駄目親父としっかり娘の珍道中
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第75話 子供ってのは何処までも我が道を行くもの
前書き
ようやく更新できました。ってか、一体いつまで続くんやろうか(汗)
無事に偽装船内へと潜入に成功した神楽と他二人は何のトラブルもなく船内をうろついていた。正直拍子抜けする感じである。
船内を歩くのだから恐らく戦闘は避けられないだろうと覚悟はしていたのだが、こうも誰とも出会わないとなると逆に不気味に感じる。
しかし、幾ら船内で誰とも出会わないとは言え、現在自分達が居る場所は恐ろしい攘夷志士達の隠れ家だ。いつ何時誰かしらと鉢合わせるか分からないのだ。絶対安全とは言い切れない不安が新八に重く圧し掛かっていた。
「あ~、マジ気持ち悪いアルぅ~。もうこの辺で良いから吐きたいアル」
「神楽ちゃん大丈夫? 今神楽ちゃん風邪引いてる状態なんだから無理しちゃダメだってば」
そんな新八を他所に神楽は壁に寄り掛かり背中を丸めてしまっている。いい加減風邪の状態でうろつき回っていたが為にそろそろ限界なのであろう。いつも以上に神楽の元気が感じ取れないでいる。
そんな神楽を【大丈夫? リーダー】と隣でプラカードを掲げてながらエリザベスが心配そうに見つめている・・・のかな?
正直エリザベスの目は四六時中円らな点の目をしている。その為に表情でエリザベスの心情を伺う事は実に困難な事だったりする。まぁ、恐らく神楽の事を心配していると思って間違いないのであろう。
「うえっぷ! も、もう駄目ね! これ以上はもたないアル! リバースしそうアルよ」
「え! 嘘、マジで!? ちょっと、どうしよう。今僕エチケット袋とか持ってないですよ。エリザベスさん持ってませんか?」
「うむ、丁度持っているからこれを使ってくれ。さっきあんぱん買った時に大き目の袋を貰ったから充分間に合うだろう」
と、エリザベスの口がカパッと開き、その中から物凄く見覚えのある顔が見えた。あれ? この人、誰だっけ?
余りにも唐突な出来事だっただけに新八は一瞬思考が停止してしまっていた。それは神楽も同じであった。
真っ青な顔になりながらエリザベスの口から覗かせる顔を凝視する。
そう、其処に居たのは紛れもなくあの桂小太郎その人なのであった。
「どうした、使わないのか? リーダー。遠慮なくこの袋に向かって吐瀉物を撒き散らすが―――」
言い終わるが前に新八と神楽の鉄拳制裁が桂の顔面に下された。哀れ、折角エチケット袋を差し出したであろ桂は新八と神楽のツートップにボコボコにされてしまっていた。
てんめぇ今まで何処行ってたアルかぁ! こっちは心配して探し回ってたってのによりにもよってエリザベスの中だとぉ! 何時からだ、いつからその中に居た! 散々迷惑掛けておいてちゃっかり出てくるんじゃねぇよこの糞ボケぇ! それじゃあれか? あの時僕にコロッケパン買ってこいって言ったのてめぇだったのか? ふざけんじゃねぇよボケェ! もう袋なんて良いアル! こいつの顔面に向かって吐瀉物撒き散らすアルよ! ウエップ!!
「ちょっ、待ってリーダー! それに新八君! これには深い事情があって、話すと長い事って臭っ! ゲロが顔にってぎゃああぁぁぁ―――」
蹴りと殴りとゲロが容赦なく桂に襲い掛かる。今まで散々な事をしでかした事に対する報復であるかの如く二人は今の今までのうっ憤をすべて桂にぶつける思いで暴虐の限りを尽くすのであった。
***
言ってる事の意味が分からなかった。鉄子の兄である鉄矢の口から告げられた事実に鉄子は言葉が見つからなかった。
そんな鉄子を無視するかの様に、銀時、高杉、鉄矢の三人は話をひたすら続けていた。
「刀鍛冶の癖に随分良い耳してんじゃねぇか。あれか? お兄さんは盗み聞きするのが趣味とかですかぃ?」
驚いている鉄子とは対照的に銀時はとても落ち着いた表情を浮かべている。まさか、兄鉄矢の言っている事は本当の事なのか―――
背後から不気味な笑い声が響く。銀時の背後に刃を突き付けている高杉が肩を震わせて笑っているのだ。
とても恐ろし気に、とても不気味に高杉は笑っていた。まるで、冷静を装っている銀時を見てせせら笑っているかの様に。
「おかしいとは思わねぇか? あいつを殺したであろうお前がそれを持っているなんてよぉ。お前もそう思わねぇか? 銀時」
「さぁな。お前がそれをおかしいと思うんならおかしいんじゃねぇのか?俺はちっとも笑えねぇけどよ」
「だろうな。あいつを殺した張本人であるお前じゃ笑えないのも無理ねぇだろうがな」
一通り話し終えた後だった。さっきまで不気味に笑っていた高杉の表情が突如として、険しい表情を浮かべて銀時を睨みつけてきた。その威圧感を感じ取ったのか、銀時の表情も若干強張っているのが見える。
「そいつを持ってるお前を見てると思い出すぜ。あの忌々しい日の事を―――」
***
空は鉛色の雲が覆っていた。しとしとと戦場に降り注ぐ雨が体を濡らしていく。雨に濡れる不快感があったが、今はそんな事など気にはならなかった。見渡す限り死と鉄と火薬の匂いが支配する戦場の真っただ中ではそんな不快感など微塵も感じなかったからだ。
天人と呼ばれる宇宙から飛来した異人達との終わりのない戦いを初めてからどれ程時が経過しただろうか。
1か月か?それとも1年、それとも既に10年近く経ったか? 或はその逆か―――
一人、また一人と敵を切り倒していく度に体に染みつく血の匂い。余りの匂いにむせ返りそうになりながらもまた敵を切り倒して行く。
既に周囲には切り倒した天人の躯が無数に転がっていた。また、それと同じ位の数の人の躯もあった。
先行していた仲間の窮地を救う為、高杉率いる鬼兵隊は進軍を進めていた。だが、大軍勢となればその進軍の足も遅い。それに加えて天人達の待ち伏せを食らってしまい足止めを余儀なくされてしまったのだ。
このままでは先行している味方が全滅してしまう。その為、白夜叉と紅夜叉の二人だけで先に仲間達の居る場所まで突進し、先行していた味方を救う作戦を執った。
だが、それは天人達の敷いた罠であった。天人達は白夜叉と紅夜叉の二人を葬る為に二重三重の罠を敷いていたのだ。
二人が向かった時には、先行していた仲間は既に壊滅しており、その周囲には今まで以上の数の天人の軍勢がひしめき合っていた。
どいつもこいつも殺気でぎらついた目をしている。奴らの目には恐怖など微塵もない。ただ目の前にいる獲物を殺す。そんな意志しか感じ取れなかった。
「完全にしてやられたなぁ、こりゃ」
見事に敵の罠に嵌った事に対し銀時は舌打ちをした。先行していた味方は既に無く、頼みの鬼兵隊も遥か後方にて天人の奇襲攻撃に遭い合流は難しい。そして、今二人の眼前には数えるのも面倒になりそうな程の天人が居並んでいる。
「へっ、上等じゃねぇか。俺たちを殺すにゃそれ位してくれねぇと歯応えがねぇからな」
「……」
軽口を叩く銀時の横で紅夜叉は静かに刃を抜き放った。既に臨戦態勢を整えていると行った面持であった。
「間違ってもこんな奴ら相手に死ぬんじゃねぇぞなのは」
「銀時、私を呼ぶ時は―――」
「あぁ、そうだったな。死ぬんじゃねぇぞ……紅夜叉!」
「銀時もね」
互いに頷き合い、そして眼前に映る敵軍勢へと切り掛かった。それを皮切りに天人の大軍団も一斉に進撃を開始する。
斬撃と咆哮と断末魔がそれぞれ入り混じり戦場に音を作り出す。まるでオーケストラの音色を聴いているかの様な錯覚さえ覚えた。それほどまでにこの音と光景は見慣れてしまったし聴き慣れてしまったのだ。
斬撃が一つする度に一つの命が消える。幾つかの断末魔が聞こえればその大きさに見合うだけの命がその場から消える。それが戦場であった。
「怯むな! 俺たちが下がれば先行している二人が死ぬ事になる! そうなれば俺達に待っているのは敗北だけだ! 何としても押し返せ!」
鬼兵隊を指揮する高杉の激が飛ぶ。戦力差は5対2と明らかに鬼兵隊の方が下回っていた。だが、思っていたよりも天人達の攻撃の手が温い。恐らく先に先行した二人が派手に暴れ回っている為に天人達も思うように攻勢に回れないのだろう。
それが鬼兵隊にとっては絶好の好機だった。其処に付け入るかの如く鬼兵隊は敵の陣形を崩し、敵陣を突破する手段に出た。
例えどれ程犠牲が出ようと、あの二人が居ればまだ戦える。また再起出来る。だからこそ、あの二人を此処で失う訳にはいかないのだ。
「死なせるかよ! 絶対に死なせるか! お前達は……嫌、お前は俺が必ず守ってやる!」
固い決意を胸に高杉晋介は刀を片手に鬼兵隊の先頭に立ち敵陣へと切り込んだ。その後に続き鬼兵隊が怒涛の勢いで押し込んでいく。
数で優位に立っていた天人達は鬼気迫るこの鬼兵隊の猛攻にすっかり及び腰になってしまっていた。
更に、天は高杉達に味方をしてくれた。
別方向から桂、坂本率いる別働隊が到着し、戦線に加わったのである。突然別方向からの襲撃に完全に天人の軍勢は大混乱に陥ってしまった。軍勢が多いだけにその統率を執るのは非常に困難なものとなっていたのだ。
結果として、甚大なる被害を被る結果にこそなったが、高杉率いる鬼兵隊は、攘夷志士達は今日の戦いに勝利する事が出来た。
統率の執れなくなった天人達は忽ち蜘蛛の子を散らすかの如く逃げ去っていく。本来なら此処で追撃をしたい処だが、今はそんな余力はない。それよりも、今は二人の回収が先だった。
白夜叉、坂田銀時。そして……
「銀時! なのは! 無事か?」
二人の戦っていた場所へ高杉は走った。一刻も早く無事を確認したかったからだ。銀時と、なのはの無事を―――
高杉の目には二人が映った。二人ともその場に立っていた。良かった、無事だった。安堵しつつ、高杉が二人に近づく。だが、ある程度近づいた時点で高杉は気づいた。
その場に立っているのは正しくは銀時だけであった。紅夜叉は立ってはいない。立っているように見えているが、それは彼女の体が銀時に寄り掛かっているからだった。
まさか、彼女に限ってそんな事がある筈がない! そんな筈は―――
脳裏に過る不安を必至に振り切り、高杉は二人の元へと走った。そんな彼の目に映ったのは、虚ろな瞳をして立っている銀時と、物言わぬ躯となった紅夜叉の二人であった。そして、その紅夜叉の体を刺し貫いていたのは、銀時の持っていた刀であった。
「銀時……」
「紅夜叉は……なのはは……死んだ―――」
高杉の前で、銀時はそう一言言い終えると、彼女の体を貫通していた刃を抜き取った。そして、動かなくなった彼女の遺体をその両の手で抱き上げる。
「何故だ……何故殺した! 何でなのはを殺したんだ!」
「………」
「答えろ!」
高杉の怒号が響く。それに対し、銀時は暫しの間沈黙し、重々しく口を開いた。
「こいつが……それを望んだからだ」
「何だと!?」
「だから、俺が殺した……こいつの望みを叶える為にな」
「ふ………ふ………」
高杉の拳が小刻みに震えていた。掌から血が滲み出る位の勢いで強く拳を握りしめていた。銀時の言い分に納得ができなかったからだ。できる筈がない。何故、何故彼女が自らの死を望まなければならなかったのか。何故、彼女が死ななければならなかったのか。何故、銀時は彼女を守れなかったのか。
幾多の疑念や思いが高杉の頭の中を駆け巡り、かき乱していく。それらは止める事の出来ない強い意志となって高杉を突き動かした。
そして、気がついた時には、高杉は銀時を殴り倒していた。
「ふざけるな! そんな言い分があるか!? そんな事が理由になるとお前は思ってるのか!?」
「………」
高杉の怒号に銀時は沈黙したままだった。そんな銀時に早々に見切りを付け、高杉は動かなくなった紅夜叉をそっと抱き上げた。
「こんな場所でこいつを眠らせる訳にはいかない。こいつは俺が葬る。お前には任せられねぇ」
「あぁ、そうしてくれ―――」
「銀時……俺はもう、お前を仲間とは思わん。もし、俺の戦いの邪魔をするような事があったら。俺は容赦なくお前を切り捨てる!」
「……」
話は其処で終わり、高杉は紅夜叉の遺体を持って戦線を離れた。銀時はその場から起き上がり、手に持っていた刀と、戦場に落ちていたもう一本の刀を拾い上げる。紅夜叉が使用していた刀【白夜】と【桜月】であった。
「主が居なくなりゃ、もうお前らの役目も終わりだ。刀なら刀らしく、戦場で果てろ!」
銀時はそう言い、白夜と桜月の刀を双方ぶつける形でその場で叩き折ってしまった。どれ程の名刀であろうと、刃が折れてしまえばそれは価値のない物になってしまう。
銀時は、その価値の無くなった二本の刀をその場に放り捨て、戦線を離れた。
その夜、紅夜叉は僅かに生き残った攘夷志士達に見守られながら丁重に葬られた。燃え盛る炎の中で横たわる紅夜叉。肉が焼け、骨が黒くなっていく。そして、彼女の名残は欠片もなくなっていく。その光景を生き残った仲間達は皆、一言も喋らず見守っていた。
中には彼女の死に涙する者も居た。鬼兵隊の皆もまた、彼女の死に対し静かに黙祷を捧げていた。高杉は、燃え盛る炎をただ黙って見つめていた。
彼の心には後悔の重石が重く圧し掛かっていた。何故、あの時彼女を先行させてしまったのか? 何故、あの時彼女を止めなかったのか? 今でも自分の下した采配を悔やんでいた。
そんな高杉を桂と坂本はただ黙って見守っていた。普段は冷静に戦場を分析するあの高杉があそこまで感情を爆発させた事に少々戸惑いを覚えていたからだ。無論、その理由は二人とも知っていた。
高杉は紅夜叉を、なのはを守りたかったのだ。共に同じ寺子屋で学び、同じ恩師の元で剣技を学び、そして、一人の女性として愛した彼女を、高杉は守りたかったのだ。
だが、守ることが出来なかった。今更悔やんだところで彼女はもう帰っては来ない。そして、明日からはまた激しい戦いの日々が始まる。終わりのない、勝ち目のない泥沼の戦いの日々が始まるのだ。
銀時は一人、仲間達とは離れた場所で寝ころび、星を見上げていた。本来なら彼女の葬儀に自分も加わらなければならないのだが、遭えてそうしなかった。彼女の死の一因を担ってしまった負い目もあるが、それ以上に銀時は今の顔を彼女に見せたくはなかったのだ。
紅夜叉を、高町なのはを失ってしまい悲しみと失意の底に落ちてしまった今の自分の顔を、彼女見られたくなかった。だから銀時は参加しなかった。
「結局、俺はお前を超えられなかったか―――」
そう、銀時は満点の星空に向かい一言言葉を漏らした。
紅夜叉の死が引き金となり、攘夷志士側の士気は大きく低下してしまい、それ以降攘夷志士達は天人の大軍勢を前に敗走を繰り返す事となってしまった。その後、多くの死者を出して、忌々しい攘夷戦争は幕を閉じたのであった。
***
刃を突き付ける高杉の脳裏に蘇るあの光景。今でも片時も忘れた事などない。彼女を殺した銀時に対する深い憎しみにも似た感情を。そして、彼女と恩師を無残にも奪ったこの世界に対する計り知れない怒りと憎悪を。高杉は常に腹の中に詰め込んでいたのだ。
「銀時、俺は今でもお前を許す気はねぇ。分かってるだろう?」
「別にお前に許して貰おうなんて思っちゃいねぇよ。ただ、俺はあいつの望みを叶えただけのつもりだ」
「その結果がこれだとしてもか?」
「………あぁ」
暫しの沈黙の後に、銀時は頷いて見せた。それを見た高杉は再度不気味に笑いだした。そして、銀時に対して向けていた刃を鞘に納めてしまったのだ。
「銀時、俺達は二人とも同じ人間を目標にしてたっけなぁ?」
「何だ、唐突に?」
「俺はよぉ、あの二人に少しでも追いつきたかったんだよ。松陽先生と、紅夜叉の二人によぉ……だが、あの二人はもうこの世には居ない。二人とも奪われちまったよ。この世界と、お前になぁ」
一通り高杉が言い終わった直後の事であった。突然紅桜が納められていたケースが爆発しだしたのだ。激しい爆音と爆煙が部屋を覆っていく。
「こ、これは!」
「ふん、ヅラの奴だな。こんな手の込んだ事しやがって」
すっかり部屋一面火の海と化してしまっていた。カプセルは一つ残らず破壊されており、その中にあった紅桜の素体も恐らくは跡形もなく砕け散っている事であろう。
どうやら、一足先に桂が仕込みをしてくれておいたようだ。
「ったく、ヅラのお陰でどうやら楽出来そうだぜ」
「兄者、早くここから逃げよう! もうじ此処は火の海になる!」
急ぎこの場から逃げなければならない。でなければ爆発の影響で燃え広がった炎に飲み込まれてしまうからだ。
だが、鉄子はその場に一人へたり込んでしまっていた兄の鉄矢を放っては置けなかった。
例え間違った道を進んでしまったとしても、彼は彼女にとってかけがえのないたった一人の肉親なのだ。それをこんな所で失いたくはなかったのだ。
「兄者、立って! 早く此処から逃げるんだ!」
「私の……私の手塩にかけて作り上げた紅桜が……私の作った刀が―――」
鉄子の言葉になど耳を貸す様子もなく、鉄矢は燃え盛る紅桜の方へとゆっくりと歩み寄っていた。最早、彼の中には妹の事など微塵もなかった。あるのは手塩に掛けて作り出した紅桜の事だけであった。
その紅桜が紅蓮の炎に巻かれて燃えている。跡形もなく消え去ろうとしている。自分の作り上げてきた全てが無に帰ろうとしている。それが鉄矢には我慢出来なかったのだ。
「私の……私の……私の、紅桜……私が作り上げた……最強の……」
「兄者! 聞こえないのか? 兄者ぁ!」
妹の声になど一切耳を貸さず、兄鉄矢はふらふらと燃え盛る紅桜の元へと歩み寄っていく。何もかもかなぐり捨てて、ただひたすらに打ち込んだ代物だ。愛着も相当あるに違いないだろう。虚ろな表情になったまま鉄矢の両手が燃え盛る炎へと伸びていく。
めらめらと燃え盛る炎の中に見えるは煌めく銀色の刃。桜色を帯びた銀色の刀身が其処にはあった。間違いない、あれこそ紅桜だ。 紅桜はまだ燃え尽きてはいなかったのだ。歓喜の表情を浮かべ、鉄矢は手を伸ばす。紅桜の元へと手を必至に伸ばした。
紅桜は目の前にあった。いや、正確には目の前にやってきたのだ。そう、産みの親でもある鉄矢の胸板を深く貫く形で―――
「あ……兄者……兄者ぁ!」
「こ……こいつぁぁ―――」
目の前に映る光景に鉄子は絶叫し、銀時は驚愕した。其処に映ったのは、鉄矢の胸板を貫いたであろう妖刀紅桜と、その紅桜を持つゲル状の体を象った化け物の姿であった。
まるでスライムが人の形を成しているかのような醜悪極まりない姿であった。その化け物が紅桜の刀身を掴み、鉄矢の胸板を刺し貫いたのだ。
「がっ! はぁっ―――」
鉄矢の口から鮮血が飛び散る。ゲル状の化け物は鉄矢の体から紅桜を強引に抜き取ると、今度は鉄子と銀時の方へと歩み寄りだした。
今度はこっちに狙いを定めたようだ。
「鉄子! 兄貴を連れて此処から出ろ! 俺が足止めをする」
「ぎ、銀時……」
「早く行け!」
怒号を挙げ、鉄子を走らせる。鉄子は軽くうなずき、一心不乱に倒れ伏した鉄矢の元へと走った。ゲル状の怪物が横を通り抜け両とする鉄子を見る。が、見ただけだった。どうやら彼女には一切興味を示していないようだ。怪物が狙いを定めていたのはただ一人。銀時だけであったようだ。
「そうかい、俺が狙いって訳か。そりゃ話が早くて助かるぜ」
怪物がゆったりとした動きで銀時に迫る。ドロドロの液状の体とその中に異質にくっついたかの様に映る紅桜の刀身。それが銀時めがけて歩み寄ってきていたのだ。
銀時は白夜の鞘に手を掛けた。幸いな事に相手の動きは鈍い。鉄子が此処から兄を担いで逃げるには充分間に合うだろう。その為にも此処で足止めする必要があるのだが。
「まさか70話近く過ぎて今更スライム退治をする羽目になるなんてなぁ。レベル上げなんてかったりぃが、覚悟して―――」
意気込みを込めて白夜の刀身を抜き放とうと鞘を掴み引き抜く。だが、鞘から出たのは白夜の根本までであった。其処から先は委細顔を見せていない。
銀時はギョッとなった。渾身の力を込めて居合の容量で抜き放つつもりだったのだ。だが、そんな思惑とは裏腹に白夜の刀身は根本までしかその姿を見せていなかった。
「ぬ……抜けねぇ……刀が……鞘から抜けねぇ―――」
銀時は思い出した。白夜と桜月にはそれぞれ意志と呼ばれる物がある。そして、それらは使い手を選ぶと言われていたのを。つまり、白夜は銀時を使い手とは認めていなかった事になる。随分御大層なプライドをお持ちのようだがはっきり言って今この場では邪魔以外の何物でもない。
これでは鞘ごと相手にたたきつける攻撃しかできないのだから。だが、果たしてそんな物理的攻撃があのゲル状生物に効果があるか?
疑念に囚われていた銀時の目の前で更に驚くべき事態が起こった。ゲル状の怪物が持っていた紅桜が突如まっすぐ飛んできたのだ。
いや、そこにあったのは紅桜の刀身だけではない。刀身の根本には化け物の体が付着している。化け物が腕を伸ばしてきたのだ。
「ちっ!」
咄嗟に白夜の根本で飛んできた紅桜を弾いた。刀同士がぶつかりあい火花が周囲に飛び散る。どうやらリーチの長さは相手の方がはるかに上手のようだ。しかも、最初の一撃を皮切りにまるで鞭の様に腕を撓らせて再度紅桜を振るって来た。
「調子に乗るんじゃねぇ!」
襲い掛かってきた紅桜を弾く容量でそのまま地面に突き刺した。鋭い刃は固い鋼鉄製の床を易々と刺し貫く。だが、深く突き刺さってしまった刀身はそう簡単に抜ける物ではなかった。
しかも、刀身には自分の体がくっついている為に身動きが取れなくなりその場に釘付けと言う形になってしまっていた。
そんなゲル状の胴体に鞘ごと白夜の横一閃が決まる。ゲル状の物体は上下で真っ二つになり地面に液状の水溜りを作る結果となった。
案外呆気なく片付ける事が出来たが、銀時の内情はとても晴れやかとは言えなかった。この紅桜は持ち主を必要としない。刀自身がその場にある物を自分にとって都合の良い形に変貌させてそれに寄生する。まるであの時の岡田と同じだ。だが、先ほど銀時が戦ったのはただの培養液の塊が人の姿をなしただけの事。人ではない。それに、相手が生き物でないのであれば何度でも蘇生させる事が可能という事になる。
現に、目の前では銀時が倒した筈のゲル状の化け物が体を再構築させて起き上がりだしたのだから。
「おいおい、RPGで言う作業げーですかい? そう言うのって飽きられ易いんだぜ」
軽口を叩く銀時の耳に異様な音が届いた。それは燃え盛る炎の中からだ。視線を炎の中へ移す。その中からは、目の前のゲル状の生物と同じ化け物が何体も姿を現してきたのだ。
その総数は見ただけでもざっと20体近くはいる。恐らく培養液に入っていた紅桜が全て同じ姿を象ったのだと思われる。
「くそっ! あのバカ兄貴。一体どんな化け物刀を作ったんだ? これじゃ刀じゃなくて正真正銘の化け物じゃねぇか!」
悪態をつく銀時の周囲にはゲル状の化け物の軍勢がそびえ立っていた。殺す事が出来ない怪物を相手に、銀時は白夜を握り占めて立ち塞がる。
生憎愛用の木刀は手元になく、あるのは絶賛不貞腐れ中の白夜が一本しかない。
「ったく、不貞腐れるんだったら状況を見て不貞腐れろってんだ!」
愚痴を零しつつ、銀時は周囲を見たわした。白夜だけでは殺傷能力が低い。何か適当な武器になる物はないか?
銀時はとっさに壁際に走った。壁に幾つもくっついている鉄の配管の一つを強引に抜き取る。力任せに引きちぎった為か断面はとがり危険な形に取れていた。
少々情けないが今の白夜よりは殺傷能力はありそうだ。銀時は鉄の配管の尖った方を目の前にいるゲル状の怪物目がけて投げつけた。
配管はゲル状の怪物の体に深く突き刺さる。しかし、刺さった後から配管が泡を吹いて溶解してしまった。奴の体に触れた物体は跡形もなく溶けてしまう。
それは人体も例外ではない。
「って事は……白夜は?」
ふと、先ほどゲル状の怪物を両断した白夜の鞘を見た。不思議な事に白夜の鞘には溶けた傾向が全く見られない。付着物の一つも其処からは見受けられなかった。
どうやら、こいつらに有効な武器はこの白夜しかないようだ。その白夜を手に、銀時は構えた。
***
折角紅桜に絶好の餌をあげてた時に、思わぬ邪魔が入ってしまった。岡田は突然現れた厄介者の出現に出鼻を挫かれる形になっていた。
「私のリボン返せぇ!!」
「ちっ、何なんだぁこいつは?」
声色と体から感じる重み。そして魂の色から察するに相手は子供、それも女子だというのが分かった。だが、さっきから言っているリボンを返せと言う言葉がどうにも引っかかる。まさか、こいつは昨夜切り伏せたあの子供か?
「やれやれ、折角こいつの餌やりをしてたってのに、大人の邪魔をするのは感心しないねぇ」
「うっさい! それより私のリボン返せ! あれはとっても大切な物なんだ! だから返せ!」
「うるさいガキだ! どうやって俺の元へ来たかは知らんが―――」
岡田は自分の体にへばりついていたなのはを無理やりひっぺがす。幾ら必至にしがみつこうとしても所詮は子供の力。子供の力では大人の腕力に勝てる筈がなく、安易に引きはがされてしまった。
「返せ返せ返せぇぇ! 私の大事なリボン返せぇ!」
「この高さから落ちれば一巻の終わりだろう?」
一切の慈悲の心もなく、岡田はなのはを掴んでいた手をその場で離した。今、岡田となのはの二人は大海原の遥か上空に居る。しかも、岡田とは違いなのはは空を飛ぶ術を有していない。落ちればまず助かる事はない。そう、岡田は確信していた。
だが、今度はそんな岡田の背後に何かが覆い被さってきた。
「今度は何だ?」
「私のリボン返してよぉ!」
「な!? どうやって戻ってきたんだ!?」
驚愕だった。確かに大海原に向かって投げ捨てた筈。だが、その投げ捨てた筈のなのはが今度は岡田の背中に飛びついてきたのだ。だが、一体どうやって?
「このガキ、一体どうやって戻ってきたんだ?」
「そんな事より私のリボン返してよ! 持ってるんでしょ? あの時私から盗ったんだから持ってる筈だよ!」
「持ってねぇよ。あんな布きれなら、とっくに捨てちまったからな」
「え? 捨てたって……何処に!!」
「さぁねぇ、そんなの知ったこっちゃないねぇ!」
言い終わると突如として岡田はマシンを急発進させた。上空で激しくうねるように飛び回る。背中にへばりついてるなのはを引き剥がそうとしているのだ。現に岡田の背中ではなのはが両手で必至にしがみついている。
「落ちたくなかったら其処でじっとしてるんだなぁ。おじさんは今ちと忙しいんでなぁ!」
「忙しいって……一体何を―――」
必至にしがみつきながらも、なのはは見た。岡田は自身と一体化し、巨大になった紅桜の刀身を振るい、桂派の攘夷志士達の乗る軍艦を切りつけたのだ。巨大な軍艦を刀一本で縦一文字に両断してしまったのだ。真っ二つにされ、海に向かって落ちていく巨大なかつての軍艦もとい、鉄の塊の光景が目の前に映った。そして、その中には大勢の命がいとも容易く消えていく不快で背筋の凍る感覚が過った。
その殆どが苦痛と恐怖の中で消えていく命ばかりであった。嫌な感じがした。人が死ぬ事事態はさほど珍しい事ではない。江戸で暮らしている以上人の生き死にに関わる事は多い。だが、今みたいに大勢の命が一瞬の内に消えてしまう感覚は初めてであった。それを、この岡田と言う男は意図的に行っているのだ。自分の意思で、自分の欲求を満たす為だけに大勢の命を無碍に奪おうとしている。
そして、その岡田の意思に従いあの大きな得物と化した紅桜は猛威を振るう。もし、この男が江戸の市街に入ればどうなるか?
それは幼いなのはでも容易に想像が出来た。紅蓮の炎に燃え盛る江戸の町。大勢の人が紅桜の刃によって切り裂かれ、無残にも命を奪われる。その中には、なのはにとって大切な存在も居た。
それだけじゃない。今こうして奪われてる命を見捨てる事も出来ない。関係はないとは言えそれがたった一つの命である事に代わりはない。それをこの男にくれてやる訳にはいかない。
となれば、今なのはがすべき事は一つだけであった。
「これで二隻沈めたか。後半分……まだまだ腹いっぱいには足りねぇよなぁ、紅桜」
「いい加減にしろぉ! この人殺しぃ!」
背後で怒号を張り上げながら岡田の首になのはの細い腕が絡みつく。背後から岡田の首を締め上げるチョークの要領だ。
幾ら子供の力とは言え首を取られれば相当息苦しくもなる。ましてや今、岡田は両手が塞がっている状態であった。そんな時にこの様な不意打ちをされてしまいすっかり先ほどまでの高揚感が冷めてきてしまった。
「この……ガキィィ!」
「何であんな酷い事を! あの船には沢山の人が居た筈なのに……何で!?」
岡田の首を絞めるなのはの手に力が籠る。なのはの感情に怒りの感情が混ざり出した証拠だった。だが、その怒りの理由が岡田にはいまいち理解出来なかった。
「何を怒ってるんだ? 俺がお前を怒らせる事を何かしたか? お前のリボンはもう捨てたって言った筈だぞ」
「そんなんじゃない! あそこに乗ってた人達を何で殺したの? お前は、人の命を何だと思ってるの!?」
「命? あぁ、命ってなぁ綺麗に光るから俺は好きだねぇ。特にその命が消える瞬間なんて、堪らなく良い。だから俺は命が大好きなのさ」
岡田の言葉には不快ささえ感じられた。この男には命の重みなんて一切感じていない。ただ命を刈り取る事を楽しんでいるだけだ。ただ欲望に従うまま、己自身の為だけに―――
「そんなの……そんなの酷すぎる! どんな人にだって命は一つしかないのに、それを奪う何て―――」
「そんな事より、いい加減離れろ! 子供の遊びに付き合うつもりは俺にはないんでなぁ!」
首に回していたなのはの手を掴み、無理やり引き剥がす。やはり子供の力で大人に対抗する事は出来ない。そのままの勢いで前方へと投げ捨てる。どうせまた戻ってくるだろうが知った事ではない。今は目の前にある桂派の攘夷志士達の乗る軍艦を沈めるだけの事だ。
「これで三隻目、おら! 好きなだけ食え、紅桜ぁぁ!」
狂気に歪んだ笑みを浮かべ、頭上へと振り上げた紅桜をそのまま一気に振り下ろす。その間、軍艦からは絶えず大砲が放たれているが如何せん的が小さい為に一向に当たらない。それに、対戦艦用に作られた紅桜に対抗する術を今彼らは持ち合わせていなかったのだ。攘夷志士達の顔に恐怖の色が映る。前に沈められた二隻の軍艦の光景が頭を過ったからだ。
誰もが前の二隻の二の舞になると思った。だが、その結果は違った。岡田の放った無慈悲なる斬撃はその手前で塞き止められたのだ。
「何……だとぉ!!」
誰もが驚いていた。いや、その中で一番驚いていたのは岡田自身かも知れない。何故なら、紅桜の斬撃を防いでいたのは先ほどまで自分の邪魔ばかりしていたあの小娘だったのだから。
「また……てめぇか、このガキィ!」
「これ以上、人殺しなんてさせない! お前が自分の欲望で人を殺すなら、私は守る! 誰だろうと、どんな人だろうと殺させやしない! 私のこの両手の届く範囲の人達を、私は……私は、全力全開で守って見せる!」
岡田の斬撃を防ぎつつ、なのはは声高らかに吼えた。決意の咆哮だった。自分の欲望と紅桜の命の下に人を殺し続ける岡田に対し、それとは対照的に自分の意思で人の命を守ろうとするなのは。二つの強い意志と魂が、広大な大海原で激しく激突を始めた。
つづく
後書き
片や絶賛ピンチ中の銀時。片や絶賛ガチバトル開始のなのは。その片やで絶賛ボコり中の神楽と新八とボコられ中の桂。各々の戦いが今始まった……かも?
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