」
「林彪ですね」
「あの人が中国の次の国家主席ですね」
「少なくとも周恩来じゃない」
当時の中国の首相だ。優れた行政手腕の持ち主として当時から知られていた。また温和で高潔な人物としても有名だった。だがその彼が後継者ではないというのだ。
「毛主席直々の任命だからな」
「ですね、あの人の言葉ならです」
「間違いありませんね」
「次の中国は林彪ですね」
「あの人が動かしていきます」
「文化大革命もさらに進む」
彼等は文化大革命について知らなかった。何一つとして。
彼等がいる北京でも頻繁に見られる自己批判やそうした狂気もだ。それもだった。
彼等にとっては反動分子への糾弾でありだ。むしろ正義だった。
その正義から見てだ。秋生は彼等の名前も出したのである。
「劉少奇も鄧小平も愚かだったな」
「ですね。革命に逆らうからですよ」
「走資派になったからああなったんですよ」
「劉少奇は死にましたし」
それはまさに殺されたと言っていい。だが勿論彼等はこの事実を知らない。事実に薄々は気付いていたのだがあえて見ていなかったのだ。それは報道にも出ていた。
そしてだ。劉少奇ともう一人の彼のことも話すのだった。
「鄧小平も失脚しましたし」
「もう生きているだけですね」
「周恩来は何とか庇ってるみたいですけれど」
「彼の復活はありませんね」
「絶対に」
「ああ、絶対にない」
秋生は鄧小平についてはこのうえない侮蔑を込めて言い切った。
「毛主席に批判されたんだ。それならな」
「革命の敵ですからね」
「もう二度と甦らない」
「あのまま朽ち果てるだけですね」
「だから林彪だ」
また言う彼だった。
「林彪の時代になるぞ」
「じゃあこのことを本社に流しますか」
「我々はそうしますか」
「誉田に負けられないな」
秋生はふと同じ社にいる最近売り出し中の記者の名前も出した。
「あいつのルポはかなり凄いからな」
「ですね。よくもあれだけ書けるものですよ」
「凄い意気込みですから」
「書いている内容は殆ど嘘だがな」
秋生は誉田についてはよくわかっていた。彼の取材がどういったものかを。
「ただ言われていることを書いているだけだ」
「そうですね。検証していませんからね」
「一方的に書いてるだけですから」
「大体日本刀で百人斬りなんてできないしょ」
部下の一人が秋生にこのことをだ。こっそりと囁いた。
「うちの系列のテレビ局でも時代劇やってますけれど」
「あれで刀で人斬ったらすぐに拭いてるな」
「一人斬ったら血や脂が付いて斬れなくなるからですね」
「ああ、そうだ」
秋生も知っていることだった。このことはだ。
「一人か二人斬って終わりだ。骨なんかに当たったら刃がこぼれる」
「だから百人斬りなんてとてもですね」
「斬れたものじゃない」
しかしその誉田という男はだ。その事実を全く検証せずに書いているというのだ。仮にも事実を書くという新聞記者がだ。尚この誉田という名前も本名ではない。
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