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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第118話 歴史改竄

 
前書き
 第118話を更新します。

 次回更新は、
 6月24日。『蒼き夢の果てに』第119話
 タイトルは、『有希』です。
 

 
「ちょっと待ちなさい!」

 かなりの早足で一塁側のベンチに向け歩みを進める俺。その俺を呼び止める四回裏の先頭打者。
 ……と言うか、

「おいおい、ハルヒ。オマエさん、裏の回のトップバッターやろうが。俺を呼び止める時間的な余裕はないはずやぞ」

 一人に全力投球しただけで頭に巻いた包帯が緩んで違和感バリバリの状態。気分的には、さっさとベンチに戻って有希に巻き直して貰いたいのですが……。
 マウンドを降り、後二歩でファールラインを跨ぐ、と言う場所で立ち止まった俺が、左斜め後方に対して振り返りながら答えを返す。

 その場に居たのは……。

 陽光は冬に相応しい弱い物。但し、その陽光が跳ねる黒髪。白い……とは言っても健康な白い肌。他人……多くの同年代の少女たちがうらやましく思うであろう長いまつ毛。その虹彩さえも黒いのではないかと思わせる瞳は……相変わらず、何故か不機嫌そのものの少女の姿。

 少しは笑って魅せてくれたら、俺の中での彼女の評価もマシになるのですが……。

「あんた、フォークボールなんて投げられたんだ」

 それなら、なんであたしに変化球を教えてくれなかったのよ。
 かなり不満げな雰囲気でそう言うハルヒ。もっとも、この不満は仕方がない事。もしも、もう一球種ぐらい彼女が持って居たのなら、人外の三番と九番は難しいにしても、それ以外の連中ならばどうにか出来たかも知れなかったのですから。
 少なくとも十点は取られていないでしょう。

 ただ――

「俺が最後に投げたのはチェンジアップ。あれはフォークやないで」

 流石に早足でベンチに帰る訳にも行かず、さりとて立ち止まって長々と話し込む訳にも行かない状況。故に歩調をハルヒのそれに合わせながら、そう答える俺。
 そう、俺が先程の回の最後に投じたのはチェンジアップ。但し、チェンジ・オブ・ペースと言う、打者のタイミングを外すだけを主たる目的としたスローボールなどではなく、俺の投げるチェンジアップはフォークボール並みのブレーキの効いた鋭く落ちるタイプの変化球となる球。
 実際、決め球に持って来ても十分に通用する事は、強打の三番を三振に斬って取った事で証明出来たと思う。

 但し――

「感覚的に言うと人差し指と薬指で抜く感覚。ボールに一切の回転を与えないようにして投げる必要もある」

 深く握ると、どうしてもリリースの際に回転を与える事となる為に浅く握る事も必須。変化球……特にチェンジアップを投げる際に必須とされる、ストレートと同じ腕の振りを維持しなければならないのも当然。
 こんなプロ野球の投手が投げる変化球並みに難しい球、一日や二日でマスター出来るとも思えない。

 それに……。

「ハルヒ、手を出してみな」

 何でそんな事をしなくちゃいけないの、とか、あんた、手相を見る特技でもあったの、などと言う無駄口を叩く事もなく、素直に右手を差し出して来るハルヒ。
 もっとも、手の平を上に向けた状態。まるで俺が彼女の手相を見る為に手を出せと言ったのか、もしくはお手でもさせたいのか、そんな感じで手を差し出して来ている。

 コイツ、頭は良いけど、野球に関してはほぼ素人か。そう考えながら上に向けられていた手の平を右手で俺の方に向け、彼女の手の平にグローブを外した左手を合わせる。
 ――意外に小さくて華奢な……彼女の性格的に言うと似合わない、割と繊細で整った指先に少しドキリとしながら。

「それに、これだけ手の大きさに違いがあると、投げられる変化球にも差が出るから」

 比べると指の関節ひとつ分以上、大きい俺の手と、小さく白い手のハルヒ。完全に合わせるとその二つの差は歴然。これだけの差があると、流石に同じ球――直球も、それに変化球も無理だと思わざるを得ないでしょう。

「大体、俺はこの決勝戦まで、ハルヒのストレートが簡単に打ち崩されるとは思わなかったからな」

 この学校にも漢が居た、と言う事やな。
 少し真面目な表情と声。しかし、内容はどうにもふざけているようにしか聞こえない内容の言葉で閉める俺。

 確かにハルヒの投げていたのはリトルリーグのエースクラスの直球。但し、ここは偏差値で言えば六十程度の中堅の進学校と言っても差し支えのない高校。まして、野球部員は野球のチームにエントリー出来ないシステムだった為、ハルヒの投球で十分に抑えられると判断していました。
 それに守備は鉄壁。チームの攻撃力も高い。このチームが追い詰められるなどと考える方がどうかしていた。

 普通の素人の野球はコントロールを乱して自滅するか、守備が壊滅するかの二択。そのどちらも当て嵌まらないチームですから。
 この一年六組の野球チームは。

 それに、わざわざハルケギニアから追っ手がやって来るなどとは考えて居ませんでしたから。
 確かに相手の能力。――時間と空間の法則を超越した存在。すべての時と共に存在し、あらゆる空間に接して居ると言う記述を信用するのなら、ヤツ……自称リチャードの能力のひとつは次元移動能力。これを活用すれば例え異世界に追放された相手でも追い掛ける事は可能です。
 しかし、可能だからと言って、それを行う意味が有るかと言われると……。

 俺が、俺自身を過小評価している所為なのか、それともヤツラが俺の事を過大に評価しているのか。現状では情報不足により詳しい理由は分かりませんが、今回のこの介入に関しては取り敢えず現状の……異世界に追い出した俺と、一度阻止された介入に対する様子見。それに合わせて少しチョッカイを掛ける程度の接触なのでしょう。無理に理由を探すとするのならば、ですが。

 俺を殺す心算なら、住んでいる惑星ごと破壊する事は可能……のハズ。いや、そもそもゴアルスハウゼンの事件の時に息の根を止める事も、やつらには不可能ではなかったのでしょうから。
 しかし、そんな真似を行う事はなかった。
 更に、この世界にも歴史改変などの介入を行って居たはずなので、更なる介入が可能かどうかの調査、的な意味も有りますか。

 おそらく――
 おそらく、俺がハルケギニアに再召喚されないのも、何らかの方法でヤツラが関わっていると思えますし。

 しばし手の平を合わせたまま、無言で見つめ合う俺とハルヒ。但し、俺の方は単に意識が別のトコロを彷徨っていただけ。
 ハルヒの方の意味は分からず。おそらく、状況に流されているだけ、なのでしょうが……。

「あんたの手って意外に……」

 何か言い掛けて言葉を止めるハルヒ。意識して口にした言葉と言うよりは、無意識の内に呟いて仕舞ったと言う雰囲気。
 その瞬間、微妙な気が一塁側のベンチや、その周囲に居る応援団の女生徒たちから発生。陰陽入り混じった少し複雑な気配。

「――意外に?」

 そしてこちらも深く考えもせずに疑問を口にして仕舞う俺。多少、意識が背後から発生した複雑な気の流れに意識が持って行かれた、と言う理由も有ります。思考の迷路。ハルケギニアからやって来た二人の目的に対する追及に思考の大部分を費やして居た、と言うのも大きな理由でしょう。但し、多分、これは余計な問い掛け。ここは聞こえなかった振りをするのが中の策。上策は、意外な訳はあるか。俺の手は綺麗なモンやで。……が正解だったと思う。
 何故なら、

「べ、別にあんたに言った言葉じゃないわよ!」

 予想通りに、少し挙動不審ながらも俺の問い自体を否定するハルヒ。当然のように、合わせていた手はひっこめられる。
 そう、これは明らかに対応を誤ったと言うべき状態。そもそも、こんなへそ曲がりを相手に真面な対応を求める方が間違って居る。それなら、――妙なツンデレモドキの対応をされるぐらいなら、素直に彼女の言葉の先を予想してボケを入れた方がマシ。
 意外に、に続く言葉を想像するぐらい、それほど難しくは有りませんから。

 背後に発生した気配が、ハルヒの台詞を聞いた瞬間に少し落ち着きをみせた。これはおそらく、ハルヒの対応が、そのギャラリーたちの考えた対応から大きく外れて居なかった、と考える方が妥当。
 但し、この反応は所詮、仮初の客人(まれびと)に過ぎない俺に取っては少し……。

「さぁ、この回で逆転するわよ、三番バッター!」

 あまり多くの人間の印象に強く残るのは問題があるかも知れない。……などと考えた瞬間、普段通り、喝を入れるには強すぎる一撃に空を切らせたのでした。
 当然、その後に続く、なんで避けちゃうのよ、と言う言葉は素直に無視した事は言うまでもありません。


☆★☆★☆


 ここより急に投手戦の様相を呈し始める球技大会決勝戦。

 四回裏、六組の攻撃。
 一番ハルヒ。二番朝倉は前の回までの自称リチャードくんとはまるで別人となった球威と切れの球であっさり三振。
 ……と言うか、元々高校球児並みだったのに、其処から更に上がって、現在では甲子園常連校のエース程度にはなっている。

 続く三番の俺は四球。まさか、先ほどの打席で頭部に当てた死球によってイップス……精神的な要因の運動障害を起こすような、そんな普通の人間の精神は持ち合わせていないと思うので、これは俺との勝負を避けたと言う事なのでしょう。
 かなり能力を制限されているにしても、野球に関する限り俺の方が能力も技術も上、と言う事が判明したと思いますが……。
 まぁ、何にしてもこれでツーアウト一塁。

 しかし、ここで四番の有希は敢え無く凡退。ここまで妙に余裕のある投球を続けて来た自称リチャードくんでしたが、矢張り、彼自身は今回の勝負に勝ちに来ているのは間違いない。
 ただ、その際に何か有希に対して話し掛けて居たのですが……。

 四回裏の攻撃前の俺とハルヒのやり取りが、何か悪影響を……。

 五回表、九組の攻撃。
 負傷退場した四番に代わって入った控えのサードは右打者。余程、内角を捌くのが上手い打者でない限り俺の変化球をバットの芯で捉えるのは難しい。
 ワンストライクからの二球目。鋭く曲がりながら落ちるシンカーを引っかけてサードゴロ。
 五番はワンエンドワンの三球目のチェンジアップを打ち上げてセンターフライ。
 六番は初球のツーシームに詰まってショートゴロ。

 右打者が並ぶ四・五・六番を封じて、僅か六球でチェンジに。
 確かに四回は、打ち気のない早いカウントは甘い変化球でストライクを取りに行きましたが、それに対応したのかどうかは微妙な感じですか。
 どちらにしても、このリズムを攻撃に活かせられれば……。

 そうして始まった五回の裏。
 先頭の万結、続くさつきが連続ヒット。有希が凡退した同じ球を、このふたりがヒット出来たと言う事は……。
 ただ、何にしてもノーアウト一塁・二塁。このチャンスに続く七番の弓月さんは敬遠のフォアボール。俺の時はキャッチャーが座った状態での、敬遠か、それとも勝負に行って偶々ボールになったのか分からないフォアボールでしたが、今回の四球はキャッチャーが立ち上がった状態でのフォアボール。
 これは明らかに作戦。

 そして続くのは……。
 非常に頼りになる八番、九番で簡単に三つのアウトを取られて攻撃終了。
 打てないのが分かっているのなら、ただ突っ立っているだけでもチャンスがハルヒにまで繋がる、……と言う事ぐらいは理解して貰いたいのですが。

 結局、ノーアウト満塁と攻め立てても得点は一切、動く事もなく二点差の八対十。



 そして現在は――

「ボール。フォアボール」

 六回表が始まってから三人目のフォアボール。都合十二球連続のボール判定でノーアウト満塁の大ピンチ。
 ……と言うか、

「ちょっと、今の球の何処がボールだって言うのよ!」

 セカンドから怒りの声が飛ぶ。但し、その相手は俺の脇を通り、有希の後ろに立つ黒い完全防備の野球部所属の男子生徒に向かって発せられた声であった。
 そう、五回表の攻撃と違い待球戦法に切り替えた九組。そして、五回裏の六組の攻撃で危機感を抱いた主審の対応が変わったタイミングが見事に合致した。

 それは……。

「ボール。フォアボール」

 終に十六球連続のボール。つまり、九組の選手が見送れば、それはそのまま全てボール球と判定される、と言う事。
 六回の表の先頭打者。九組のショートが何の苦労もなくベースを一周して還って来た。これで八対十一の三点差に。

 ……いや、その点差以上にもうどうしようもない状況へと追い込まれたと言う事。

 仕方がないか。
 軽い嘆息と共に、そう小さく呟く俺。一般人に害を与えるのは忌避したいのですが、状況がそれを許さない状況。
 少なくとも、こんな小物に俺の命運を左右される訳には行きませんから。

 かなり根性のねじ曲がったかのような笑みを浮かべながら挨拶を行った後に、右のバッターボックスへと入る九組の二番打者。但し、バットを真面に構える事もなく、まるで有希が行うような身体に一切の力が入っていない、ただバットを担いで突っ立っているだけの状態。
 ここから真面にバットを振り出せるほどの鋭い踏み込みが出来る能力は、この二番センターの選手はこれまでの三打席で示してはいません。故に、これはただ突っ立っているだけで一塁に出る気満々と言う事なのでしょう。
 もっとも、現状では更に打点のオマケ付きなのですが。

【有希】

 サイン……と言うか、次の球の要求が来る前にこちらから話し掛ける俺。当然のように【言葉】にしての答えはない。しかし、キャッチャーマスクの向こう側から瞳のみで次の言葉を要求する有希。

【次の初球、スクイズ警戒の振りをしてピッチドアウトしてくれるか?】

 ピッチドアウト。つまり、スクイズを警戒してバッターの届かない外角に大きく外れる球を投げる、と言う事。
 もっとも、それは表向きの理由。本当の目的は――

 微かに……本当に、動いたのか、動いて居ないのか。普通の人間には見分けが付かないレベルで首肯く有希。

 そして、こちらの方は有希から出されたサインに首肯く振りをする俺。状況はノーアウト満塁。点差はこれ以上、広げられるとかなりマズイ三点差。
 セットポジション。その瞬間にアガレスの能力を発動。自らの時間を自在に操る能力の行使。そして、その術に続き肉体の強化も行う。

 刹那。
 あらゆる色彩を失い、完全に凍結した世界――時間の中、動かない身体と、明晰とは言わないまでも普段通りに動き、考える事を止めない頭脳とのギャップに違和感を覚えながらも投球動作を行う俺。
 大きく足を上げ、軸足に乗せた体重を前方へと踏み出す。スムーズな体重移動と、そして同時に生来の重力を操る能力を駆使して、踏み出したスパイクを履いて居ない足が滑り、体勢が崩れる事を防ぐ。
 腕を大きく振り、灰色に染まる空気を切り裂き、リリースの際に一瞬の間を置く事により打者のタイミングを外す――

 普段は感じる事のない圧力。この状況では、未だこちら側に有利な形での陣を敷く事に成功していない、と言う事になる。ただ……。ただ、このままでは望みの効果を的確に与える事が出来ない可能性もゼロでは有りませんが……。

 音速の十分の一よりは勢いのある球が、立ち上がった有希のミットを目指して一直線に――
 いや、違う。確かに高さは立ち上がった有希の顔の辺りを目指している。しかし、コースが違う。ボールは、そのままホームベースの真上を通過。
 そして――

 そのままバックネットに直撃。大きく跳ね返ったボールを有希がキャッチ。その時には既にホームベースのカバーに入って居た俺へとボールをトス。
 この一連の流れがほぼ瞬時に行われ、キャッチャーのミットに触る事すらないワイルドピッチ状態であったにも関わらず、サードランナーは一歩も動けずに終わった。

 まぁ、サードランナーは鈍足の八番キャッチャーの選手。ノーアウト満塁で、少々ボールが逸れたぐらいで無理に突っ込んで来る必要はなし、……と判断しても仕方がないでしょう。
 流石にキャッチャーらしい状況を見た良い判断だ、と誉めるしかないでしょうね、これは。
 それに今回の目的はサードランナーをおびき出すのが目的などではなく……。

「審判さん、すまなんだな。どうにも力み過ぎて、コントロールがままならなんだわ」

 まぁ、俺がノーコンなのは知っているから、きっちり避けてくれたみたいやな。これなら身体の方は大丈夫やろう。
 サードランナーを目で牽制してから、ホームベースの向こう側で無様に尻もちをついた状態で座り込んでいる野球部所属の主審にそう話し掛ける俺。

 そう、今回のピッチドアウトの目的はコイツ。この俺たちの足を引っ張る事しか考えていない下衆の耳元を速球で抜けさせるのが目的。

「もしかするとこれからもチョイチョイ、すっぽ抜けたボールが行くかも知れへんけど、勘弁してくれよ」

 何せ、俺って十六球も連続でボール球ばかり投げ続けるヘボピッチャーやからな。
 軽口。しかし、目は笑っては居ず、更に多少の龍気を籠めての台詞。まして、今回は風切音が聞こえたかも知れないけど、それでも有る程度の距離を置いた位置を通過させた心算。もし、これで立ち上がって来たら、次はもっと近い位置を通す予定。

 そもそも、俺のコントロールは体幹を鍛え、それに綺麗な投球フォームを身に付ける事によって得られた正確無比のコントロール。おそらく、プロ野球の投手でも俺よりも精確に狙ったトコロに投げ込める人間はいない。
 ナイフドコロか、磔用(はりつけよう)の釘すらも自在にコントロール出来る人間が、投げて打つ為に作られた野球のボールを自在にコントロール出来ない訳がないでしょうが。神話的な理由以外にも、自在にコントロール出来るから、武器として釘を使用しているのですからね、俺は。
 そんな人間の投げる球を十六球もボールと判定してくれたのですから、それなりの罰は負って貰わないといけないでしょう。

 笑っていない瞳で座り続ける主審を睨み続ける俺。無様、としか言い様のないその姿。当然のように、その姿は六組の応援団によって動画へと残されている。
 これは自業自得ですかね。以後の高校生活に多少の不都合が生じる可能性もありますが、そんな事は俺の知った事ではない。それに、俺からしてみればそれでも軽いぐらいの罰となる、と思うのですがね。この試合の勝敗には俺の生命が掛かっている可能性が大。更に言うと、クトゥルフの邪神がここを踏み台にして、更にこの世界に対して介入を行えば、それイコール世界の破滅に繋がる可能性も有ります。

 何故ならば、この長門有希が暮らして来た世界は、一九九九年七月七日の夜に異世界からの介入を許し、その結果、完全に回避出来て居たはずの黙示録が再現され掛けた過去があるのです。
 もしも同じ事が再び起きて、世界自体が危機に陥った場合、この男はどうやって責任を取る心算なのか。そう言うレベルの話ですから。

「後、イニングの間にトイレに行って置く。審判をするのなら、それが最低限の礼儀だと俺は思うけどね」

 グラウンドに不自然な形で座り続ける主審に最後に一瞥をくれた後、有希と共にマウンドへと向かう俺。
 この後、しばしのタイムが掛けられたのは言うまでもない。


☆★☆★☆


 審判団すべて体育教師へと交代した後、決勝戦は何事もなかったかのように再開した。
 尚、俺の速球に……と言うか、報復にビビったすべての審判が、更にこの後も続く可能性のある報復を恐れ、交代を申し出ると言う異常事態を発生させたのですが……。
 当然、この時にこちらに何故そんな事に成ったのかを説明出来る証拠がある事を伝えて、試合の後に提出する旨を大会の運営委員――つまり、生徒会と教職員の方に伝えましたので……。
 まぁ、来年度の野球部の予算が大きく削られる可能性ぐらいは高くなったと考えるべきですか。

 バッターは九組の二番、俊足好守のセンター。カウントはノーストライク・ワンボール。相変わらずノーアウト満塁の大ピンチ。
 但し、俺がコントロールと変化球だけの投手だと思っていたのに、先ほどのピッチドアウトした際の球速は――

 フォーシームとツーシーム。たった二球で追い込んだ後にチェンジアップであっさりと三振。
 ただ、俺自身の思惑としては、出来る事ならば六回までは緩い変化球で躱して、七回以降に速球とチェンジアップのコンビネーションで抜け切りたいと考えて居たのですが……。

 まぁ、何にしても未だワンナウト満塁のピンチ。更に、次のバッターは九組で二人目の人外の存在。俗物の名付けざられし者と比べると、何を考えているのか判らない分だけ危険な存在と言うべき相手。

 初球、有希の指示は左打者のインコースへのカーブをストライクゾーンへ。これは、初球は様子見で相手は手を出して来ない可能性が高い、……と運命の女神さまが予測したと言う事。

「ストライック、ワン!」

 予想通り……と言うと少し言葉が足りないような気もしますが、それでも、完全に未来を見切る訳ではではなく、バットを振り出すか、振り出さないのかを見極める段階で未来視を止める以上、予知と言うよりは、予想としか表現が出来ないので――
 取り敢えず、予想通りに初球は簡単に見逃して、あっさりストライクをひとつ稼ぐ俺と有希のバッテリー。

 二球目は……。
 有希のサインを受けた振りをして首肯く。実際、有希自身もそれらしい動きを取って居るので、九組の方はサインを出していると思って居るはず。
 但し、サインらしき動きはすべてフェイク。まして、投げる瞬間まで彼女が構えているミットの位置すらも欺瞞。
 普段の動きは非常にゆったりとした動きしか行わない彼女なのですが、現実の彼女の動きは俺と比べてもそう遜色のない動きが可能。現在の俺たちの能力が完全に封じられて居る空間内でも、俺が投げる球に対応してミットを動かしながらキャッチングする事ぐらい訳はない。

 球速は全力……とまでは行きませんが、それでも登板した四回の表の時のソレと比べると格段に増した球速で投じられた速球。
 しかし!
 しかし、胸元に投じられたソレを開く事もなく、非常に流麗なフォームで振り抜く自称ランディ。
 打球は猛烈な勢いで外野に――

 しかし!
 そう、しかし。飛距離が出て行くに従ってぐんぐんと右の方に切れて行く大ファール。

 有希が要求して来たのは胸元から沈むツーシーム。俺のツーシームはシュート方向への変化は少なく、縦に鋭く沈む、と言う変化を行う為に、左打者の内角にも投げ込む事が可能。
 プロ野球の投手が投げるスプリットと呼ばれる変化球と同じ種類の変化をする球。

 これでツーストライク・ノーボール。ここから先は、打って来る可能性が高ければ、インパクトの瞬間に鋭く変化をさせて運が良ければ空振り。悪くともヒットコースに飛ばさせない球を投げれば良いだけ。
 この三番を相手にするのなら、当たりそこないでヒットにされたのなら、それは仕方がないと諦めるしかない、そう言う相手だと思いますから。

 三球目は完全にボールとなる高目の釣り球を全力投球。身長百八十センチ程度の打者の目の高さを抜けるボールであるが故に、中腰となった有希がミットを鳴らしてキャッチした。
 四球目は一転してベース盤の真ん中辺りを通過。有希の手前でワンバウンドする、かなり鋭く落ちるチェンジアップ。確かに直球やツーシームよりもかなり落ちる球速なのですが、それでも投球フォームから直球か、それともツーシームか。もしくは他の変化球かを見極められるようなクセは持って居ない心算なので、打者の手元で変化を開始してから始めてチェンジアップだと分かる変化球。

 一瞬、バットがピクリと動かした自称ランディくん。しかし、そこまで。バットを振る事もなく見逃す。

 しかし――
 その中に微かな違和感。
 有希の指示はストライクからボールになるチェンジアップ。おそらく、自称ランディくんが打ちに来る可能性が高い、と判断してこの球を選択したのでしょうが……。
 しかし、現実には打っては来ず、平行カウントに。

 確かに、完全に結果を未来視する事もなく曖昧な部分を残して判断しているので、自称ランディくんが見逃す可能性もあるのでしょうが……。

 一抹の不安。そもそも、コイツ……コイツらはハルケギニア世界、そして、この長門有希が暮らして来た地球世界でも歴史の改竄を行って来た連中。
 つまり、それは……。

 有希から出されたサインは外角低めに落ちて行くシンカー。ストライクからボールになるのは同じ。ただ、高低でストライクゾーンから外すのではなく、外角のストライクゾーンから、ボールのゾーンへと曲がりながら落ちて行く球の要求。
 有希から流れて来る気は普段のまま。緊張している訳でもなければ、気負っている訳でもない。しかし、要求して来るボールが慎重に成って居る事から考えると……。

【有希。大丈夫や】

 打たれたら打たれた時。野球と言うスポーツは最後に一点でも余計に取ったチームが勝つ。ここで少々差を離されたとしても、最後の打者がアウトに成る前に逆転したら問題ない。

 かなり前向きの台詞。もっとも、現状はワンナウト満塁。打者は強打者。野球以外の部分でもコチラに不利と成る情報しかない状態。何とかなる、と開き直るしか方法がない状況ですから、これは仕方がないでしょう。

 キャッチャーマスクの奥。銀のフレームの向こう側から、微かに瞳だけで同意を伝えて来る有希。その答えに対してこちらも小さく首肯き、セットポジションに入る。

 顔を向ける事によりサードランナーを牽制。どう考えても俊足には見えない八番キャッチャーが元々少ないリードを更に縮めて、ほとんどサードベース上にまで自らの位置を戻した。
 九組の方も自称ランディくんのバッティングに期待して、これと言って策はなし。

 投げた瞬間に、右腕の肘の辺りに痛みが発生。しかし、それは些細な事。腕や手に走る毛細血管が切れる感覚も普段のストレートを投げる時と全く同じ。
 ストレートを投げる時と同じフォームで投じられた球は、左打者の外角、ベルトぐらいの高さから打者に近付いた瞬間、急にボールのゾーンへと変化を開始。
 そして、その瞬間には完全にストレートのタイミングで振り始めていた自称ランディくんのバットは止まる事もなく――

 完全にタイミングを外す事により、三番を二打席連続の三振に斬って取った。そう考えた瞬間!
 完全に振り切られたはずのバットが、まるで時間が巻き戻ったかの如く引き戻され、再び振り出す場面からのやり直し。
 思い切り踏み込み、ややバットの出が遅い状態から振り出される黒きバット。
 そして先ほどとは違い、落ちて行くシンカーに完全にタイミングを合わせたスイング。

 やられた!
 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『有希』です。
 
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