【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス
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闖入劇場
第百十四幕 「残影乱舞」
前書き
定期生存報告です。なかなか進まなくて申し訳ない。
ユウの蹴りに吹き飛ばされて海に沈みながら、くノ一はまいったね、と肩をすくめた。
ユウの執念と簪の適応力。その二つを、過小評価一過ぎていた事を認めざるを得なかった。
はっきり言えば、流石に時期が尚早すぎたかと反省してたくらいだ。ところが、蓋を開ければユウの爆発力は予想以上だった。あの状況であっさり他人の協力を得る決断を下し、連携し、あまつさえ不意打ちでもいいからこちらに一発叩き込む作戦を立ててきたのだ。
あのスイングによる加速の持続とターン。あれはISを操る人間でもまず思いつかない方法だ。PICを用いてISそのものに車輪のような疑似的軸を形成し、ポールのようにUターン。まともな戦術とは口が裂けても言えないが、戦いにおいて相手の意表を突くのは有効な戦術だ。
集団戦や実戦では本来高い勝ち目がない戦いなどしてはいけない。勝てる状況で勝てる時に勝つ。だが、一対一の戦闘や突発的な襲撃でそれを実践することは不可能だ。だからこそ、このような時に戦士としての真価が問われる。
『ミ……コードネーム:レムレース。サポートが必要ですか?』
不意に、電子的な声が鼓膜を揺らした。通信ではない。これは、ISの内から響く声だ。
気遣ってくれるのは有り難いが、今回はそこまでしてもらう気はない。確かに「二対二」なら絶対に負けない確信があるが、今回はそれをするべき時ではない。
「うう~ん……それじゃサブマニュピレータの操縦だけお願い。流石にこれ以上不意打ちを食らうのは沽券に関わるし、このままユウちゃんを勝たせるのはあそこの二人の為にもならないわ」
先ほどまではどうかと思っていたが、あの滅茶苦茶な作戦に合わせて見せた簪という少女にも興味が湧いてきた。パートナーを自負するなら、2人ともまとめて可愛がってやろう。その上で叩きのめされてもまだ続けるというのなら、その時はユウのパートナーだと認めてやろう。
ただで認めるには癪だ。だから、少しだけ本気を出させてもらう。
『強襲偵察機としての雷陰を解放しますか?』
「うん。全力は出さないから制限はするけど、その中でユウちゃんを圧倒する。もう意志はちゃんと見せてくれたんだから、倒しても今のユウちゃんなら折れない筈。きっとこれは更なる昇華のバネになるわ!」
『……やれやれ。博士の指示もあるとはいえ、本当に過保護ですね。もう一人の子はいいんですか?』
「今は駄目!あの子は勘が良すぎるから今出ると勘付かれる。というか、今も既に私が動いてることに勘付いてココに向かってるかも?どっちにしろ――後は速攻で任務を終わらせるわよ!」
『ラジャ!サブマニュピレータ、コントロール移譲完了!対IS発煙弾セット!出力を30%から50%へ!!』
視界の隅で目まぐるしく表れては消える網膜投射ホロモニタにほくそ笑む。
久々に――兵士として大暴れさせてもらう!!
= =
「ユウ……また、向かって来ると思う?」
「間違いなく来ると思うな。一撃必殺の威力じゃなかったし、直前で身を逸らして衝撃をいくらか殺してた」
「………本当に、何者?」
「忍者かな、多分。イガかコウガかまでは知らないけど」
「……笑えない」
先ほど雷陰を吹き飛ばした方向を注意深く観察しながら、2人は口早に言葉を交わした。
あれで終わるような相手ではない、とユウは確信している。変な話だが、信頼と言ってもいい。実際に拳を直に交わしたからこそ感じる相手の実力と、先ほどの一撃を照らし合わせ、あれで終わるはずがないと確信できた。
簪としては、あれだけの威力なら気絶していてもおかしくないとさえ考えているが、そもそも彼女も倒せたとは思えないからユウに確認を取ったのだ。おかげで二人は「これで終わりじゃない」という共通認識を得た。
「次は何を仕掛けてくる?兄さんたちが戻ってくるにも先生たちが異常に気付くにも、もうそんなに時間が残ってない。ならば大火力によるゴリ押しか、速度に任せた撹乱戦法か……あるいはまだ切り札を抱えてる?どれにしても短期決戦で一気に仕留めに来ると思う」
「わかった。ユウがそう言うなら、気を付ける」
ユウが言う………などという寒い親父ギャグを思いついたユウは無言でそれを頭の外に追い出した。今は戦闘中だぞ。空気読め、僕。と自分に問いかける。その脳内作業は傍から見たらかなりバカであるが、本人はいつでも一生懸命である。
――と、接近警告。海上から何かが複数射出された。
弾速の遅い、ポッドのようなものだった。訝しがりつつもユウは小さく身構えた。
「何だ、攻撃か……?それにしては当てる気がないと言うか……」
「違う……ユウ!これは、当てる気がないんじゃなくて――『当てる必要がない』ものッ!!」
簪は咄嗟にその違和感の正体に気付いたが、既に遅かった。
海上からユウ達の付近まで飛来した複数のマイクロミサイルのようなポッドが、ひとりでに爆発。同時に空間を覆い尽くすような夥しい煙幕が空間を包み込んだ。その範囲は凄まじく、周辺数百メートルにわたって完全に視界を覆いつくす。それは空間に絵具をぶちまけたような劇的な変化だった。
「これは、対IS発煙弾!?対人戦では効果制限装備の筈……って、テロリストがそんなルール守る訳ないかッ!!」
「気を付けて、ユウ!この煙は、ハイパーセンサでも……キャアッ!!」
「簪!?」
金属同士のぶつかり合う異音とともに、先ほどまで辛うじて見えていた簪のするえっとが完全に視界から消え去る。
――分断された!直感的にそう思ったユウはすぐさまその場を離脱した。
だが、敵はそれを許すほど甘い相手ではない。上方からエネルギー警告。高熱源の敵性攻撃とISが認識したそれを読むよりも早く、ユウは光の鞭のようなものに打ち据えられても解いた場所へ弾かれた。
「ぐあぁッ!?くそっ、やっぱり相手はこっちの動きが見えてるか!」
特殊部隊が視界を塞ぐ行動をとる時は、暗視ゴーグルの類で必ず自分の視界を確保して優位に立とうとする。ISでもこのイニシアチブの在り方はあまり変わらない。敵は前か――後ろか――全く見えない。
とにかくこの場に留まっていてはいい的だ。速やかに地面を蹴ってその場を離脱する。
が、その直後に反対方向から悲鳴が聞こえた。
「うぐッ!?く、あああああッ!?」
「光の鞭に打たれなさい?そらそらそらっ!」
「なっ、簪を狙ってきたぁ!?くそっ!お前の相手はこっちだ!!」
「だめ、ユウ……!これは、罠だから……!」
速やかなターゲット変更によるこちらの行動の抑制と、敵の片方を煙幕内に縛り付けることで僚機の動きを誘導する友釣り戦法。ここで一塊になってしまえばそれこそいい的にしかならない。それを分かっていて、それでもユウは結局簪の方へと向かってしまった。それが戦略的に誤った行動だと自覚しながら。
暗闇を高速移動しながらヒット&アウェイを繰り返す雷陰の不気味な眼光が煙幕内にちらつく。
それはまるで、幻影や幽霊が実体を伴って現実に復讐しているような、一方的な恐怖と殺意。
闇の中から光の鞭が飛来し、簪の声が聞こえた方へ向かうユウと風花百華を横から襲う。高熱を伴った高速の衝撃が次々に打ち込まれ、振動が容赦なく揺さぶる。
「ぐあぁぁぁぁぁぁッ!?く、そっ……視界が悪いだけじゃなく、鞭の軌道が複雑すぎて読めない……!!でぇいッ!!」
辛うじてバリアを展開した拳で鞭を弾き飛ばす。バチィッ!!と音を立ててスパークが起きた。鞭の引っ込んだ先に鳴動を発射するが、命中した気配はなく閃光は空しく宙を切った。鞭を使っている間はそれほど移動していない筈だと踏んでいたが、相手の方が移動が速い。
当然と言えば当然だ。向こうはこの戦法を用いるにあたっての問題点や弱点を全て把握している筈。だからこそ迅速に行動し、確実にダメージを与える方法を取っているのだ。非人間的、作業的に。だからこそ、そのシンプルで確実な戦法が恐ろしい。なまじ接近したところで体術に劣るこちらに勝ち目は薄いだろう。
そう、今、ユウたちにはほぼ勝機がない。2対1でも勝つ目が殆ど無かったにもかかわらず、相手は「確実な手段」を取ってきた。すなわち絶対的優位な状況から限りなくリスクの薄い戦法で攻める手段にだ。地の利、練度、戦法。少数で多数に勝つために必要となる要素を相手は的確に押さえている。
つまり、その時点でユウと簪に出来る事は――ただただ逃げ惑いながらバリアエネルギーを温存してこの宙域から脱出するか、助けが来るのを待つかだ。
「簪!簪、無事!?」
手探りで簪の居場所を探しながら声をかける。まったく見つからないが確かこの辺りで声が聞こえた筈――と、向こうから返答があった。
「ばかユウっ!なんで来たの……!?」
「なっ!?ば、馬鹿はないでしょ!何所の世界にパートナーを見捨てて逃げる奴がいるのさっ!」
「罠だって……ちゃんと言った!」
「聞いてた!」
「二人で固まるより、バラバラに行動する方が、生存確率が……」
「知ってた!」
「じゃあ、何しに来たの……!?」
何をしに来たのか。
助けに来た……?なんか違うな。助けられない状況で駆けつけてもそれは助けにならない。
ただ、簪の悲鳴を聞いたときには体が動いていた。簪がやられてるって気付いた瞬間に、気が付いたらそっちに強く意識を持って行かれていた。
要するに、これはそもそも論理的行動ではないということだ。それを言語で表すならば――
「………よく分からない!でも、簪を置いて逃げたくないから引き返してきた!!」
「ばか!直情径行あんぽんたん!!」
「さっきから馬鹿馬鹿言わないでよね!それよりも敵を――」
簪を探す手が――むにゅっ、と、手が何か柔らかいものを掴んだ。
「ひゃあっ!?」
「そこか、簪!今いくからちょっと待って!」
身体の何所かは分からないが多分簪だろう。それを逃がさないようにしっかり掴み、近づく。
どうにか視界に見慣れたアンロックユニットが見えた。どうやら後ろから近付いてしまったらしい……のだが。
「ゆ、ゆ、ユウ………そこ、掴んでるところ……わ、私の、お、お、お尻……!」
「そこに居たんだ、簪!大丈………はいぃーーッ!?」
「そんなに、強く掴んじゃ、だめぇ……へ、変な気分に、なっちゃうからぁ……!」
自分のマニュピレータを見る。ISのマニュピレータは人間の掌と感覚がある程度リンクしており、硬い柔らかいくらいの感触は分かるのだが――その手が、彼女の可愛らしいヒップを鷲掴みにしていた。そんな馬鹿な……こういうのは一夏の仕事の筈だ!まさか、最近一夏がラッキースケベをしていないせいでユウの所にセクハラの神が降り立ったとでも言うのだろうか!?
「うぇあああああああーーーーッ!?ごごごごごゴメン!!本っ当にゴメン!何か妙に触り心地がいいなぁとか思ってたんだけどまさかお尻だとは……!!」
「お尻、じんじんする………そんなに、触り心地、良かったの?………すけべ」
「違う!違……あ、いや触り心地の良し悪しの話じゃなくてその、ともかくお尻を掴む気は……!」
「何度も、お尻って、言わないで……!」
ちょっと涙目になりながらジトッとユウを睨む簪だが、その顔は不快感というより乙女の恥じらいが上回っているのかリンゴのように真赤で、掌をぎゅっと握りしめてぷるぷる震えている。そんないじましいリアクションをされるくらいならいっそ「スケベーッ!!」と叫んでスタンガンでも叩き込んでくれた方が分かりやすいのだが、彼女のリアクションはどこかそんなに嫌でもなさそうである。
で、どっちもそんな感じだから戦いの最中にも拘らず2人の間にはかなり微妙な空気を形成している。
………何をやっているんだろう、僕たち。ユウは無性に兄の助けが欲しくなった。
「不純異性交遊は許しませんの事よぉぉぉーーーーッ!!」
「……!ユウ、右に!」
「え?り、了解!!」
二機同時に右へ避けると同時に、2人がラブコメみたいなことをしていた甘い空気の辺りを光の鞭が斬り裂く。
「まだ来る!左斜め下!右!上……はフェイントで、正面から接近戦!!」
「よっ、ほっ、うおっと!?正面から!?なら、武陵桃源を腕部に集中!!」
瞬間、ステルスのまま接近してきた雷陰の両手から刃が煌めいた。
「変移抜刀、疾風斬り!」
「させるかッ!どりゃあぁぁぁぁぁッ!!」
「ウソ、読まれた!?……でも、それだけならッ!!」
風花の桃色に輝く拳に意表をつかれた雷陰だったが、直後に手に持った熱量の刃を変幻自在に軌道変化させ、叩き込んでくる。バリアで辛うじて防ぎながら攻めるが、足技に自立型マフラーまでをも使った手数の大さと絡め取るような動きに翻弄される。
それでも、ユウは音や気配を頼りに通常視界戦闘と同程度に動けていた。
前日にジョウが突然言い出した「深夜訓練」のおかげで、むしろいつもよりも頭が冴える。
視界が悪いが故に、より相手の動きを強くイメージできる。兄さんっては本当に未来予知でも使えるんじゃないのか?と思いたくなるほどだ。視界に頼らない分、より直感的な部分が研ぎ澄まされていく。
(ッ……思いがけないタイミングだけど、チャンスだ!ここで逃がすわけには……!!)
向こうから接近戦に飛び込んできてくれた。これはユウにとってはピンチであると同時にチャンスでもある。接近戦における相手のデータを得るチャンス……そして、万一程度残った小さな逆転の可能性が最も大きくなるチャンスだ。
戦いに於いては技量もだが、泥にまみれてでも食らいつくガッツと根性が100分の一以下の隙を引きずり出す瞬間と言うものがある。可能性があるのなら、例え実力差があろうとも食らいつく。もとよりそれ以外に格上に勝つ方法は知らない。
「よっ、気合入ってるわね!!彼女のお尻で熱いリビドー感じちゃった健全ISなのかなぁッ!?」
「言っている意味はよく分からないけど人の事小馬鹿にしてるでしょ!?ぜーったいにぶっ飛ばす!!」
「あっはははは!凄い凄い!今のユウちゃんからは今まで以上の執着を感じるなぁ!……ひょっとして私のお尻も触りたかったり?やだ、マセてるんだからぁ♪」
「………捕まえたら織斑先生にお尻百叩きをお願いすることにしたよ!たった今ッ!!」
「照れるな照れるな♪ ――まぁでも、今のユウちゃんには無理だね」
その、瞬間。
「ユウ、駄目ッ!!避け――」
ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!と、眩い光と内蔵を抉るような衝撃がユウを襲った。
「が、はぁ………っ!?」
何が起きたのかを、一瞬理解できなかった。遅れて自分の身体に展開されたシールドバリアに弾丸が衝突している事、発砲されたこと、そしてあの閃光はマズルフラッシュであったことを知った。だからこそ、ユウには信じられない。
どこから、いつ、どうやって、何を発砲したのかが、『全く見えなかった』。
視界が悪いと言ってもクロスレンジだ。正面からの殴り合いで、相手の動きに全く読み切れない部分は存在しなかった。正真正銘、正面から一対一で戦っていたから仲間もいなかった筈だ。両手、両足、マフラー。そのどこにも射撃武器は含まれていなかった。
――なら、あの弾丸はどこから?
BTや非固定浮遊部位はあり得ない。PICの反応でばれる筈だ。設置砲台もあり得ない。あれはかなり至近距離から叩きこまれたものだ。なら、ステルスに特化した僚機が存在――?それこそあり得ない。ISクラスの存在が動き回れば馬鹿でも気配に気づく。
分からない。あの銃弾がどこから飛来したのかが。
「名付けて不可視の嵐………からの、もう一丁ぉッ!!」
弾丸の衝撃で動けないユウに、雷陰は空中で体を回し、踵からどてっ腹へ猛烈な蹴りを繰り出した。
めきり、と体が軋み、骨と筋肉が悲鳴を上げた。
「グッ……がぁぁぁァァッ!!?」
「ユウッ!!」
宙を舞う体、大きく削られたバリアエネルギー。そしてここに至って判明した「見えない銃撃」。
吹き飛んだからだを簪が受け止める。助けられて体を起こしながらユウは未だ煙幕に包まれた虚空を睨みつけた。
(原理の分からない攻撃………そんなもの、どうやって対処しろって言うんだ)
予測不能。工程不能。発射の予兆もなければ弾道さえ読めない銃弾を回避する方法など、ある訳がないではないか。
後書き
インヴィジビレにするかファントムバレットにするか迷いました。
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