寄生捕喰者とツインテール
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黒の訪れ、黄の訪れ
前書き
ボーンアックスです。
前回の話の最後で、「それはまた別の話」とか、書く気が無い様な事を打っておきながら、この話でちゃっかり詳細明かしてます。
……また幕間と言う事で、その時を詳しく書いてみようか、などと思っている今日この頃。
では、本編をどうぞ。
壁やら天井のポスター、詰れたフィギュアにゲーム、絨毯の絵柄……ソレすべてに貧乳少女が描かれた部屋で、クラーケギルディは静かに座している。
佇まいそのものはまるで中世の騎士の如く、放たれる威圧感は甲冑姿の重騎士の如く……だが、ちょっと目線をずらせば有らぬものが目に入り、その雰囲気を数秒のうちに霧散させてしまう。
本人は荘厳なる由緒正しき宮殿の中に鎮座しているつもりでも、やっぱりはた目からは残念さここに極まれり……としか判断できぬ、微妙な空間がそこに広がっていた。
この貧乳だらけな領域で彼は何を考えているのか。
眉間―――と思わしき場所にしわを寄せ、口……なのかどうか分からない場所を動かして、静かに言葉を発する。
「我が仇敵であり、我が好敵手であった、リヴァイアギルディよ……お主へと牙をかけたのは、あのグラトニーの手によってでは、なかったのか……?」
それは恐らく先日の事、ツインテイルズとグラトニーの―――否、グラトニーの事だ。
組織的にも、彼個人的にも、感情を燃やし倒すべきと見定めていた相手が、実は全く関係の無い相手だったという……ぶつけ様のない怒りを抱く結果を生んだあの日の戦闘。
理想の『姫』を見つけた事もあり、クラーケギルディにとっては全く収穫が無かった訳でもないが、それでも目的を完全に果たしたとは言い難い。
己の剣を鞘から徐に外し、取り出した砥石らしき長方形の極色彩で、丁寧に刃を滑らせて行く様は、使い手を一身に考え作業に没頭する鍛冶屋の様。
これで部屋が薄暗い石造りであれば、もういっその事ファンシーでさえなければどれだけよかったか……。
一心不乱に黙々と作業を続ける彼の背に、扉が開く音がかすかに聞こえ、しかし予想だにしない者の声がク、ラーケギルディの耳―――は存在しないが、確かに届いた。
「……なんと、手入れをしてお出ででしたか、クラーケギルディ様」
「珍しいではないか、スパロウギルディ。私の部屋に来るなど」
かわいげな外見に似合わぬ老将・スパロウギルディは、何時も基地内を忙しく走り回っており、暇が出来ようとも作戦考案中がほとんどで、己の娯楽や他社の部屋に顔を出すなど、全く無かったのだ。
多少驚いても、それは仕方ない。
「特に用と言う用はないが、手早くいこう。何用なのだ?」
「……ダークグラスパー様が、我が支部においでになると……先に、通達がありましたゆえ」
「なに? ダークグラスパー様が?」
ダークグラスパー―――闇の支配者。
その名はクラーケギルディも勿論知っており、首領直属の幹部であり、アルティメギルの処刑人でもあるのだから、寧ろアルティメギル内では知らない方がおかしいというものだ。
しかしながら、ダークグラスパーはある特権を与えられている事と、本格的に侵略が滞ってくる事、そして何かしらのトラブルや離反者の報が無ければまず動かないので、ならば何故ここに来るのかと、クラーケギルディは疑問に思う。
スパロウギルディも表情からは読み取りにくいが、やはり同様の疑問を抱いているらしい。
だが、その疑問を今表には出さず、代わりに別の事をスパロウギルディへと質問した。
「して、何時来訪されるのだ?」
「それが、遅くとも明日に……と」
「ほう……これはずいぶんとまた、えらく急な訪れだな……」
クラーケギルディの予想では、少なくとも一週間は間が空くと思っていたのだが、なんと遅くとも明日、つまり早ければ数時間後にでも、ダークグラスパーはこの世界へと赴くつもりだという。
そこまで急いて用を押して出向くのならば、それこそかなり切羽詰まった用事しか考えられない。
グラトニーの件についても、まだ謎が多く対処策があるかもしれない以上、そこまで焦ってより質の上な戦力を投入するレベルではない。
……と、此処まで有り得ないと言うに足る意見を思い浮かべたクラーケギルディだが、実は目をそむけてきたとある疑問点が、彼の脳裏に渦を巻いている。
(我が部下が、離反していないにもかかわらず忽然と姿を消した―――その真相を探りに来たのだろうか……?)
クラーケギルディにはそれしか思いつかない。それ以外で、ダークグラスパーが来訪するに足る理由は、思い当たらないのだ。
彼自身としても、ぜひとも部下の、そして他ならぬライバルの仇打ちも込みで、その犯人たる強者を仕留めたいモノなのだが、だからと言って理由として足るだけで、ここに来るまでが早すぎるという不可解な点は、未だ存在している。
「ともかくダークグラスパー様が、此処へと来訪なされば分かる事でしょう」
「……今、数少ない情報と憶測でモノを並べても仕方ない、か」
その言葉を紡いだ時、クラーケギルディはヒシヒシと、俗に言う『嫌な予感』を覚えていた。
ダークグラスパーという存在に……ではない。
用事の察せぬ急な趣に……でも、無い。
この世界に置いてある支部の中に漂う…………不吉を孕み、暗く淀んだ、重苦しい空気に。
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瀧馬の家でのリビングで、薄型テレビの液晶画面が光り、薄暗い部屋を僅かに照らしている。
テレビ画面にて映り、今流れているニュースは、珍しくもツインテイルズ―――もといテイルレッドの事ではなかった。
かといってグラトニーの事でもなければ、エレメリアンの事でも無く……有る一人の少女についてだった。
ツインテールかアップか判断しにくい髪型の少女は幼く、しかし話題になるのだから、それほどの大技を兼ね備えたスーパーキッズである事は理解できる。
一体なにが凄いのか……懐かしいけん玉やら竹馬か?
スケートやボウリング、体操といったアスリート的な運動か?
それともフラッシュ計算や十桁以上の暗算、学説や論文の理解など頭脳部門か?
実はそのどれでも無く、そしてかなり単純な事。見てすぐに “只者ではない” と明白になってしまう事を、その少女は遣らかしたのだ。
一体なにを行ったのか? それは―――――
《いやあ、凄い少女でしたよ。このカレー屋『レッツゴー! カレー』を構えてからもう二十年は超えてますが、あんな可愛くて驚かせられるお客は初めてでした。
……まさかチャレンジメニューを『全種類』感触した挙句、御代りまでしても『まだまだ足りない』なんて!》
《な、なんと! その少女は肥えていたのですか? まんまるコロコロとしていて可愛かったと?》
《とんでもない! 顔こそ見えませんでしたが、やせ形で身長も低い、幼女と言っても差し支えありませんでしたよ!
あ、いや~でも胸は大きかっ―――ゴホン! とにかく太ってなどいませんでした。怪我をしているのか眼帯をつけていましたがね》
《それはなんとも興味深い……!? 幼女なのにおっぱ―――お腹が大きくブラックホールの如くとは!
人相が分からないのが本当に残念です!》
……そう、その少女は幼さに似合わぬ食欲を発揮し、名前に違わぬチャレンジメニュー『富士山麓カレー』の、ルーの辛さやトッピング違いで全10種存在するそれを、見事に全部食いきった上に、通常のカレーまで何度もお代わりしたというのだ。
つまりそのスーパーキッズな少女――もとい幼女とは、『大食い』方面でのスーパーガールであったのだ。
……途中途中で何やら怪しげな単語が混ざりかけていたのは、恐らく “聞いて居る者” の気が動転している所為での幻聴、だから気のせいな空耳だと思いたい。
そんなニュース内容にあきれたか、瀧馬は顔に手をやり天井を見やって、ソファーに大きくもたれ掛かっていた。
そんなちょっと様子のおかしい彼に、体の中からラースが笑いを含んだ声をかける。
『オイオイ相棒? 胸焼けでもしたカイ? それもしょうがないよナァ、何せ “あの” 後デザートメニューニト、バイキングまで行ってケーキまで平らげたんだからナァ』
「……入店禁止になったけどな……ケーキバイキングで出来上がったものすら、片っ端から口に入れてったし」
『カレー屋で食いきッテ、足りなくてまた別の店のカレーに気を取らレテ! そこでのデザートのケーキに目を奪わレテ、御次はケーキバイキング! そこまでしこたま食ってもまだまだ食い足りんとはナァ!』
「……なんでグラトニーの時は腹八分目すらないんだ……?」
まあ、もうお気付きかとは思うが、その大食い少女とは瀧間の変身、否変態するグラトニー、その人間体の姿の事だ。
どうやらカレーの後も、二店舗ほど寄り道したらしい。
瀧馬の時は食欲が倍増したとはいえ、流石に一店舗目のカレー専門店『我が一番屋』でふるまわれた、カツまで乗ったカレーのチャレンジメニューを平らげれば、ちゃんと腹は満たされる。
……のだが、グラトニーの時は腹に入り段々膨れてくる感覚はあるものの、減っていく感覚の方が早く訪れてくるのだ。
しかも思考が幼く好奇心の固まりである事も相俟って、あれも食べたいこれも食べたいと終りが全く、チラとも見えやしない。
カレー店二つが大手チェーンだという事もあり、本格的に見出しが載ったのはそこだけだが、ケーキバイキングの店でもキッチリことを起こしているので、ローカルチャンネルによってこういったニュースも取り上げられている、という事なのだ。
幸いなのは、フードを被って顔を隠したために、人相が分からないことだろうか。ちなみに服は属性力によって作り上げたモノなので、フードを付け加えたりデカールを変えたりと、大本からある程度なら変えられる。
「……明日は、ケーキバイキングの店も大きく報じられるんだろうな……クソ……」
『いーじゃねェノ! 名声はいくらあっても困る事はなイゼ!』
「これのどこが名声なのか、小一時間悩んでも思い浮かびそうにないがな俺は」
止めればいいという簡単な問題ではなく、グラトニーに変化しなければ自身の危機が、冗談抜きでやってきてしまう。
とはいえ、黒歴史を積み重ねるだけならいっそのこともう “コールズセンス” を叫びたくない、という気持ちも強く湧き上がってくるのわ、羞恥からして仕方のない事かも知れない。
『段々能力を扱えて、定着してきている副作用なのかモナ。一番最初は細胞が定着し切れてなかっタシ、相棒の人格がそのままガッツリ残ってタガ、今ではマジで別人格だシヨ』
「意味はないと思うが、一応言わせてもらうぞ、ラース」
『なんジャイ』
「……勘弁してくれ……!」
『ウハハ! オレにゃあ無理! 不可能!! クハハ!!』
心底楽しそうに可笑しそうに笑うラースに、思い切り項垂れ頭を抱える瀧馬の姿は、もしお互いの姿が第三者から確認できるならば、それこそひどい位に対照的であった。
……落ち込んでいる場合ではないと、登校時間十分前を知らせるアラートが鳴り、瀧馬に嫌でも登校を促してくる。
幸せを幾つも逃がしそうな大きい大きい溜息を吐いて、瀧馬は制服に袖を通すと、緩慢な所作で立ち上がり、半分残っていた瓶の中のコーヒー牛乳を一気に飲み干す。
……そのサイズが、ミリリットルではなくリットルに見えるのは、恐らく見間違いではない。机に置く際、ズドン! という音すらしているのだから。
「……ふっ切りきれんが登校する!!」
『(叫ばんといけん程に悩んでたのカイ、相棒)』
別にそこまで気に病む内容では無かろうにと、ラースも違う感情を込めた溜息を、誰とも知れぬ内に瀧馬の体内……とは実際ちょっと違うのだが、兎も角瀧馬の体の中で吐いた。
登校時の風景は何も変わらず、変わった事があるとすれば、生徒たちの会話の内容がテイルレッドを見る事が出来なくて残念だの、小さいのによく食べる子がいたとは驚いただの、紫ツインテールな大食い幼女hshs―――
…………最後は空耳と言う事にしておこう。
瀧馬もそう決めたか、石を拾い上げ虚空へと投げて、持ち出したチョコレートの菓子パンをかじった。
打撃音と悲鳴が聞こえたが、誰かが躓きコケてしまったのだろう。それ以外には考えられなかった。
ふと目を向けてみても、何も変わり映えしない通学路、(見た目だけは)何も変わり映えのしな生徒達、すなわち何も変わり映えのしない風景が広がっている。
その事をなんだか嬉しく思うのと同時、しかし真に日常を脅かしている存在は、変態ども『アルティメギル』ではなく、『単純感情種』のエレメリアンである事を、再び思い返さざるを得ない。
この事を考える原因となったのは、実は今朝がたのニュース。大食い少女に押されがちであったが、まじめなニュースも一つ報道されていた。
それは……『家畜やペットの突然の行方不明』。
この所、関東方面の農家や住宅街で相次いで発生し、犯人の詳細も動物たちの居場所も、何もつかめにままに、日時のみが確実に過ぎ去っているという。
原因不明の騒動に、瀧馬もどことなく嫌な予感を覚えているのだ。
「新しい奴が来たのか?」
『さァナ、そこんとこは分からねェヨ……タダ』
「ただ、なんだ?」
『どーにも “何か忘れている” 気がしてならねぇんだよナァ……なんかコウ、大事なことを見落としている気ガ……ヒシヒシっトヨ。』
「……お前のは割としゃれにならんからな、早く思い出してくれ」
『アア、俺もそのつもりダゼ、相棒』
ラースが嫌な予感を覚えた事は少ないが、すべて的中してしまっており、瀧馬が不安になり急かすのも頷ける。
……と、顔ごと斜め上に向けていた視線を、通学路の真ん中へと戻してみると、何とも妙に上機嫌な会長の姿が目に入った。
スキップまでしかねない、と言うより既にしてしまっているためこの場合は踊りかねないとでもいうべきか。それほどまでにうきうきとした雰囲気を醸し出していた。
周りの人間は子猫を愛でる顔になるだの会長が愛らしいだの、きゃわゆいだのプリチーだのドーノコ―ノと、見た目のことしか言っておらず、何故にそこまで機嫌がよいのかという話題にはだれも触れない。
まあ、ツインテイルズ好きである会長の事だし、待ち望んだ限定グッズでも購入できたのだと、皆そうアタリを着けているのだろう。
……が、今現在彼女の周りに居る生徒の中で、瀧馬だけは恐らくグッズ関連とは違うという事を、薄々ながら感じていた。
勿論、そう思える出来事を―――ツインテイルズ加入の可能性が首を擡げた件を、昨日隠れながらも直に目にしているからだ。
ブレスの色は見えなかったので、瀧馬には会長がテイルレッド、テイルブルーに続く第三のテイル○○になるのかは分からないが、ヒーロモノに憧れているものがその夢を実現できる機会に恵まれれば、あのような喜びようとなるのも仕方ない。
しばらく目線を向けていた瀧馬は、段々と周りに人が集まってくるのを感じ、巻き込まれない内に早足で追い抜いてしまおうと画策する。
「お早うございますっ!」
しかし、一歩遅かった。
ツンテール部の件やら休日の事もあり、他の生徒よりも見知った顔と言う事で、声を掛けられてしまった様子。
「……嬉しそうですね会長」
「ウフフ、分かりますか?」
「……」
ええそりゃもうはっきりと。
そう言いたい気持ちを抑え、頷くだけにとどめて、早く行こうと脚を進めるが……どうもまだ会長は、瀧馬を逃がしてはくれないらしい。
「実はですね? 実はですね!」
「で……何なんですか?」
「私っ……この度ツインテイルズの―――
「「「「わあーーーーーーーーっ!!??」」」」
大事な本台が告げられる前に、赤っぽい影、青っぽい影、白っぽい影、茶っぽい影が次々通り過ぎ、四人がかりで会長の口をふさいだ。
総二、愛香、トゥアール、桜川教員である。
……尤も口を塞いでいるのはお付きのメイドである桜川教員だけで、総二は直には触れずに何故かどうどうと宥めている。
ロリコンまっしぐらなトゥアールは、どうも口封じの名目を掲げて何やら如何わしい行いでも実行しようとしたか、愛香の手で文字通り頭から地面に深々と沈んでいた。
明らかに裏のある行動を白昼堂々行い、より不信感を際立たせ煽っている。
だが、彼らはもう取り返しのつかなそうなこの状況でもまだ諦めて居ないか、桜川教員がクドクド会長へ申し付けている間に、言い訳する為か瀧馬へと詰め寄ってきた。
「あ、あのな!? 会長が上機嫌だった理由はな! ツインテイルズの、その、あの、この、これが―――あ、愛香!」
「ちち、超が三つつくぐらいベリーレアな限定グッズが手に入ったの! だからあんなに浮かれ気分ではしゃいでいるのよ!」
「……ならなんでお前らはそんなに焦ってんだ」
「会長に気分に当てられちゃって!」
「そ、そうそう! 俺らも何だか妙にうれしくなっちゃってさ! ほーらほ-らってな!」
周りの生徒達は何故だか、「その気持ちよくわかる」などと言いたげな表情でうんうん頷いていたが、これは彼らが可笑しいからこそできる誤魔化し方であり、良くも悪くもこの世界ではある意味希少な『常識人』である瀧馬相手に、そういった方弁は逆効果である。
というか、そんな事なら別段隠さなくてもよいであろうに、なら何故口を物理的に塞いでまで続きを封じたのか? という在り来たりな疑問が生じる事に気が付いていない時点で、もはや彼らの目論見は失敗しているのだが……。
それでも場の状態を悪化させる方が良くないと踏んで、瀧馬は顔を引きつらせ苦笑いしながらも、一応相手に合わせることにした。
「はは、無類のツインテイルズ好きもここまで来るか。にしても喜びすぎだと思うがな」
「そ、そうだよなぁ! 会長ってばさ!」
「ア、 アハハ。そうよねえ、会長ってば!」
乾いた笑い声を一頻り上げ、ホッと溜息をつく総二と愛香。
もし誤魔化せていると思っているのなら、瀧馬が抱いている彼らへの残念度のメーターは、急速にメモリの数値を引き上げる事となる。
それに失策を取ってしまった以上、もう評価は覆らないのだが……そんな事は彼の個人的な事なので、気にすることは無いだろう。
……多分。
「まあアレだ。朝っぱらから騒ぐと頭に響く奴もいるって、会長と親しいならそう忠告しておいてくれ。じゃあ、教室でな」
「お、おう!」
瀧馬のセリフで周りからの総二達への―――というより総二への視線がするごくなった気がするが、俺には関係ないと背を向け振り向かず、瀧馬は小走りで校舎を目指すのだった。
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放課後。
家に帰っても宿題も無く料理の仕込みも無いので、結果特にやる事も無く教室でぼーっとしていた瀧馬だが、何時までもこうしている訳にはいかない事は分かっていたか、時計の針がちょうど三十分を指したあたりで立ち上がる。
本来ならそのまま帰路に就くところだが、後ろのメイド・桜川教員すらおいてけぼりにしそうな勢いと迫力で、一目散に部室棟へ向け駆け抜けていく会長の姿を目撃した。
そこで数瞬立ち止ったのが悪かったか、ラースからいかにも「悪巧みしています」と言わんばかりな含みのある声がかかった。
『後をつけちまおウゼ、相棒』
「何するのかもうわかってるのにか? 会長がツインテイルズに“テイル何々”として加入し、第三の―――いや、あのヘンテコヘルムを合わせれば第四か。ともかく新たなツインテイルズとして報道される。
それだけだ」
『でもヨオ』
「なんだ」
『暇ダロ?』
「……言い返せない自分が憎い……!」
尾行すべきかこのまま帰るか二者択一なる狭間で揺れ、結局瀧馬の方が折れて会長の後に続く事となった。
『そんじャア―――“コネクトォ”!!』
「…………“コールズセンス”……」
えらく温度差のある変身台詞を叫びつぶやき、陰から人間形態となった状態のグラトニーが現れる。
この姿となればある程度は沈んだ感情が緩和されるも、やはり瀧眞側に引きずられて何処となくネガティブだ。
「気分良くない……お腹も空いた」
『はいハイ、飯はあとでナー。そんなことより尾行ヨ、尾行!』
「……ん」
左腕のタトゥー状となった部分がグニグニ蠢き、空気を吸い込んでは吐き出すという単純作業を繰り返し始める。
「……『風隠東風・序』」
加湿器のような緩やかさで噴出する空気に当てられ、グラトニーの姿が揺らめいていく……のだが、気配やら存在感が薄くなるだけで、姿そのものは消えない。
この “序” はいわば本家の簡易版であり、気配や存在感こそ薄くなるが、通常時でも何処となく違和感を覚えるのに、不審に思われ注視されるとバレる可能性が一気に引き上がる、有難味も利点も無い技なのだ。
それでも日常を生きる一般人たる生徒では見抜けないので、支障が無いかと言えばそうでもない。
『ツインテール部の部室まで行きゃあいいダロ。早速向かおうぜ相棒』
「うん」
以前盗み疑義した際に記憶した道順を行き、特に迷うことなく部室前へとたどり着いた。
そして、聴力を引き上げる為に意識を耳へと集中させるのと同時に、部室内でそれまでけたたましげに交わされていた言葉が途切れる。
「テイルオン!!」
そして数秒とたたず変身時のキーワードを叫ぶ会長の声が聞こえ、一瞬とも数十秒とも錯覚する静寂の後、おおお! と総二達の驚く声がまず聞こえてきた。
そして続いて耳に入ってくるのは、グラトニー、もとい瀧馬の聞きなれない声音だった。
「これが……私?」
しかしながら、口調や声に含まれる雰囲気はまさしく会長のモノであり、この大人びた女性の声が、会長の変身した姿の特徴をある程度グラトニーとラースに絞らせていた。
総二がテイルレッドになると幼女となって身長が縮む、愛香は認識撹乱装置とやらが無ければ見抜かれる可能性があるほどそのまんま。
そんな中で会長に起きた変化は、どうやら現外見年齢よりも成長する事らしかった。
「新たなツインテイルズ、テイルイエローの誕生だな! おめでとう会長!!」
「はい! 有難うございます! 感激ですわ観束君っ! 尊、私ヒーローの第一歩を踏み出しましたわ!」
「ええ、本当に良かったですね、お嬢様」
素直に参事や感謝を述べる三人の傍で、何やら黒い物を漂わせる声とのんきに構えている声が届いてきた。
「トゥアール、大きくなってるじゃない……大きくなってるじゃないのよ!? 会長のおっぱい!」
「ええ、なってますねー。意外と大きくなってますね~、これまた見事に」
自分よりは小さいからという余裕か、トゥアールの声には気だるさしか含まれていない。
幼女的な見た目ではなくなったから、心から落胆しているのだろうか。
まあ、それしか思いつかないが。
「私が試したときは失敗したのに! なんで!? なんで会長が成功するの!? 私と同じなのにぃッ!!」
「は? 同じ? 眩き天使である彼女と悪辣魔王でもまだ足りない愛香さんが同じ? そんな天地がひっくり返ったあああああっらぁげぼえっ!!」
概ね何時も通りなやり取りから察するに、黄色い三つ目のテイルブレスを愛香も一応試したらしい。
まあ、胸を極端に気にしている彼女の事だし、試さない方が無理というものだが……ラースが前言っていたように巨乳属性を受け入れる器が無い為、見事夢儚く散るという結果に終わったようだ。
諦めの悪い奴だとラースが珍しく楽しくなさげにブツブツ呟くのを、グラトニーは多少うざったそうに眼を細めながら受け流す。
……ツインテール部前の廊下を通っても誰も反応しないあたり、やはりトゥアールの手により、機密保持の為に何らかの防護策が取られているとみていい。
それでも用意された策を無効化して盗み聞きする、グラトニーのような例外も居るのだが、そんなことを想定しろと言う方が無理難題だ。
「お願い会長変わってえええええええぇぇぇっ!!! 青のブレスと黄色のブレスを取り替えてえええっ!!」
「あ、愛香!?」
「ね、ね!? ブルーにしましょ!? 会長ならきっと、いや絶対に合うわ! だから取り換えっこしましょう!?」
「津辺さん……」
「胸がいいならトゥアールのおっぱいあげるから! 待ってて、今千切るわ!」
「やめんかそんな物騒な事!?」
なんだか話がぶっ飛んできたが、介入する気はないのでグラトニーとラースは静かに聞いている。
もう表情に覇気が一遍も無いとしても。
「お願い、おねが―――お願いします譲って下さいいぃぃいいいっ!!」
「頭を床につけてまで欲しいのか!? なんだか見てられないぞここ最近のお前!」
「いいわ! どれだけ恥をかいてもいい! 頼むは一時の恥、頼まぬは一生の貧乳よ!!」
『ネーヨ、んな言葉』
「以下同文……」
何時もの楽天家口調がぶっ飛び、聞こえないと分かっていようがツッコミを抑え切れなかったか、鋭い声色でつぶやくラースにグラトニーが同意する。
割と真剣に悩んでいるのか唸り声を上げる会長は、やがて結論を出し静かに告げ始めた。
「すみません津辺さん。このテイルブレスは観束くんの手により託された、大切な証そのもの。例え仲間の頼みとあっても、これをお譲りする訳にはいきませんわ」
「そう、如何あっても譲る気は無いの……手放せないくらい、おっぱいが大事だって言うのね……もういいわ、これだけ頼んでもダメなら―――」
突如として強い属性力の溢れをグラトニーが感じ取ったかともうと、ジャキン! と高らかな金属音が聞こえ、総二の焦燥に駆られた声や、またトバッチリを喰らったトゥアールの苦悶と悲鳴、そして桜川教員の場違いな関心を込めた台詞が、次から次へと聞こえてくる。
『変身しやがっタヨ、津辺の嬢ちャン。何が何でも奪い取る気ヤネ』
「凄まじい……乳への執念」
割と的を射た台詞をグラトニーは紡ぐ。
総二がアタフタしているその間にも、状況は留まる事なく先へ先へと進んでいく。
「会長……私と会長は似ているのよ? ……あなたはヒーローを求め、私はおっぱいを求めた。ならば真の巨乳足り得るのは誰なのか……己が力を全て掛け、争い合うしかないのよ!!」
「フフッ……私への挑戦、と言う事ですわね?」
会長はどうも言葉の雰囲気と状況に酔っているのか、どれだけ脳内で繰り返しても意味もつながりも、意図すらも分からない台詞を疑問に思うことなく、寧ろ挑発する形で彼女から言葉を投げつけた。
恐らくは満場一致で託されたものを、私利私欲でかっぱらおうとしているだけなのに。
正にいろいろな意味で万事休す。
この後滅茶苦茶に蹂躙し、奪い取ったブレスをつけて変身できないと喚き続けるであろう、最悪の結末となるのか。
流石にまずいかとグラトニーにテレポートによる裏技を提示し、割り込んで一旦おさめようとした時……そこで運が味方したか、エレメリアン出現のアラートが鳴り響いた。
「一時休戦、ね。今はエレメリアンに集中しましょう」
「フフッ、私の初陣……テイルイエローの力を見せてやりますわ!」
「だらしなかったら、即座にその座を降りて、乳をもらうからね?」
「大丈夫です。今日は負ける気がしませんわ」
「そういう奴に限って、その乳を渡す羽目となるのよ」
そこまで巨乳にこだわるのかと、グラトニーが目を閉じ背中からガックリ項垂れ、ラースも肉体が存在していたなら、中間管理職なサラリーマンの如く肩を落としていたに違いない。
自分の魅力で勝負せず、一歩踏み出す事も無く、何故今一番頼りにならない可能性を追い求め続けるのか……それは愛香・テイルブルーにしか分からないのかもしれない。
少なくとも、グラトニーとラースには理解できていないのだから。
「……食べにいこう」
『アイヨー……』
もうのっけからやる気が削がれに削がれた状態で、グラトニーはテレポートを使って、出現した現場へと足を運ぶのだった。
後書き
次回の戦闘、飛ばすかもしれません。
イエローの苦悩のシーンではありますが、戦闘はともかく、その後は瀧馬関わらないので。
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