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ルドガーinD×D (改)

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六十話:失った悲しみ

 
前書き
今回はいつもより短めです。
それではどうぞ。 

 

 眠気覚ましに顔を洗い、ふと顔を上げると鏡の向こうでエメラルド色と血の様に赤い瞳が俺を見つめ返して来た。時歪の因子化(タイムファクターか)でどす黒く染まった顔の右半分はいつかのあいつにそっくりだ。毎日この顔を見ていたのかと思うと同情の心が湧き上がる。正直言ってまざまざと自分の寿命が減ったことを見せつけられると落ち込む。あいつも毎日味わっていた苦痛だと思うとどうしてあそこまで余裕がなくなっていたのが良く分かる。

 そこで溜息を吐きキッチンへと戻っていく。今は深夜だけどそんなことは関係ない。ビズリーから逃げ切った後、俺は直ぐに気を失ってしまった。目を醒ました時には禍の団(カオス・ブリゲード)の襲撃は失敗に終わり、平穏が戻って来ていた。……恐らくは最後の平穏が。ビズリーは間違いなくそう遠くないうちに俺の元にやって来る。その時が最後の戦いだ。

 まだ来ないのはビズリーが最後の調整をしているからだろう。あいつが手を抜くことなんてありえない。どこまでも己の為すべきことに殉ずるのがビズリー・カルシ・バクーだ。下手するとさらに力を上げてから来るかもしれない。それでも、俺にはあいつを待ち受ける以外に選択肢がない。どこに居るのか分からないのも理由だけど俺達にも傷を癒す時間が必要だからだ。

 まだ、怪我が治りきっていない奴が大半だからな。特にイッセーの状態は酷いらしい。アーシアのおかげで入院まではいかなかったが覇龍で命を大幅に削られたみたいだ。俺がもっと早く行っていればとも思うけど過去はどんなに悔やんでも変えられない。……父親(・・)が死んだことでふさぎ込んだ少女を笑顔に変えられないように。オーフィスは目を醒ました。連れ帰った時アザゼルが茫然としていたけどそれはどうでもいいか。

 とにかく目を醒ましたのは良かったんだけど……エルみたいに嘆き悲しんで手がつけられなかった。力はビズリーに封じられたせいでただの子供ぐらいにまで落ちていた。でも……俺にはその悲しみを癒してやることが出来ない。ただ、部屋に籠り続ける彼女が自分で立ち直るのを待つしか出来ない。オーフィスはアザゼルがかなり無理をした結果イッセーの家で預かることになった。俺と黒歌も今日はイッセーの家に泊まらせてもらっている。

 みんなは俺を心配して一緒に待つと言ってくれたけど断らせてもらった。止めはビズリーかもしれないが、あそこまでヴィクトルを傷つけたのは俺だ。恨まれている。それは分かっている。でも逃げるわけにはいかない。だから、あの時みたいに俺はオーフィスを待ち続ける。あいつが作りたくても作れなかったスープを作って。





「おはよう、ルドガー。随分と早い……な」
「ああ、おはよう。イッセー」

 何故だか起きなければならないような気がしていつもよりも遥かに早く起きたイッセーがリビングに降りて行ってみるとルドガーが一人椅子に座っていたので自分のように早く起きたのかと思い挨拶をするがそこである事に気づき息をのむ。出来るだけ笑顔を見せようとした結果酷い顔をしたルドガーの左目の下には濃い隈が出来ており、一睡もしていないのが明らかだったからだ。

「ルドガーお前……」
「これが俺の選択だ。後悔なんてない」

 オーフィスは来なかったのだ。ルドガーが一晩待っても来ることは無かったのだ。それを悟ったイッセーは思わず涙を零しそうになるがすぐに何かを決意してルドガーの隣の椅子に座りながら宣言する。

「ルドガー……俺も今日はオーフィスが来てくれるまで待つ」
「お前がそこまでする必要はないさ」
「いや、苦しむ時は一緒にだ。お前が嫌でも無理やり待つ」

 有無を言わさない強い言葉にルドガーは一瞬目を大きく開くがやがて自然な微笑みを浮かべる。

「……ありがとうな」

 その後も起きて来た者達が二人を見ると何事かを察して無言で加わっていき、結果的にイッセーの両親を除くこの家にいる者全員がオーフィスを待つことになった。さらにそこに尋ねて来た祐斗とギャスパーが加わりオカルト研究部全員が揃う事となる。その中で黒歌だけはルドガーと同じように目の下に隈を作っていたのは、彼女もまた一睡もせずに待ち人を待ち続けていたからだろう。

 彼等は会話をすることもなくただひたすらに一人の少女を待ち続ける。いつの間にか日が高く昇ったかと思えば沈んでいき辺りは闇に包まれていた。しかし、少女は一向に姿を現す気配がなかった。それでも彼等はただひたすらに待ち続けた。必ず立ち直ってくれると信じて。さらに時は進み、そろそろ草木も眠る時間になった時、小さな足音が彼等の耳に聞こえて来た。
 
 足音は徐々に大きくなっていきやがて彼等のすぐ傍で止まる。

「お腹空いただろ。スープを作ったんだ。……食べるか?」

 無言で頷く少女、オーフィスに微笑みかけながらルドガーは温め直したスープを皿に注ぐ。朱乃がオーフィスの手を優しく引いて椅子に座らせる。そこにルドガーのスープが差し出される。オーフィスはしばらくスープを何も映っていない目で見つめているだけだったがやがてゆっくりとスプーンを手に取り一口、スープを口に含んだ。

「……似てる。でも……ヴィクトルのスープと違う」
「ああ、違う。それが俺とあいつの違いだ」
「我の食べたいものじゃない」
「……そうだな。もっと言ってくれても構わない。食べたくないなら捨てたって構わない」

 似ているという言葉に複雑な顔をしながらも似ているだけだという信念の元に違うと言い切るルドガー。そして、食べたい物ではないと告げられるが彼はその言葉を受け入れて食べなくてもいいと言う。彼の言葉にスプーンを一瞬止めるオーフィスだったがすぐに動かしスープを口に運び出す。しばらく、スプーンと皿がぶつかり合う音だけが響いていたが、やがてボソリと小さな声が紡がれる。

「……おいしい。ヴィクトルのと違うけど……おいしい」
「ありがとうな」

 ルドガーはおいしい、という作り手にとっては何よりも嬉しい言葉に笑顔を見せる。だが、その裏に隠された想いを察してすぐに目を真剣なものに変え黙って次に出てくる言葉を待つ。オーフィスはそんな彼の気持ちを知ってか知らずかは分からないが小さくも重い言葉を絞り出す。

「どうして……ヴィクトルは来てくれない?」
「もう……どこにもいないからだ」
「それなら、我も居なくなる!」

 悲しみの余り自分も居なくなると絶叫するオーフィスに顔を後悔と悲しみで歪ませるルドガー達だったが目は決して逸らすことはしない。重い軽いということに関係なく犯した罪は消えない。いくら悔い改めようが、善行を行おうが消えることはない。だからこそ罪人に出来ることは全てをその背中に背負い歩き続けて行くことだけなのだ。

「悪いがそれは認められない」
「何故!? 我は―――」

「あいつにとって何に代えても守りたいお前を託されたからだ」

 オーフィスの言葉を遮りルドガーが静かな声で告げる。オーフィスはルドガーの言葉に呆気に取られたように瞳を大きく開ける。すぐに、その瞳からは涙が溜まっていき、静かに頬を伝ってスープの中へと零れ落ちていく。顔を俯かせて体を震わせながら彼女は力なく言葉を紡いでいく。

「人間弱い…我は強い…それなのに守られるのは……変」
「それでも守りたいと願うのが人間なんだ。
 だから……あいつの最後の願いを叶えてやってくれないか」
「――――っ!」

 響き渡る泣き声。それは悲しみの涙。されど、少女が一歩進むためには必要な涙。その涙を流す原因を作ったルドガー達はただ、ただ、少女の気が済むまで待ち続けるだけだった。





 月の無い空の下でポツンと一人座り込み空を見上げる。やっぱり子どもの泣き顔を見るのは辛いな……。どうして俺は誰かを泣かすことしか出来ないんだろうな。いや……今さらか。俺が今までやって来たことは壊すことだけだ。壊すことでしか何かを守ることが出来ない。何も犠牲にしないと誓っても結局、壊してしまう……所詮、夢は夢でしかないのか?

「いや、それでも俺は……諦めたらいけないんだ」

 言葉は闇の中に消えていくが心の中では消えない。無理かもしれない。ただの夢見物語かもしれない。それでも足を止めることだけは出来ない。例え、ゴールが幻想だとしてもそこに向かって歩いた事実は偽物じゃない。俺が歩いてきた道が本物だと証明し続けるためには歩き続けるしかないんだ。例えこの身が燃えつきようと最後まで歩み続ける。それが俺の選択だ。そこまで考えたところでふいに後ろから頬をつねられた。

「また一人で背負うつもり? そんな悪い男にはお仕置きが必要にゃ」
「……いい女には隠し事は出来ないな」
「こんないい女を心配させるんだからルドガーは本当に悪い男ね」
「でもそんな悪い男に惚れたのは君だろ?」

 振り返ることもせずに笑いながら会話を続ける。後ろからは黒歌の楽しそうな声が聞こえてきたのでそっと手を引いて引き寄せる。背中に柔らかな感触と温かな体温を感じる。少し驚いたような気配がしたけどそれもすぐになくなり甘えるように肩に頭をのせて頬をすりよせて来る。

「そう、私は悪い男に騙されたダメな女」
「でも、そんなダメな女を俺は誰よりも愛してるよ」
「ふふふ……私も」

 耳元でささやきながら黒歌が俺を抱き締めてくれる。俺には黒歌が居てくれる。それだけでどんな険しい道でも歩いていける。どんな暗闇でも明るく俺を照らしてくれる最愛の人。今ここにこうして生きていることで出会えた奇跡。一人では乗り越えられない壁も二人なら乗り越えられる。そう確信させてくれる。

「今日はもう部屋に戻って寝よう。流石に眠い」
「このまま寝りたいにゃ」
「こんなところで寝たら風邪ひくだろ」

 俺の上に覆いかぶさって動く気配がない黒歌に苦笑しながら言うが一向に動く気配はない。それに小さく寝息が聞こえてくる。まあ……俺の事を心配して待っていてくれたんだもんな。頑張ったご褒美でもあげないとな。俺はゆっくりと体勢を変えて黒歌を抱きかかえる。簡単に言うとお姫様抱っこだ。

「ほら、これなら眠りながらでも動けるだろ? 俺だけのお姫様」
「ふふふ……流石、私だけの王子様。よく分かってるにゃ」

 二人で微笑みあいながら俺達に貸された部屋に戻っていく。うつらうつらとするお姫様の顔が左目でしか見えないのは残念だけど、あいつも味わった悔しさだ。俺も我慢するさ。それにしても、この右目はどうしようかな……あいつみたいに仮面で隠すのも目立つしな。ああ、怪我なんだからガーゼとか包帯で隠せばいいか。明日からはそうしよう。などと考えていると部屋に辿り着いたのでゆっくりとベッドの上にお姫様を下ろして毛布を掛ける。そこで、あることを思い出す。

「黒歌、そういえば言いたいことがあったんだけどさ」
「んー……にゃに?」

 眠たげに呟きながらも俺の言葉をちゃんと聞いてくれる黒歌に幸せな気分になりながら言葉を続ける。



「今度、俺とデートに行かないか?」


 
 

 
後書き
久しぶりにイチャイチャを書いたような気がする。まあ、シリアスありですけど。
勿論、次回はデート回です。 
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