ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐
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第2章 夜霧のラプソディ 2022/11
12話 生存者達
第三層主街区《ズムフト》を象徴する巨大な三本の大樹は、その内部を大きく刳り貫いたかのような洞を以て、街の機能を内側に取り込んでいた。要するに、壮大なスケールのツリーハウスか或いはそのまま《ツリータウン》という風情だ。多くの施設が樹の内側に犇めき合い、街の喧騒と、樹が放つ芳醇な森の香りという、どこか相容れない二つが混在する。この香りの正体が植物の防衛機構だった事を考えると、この樹々は何から身を守ろうとしているのか、考え出すと人間の深い業に行き着いてしまいそうで怖いから、あえて核心に迫らぬように自戒したのはベータテストの頃だったか。
さて、場所は《迷い霧の森》から移動して俺達の借家。顔ぶれは当然の事ながらキッチンで鼻歌混じりに何やら作業するヒヨリ、揺り椅子にはアルゴと、テーブルに面した長いソファには先程助けたPTの三名が座っている。救助も成功し、人命第一を順守して帰還した運びだ。
来客であるPTプレイヤーは珍しいことに全員が女性――――というよりは、女の子というような年齢のようだが――――であった。第一層のボス攻略の男女比から推測しても、前線に出る女性プレイヤーは極めて少数であると推測される。現に、俺の記憶の中での女性プレイヤーなど、今は懐かしい《寝袋女》と《天然相棒》くらいのものである。女性プレイヤーに関わらず、攻略の前線に身を置くプレイヤー達に共通する点があるとすれば、そのどこかに秘める強さ、死という恐怖を乗り越えるに足る芯の部分だと思う。だがしかし、救出した彼女等にはそれが希薄に思える。どうしてかは知らない。恐らく推測では答えなど出ないだろうが、それでも彼女達は十体ものエルフと交戦し、短い時間であっても、俺達の到着まで戦線を維持するだけの力量がある。
戦える技術とステータスは保持している。しかし、それを培うに至らしめた根拠が、それこそ個々のスタートラインの形とも言える芯が欠如している。死のリスクを覚悟しながら戦うことを選んできたにしては、まだ為人を判断するには未熟な俺の目にも、あまりにも強い矛盾に思えてならない。あるいは、揺らいでいるのかもしれないが。
「安物だけど、これで勘弁してくれ」
机の天板に視線を落とした三人に、とりあえず茶――――第三層主街区の露店で購入。十セットで三十コル也――――を差し出す。コップがいきなり視界に割り込んできた事もあってか、壁型装備の小柄な少女が驚いたように肩を震わせつつも、細い声で礼を言ってくる。他の二人も沈んだ声で口々に礼を述べるのを聞きつつ、最後にアルゴにも手渡す。
比較的よく座っているソファは貸し出しており、見知らぬ女の子とテーブルを囲むほどの度胸もないので、やむなくチェストに腰掛ける事にした。会話もなく手持無沙汰でいると、髪を緑に染めた少女――俺よりは間違いなく年上に見える――が、おずおずと視線を向けてくるのに気付いた。
「茶は苦手だったか?」
「いや、そうじゃなくて、その………変な事聞くかもだけど、キミ達も森を探索してたんだよね……?」
「まあ、そうだな………?」
会話が途切れる。というよりは、そこから先に進展させるのを躊躇っているようにも思える。話したいことは定まっているけれど、口に出せないとでも言いたげな、苦しげな表情が見て取れた。しかし、向こうの話を聞くまではどうしようもないし、ここから話題を切り出せるほど俺は強くないのだ。再び時間が経過してゆくかと思われたが、それも束の間、アルゴが口を開いた。
「………もう捜索は止めたほうがイイ。今回は運が良かったけド、次は無いゾ」
《鼠》のアルゴから告げられた、あたかも抜き身の刃じみた言葉を受けた緑髪の少女は、悲痛な面持ちで俯いてしまった。小柄な少女に至っては、今にも泣き出しそうだ。そんな中、今度は黒髪を後ろで纏めた、長身で大人びた印象の少女が席を立ち、アルゴの前に歩み出る。
「アンタ、情報屋だか何だか知らないけど、アタイらの行動に口を挟ねるほど偉いのかい?」
「………何度も死にかけてるのに、またリスクを冒すのもナンセンスだと思うけどナ」
アルゴに相対する少女からは今にも胸倉に掴みかかりそうな殺気が漂う。交錯する視線、一触即発の空気は運良く不発でいてくれた。
「………ふざけやがって、何が情報屋だ」
しかし、他のPTメンバーが不安そうに見守るのに気付くと、深呼吸のような溜息を一つ漏らして、少女は踵を返して玄関へと向かう。
「ごめんなさい。嫌な雰囲気にしちゃった………帰るね?」
辛そうな笑顔を向けて「助けてくれてありがとう」と最後に告げられ、借家から去ってゆく。他の少女も次々に出ていくのを何も出来ずに見送ると、アルゴは溜息を吐いて項垂れる。
「………外で話そうゼ?」
今の遣り取りの一部始終を見てしまっては、もう無関係でいるのも難しいのかも知れない。
バルコニーを視線で示すアルゴに頷き、ガラス張りの引き戸を開けて外に出る。低層とはいえ、きっちりとした矩形で構成されていないが故に階層ごとの天井までの高さや床の厚さもまちまちなため、3階という位置にありながら地上50メートルは離れている。枝は天辺に密集して生えていることから視界は開けていて、眼下に広がる緑の絨毯を余すことなく一望できた。
バルコニーの引き戸を締め、指示されたとおりに施錠すると、アルゴは既に端に寄りかかって景色に目を落としていた。横に立つと、アルゴは語り出す。
「まさか、リンちゃん達があの子達を助けるなんて思わなかったヨ。いやー、世の中狭いもんダ」
「やっぱり知り合いだったか」
「知り合いというよりは、情報を持ってただけだけどナ」
苦笑いを零しながら、アルゴは森を見る。どこか睨み付けるような視線は、ただ景色を眺め見ているだけとは思えない。
「………あの子達は、オイラの《攻略本》の不備でメンバーを一人亡くしてるんダ」
「不備?」
《アルゴの攻略本》は、アルゴが情報源とする某ベータテスターから取材、得た情報を編纂、製本してNPCショップに委託配布している、新規プレイヤー達への攻略指南書である。精緻に纏め上げられた内容は、階層における地形にはじまり、ショップの品揃えから、出現モンスターの特徴やクエストの情報、果ては別冊形式でフロアボスまで網羅される珠玉の逸品である。第一層ボス攻略までに多発したプレイヤーの死亡もまた、この攻略本の出版があってからは大幅に犠牲者を減らしている。その実績からくる信頼度は最早プレイヤー間では不動のものであり、バイブルとしても名高い。
そんなベストセラー出版者の口から出た《不備》の単語に、思わず眉間に皺が寄る。アルゴだって人間である以上は何かしらの取りこぼしはあるだろうが、それが死に繋がるほど重大なものであるならば簡単に見逃してしまうだろうか。その認識と現状の齟齬が、俺の中では違和感となっていた。こうして場所を移動してから話し始めたのだって、人死に関連の話題故に、ヒヨリに聞かせないための配慮なのだろう。ヒヨリでは、誰であれ人の死は重く受け止めてしまう。俺以上に深刻に捉えてしまうだろうから。
「まあ、正確にはモンスターにイレギュラーなスキルがあったんダ。エルフ系のオフィサーに、周囲から同種族の小隊を呼び寄せる特殊スキルがあったらしイ。死んだその子は、膨れ上がったエルフの部隊からの撤退中に転んで、あの子達を逃がすために自分を切り捨てさせたらしい。第三層に進出して初の犠牲だったナ」
「そうか………」
気の利いた言葉も思い浮かばず、彼女達の身に起きた不幸に圧倒されていた。仲間を生かすために死んだプレイヤーに弔意を表するような奇特な真似は出来ないが、それとは別に、残されたあのPTの今後が案じられた。
同時に、思考する。オフィサーと名の付くエルフは、どちらの陣営であれ装備した武器に対応したソードスキルと《指令》スキルを習得している。《指令》スキルとは先に体験した通り、自身の率いる小隊に及ぶ範囲支援効果を付与するものだが、厳密には発動範囲自体は距離ではなく、《オフィサーが視認し得る範囲での友軍モンスター全て》であり、そこに距離も数も制限されていない。オフィサー自体が出現率がやや低いモンスターであるという点と、霧に鎖された森の中で数体の集団で行動していることを鑑みて、本来ならばその異常な有効範囲も蛇足程度にしかならないが、周りから他の小隊を呼び寄せるようなスキルが追加されたとするばらば、危険性は急激に跳ね上がる。今回の多数のエルフとの戦闘では奇跡的に攻撃を封じる形での発動であったが、仮にダメージ量と敏捷を上昇させる《ブリッツ・カーネイジ》を使用されていれば、間違いなく全滅していた。この最悪のシチュエーションが、オフィサーとの戦闘の際には常に高い確率で懸念されることとなるのだ。二層との難易度の差を考慮しても、素直に納得できない。
「不謹慎かもしれないけど、そのスキル、どのくらいの頻度で発生しているんだ?」
「昨日の一回だけだろーナ。それ以外では聞いてないんだカラ。でも、戦闘中に周囲から突然増員が駆けつけてきたらしイ。特殊なモーションも無かったそーダ。オイラも慌てて改訂版を出したけど、気を付け様もないし、難しいよナ………」
昨日、つまりは当の犠牲者が出た戦闘以外では未だ確認されていないということか。使用確率が低いのか、単に引っ掛けてしまったのか、ましてや発動時のモーションさえ確認出来ないのでは現場に同席したところで判断のしようのない内容である。しかし、キャンペーン・クエストやギルド結成クエストで森に踏み入るプレイヤーは必然的に多くなるはずだ。エルフとの戦闘が相対的に増えれば、同様に犠牲者の数も増えかねない。警戒してくれればいいのだが、第二層の攻略ペースの速度を見るに、正しく今は勢いがついている時期だ。流れがプレイヤー側にある、警戒心が脆弱になるタイミングだ。果たしてオフィサーとの戦闘を警戒するプレイヤーがどれほどいるだろうか。
「そんなわけで、あの子達は自分のPTが死んだことが実感として持ててないんだろーナ………ああやって、よく森に行ってるんだかラ」
彼女達の話は無理矢理締め括り、溜息を吐く。アルゴ自身も死んでしまったプレイヤーに対してこれ以上触れたくないという意思表示なのだろう。
彼女達は突然仲間を失った。理不尽なスキル一つで戦況を悪化され、手痛い傷を負った。俺ならば、どうするだろうか。現実として受け入れられるだろうか。ふと、そんな疑問が過った。如何に共に戦っているとはいえ、ヒヨリを守ることが俺の行動指針である。自分でさえそれは深く認識していて、ヒヨリが無事でいることが、恐らく俺の精神を保てる唯一にして最大のファクターだ。仮に、その場で命を失っていたのがヒヨリであったら、俺はどうなっているだろうか。不意に膨れ上がった疑問が恐怖を影のように落としながら首をもたげて見下ろしてくるような、そんな言い知れない不安に駆られた。彼女達に刻まれた苦痛は、ともすれば自分達にだってあり得るのだと、まざまざと痛感する。
「湿っぽくなっちゃったナ………とにかく、ダ。そこでオイラは例のレアエルフが怪しいと踏んでル。………例えば、その召喚系スキルを阻害するアイテムとかネ」
「………なるほどな」
会話が再開し、暗い思考を追いやることとする。
つまりは、アルゴなりのケジメの取り方なのだろう。モーションもない異常な特殊スキルに対して、何とか突破口を探ろうとしている。その折にレアエルフの情報を耳に挟んだのだろう。確かに、可能性を求めるならば申し分ない。特殊スキルについては実のところ手放しに信じることができないが、嘘を騙るために死ぬなど滅多なことではない。犠牲者が出ている以上は認める他無いわけだ。だが、幸いにもレアエルフは存在しているという信憑性は高い。捜索を続行する価値はあるはずだ。何か解るか――――あわよくば、その召喚スキルに対する対処法が発見されるかも知れない。
「先ずはレアエルフだな。それから考えればいい」
「うん、引き続き力を貸してク、レ………えっと、リンちゃん、アレは………?」
「何だあれ」
決意も新たに、レアエルフ捜索の指針を改めて掲げた矢先、異変が俺とアルゴの視界を襲った。
よくよく考えれば、救出したPTの面々も部屋を出ていて、俺達も施錠したベランダに居るわけで、そうなると必然的に取り残される形になるのである。それがひどく気に入らなかったらしく、いかにも不機嫌という表情をしていた。
端的にいうと、相棒が引き戸に張り付いていた。ガラス張りの引き戸に身体を全力で押し付け、部屋に一人取り残されたことに腹を立てて頬を膨らませながら、必死に横顔を張り付けて聞き耳を立てようとしていた。しかし哀れ、例え薄い引き戸であろうとも、ドアの持つ遮音機能は抜け目なく備えており、《聞き耳》スキルでも取得していない限りは戸や壁の向こう側の音声は全く聴覚情報として得られないのである。正直、見ているこっちが情けなくなってくる。
「うわぉ………、やっぱり大きいナ………」
「何やってんだ、あのバカ」
白けながら眺めていると、いよいよヒヨリが不機嫌で顔を赤くしながら震え出したので、やむなく室内に戻ることにした。一頻り怒られ、それから十五分間、ヒヨリは一切口を利いてくれようとしなかった。
後書き
PT避難完了、2章本筋へ。
あまり進展のない回でしたが、これから話が動き出すかと思います。
さて、エルフ系のモンスターはプログレッシブでも種類は幾つかありますが、こちらでもオリジナルで数種出ています。今回は、それらの設定を適当にぶちまけたいと思います。
●ダークエルヴン・オフィサー
●フォレストエルヴン・オフィサー
使用スキル:《片手剣》《細剣》のうち一つ
二連撃技使用可能程度
《指令》
防御上昇支援技能《ディフェンシブ・オーダー》→撤退指令
ダメージ量・敏捷上昇支援技能《ブリッツ・カーネイジ》
《召集》(?)
一定範囲の小隊を召喚する。
ドロップ品:片手剣…《オナー・オブ・クイーン》ダークエルヴン・オフィサー
《グロリアス・エクスプロイット》フォレストエルヴン・オフィサー
細剣…《オース・トゥ・クイーン》ダークエルヴン・オフィサー
《ナイツ・プラウド》フォレストエルヴン・オフィサー
防具…《ダークエルヴン・オフィサー》シリーズ
《フォレストエルヴン・オフィサー》シリーズ
薬品…解毒ポーション×1~4個
回復ポーション×1~4個
出現率は60%程度。男性型と女性型がいますが、ステータス的な差異はありません。男女平等です。オフィサーに限った話ではありませんが、キャンペーン・クエスト受領中及びクリア後は、味方陣営だったエルフは友好的なMobとなります。
●ダークエルヴン・エージェント
●フォレストエルヴン・スカウト
使用スキル:《短剣》
単発技程度
《投剣》
単発技程度(投擲物:毒塗り投げ針)
ドロップ品:短剣…《レイヴンフェザー》ダークエルヴン・エージェント
《ヴァルドハイト》フォレストエルヴン・スカウト
防具…《ダークエルヴン・エージェント》シリーズ
《フォレストエルヴン・スカウト》シリーズ
投剣…毒塗り投げ針×5~45本
薬品…解毒ポーション×1~2個
回復ポーション×1~2個
出現率はかなりのものです。やはり男性型と女性型がいます。《投剣》スキルによる投擲物は遭遇してからでしか投げてこないので不意打ちはないどころか、スキルエフェクトで見やすくなってます。ただ、投擲物自体に毒が塗布されているので、蜘蛛同様に解毒の用意が必要となります。乱戦中だとコワイ!
………意外と攻略本風?
アーチャーとシューターは文字数制限で次回持越しです。
ではまたノシ
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