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禁じられた文字

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1部分:第一章


第一章

                      禁じられた文字
 明の太祖を朱元璋という。
 まさに食うや食わずやのだ。乞食同然の孤児から身を起こしてだ。皇帝にまでなった。
 これはかの漢の高祖劉邦よりも上であった。劉邦は少なくとも満足に食えてはいた。彼の家はそこまで貧しくはなかったのである。
 だが彼は親もなくし兄弟とも離れだ。完全に孤立していた。
 しかしだ。それでもだ。彼はだ。
 皇帝になった。まさに裸一貫からそこまでなったのだ。それを考えるとまさに英傑である。そのことを否定する者は誰もいなかった。
 だが彼はだ。異様な男だった。
 顔はあばただらけで鼻は丸く目は細く吊り上がりだ。顎が突き出て口は薄く広い。一度見ただけで忘れられない、そうした顔である。
 そしてその異相はだ。皇帝になって露骨に出た。
 功臣達への相次ぐ粛清を行ったのだ。何万もの者達がその犠牲になった。その為にだ。官吏達は朝廷への出仕の度に何時死んでもいいように覚悟を決めていた。
 とにかく次から次にだ。多くの者が粛清されていた。このことについてだ。
 学者達は戦々恐々としてだ。こう囁き合っていた。
「皇帝になられるまでは素晴らしかったのだが」
「しかしだ」
「今はおかしいぞ」
「帝は何かが違う」
「確かに皇帝になって変わった英傑はいる」
 ここで名前が出たのは。やはり彼だった。
「漢の高祖もそうだったがな」
「うむ、皇帝になってからはその人柄が消えた」
「鷹揚な大器が小心な猜疑心の塊になった」
「功臣達を次々に殺した」
 これは史記にある。韓信達がその犠牲になっている。
「そうしたことは常にあるがな」
「しかし今はそれどころじゃない」
「あれだけの血生臭い粛清はないぞ」
「一体どれだけの功臣が死んだ」
「殺されたのだ」
「今の明には仕えたくはない」
「何時殺されるかわからない」
「そうだ、帝は何をされるかわからんぞ」 
 こう話してだった。そしてだ。
 彼等もだ。その中でだった。 
 皇帝からは距離を置こうと決意した。身の安全の為だ。
 それで言葉を慎み何も言わなかった。ただ文を書くだけに徹した。だが。
 その文でだ。ある騒ぎが起こった。
 ある高名な学者の文を見てだ。皇帝は言ったのだ。
「この学者を処刑せよ」
「えっ、何故ですか」
「それは」
「不敬である」
 僅かに残りそれでも何時粛清されるかわからない大臣達がだ。怯えながら玉座の皇帝に尋ねた。
「それは一体」
「どうしてなのでしょうか」
「この文字である」
 皇帝は彼等にその文をだ。見せたのだった。
 だが彼等はだ。その文を見てもだ。
 首を捻るばかりだった。それでだった。
 恐る恐る皇帝に尋ねたのだった。
「あの、この文に不敬がですか」
「あるのですか」
「左様ですか」
「道とある」
 確かにだ。文に道という言葉がある。皇帝はその文字を指し示して言うのだった。
「これは盗と同じ音だな」
「は、はい。そうです」
「その通りです」
 このことは皇帝の言う通りだった。大臣達も頷けた。
 皇帝はさらに続けた。
「朕を盗人と謗っているではないか」
「帝をですか」
「盗人とですか」
「謗っていると」
「そうなのですか」
「そうだ。隠された謗りである」
 そうだというのだ。
 
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