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ハリー・ポッターと蛇の道を行く騎士

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第六話 図書館の魔法書

 翌朝のことである。
 日本にいた頃と変わらず、まだ日が昇っていない時間に目を覚ましたエメは、朝のトレーニングをする為に動きやすい格好に着替える。
 東の空が白んできているとはいえ、動き回ったりするにはまだ暗い。日本から持参した懐中電灯を付けて中庭に向かって廊下を進む。
 中庭に向かう途中、図書館の前を通りかかる。明かりが漏れているのに気付いたエメは扉を開けようとするが、鍵が掛かっていて開くことが出来ない。どうやらふみはまだ中にいるようだ。
 扉を開けるのは諦めて、エメは廊下を進み中庭へと出てきた。

 大きく深呼吸をして、冷たく澄んだ空気を吸う。近くに人など住んでいない山奥だからだろうか?日本にいた時よりも空気が美味しく感じる。
 軽く屈伸やジャンプを繰り返し、準備運動をする。ストレッチは念入りに行い、軽いランニングから始める。やがて日は昇り、太陽が半分程顔を出したところで本格的に始めた。

 エメが修行している武術は、中国拳法が中心だ。無手の心得“八卦掌”、武器の心得“槍術・棒術”、移動の心得“摺り足”……その他諸々、流れるように訓練していく。
 エメの動きによってヒュッ!パンッ!!といった風切り音が鳴り、太陽が完全に顔を出したところで、エメは一回休憩に入った。

 いつの間にかやって来たロタロタにタオルと飲み物を手渡され、汗を拭いて水分補給をする。息を整えて体が冷える前に本格に走り込みを始める。
 内容は50メートルを全力で走り、50メートル地点で素早く切り返して反対方向に50メートル全力で走るといった簡単なものだ。だが、言うのは簡単でも実際にやるのは単純な内容でも難しい。
 全力で走っている状態から突然切り返して反対方向に走るなど普通は無理な内容だったが、それを挑戦することで足腰を鍛えていた。

 朝の運動を終えたエメの耳に爆発音が聞こえてきた。
 ロタロタと共に大慌てで現場に向かう。音の聞こえた方に来るとロッカーソンやほのかも集まって来ていた。
 どうやら音は図書館からしたようで、ロッカーソンが魔法で扉に掛かっていた鍵を解除する。

「『アロホモーラ』、開け!」

 ダン!!と扉を蹴り飛ばしてエメが部屋の中に飛び込む。
 縦横無尽に広がる図書館内を跳び回ったエメは、崩れた本の山に埋もれてうつ伏せになって寝ているふみを見つけた。

「ふみ、大丈夫か?!」

 ふみの上に積み重なっていた本をどかして怪我が無いか様子を見る。
 外傷は無いようだが、頭を打ったりしてないか心配だ。
 すぐ後ろを着いてきたロタロタが、魔法を使って診察をする。

「怪我は無いようですね。……しかし、本の崩れ方が妙ですね」

「どういうことだ?……ん?」

 ロタロタに質問したエメが何かに気づいた。

「積み重なっていた本が崩れたというより、むしろ風か何かに巻き上げられて落ちてきたような散乱のしかたで……どうしました?」

「いや、あの本……」

 エメの指差した先には宙に浮かんでひとりでにページがめくられる不思議な本があった。
 銀の装飾が為されたライトグレーの本はうっすらと輝いている。

「ああ、これが原因ですか。……これまた厄介な」

 嫌そうに顔をしかめるロタロタは、この本に見覚えがあった。

「何なんだ?この本は」

「魔法書です。……ああ、触らないでください。一応禁書の一つですので」

 困ったようにロタロタは言う。

「禁書の棚があるエリアには近づかないでくださいとお願いしたのですが……」

「そんなのふみが聞くと思うか?」

「ですね。注意したら追い出されましたし……」

 そんな2人のところにほのかとロッカーソンが少し遅れてやって来る。

「ふみは無事?」

「大丈夫ですよ。ちょっとたちの悪い本と契約をしてしまっただけのようですから」

 不安がれば良いのか安心すれば良いのか分からないロタロタの発言に対して、困惑した顔をエメに向けるほのか。しかしエメも詳しいことが分かっている訳では無いのでそんな顔を向けられても困ってしまう。

 ロッカーソンは興味深げに魔法書を観察する。

「珍しいタイプの魔法書ですね?初めて見ましたよこんな不思議な魔法書」

「世界に1つしかない特別な魔法書だと聞いてますよ?70年程前にアーロン家の方が、魔法書の開発に力を注ぐ一族と協力して、作り出した万能の魔法書だそうです」

 そこまで言ってロタロタはまた顔をしかめる。

「最後に余計な機能さえつけなければ便利だったんですけどね。今までの使用者全員がこれさえなければと残念がっていましたよ」

「何が付いているんだ?」

 興味を持ったエメが尋ねてみる。

「この本、人工知能《インテリジェント》本(ブック)なんですよ。しかも性格が激ウザの」

 どうやらロタロタは極度にこの本を嫌っているようだ。
 まだまだ気になることはいっぱいあるが、いつまでもふみを床に寝かしておく訳にもいかないと思ったロッカーソンが魔法を使う。

「『ウィンガーディアム・レビオーサ』、浮遊せよ」

「ああ、あぁ、私がやります。お世話をするのはわたくしめのお仕事で御座います」

 ふみを移動させる為にロッカーソンが魔法をかけると、それに気付いたロタロタが仕事を取られてはならんと慌てて交代する。

「皆さん、話の続きはふみさんを部屋に連れた後で」

 皆が移動すると魔法書も後から着いてくる。







 ふみの部屋についたロタロタはベッドにふみを寝かせると、その場で魔法書について説明を始めた。

「この魔法書の名は“世界図絵(オルビス・センスアリウム・ピクトゥス)”。本来の目的では世界の様々な魔法を覚える為に作られた本ですが、情報を検索する能力の方が役に立ち主にそっちの方が良く使われます」

 エメが感心したように言う。

「ロタロタは物知りだよな」

「歴代当主様が全ての部屋に立ち入る許可をください、危険なものに対する知識や家にある物を自由に使う権利をくださったおかげで御座います」

 ロタロタは誇らし気にしている。

「主要言語はラテン語で書かれており、英語と仏語とドイツ語に変換することが可能です。
 現代でいうネットワーク風の百科事典のように使用するもので、基本の知識さえ持っていれば関係項目のリンクを辿ってどんな高度な知識だって修得できるが、その為に基礎的な知識が必要で使いこなすには本の読み方そのものを心得ている必要がある。
 本の内容自体は世界中の“今”から情報を集め自動更新されるが、読み込みは本に宿る人工知能に依存する為に限界が存在する。
 更新された情報は上書き保存されるので、過去の情報は消失する。
 言語・情報の解読・解析は人工知能が行うのだが、性格が非常にウザく、機嫌を損ねると解読してくれなくなる。つまり、本との相性も重要になるのでより厄介です。
 ……以上が“世界図絵
オルビス・センスアリウム・ピクトゥス)
”について私が知っている情報で御座います。この最後の機能が本当に要らないと思いました」

 話している言葉の節々から感じられるように、ロタロタはこの魔法書に使われている人工知能の疑似人格を非常に嫌悪している。
 心の底から嫌っているという事が話を聞いている他の者達にも嫌になる程に伝わって来るが、その能力の有用性に廃棄する訳にもいかず、仕方なく禁書の棚の奥に封じ込めておくことで我慢していたらしい。
 今もふみの頭上をふよふよ漂っている魔法書を嫌悪感丸出しで見たロタロタはベッドで寝ているふみ以外を食堂へと連れて行くことにした。

「さぁ皆さん、朝食が冷めてしまいますのでそろそろ食堂に行きましょう」

「そういえば朝ご飯がまだだったな」

「色々あって忘れてましたね~」

「ごっはん~ごっはん~」

 朝から騒々しい始まりとなった2日目であった。









 カレンダーを見ながら祝日やスケジュールの確認をしていたロッカーソンは朝食が終わると、エメに忘れてはならない大事な予定を告げる。

「今年のクラス分けは4月8日に行われるので、その日は私と一緒にボーバトン魔法アカデミーに来ていただきますね」

「クラス分け?入学式じゃなくて?」

「?……フランスに入学式はありませんよ?」

 驚愕の事実であった。
 フランスでは入学式も卒業式も始業式も終業式もなく、初登校日もあっけらかんと普通に始まります。

「なん……だと……?!これが文化の差というやつか……」

「この後私は授業のスケジュール的な理由で一度フランスに戻らないといけないので、次はクラス分けの前日にまた迎えに来ます」

「前日ってことは7日に来るってことだね?」

「ええ、それぞれのクラス担任や専門教科の教師達と協力して授業日程を調整してようやく連休を用意したのですが、さすがにこれ以上休暇を取って戻らないと授業の進みが厳しいのでいそいで帰ります」

 そうして会話が終わるとロッカーソンはフランス行きの飛行機の時間に合わせて帰っていった。

 ロッカーソンが帰った後、暇つぶしにエメとほのかがチェスをやっていたら、魔法書を抱えたふみが起きて来た。
 食事がまだのふみの為にロタロタが急いで食事の用意をする。

「おはよ~」

「気が付いたのか。……大丈夫か?」

「……おはよう。……うん、大丈夫問題無い」

 傍目には異常は見られない様子のふみが席に着くと机に食事が並ぶ。

「……ロタロタ。……ありがとう」

「いえいえ、とんでもない!!どうぞお召し上がりください」

 ロタロタはあっという間に姿を消し、他のことをやりに行ってしまった。


 ふみが食事を終えた後、エメたちは魔法書について聞いた。
 ふみが魔法書に聞いた話では、ロタロタの話していた能力以外にも、人工知能の力を借りれば杖の代わりの触媒として魔法を放つことが出来たりなどもするらしい。

「ああ、昨日ロタロタが言っていた三番目のやつか。やっぱり便利そうだよなぁ」

 少しだけふみがうらやましいエメだった。
 とりあえずロッカーソンがこの魔法書に凄く強い関心を持っていたので、ふみが無事目覚めたことを伝えるついでに新しく分かった魔法書の情報を一緒に手紙に書いておくことにした。

「あれ、どうやって手紙を送ればいいんだろうか?」

 手紙を書き終えた後で肝心な事に気が付いたエメ。
 連絡手段が無く困っているエメに、申し訳無さそうにしてロタロタが声を掛ける。

「すみません、お伝えし忘れていた事が……」

 アーロン家にはフクロウ小屋があり、そこで大量のフクロウを飼っている。

「ご主人様の父君と母君が飼っていらした白フクロウの子供や、先代当主様の飼っていらした縞フクロウの子孫などよりどりみどりで御座います」

 小屋に行ってみると100を越える数のフクロウ達が気ままに動き回っていた。
 さっそくその中の一匹に手紙を運ばせる。
 手紙を受け取ったフクロウがロッカーソンのいるボーバトン魔法アカデミーを目指して飛んでいく。 
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