超越回帰のフォルトゥーナ
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ep-1─それは突然に舞い降りて
#04
「……駄目だ。何があっても殺さないと、そう決めた」
レンははっきりと、目の前に立つ青年……ワールドに向けて言い放った。
そうだ。この手でもう、誰一人として切り裂かないと、監獄の中で仲間たちにそう誓ったはずだ。この手は誰かの命を奪うのではなく、救うために在るのだと。
たとえその場しのぎの決定だとしても――――絶対に、この決定が皆を救うと信じて。
マリアとはまだ出会って一日も立っていない、そんな不安定な間柄だ。
だが。だとしても。
レンは、彼女を殺したくはないと、そう感じていたのも確かなのだから。
「……その決定、後悔するなよな」
ワールドは、怒りと、そして半分ほどの呆れと嬉しさを感じさせる、そんな苦笑いを浮かべて答えた。
「俺が知っている事を全て君に教えるわけにはいかない。けど、いくつか助言してあげられることもある」
彼はそこで真剣な表情になって、いい放つ。
「力を手に入れろ。仲間を増やすんだ。君一人の力では、『彼ら』に勝つのは難しすぎる」
「彼ら……?」
突然現れたその情報に、レンは興味を示した。その『彼ら』とやらが、マリアを狙っているのか。目的は何なのか。そもそも何を指しているのか──――
だがしかし、世界の名を持つ青年が、それに答えることは無かった。
「……俺に教えられるのは此処まで。あとは自分で、自分の可能性を掴み取るんだ。運命を超越したその先で――――君を待っている」
そう、謎めいた言葉と共に。
「――《因果崩壊》」
ワールドは、突如として出現した、扉のような容貌の魔法陣に――――
「お、おい……待てッ!」
吸い込まれて、何処へと消えた。
レンが鋭く叫んで手を伸ばした時には既に遅い。もうワールドは、どこにもいなくなっていた。
後に残されたのは、呆然とたたずむレンただ一人。
「……何、だったんだ……」
こうして、無数の謎を残したまま、一日目の夜が明ける。
***
「ふぅん、鍛冶師?」
「ああ。服役前に預けておいた剣を取りに行く」
狭いリビングで質素な朝食を囲みながら、レンはマリアの問いに答えた。
昨夜のワールドとの会話は、マリアには説明していない。だが、近々何かが起こるかもしれない、と言うことは彼女の方でも感じている…というより、それ故にレンのもとへ来た…ようであり、レンの言葉にさほど不思議さは感じていないようだった。
あの奇妙な少年は、力を手にしろ、と言った。心当たりはある。だからそのための第一歩として、かつての愛剣を取り戻しにいくのだ。
薄金色の髪を揺らして首をかしげるマリアの姿に、どことなく奇妙な郷愁を覚えながら、細かい説明を続ける。
「俺の《超越回帰》は剣を握ってからが本番だ。本当は何でもいいんだが、手になじむ武器の方が使いやすいからな。専用の剣を用意してあったんだが……軍部に徴収されないように、専門の鍛冶師に預けてあったんだ」
「専門の、ねぇ……もしかして材質が緋々色金なのかしら?」
その言葉を聞いたとき、レンは驚きに目を見張った。
「よく分かったな……ヒヒイロ鋼型の方だ」
「専用の武器で、専門の鍛冶師が居るって言ったら、私の知識で思いつくのはそのくらいだもの。それよりヒヒイロ鋼ってことはかなり熟練の鍛冶師なのね」
緋々色金。ないしは、アダマンタイト。
この世界において、『最高』の名をほしいままにする、最優の金属。薄く金色掛かった白銀の容貌をしており、産出される地域によって『ヒヒイロ鋼型』『アダマンティン鋼型』に分かれる。
この金属の凄まじいところは、鍛ち手の思いのままにその形状を変化させられることだ。形。色。さらには切れ味に至るまで。
その性質上、鍛つのにはかなり高いイメージ力が必要となる。そのため、緋々色金を鍛えられる人物は相当な数に限られる。おまけに『ヒヒイロ鋼型』の緋々色金は、その『自在性』が非常に高い反面、取り扱いも難しい(逆にアダマンティン鋼型の方は自在性はさほど高くないが、産出量が比較的多いため使いやすい)。扱うには相当な熟練度が必要となる。
だがレンは、マリアのその問いにああ、と呟いてから否定の言葉を返した。
「アイツは熟練の鍛冶師じゃない。鍛冶師としての腕前は半人前以下だろうな。研磨くらいしかできないよ」
「へぇ? じゃぁ本当に預かっているだけってこと?」
「いや……アイツは、緋々色金の加工の時だけ、異常な才能を発揮する……天性の『アダマンタイト巧』だ」
***
「レン!? そうか、釈放されたんだな……おめでとう。二年ぶりか?」
「ありがとう。そうだな。お前も変わりがなさそうで何よりだ、リュート」
レンとマリアがやって来たのは、商店街の中ほどにあるゴテゴテした一軒家。その一回のガレージは大きく開け放たれており、剣や盾、刀、槍、さらには鎌やフレイルと言ったマイナー武器に至るまで、大量の武器が床に並べられて居たり、壁につるされて居たり、棚に陳列していたりする。
入口に立っていた水色の髪の青年が、近づいてくるレンに気付いたときの台詞が、先ほどのそれだ。大きく手を振って、その整った顔を笑顔で一杯にしている。
青年の名前はリュート。職業は見ての通り鍛冶師。そして、この街……否、世界有数の『アダマンタイト巧』である。
「そう言うお前も変わってないじゃないか。まだ着てるんだな、そのぼろローブ」
「まぁ、な」
リュートが指摘したのは、レンの服装だった。
暗い紺色で統一された装いの上に、、唯一違う色……純白のローブを羽織っている。かつては眩かったそれも、今では何かを暗示するかのようにくすんでいた。
それでもこれは、『仲間たち』との思い出の品。捨てるわけには、行かなかった。
「……ところでレン、そっちの子は……?」
ふと、リュートがレンの後ろを指さす。そこにいたのは、同じく真っ白なローブをすっぽりと纏い、フードを目深に下ろした小柄な人物。
マリアである。昨夜のワールドとの一件があってから、何かしら彼女が危害を加えられる可能性を考慮して、こうやって容姿を隠させて連れてきたのだ。
「知り合いだ。分け合って連れ歩いている」
「ふーん」
『知り合い』、と称するのは何とも癪に障る事であったが、とりあえずそう紹介しておく。今頃マリアはフードの奥で嗤っていることだろう。
「リュート、早速だが、預けておいた剣を渡してほしい」
「了解。そう来ると思った」
レンの言葉を受けて、リュートは店の奥……彼の工房へと引っ込んだ。
「……今の子が?」
「そうだ」
マリアの問いに、レンは短く答える。というより気になったのは、マリアの「今の子」という言い方である。マリアはどう見ても十代前半にしか見えないが、リュートは今年で17歳になるはずだ。
――もしかしたらこの女、見た目通りの年齢ではないのかもしれない。
そんな事を思いながら、レンはリュートの解説をする。
「奴の保有する《心意力》は桁違いだ。こと『流動性』に関しては世界でもトップクラスだろうな……ヒヒイロ鋼でアイツに扱えないモノは存在し無いし、あらゆる形をとらせることが出来る」
「ふぅん……すごいのね」
「ああ。剣技の方もかなり強いぞ。
……その代わりと言ってはなんだが、それ以外の事は一切できん。今朝言った通りに研磨くらいだろうさ……それでも自分の店を持っているんだ。それだけアダマンタイト巧としての実力があるということなんだろう」
そうこうしているうちに、リュートが店の奥から足早に出てきた。入る前はつけていなかったグローブをはめて、その手に何かを持っている。
それは、薄く金色がかった光を放つ、深い紺色のインゴットだった。相反する色。明らかに異質。祖の周囲だけが、まるで空間が歪んでいるかのように重々しい雰囲気を醸し出している。
あれこそが、レンが取りに来たものである。
「ほらよ」
「ああ」
リュートがそれを差し出してくる。慎重に、インゴットを受け取るレン。
「久しぶりだな……また、俺と一緒に戦ってくれ、《クリミナルエスパーダ》」
そして、その銘を呼ぶ。
瞬間。
眩い光を放ちながら、インゴットが形を変えた。見る見るうちに刃と十字を模した鍔、そして柄が出現し、流麗な黒い剣が誕生……否、再誕した。
これこそが、《緋々色金》で武器を鍛つ最大の利点だ。いわば使用者ロックとでも言うべきこの機能は、設定された使い手と、鍛ち手以外の人間が、その手に持って、かつその銘を呼ばなければ、キチンとした武器の形を持たないのだ。
レンの剣、《クリミナルエスパーダ》もそうだ。もう一本、此処にはない剣と併せての一対の十字剣、その片割れであるこの剣もまた、レンとリュート以外の声には答えない。
盗難防止などに非常に役立つが、それ以外にも武器の秘密を隠したり、愛着を持ったりする意味でも、様々な場面で役に立つ。もっとも、体から離れてしまえばすぐインゴットの姿に戻ってしまう為、戦場で取り落とせば面倒なことに成るのだが――――レンの場合、とある理由に寄りそれも気にする必要は無かった。
まさしく、緋々色金の剣は、レンの為にあると言ってもいい武器。
「悪かったな、今まで預かってもらっていて」
「良いって。気にしてないし。今後とも贔屓にしてもらえりゃぁ、それでいいよ」
「……すまないな。本当に助かった」
「おう、また頼むぜ」
リュートに感謝を述べて、レンとマリアは鍛冶屋の前を去った。レンの腰には、既に愛剣がおさめられている。なんだか落ち着いてきた気がするレンであった。
向かう先は、商店街の中枢にほど近い場所――――
「……次はどうするのかしら?」
マリアがフードの奥から問う。レンの行動の目的が良く見えないからか。それとも、己の目的が達成できないからか。
どちらにせよいい気味だ。レンは内心でほくそ笑んだ。
「……仲間を、集めに行く」
「仲間?」
「ああ」
そうして辿り着いた先は――――
一件の、賭博酒場であった。
***
――この感覚も、久しぶりか。
郷愁と共に、レンは騒がしい店の中を進む。色とりどりの毒々しいネオンが煌めき、レンとマリアを照らす。
そんな風にして店の中央に辿り着いたころ、いつの間にか、ガタイのいい傷だらけの男達や、妖艶な美女たちが二人を囲んで、恐ろしい形相で睨み付けてきていた。さすがにこの感覚には慣れていないのか、マリアがぴったりと張り付いてくる。
「久しいな」
しかしレンは、何とも気安げに、やんわりと彼らに向かって言い放った。
その直後――――空気が、爆発した。
「「「「「うぉぉおぁわぁあああああッ!」」」」」
――――歓声で。
「……え?」
マリアが当惑する。そんな彼女を気にも留めず、賭博酒場の住人たちは叫び、喚き、歓喜を告げる。
「お帰りなせぇ、レンさん! あんたの出所を心待ちにしていた!」
「英雄が帰って来るとは……俺は今日、歴史が変わる瞬間を見たぜ……」
「うぉぉぉおおッ! おい見たかお前ら、《伝説》が最初に話しかけたのは俺だぞ!」
「ンなわけあるか、俺だッつーの!」
「いいやアタシだね!」
「レンさん、はっきりさせてくだせぇ!」
「レンさん!」
「レンさん!」
ギラギラと目を輝かせて、詰め寄る男達。
「……どういうことなの?」
それを見たマリアが…恐らくは冷たい目で…こちらを睨んできた。いろいろあったんだよ、と目線で答えると、レンは再び彼らに向けて告げる。
「お前たち、すまないが――――」
だが、その瞬間だった。
「だぁぁぁッ! 煩っさいんだよお前ら! 集中できないだろうが静かにしろ!」
ホールに、聞きなれない声が響いた。
声質は男の物だろうか。だが、比較的高い、というよりかは、若い感じがする。基本的にこのカジノバーには二十代から三十代、果ては五十代までの男や女が集う為、それは珍しい事だった。
人波を掻き分けて、その声の主が姿を現した。
黒いスーツを着崩して、一見獣の鬣の様に見える黄金の髪を靡かせた、細身の少年だった。
快活そうな瞳を鋭く細めて、少年はレンを睨む。
「あんた、誰だよ」
「……レン。レン・ネイビィフィールドだ」
「ふーん……何の用?」
「ここの住人達に話があって来た」
「あっそ……あのさ」
瞬間。
レンの目の前に、何かがかざされていた。細長いスローイングピック……もっと砕けた言い方をするならば、『ダーツの矢』だ。
その速度、光の如し。レンの動体視力を以てしても、ほとんどその初動が見えなかった。
「あんたが此処の奴らにどれだけ慕われてるのかは知らないけどさ、今、ここの元締めはおれなんだよね。勝手に話しされても困るんだ……そう言うルールだって、知ってるんだろ?」
黄金の少年が口にしたのは、このカジノの秘めたるルール。
頂点に立った者が、全ての者たちについて責任を負う。それは利点でもあり、弱点でもある――――
以前、レンはその立場にいた。自身がいなくなってから誰がその座についていたのかと思ったら、どうやら新参者の少年が頂点を手にしていたらしい。
このカジノにおけるゲームの多くは、《超越回帰》を多少なりとも使えるか、相当な技術があることを前提として創られている。つまり、この少年もまた、《担い手》なのだろう。
そう、それは既に確信であった。なぜなら先ほどから、レンは少年の頭上に、緑色のカラーカーソルを確認しているからである。
恐らくは、その力でカジノのゲームを制覇した者。
そして、この場所で頂点を競い合うということはすなわち。
「お前が最も得意とするゲームで、俺が勝たなければならない……そうだろう」
「分かってるじゃないか」
にっ、と、年相応の笑顔を見せて、少年はホールの端を指さした。
そこに用意されているのは――――凄まじい長さの、ダーツコート。通常のカジノホールで見かけるそれの、約五倍の長さ。此処にいる住人のほぼ九割が、あれの中央に矢をヒットさせることができない。
「おれが一番得意なのはあれだ。十回投げて、合計得点が高い方が勝ち……どうだ?」
「受けよう」
「よし……レンって言ったよな。
おれはリオン。リオン・ソングバレットだ。勝たせてもらうぜ」
後書き
と言うわけでお待たせしました、『超越回帰のフォルトゥーナ』、最新話でした。
鍛冶師はリュート君にお任せすることに。『流水』なんだから心意力の自在性も高いはず! という勝手な妄想。まぁ大体フォルトゥーナのキャラはそんな感じのノリなのですが。
そしてリオン君はまさかの不良キャラ。喋り方が丁寧っていう設定が在った筈なので、それを取り込んだらなんかハチャメチャな感じに。
次回はレン君VSリオン君のダーツ対決! 原作で登場したばかり(?)のあのキャラも登場予定です!
刹「気長にお待ちください。それではお楽しみに」
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