ルドガーinD×D (改)
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五十九話:フェイト・リピーター
「ヴィクトル…!」
どこかスッキリとした顔で地面に横たわるヴィクトルの元にオーフィスが駆け寄る。感情に乏しく表情を変えることがほとんどない少女の目には知らず知らずの内に涙が溜まっていた。ルドガーは骸殻を解き、そんな小さな少女を罪悪感の籠った瞳で見つめることしか出来ない。
「許さない…ヴィクトル、虐めた!」
オーフィスは確かな怒りを込めた眼差しをルドガーに向けて小さな手のひらを突き出す。手、自体は小さいがそこに込められている力はルドガーを跡形もなく消し去るには十分すぎる程に強大だった。しかし、その手は黒い手袋をはめた手に優しく抑えられる。ヴィクトルだ。
「いいんだ、オーフィス……私から仕掛けて負けたのだ。……お前が誰かを……恨む必要などない」
「でも……」
「私は……お前が傍に居てくれるだけで十分なんだ……十分だったんだ」
男は最後の力を振り絞り震える左手をオーフィスの頬に当て、優しく撫でながらかすれた声で人を恨ませないように告げる。さらに渋るオーフィスをあやすように優しい声でようやく気づけた自分の心の内を語っていく。男は自分とルドガーの違いに気づいた。自分が一人ではないと、少女が自分の隣に残っていてくれていたのだと今更ながらに気づいた。
確かに自分は“みんな”から愛されていたと、“みんな”を愛していたのだと、自分の愛は本物だったのだと自信を持って言える様になった。遅すぎる気付きだったと言えば、肯定するしかないだろう。だが、気づくことが出来たのだ。それは決して無駄なことではない。現に男は少女を心の底から愛していると言えるようになったのだから。
「お前を……愛している。だから……私の為に誰かを恨むような真似はやめてくれ。私のように憎しみに囚われるな……」
「ヴィクトル……我のことが好き?」
「ああ……大好きだよ。私の―――愛し子」
「ヴィクトル…っ」
遂にオーフィスの涙腺は崩壊した。本物の子供の様に泣きじゃくりながらヴィクトルに抱き着く。少女は初めての感情を知った。人は悲しい時に泣くだけでなく―――嬉しい時にも泣くのだと。男はそんな少女の頭を優しく撫でながら証の歌を口ずさむ。かつて、たった一人の娘に歌ったのと同じように。男にとってはこの少女もまた、特別な娘だったのである。しばらく泣き通した後、少女は男から離れ、赤くなった目をこすりながら語り掛ける。
「ヴィクトル、我またヴィクトルのスープが食べたい」
「ああ……そうだな。……とびっきりのスープを作ろう」
「我、楽し―――」
「残念だが、それは無理な話だ」
突如として肉を貫く音が響き渡り、まるで全ての時が止まったかのような錯覚をそれを見た者は覚えた。少女の、オーフィスの腹部から―――先が二股に割れた珍しい形の槍が姿を覗かせている光景を。
「……え?」
何が起こっているか分からずに間の抜けた声を出すオーフィス。本来であれば彼女は槍で体を貫かれた程度ではビクともしない。しかしながら、今回は別だった。無限にあるはずの力が打ち消されているのだ。
まるで、無に帰されていくかのように。初めてとも言える苦痛に彼女は苦しげな悲鳴を上げ逃れようともがく。だが、槍から逃れることは出来ずにいたずらに体力を奪われていくだけだった。槍の持ち手はそんな様子にも眉ひとつ動かすことなく淡々とした口調で彼女に告げる。
「無駄だ―――オリジンの“無”の力の前では無限と言えど為すすべはない」
銀色の髪に、青色の強い意志の籠った目を持つ男が少女に刺した槍を通じて黒色のオーラを取り込み始めていく。その様子に固まっていたヴィクトルとルドガーがようやく動き出し、驚愕と怒りを込めた声で男の名を叫ぶ。二人にとっては余りにもゆかりのある男の名前は―――
『ビズリーッ!』
突然の襲撃者の名前はビズリー・カルシ・バクー。ルドガーにとっての実の父親である。何が目的でこの場に来たのかは明白だ。ビズリーはここで邪魔者を始末して願いを叶える権利を手に入れるつもりなのだ。彼はかつて、精霊を道具にして人間だけの世界を作ろうとした者である。
ルドガーにとっては精霊よりも黒歌やエルの方が大切ではあるが、だからと言ってそれを許せるというわけではない。何より、目の前で少女が傷つけられているのを黙って見過ごせる人間ではない。ルドガーは動けないヴィクトルの代わりにすぐさまビズリーの元に駆けだそうとする―――が、その瞬間焼け付くような痛みがルドガーの顔の右半分を襲う。
「がああああっ!?」
「あれ程の力を酷使したのだ。今までもっていた方が不思議なぐらいだ」
どす黒く染まる顔の右半分を抑えてのたうち回るルドガーにビズリーが当然だとでも言いたげに声を掛ける。ルドガーは骸殻の使い過ぎにより時歪の因子化が限度を超えて進行してしまったのだ。ルドガーの元にすぐに黒歌達が駆け寄っていくがルドガーは痛みに苦しみ続けるだけだった。
「ビズリー、貴様…っ! エルの力でよくもっ!」
「娘を利用したお前が言うか。クルスニク一族らしいのは私だけではないはずだが?」
「貴様と一緒にするなぁぁあああっ!!」
怒りにより限界を超えた体を無理やり動かして銃をビズリーに放つヴィクトル。だが、ビズリーは軽く首を捻るだけで銃弾を躱してしまう。そして、もう十分だと判断したのかオーフィスから槍を抜きさる。支えを失った彼女は糸が切れたように地面へと倒れて苦しげに息をすることしか出来ない。ビズリーは彼女にはもう用がないとばかりに目もくれずに彼女を貫いていた槍を見る。それは彼女の力を吸収したためか黒く染まり、禍々しさを遥かに増していた。
「オーフィス! ビズリー……貴様、あの子に何をした!?」
「その娘の“無限”の力をほんの少し頂いただけだ。それと、“無”の力で無限を断ち切りしばらくの間、力を使えなくさせて貰った。今のこの娘はただの子供と変わらん」
ビズリーは今のままでは勝てないのでルドガーとヴィクトルを越える力を得る機会をうかがっていたのだ。目標達成の為には如何なる手段をも行使する覚悟を持つ彼はこの世界における最強の力を狙っていた。さらに、いずれぶつかる時に相手の戦力を落としておく必要があると考えたのでオーフィスの力を吸収すると同時に封じたのである。
「バカな……オリジンの力にそのような能力が…?」
「この槍には万物の根源たる“無”の力、つまり全てを叶える可能性が込められているのだぞ。私達を玩具のように扱う力だ。この程度は造作もない」
確かな怒りを込めて自らを玩具と言うビズリーの目はかつてよりも苛烈な憎悪の炎が宿っていた。彼にしてみれば、死後にまでわたり精霊に弄ばれているという状況は屈辱以外の何物でもなかった。いっそ、自害してやろうかとも考えたがそれでは結局の所、精霊を楽しませるという点では変わらないのでこうして生きて、是が非でも願いを叶えようとしているのだ。
「それに……私はクルスニクの鍵を二回もしようしたのだぞ。私以上にクルスニクの鍵について詳しい者がいるとすればオリジンぐらいなものだ。お前が知らなくとも当然だ」
「妻も…孫も利用するか……つくづくクルスニク一族らしいな…ビズリー。正史も分史も……さほど変わらない」
「全ては審判を越えるため、ひいては人間の為だ」
ヴィクトルの嫌味にも眉ひとつ動かさずに答え、今度はルドガーの方に顔を向ける。ルドガーはようやく痛みが引いたのか、のたうち回るのをやめて黒歌に体を支えて貰いながらも立ち上がっていた。だが、その体にはほとんど力が残されておらず、額からは大量の脂汗を流し、視力を失った右目は閉じられたままであった。それでも、ルドガーはビズリーを睨みつけ精一杯に声を上げる。
「ビズリー……お前は何を望んでいるんだ!」
「精霊を道具とし、人間だけの世界を今度こそ創り上げる。そして、精霊を手に入れたあかつきには審判の犠牲となった全てのクルスニク一族の数だけ―――殴る!」
語られた願いはある意味でルドガーの想像通りであった。ビズリーは精霊を恨んでいる。彼が精霊と共存していこうという考えを持つことがないことは良く分かっている。そして、彼が死の間際に語った本当の願いも知っていた。一族全ての無念と邪念を背負っているとも言っても過言ではないその背中は大きかった。
父の背中は大きいとは言うが彼の場合は別格だった。いかなる犠牲を払ってでも審判を越えようとした姿勢は例え手段が間違っていたとしても尊敬が置けるものだった。実際、彼の兄のユリウスはそんな背中に憧れを抱いていた時期もあったのだ。ルドガーはビズリーを複雑な思いを抱きながら見返す。ビズリーはルドガーの視線に一瞬だけ視線を緩めた後、言葉を続けた。
「そして、全てが終わったあかつきには……コーネリアとクラウディア、そして―――ユリウスを生き返らせる」
「っ! ……オリジンにやらせるつもりか?」
ユリウスという名前に反応してルドガーがビズリーに尋ねる。ビズリーは黙って頷くとオリジンが自分達を生き返らせたのなら道具にさえしてしまえば、彼等を生き返らせることも自由に出来るはずだと語る。
「ルドガー、私に協力しろ。精霊を道具にすれば全てが救われるのだ。あの娘、エルが生きる世界は保障され、お前の時歪の因子化も解除できる。そして、私達は当たり前の家族として生きていけるのだ! 全てをやり直せるのだ!」
最後の言葉にはビズリーの切実な想いが込められていた。もし、審判がなければビズリーは厳しくも優しい父親だっただろう。妻が生きていれば良き夫だっただろう。そんな、あり得たかも知れない幸せな人生をクルスニク一族に生まれて来ただけで奪われてしまったのだ。
ルドガーはビズリーの提案に時歪の因子化の進行した顔を押えながら熟考する。ここでビズリーの手を取れば、まず間違いなくビズリーの言う通りになるだろう。自分にとっては良いことづくめだ。もしかしたら、エルとも共に過ごせるようになるかもしれない。ただ、精霊を犠牲にさえすれば全ての願いが叶うのだ。そう、大切な仲間を犠牲にすれば……。
ルドガーは目を瞑り、精霊の主の顔を思い出す。常にお腹を空かせているかと思えば、凛とした空気を漂わせることのある仲間。元がつくが同じく精霊の主であったツンツンとしてはいるが偶に見せる子供っぽい笑顔が好きだった初めて愛した女性。そんな精霊達と繋がり合えるのだと信じて真っ直ぐに夢を追う親友。そして、なにより自分の大切な少女が成長した彼女がどんな選択をするのだろうかと考えれば答えは直ぐに出た。ルドガーは顔を上げ、真っ直ぐにビズリーを見つめて口を開いた。
「悪いが、お前の提案には乗れない。世界を創るのは俺達、死人の仕事じゃない。未来を生きる―――エル達の仕事だ!」
勢いよく啖呵を切った後にそれにと軽くイッセーに笑いかけながら小さく、何かを犠牲にする生き方はやめたもんな、と付け加える。イッセーは一瞬驚いたような顔をするがすぐに唇を吊り上げて頷く。
「ルドガー、お前は精霊に生きている間も死んだ後も弄ばれて何とも思わないのか!?」
聞いている者の方が辛くなるような憎悪の籠った叫びをその身に受けてもルドガーは迷わなかった。
「確かに前も今も俺達クルスニク一族は精霊に弄ばれているのかもしれない……。
でも、審判があったからこそ俺は愛する人達に会えたんだ。
だから……例え、何度生まれ変わっても―――必ず同じ道を選ぶ!」
不幸だった。幸せな平穏な世界を望んだ。どうして自分だけがこんなにも辛い目にあわないとダメなのだと思ったことがないわけではない。だが、ルドガーはそんな自分の人生が間違いであったとは思わない。審判の無い幸せな世界では自分の愛した人達とは会えないのだから。
自分が歩いてきた道が進むのを憚られるいばらの道だったとしても、もう一度生まれ変わる権利を得たとしても、必ず同じ道を選び大切な者を守り抜く。そんな思いを込めた言葉にヴィクトルは何かを思い出したかのように目を閉じ、ビズリーも一語一語を噛みしめるように目を閉じて聞き入る。そして、どこか面白そうに呟く。
「……ユリウスと同じことを言うのだな。あいつも私の申し出を断った」
「兄さんも? …っ! まさか……ビズリー、お前!」
「なぜ私が今までお前の前に姿を現さなかったと思う? 簡単な理由だ。現さなかったのではなく、現せられなかったのだ。ユリウスに足止めされてな」
「それじゃあ、兄さんは―――」
その事実にルドガー達が息をのむ。ユリウスもまた今回の審判に参加させられていたのだ。ビズリーはもっと早くから動き出そうとしていた。しかし、ルドガーの元にビズリーが向かう事を許さなかったユリウスが必死に足止めをはかっていたのである。全ては弟の意志を貫かせるために。だがビズリーは今こうしてルドガー達の前に立っている。それが意味することはつまり……。
「―――私が殺した。今度こそ、願いを叶えるためにな」
殺したという言葉に激高してビズリーに斬りかかっていくルドガー。獣の牙のように鋭い刃がビズリーに襲い掛かるがビズリーには届かない。ビズリーが時計の無い状態でよくもあれだけ戦えたものだと言っているがルドガーの耳には一切入ってこなかった。目の前の存在がただ憎かった。自分が殺した兄ではあるが愛情がないわけがない。寧ろ、世界よりも深く愛していた。他に方法がなくどうしようもなく殺しただけの兄を再び殺されたなど許せなかった。
「北欧で使える物がないかを探している最中に会ったのだが、そこで戦って最後には崖の底に叩き落とした。生きてはいない」
「オーディンが言ってたのはお前の事だったのか!?」
「さて」
実はルドガーはオーディンとの話の途中で抜け出してしまったので話の報酬は得ることが出来なかったのである。しかし、オーディンに対して協力的な態度を取っていない人間という以前に立てていた予想からルドガーはオーディンが言っていた人物がビズリーであると自分の中で決めつけた。
「ルドガー、お前が審判に関わらないと決めた以上は私から手を出すことはせん。だが、その場合、分史世界のお前を殺せば私の願いは自動的に叶う事になるぞ」
「まさか、後一人で最後の一人になるのか?」
「この審判は全部で四人のクルスニク一族とお前を入れた五人で行われている物だ。案ずるな、審判は私が終わらせてやる。よく考えろ、ルドガー。お前さえ納得すれば全てが上手くいくのだ」
ビズリーの言葉に一瞬考えるルドガーだったが答えは決まっていた。何かを犠牲にしたうえで成り立つ世界など今は認められない。どんなことをしてでもビズリーに願いを叶えさせるわけにはいかない。だからこそハッキリと口に出す。
「……オリジン、聞いてるか? 聞いてるなら良く覚えておけ。
俺はエルの創る世界の為に、もう一度―――審判を越える!」
「やはりか……仕方あるまい。引導を渡してくれる!」
その瞬間、ルドガーは時計が動き出すような音が聞こえてきたように感じた。ビズリーは予想通りだったのか眉ひとつ動かさずにルドガーを見つめ拳を握りしめる。二人の様子にヴィクトルは何かを決意したように起き上がり、未だに苦しむオーフィスを抱きかかえてルドガーの元に向かい、優しく預ける。驚くルドガーをよそにヴィクトルは時計を構えながら告げる。
「私が奴の相手をする。お前はオーフィスを……頼む」
「ヴィクトル、お前……」
「ありがとう。お前が“俺”でよかった」
柔らかな笑みと共に告げられた感謝の言葉。それを最後にヴィクトルはフル骸殻へと姿を変えビズリーへと槍を向ける。ルドガーはその背中を黙って見つめていたが、すぐに踵を返して黒歌達にここから逃げるように告げる。様々な想いを抱く黒歌達だったが主戦力が殆ど負傷している状態ではビズリーには勝てないと分かっていたので後ろ髪を引かれる想いでその場を後にする。ヴィクトルはその様子を見届けると改めて槍を握り直しビズリーへと襲い掛かる。
「おまえの相手はヴィクトル……いや―――ルドガー・ウィル・クルスニクだ! 覚悟しろ!」
「ふん、偽物風情が。調子に乗るなよ」
その命を燃やすように互いが赤い炎に包まれ、轟音と共にぶつかり合う。
「てこずらせよって……。おかげで取り逃がしてしまったではないか」
「……まさか、これ程の力とは」
「私達の世界最強の力と、この世界最強の力を合わせたものだ。当然の結果だ」
虫の息で大地に倒れ伏すヴィクトルを見下ろしながらビズリーが淡々とした声で告げる。ヴィクトルはそのどちらの力もが自分の“娘”の物である事に顔を歪めるがもう体はいう事を聞いてはくれない。先程の戦いですら左腕一本で戦っていたのだ。むしろ、ルドガー達が完全に逃げ終える時間を稼げたのが奇跡的だろう。そう、自画自賛したところで彼の口から大量の血が溢れ出して来て、体が溶けるように薄くなっていく。
「私が直接止めを刺すまでもない……」
ビズリーはヴィクトルの様子にそう結論付けて立ち去っていく。あっけない。それが一人残されたヴィクトルが自分の最後に抱いた気持ちだった。ただ過去を取り戻したくてがむしゃらにやっていた割には、最後は何ともあっけなく綺麗な終わり方だ。だが、心は晴れている。
ようやく大切なことに気づけた自分に想い残すことは無い。後は今を生きる者達に任せよう。過去に生きる亡霊の出番はもう終わりだ。そう考えていた時、彼はふと、薄れて靄がかかった視界に自分の隣に居るある者を見つけた。彼は今までずっと会いたかった相手に会えたことに本当に嬉しそうに笑いながら手を伸ばす。
「ははは…そっか……どうりで過去を見ても見えないわけだ。
君は、ずっと……俺の隣に居てくれたんだなぁ―――ラル」
伸ばした手を彼女の手と握り合わせると同時に彼はこの世界から姿を消した。
最後に彼が見たものが夢か現かは誰にも分からない。
後書き
次回から恐らく最終章に入ります。
ラスボスは肉体年齢二十台位で全盛期+強化のビズリーさんです(白目)
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