ワールド・エゴ 〜世界を創りし者〜
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world war5-『夢の主』-
ソーニャは夢を見る。
小さな、幼い兄妹の夢だ。
兄は活発な少年だった。
同世代の友人と遊んだり、やんちゃをしたり、元気な子供だった。
妹は内気な少女だった。
母と兄の後ろに隠れて、ビクビクしているような怖がりな子供だった。
彼らの種族を、『マレイド』といった。
厳しい自然を生き延びる為、戦闘に特化した肉体構造。圧倒的な筋力。瞬発力。そして、それに追い付く思考能力。
だが、そうは言っても彼らは無知だ。
人間が開発した近代兵器には、未だ抗う力は無かった。
蹂躙されるマレイド族。
罠に掛けられ、戦士は殺され、非戦闘民も次々と殺された。
唯一生き残った兄妹は捕縛され、人類の未来の為の実験台にされた。
苦しみにもがくも、その力は及ばない。彼らはまだ子供だった。
嗤いながら、平気で兄妹を痛め付ける研究者達。
『研究の為』という大義名分にもならない言い訳を用いて、拷問じみた行為を行う下衆な人間。
反吐が出る。
勿論、人間にも良い人間と悪い人間が居る事は分かっている。
ソーニャの知る人間である、スノーやユウキは良い人間の分類に入るだろう。
だが、この人間達だけは許そうとは思わなかった。
潰してやる。
殺してやる。
普段面倒臭がって中々動かない、その上、感情に疎いソーニャですら、この時ばかりは殺意を覚えた。
けれど。
毎回毎回、そこで絶対に目が覚めてしまうのだ。
◇◇◇
「……どちら様ですか?」
ソーニャは、夢の間のソファに座りながら、何も無い虚空に問い掛けた。
突如、その空間が歪む。
奇妙な渦が巻き起こり、次元に穴を開けて、一つの人影が夢の間に踏み込んできた。
「……こんにちは。ソーニャさん」
「ルークさんですか、お久し振りですね」
目の前に現れた少年に言う。
ルークとソーニャは以前から面識がある。稀にソーニャがルークに頼み事をする事もあったりした。
もっとも、知識を知っているだけで、今のルークはソーニャと直接会った事は無いのだが。
ルーク__アルヴァート・ルーク・マレイド・セブンスナイトは、ソーニャに微笑んだ。
「要件は、君の事だからもう察してるかな?」
「『世界断絶』の阻止。並びに、その為の『歯車』の調達の補助、ですよね?」
「大正解」
「はぁ……また面倒な事になりましたね。何したらこうなるんですか」
「僕に聞かないでよ。主世界に聞いてくれ」
苦笑しながら答えるルーク。その顔からは、以前の憎たらしさは感じられない。
だが、その顔からは予測出来ない程に、自体は深刻だ。
『世界断絶』による全平行世界消去プログラムは、一度発生してしまえば絶対に止められない。
そしてそれが完了してしまえば、世界は初期化され、総ての物語は白紙に戻る。
その中には、ソーニャと、ソーニャが愛する『あの世界』の住人達も含まれる。
それは、断じて受け入れられない。
「分かりました。すぐに合流しましょう」
「ありがとう。いつかお礼をするよ」
ソーニャの返答に安堵したかの様に胸を抑えると、ルークは軽くお辞儀をして、再び空間の歪みに消えた。
夢の間は未だ何者にも侵されてはいない。何故ならば、夢の間はソーニャが創り出した『悲願結界』でありながら、
ソーニャの許可が無ければ、不可侵の『超越世界』だからだ。
けれど、この世界にも『世界断絶』は届く。
シェルターにもならない。
『世界断絶』の前には、『ノアの箱船』など存在しないのだ。
「……さて、動きましょうかね」
鉄塔の下の部屋から歩み出る。
丘に吹く風が心地良い。草が擦れて音を鳴らし、舞い上がったタンポポの種が空を覆う。
ソーニャのセカイは、闇を知らない。
だからこそ、脆い。
自らの愛するこのセカイを、壊させはしない。
「--『機械仕掛けの神の夢』
ソーニャは、夕焼けの空から差し込む光に溶け、そして消えた。
◇◇◇
「これは……如何したものでしょうか」
アッシュの魔法は、その扉にことごとく弾かれた。
否、弾かれたという表現は合わないだろう。正確には、『無効化された』。
千を焼き、万を凍らせ、億を滅するアッシュの魔法は、しかしその扉に傷一つ付けられない。
--自由の女神。
それが、その『扉』の名だった。
独立したアメリカに対して、フランスが祝いに送った像。その像には、数多の『信仰』が寄せられた。
集まった『信仰』はいつしか『神格』を持ち、《アノセカイ》へと繋がる唯一の扉となったのだ。
その扉を開き、《アノセカイ》に存在する『歯車』を手に入れる事。
それが、今のアッシュ達の目的だった。
「ほーら!行きますよぉ〜?」
ホロウが、その手に持つ宝剣《トゥルー・エクスキャリバー》を構える。
--そして、姿は掻き消える。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガカガッ!
ズガガガガガガガガガガガガガガガガカガガガガガカガガガッ!
ズガガガガガガガガガガガガガガガガカガガガガガカガガガガガガガカガガガッ‼︎
マシンガンすら遅く感じる程の衝撃音の連鎖。
ホロウの全速力、それがトゥルー・エクスキャリバーの効果と合わせれば、マトモに喰らった相手は『設定』から消去される。
--筈だった。
「……あっれ〜?」
やはり傷一つ付かない。
それどころか、『トゥルー・エクスキャリバー』の方に傷が入っている。
絶対に傷つかない様に『設定された』、トゥルー・エクスキャリバーが、だ。
「……如何やら、異能を完全に弾くみたいですね。この分では概念魔法も通じないでしょう」
「困りましたね、私達の存在自体が異能のような物なのですが……」
彼ら《白亜宮》のメンバーは、基本的には人外だ。
例えばアッシュは、ローレライと呼ばれる、神に近き種族と人間のハーフだし、
ホロウはかの『グリーヴィネスシャドウ』の「 」に魂を吹き込まれた存在だ。
ダークに至っては種族すら確立していない。
この世界は唯の人間達が住む世界だ。《白亜宮》などとは違う。
この世界からすれば、この種族そのものが『異能』に等しいのだ。
「……ん?なんですか?アレは」
ダークが、何かに気付いたように女神像の足元を指差した。
一匹の猫だ。何の変哲も無い、唯の猫。
その猫は三人を一瞥し、女神像を眺め、そして--
扉を、さも同然のように開いた。
「なッ⁉︎」
その時声を漏らしたのは誰だったろう。兎に角驚愕したのは確かだ。
女神像の心臓部に虚空へと繋がる穴が開き、猫はその穴の淵に信じられない跳躍力で飛び乗ると、
再び三人を見て、首を振る。
--『付いて来い』、と。
「……行きましょう」
「ですね」
一匹と、三人の影は、直ぐに空間の穴へと消えた。
--そして、再び『ソレ』は現れる。
ドプンッ
自由の女神が、闇に覆われた。
街は暗闇に覆われ、夜の月は深淵へと堕ちる。
街灯は総て呑み込まれ、一筋の光も無くなった。
踏み出す。
草木は枯れた。
踏み出す。
石は砕けた。
踏み出す。
生命は途絶えた。
圧倒的な殺気は、それ自体が形を持って総べてを『コワシテ』いく。
歯車を破壊する為。
世界転生を止めさせない為。
本体である『 』は、アメリカに降り立った。
世界転生まで、あと44時間。
《滅びの依り代》の完成まで、あと42時間。
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