ソードアート・オンライン 瑠璃色を持つ者たち
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第四話 情報戦
前書き
お久しぶり、ですかね。はらずしです。
今回はアルゴとの対話ですよ。
ではどうぞ
「毎度あリ。今後もご贔屓ニ」
とあるプレイヤーに情報を売ったアルゴは、その場を離れて少し休憩を取った。
ストレージから水を取り出し、一気にそれを体へと流し込む。仮想の体ではあるが、ノドは渇く。
たっぷりのノドを潤したアルゴは時間を確認する。表示されている時刻は、とっくに3時を回っていた。もちろん朝の、だ。
(一眠りするかナ……)
SAO初の《情報屋》にしてフロントランナーの数多くを顧客に抱えている有能な彼女でも、さすがに睡眠を取らなければ倒れてしまう。
(誰も、いないナ)
あたりを見回し、人の気配がないことを確認してからアルゴは自分の持つ敏捷値全開のスピードで寝ぐらへと向かった。
もちろん、そこはまだアルゴしか知らない寝ぐらだ。誰にもそこの情報は売っていない。はたして売る価値があるのかどうかは定かではないが、自らの拠点を知られる訳にはいかない。
職業柄、狙われることもありえると肝に命じている彼女は寝ぐらに戻る時が最も慎重に動く時だったりする。
誰にも悟られないように、且つスピーディに行動するアルゴは、急にピタリと動きを止めた。
音を立てることなく全速力からの急停止を行ったアルゴはウインドウを開けるフリをして目だけで周囲を見渡す。
(だれダ……?オラっちをつけてる野郎ハ……)
アルゴの索敵スキルに引っかかったのは一人のプレイヤー。索敵の範囲ギリギリのところで引っかかっているのを見ると、もしかするとこちらの索敵スキルの範囲を知っている可能性がある。
かといって、たまたまそこにいただけであり、ただの通りすがりの可能性も無きにしも非ず。
(とりあえず、様子見だナ)
急な方向転換はこちらが相手に気づいたと悟らせてしまうかもしれないため、ゆっくりと方向を変えつつ索敵を続ける。
トールバーナの端から端まで走ったアルゴは巻けたか、と確認するが、本当に端の方に一人のプレイヤーの反応があった。
(マ、これくらいでついてこれないナラ、オイラをつけようなんて思わないよナ)
まだまだこれから、と息巻いてアルゴは走り出した。
(し、しつこカッタ……)
どれくらい走り続けていただろう。どれだけ走っても、絶対に索敵の範囲ギリギリのところで追いついてくる。
ようやく巻けたと思ったら、もうすでに朝の光が第一層を照らし出していた。
(か、勘弁してくれヨ。オラっちだって寝たいンダ)
やっとことで寝ぐらへとたどり着いたアルゴはヘトヘトになりながら、それでも周囲を確認して家屋の中へと入っていく。
ギィ、とドアが軋む音がする。ボロボロなのでそれも仕方ないことだ。
それにしても、とアルゴは思う。なぜ自分をここまで執拗に追いかけるのか。そしてなぜついてこられるのか。
敏捷一極方のビルドであるアルゴについてこられるなど、候補に挙げられるプレイヤーはキリトくらいのものだ。
そのキリトでさえ、アルゴについていくのは少し難だということは両者ともに理解しているし、そもそもキリトが追いかけてくるはずはない。
先ほどアスナと同じ宿にてフルボッコにされていたのだから、追いかけてくる気力なんてないだろう。
ならだれがーーー
「ふんふん、タダでこの物件は中々に良物だな。こんなとこ、他にもねえのん?」
「ッッ!?!?」
だれもいないはずの家屋に、揺り椅子の上でくつろいでいる男性プレイヤー。武器は見当たらず、防具すら身につけていない。まるでNPCのような出で立ちの彼に、アルゴは一瞬で臨戦態勢へと移行せざるを得なかった。
(オイラの索敵に引っかからなかった……!?)
腰の短剣を引き抜き、モンスターと対峙するかのように意識を引き上げていく。
ここはギリギリ《圏内》だが、相手がどう出るか分からない上に、なぜだか《圏外》であっても殺される、という感覚を与えさせられる。
しかし、アルゴのただならぬ危機思考は全くの勘違いだった。
「おいおい物騒だな。怖いから降ろしてくんない?別に俺アンタと戦いにきたわけじゃねえし」
友達どうしでふざけあう時のような声音でやめろよ〜などと言うプレイヤーに、アルゴは眉をひそめることしか出来ない。
「……あの〜、アルゴさん?俺ふざけてるわけじゃねえんだけど」
「アンタがここにいる時点でオレっちは最大級のピンチなんダ。分かってんのカ?」
「だぁかぁらぁ、俺はそんな物騒なオハナシしに来たわけじゃねえんだってば」
「ジャア、なにをしにきタ?」
「そりゃあもちろん、情報を買いに」
(うさんくさいナァ……)
アルゴがそう思うのは、イスに座って芝居がかった手振りをしているからではない。
アルゴが今目の前にいるプレイヤーのことをなにも知らないのに対して、彼はアルゴのだいたいの情報を手に入れている、というところだ。
今更、彼が自分を追い掛け回してきたヤツとは別口とは思えない。張本人で確定だろう。
なら、もういっそのこと開き直って素直に情報を売ってやろうじゃないか。
「デ、どんな情報をお求めカナ?」
「さすが《情報屋》、切り替えの早いことでなによりだ。俺が欲しい情報は二つだ」
彼は右手の指を二本立てつつ、続ける。
「一つ、アニールブレード+6って、そんな重要なのん?」
「……っ!?」
「ほーん、そゆこと。なら次だ。最西端の村にある秘クエの報酬、知ってるか?」
「…………?」
「あー、ハイハイ分かった分かった。《情報屋》ってすげえんだな」
立てつ続けに質問をした謎のプレイヤーはアルゴの反応だけを見て満足したようだ。
しかし、それはほんの些細な反応だ。ポーカーフェイスの得意なアルゴが、そんな簡単に相手に《情報》を渡すわけがない。
だが彼は、アルゴの動揺を狙って彼女の心を揺さぶった後に質問をし、反応をうかがった。
(こいつ……デキル……!)
《情報屋》としてのプライドを一瞬にしてズタズタにされたアルゴは、彼がもし《情報屋》として活動しはじめたら、おそらく自分の上を歩くのではないか、そう直感してしまった。
だからこそ、彼女の負けたくないという意識がこの言葉をーーーこの世界では聞いてはならない暗黙の了解となった言葉を口にした。
「アンタ、元テスターカ?」
言ってから、しまったとは思ったものの、後悔はしていない。少しでもボロが出るならそれを情報にして売りさばくつもりで返答を待った。
「いんや、バリバリの新規だ。ベータテスターに羨望の眼差しを送る一MMOプレイヤーだよ」
やけにアッサリと答えてくれたことに意外感を覚える。答えたらそれが情報になるのは分かっているはずだ。
なにせ彼は見事にアルゴの弱点である「プライド」を人質に質問をするような男だ。
第一の質問、「アニールブレード+6」のことを訊いてきたということは、現時点でそれを持っているキリトと、それを買おうとしているキバオウの二人の関係を知っているということだ。
それを彼ら二人に情報として売れないことはない。しかし、それをしようとするならば、「アルゴが情報を金でない方法でこぼしてしまった」ということを説明せざるを得ない。
そんなこと、《情報屋》としての信頼がガタ落ちする原因になりかねない。
第二の質問「最西端の村の秘クエ」ですら、彼女は“知らなかった”。
《情報屋》として“知らない”というのはこれまた信用がなくなってしまう。
それを熟知した上で、彼は訊いてきているーーーはずだ。
「そ〜んなおっかない顔すんなって〜。美人が台無しだぜ?」
「な、殴りてェ……」
悠々とした態度をくずさずアルゴを挑発する彼に、だんだんと緊張が解けていき、むしろ怒りがこみ上げてくる。
「さて、訊きたいことは訊いたし、俺帰るわ〜」
よっと、と言いつつイスから跳ね起き、アルゴの隣を通って行こうとする。
が、アルゴはそれを許さない。《情報屋》のプライドにかけて、このまま引き下がるわけにはいかない。
「本当に帰っていいのカ?オレっちはアンタの情報全てを売れるんだゼ?」
「ああ、いいよべつに。なんなら名乗っといてやろうか?俺はリュウヤだ。しがないソロプレイヤーのリュウヤ。覚えといてくれよ、《鼠》のアルゴさん」
間近で聞く彼のーーーリュウヤの声に、アルゴは一つ確信を得た。
「リュウヤ、カ。アンタがあの大笑いしてた野郎なんだナ」
言うと、リュウヤはピタリと動きを止め、アルゴを凝視する。そして次に満面の笑みを浮かべた。
「正解正解!なんだ、やけに気づくの遅かったなぁ」
「まあ、タイミングはなんでもいいサ。けど、これで売れるまでの情報は全てそろった」
「それくらい分かってるさ。それを承知でつけてたんだしよ」
言うと、リュウヤはウインドウを開き、少し操作してアルゴにあるメッセージを送った。
リュウヤがフレンド申請をしています。受諾しますか?
YES/NO
「これから、アンタから情報を買いたい。その印ってわけだ。できれば受諾してほしいね」
リュウヤは苦笑いしながら頼むよ、と言う。正直ムリだと思っているのだろう。
だがそんなことはない。アルゴからしてみれば、顧客としては相手にならないだろうが、ブレーンとしては使える。
「…………ま、オレっちもアンタから情報をもらうかもしれないしナ、受けてやるヨ」
アルゴはYesボタンを押すと、リュウヤに手を差し伸べる。
リュウヤは少し驚いていたが、フッ、と不敵な笑みを浮かべてアルゴの手を握った。
「これからよろしく、アルゴ」
「こちらこそダ、リュウヤーーーいや、リュウ兵」
「なんだそのあだ名」
「オレっちは気に入った相手にあだ名をつけるんだヨ」
「ふ〜ん、まいっか。ほんじゃな〜」
あまり納得していないようだったが、受け入れるしかないと考えたのだろう。流してさっさと帰ろうとする。
それを、アルゴの一言が引き留めた。
「会議の時は、スマなかったナ。少しスッキリした。けど、あれでいいとは思わないこったナ」
今度こそ、リュウヤは体をピタリと止めた。息すらしていないんじゃないかと思えるほどに微動だにしない。
数瞬ののち、リュウヤはくるりとその場で回転し、再びイスに座り込んだ。
「ナンダ、帰るんじゃないのカ?」
「一つ、お前に教えてやろうと思ってさ」
「なにヲ?」
リュウヤはそばにあったリンゴ(のようなもの)を手にとり、くるくると回し始める。
「俺のあの言は、あの場にいた全員へ平等に与えるべきものを与えた」
回していたリンゴを手に掴んで、咀嚼する。
「元テスターたちには、罪の意識を軽くさせ、みんな同じだという安心感を得させるとともに、反テスターのやつらへのちょっとした爽快感を」
アルゴも一度食べたことのあるそのリンゴは一口目はスッキリとした味わいだった。
しかし、
「新規でSAOにきたヤツらには、元テスターを批判すればその批判は自分に返ってくるのだという意識を植え付けさせ、最低限のコミュニケーションを取れるように意識を変えた。キバオウのようなやからには持論を展開させることを批判するように、客観的な観点からの正論を叩きつけた」
リュウヤは二口目を口にする。
二口目はゴーヤーのような苦味がたっぷりと入っていて、以前食べたことのあるアルゴは急いで水を流し込んだものだ。
だがリュウヤはそんなもの苦にもせず悠々と咀嚼している。
「これで、全員が誰も批判できない緩やかで安心感のある世界の完成だ」
リュウヤは誇ることもなく、ただ淡々と真顔で事実を口にする。
だが、一つだけ抜けている事実が存在することにアルゴは気づいていた。
それを声に出そうとしたその先に、彼自身から答えを吐き出した。
「そして、その先にあるのはーーー」
正論という名の暴力を振るった為政者への憎悪
「な?キチンと『全員』に分けてやってんだろ?」
彼は本当に理解している。自分がどれだけのヘイトを稼いでいるかを。
アルゴは身震いする。もしかすると、この男は、『この世界全て』を敵に回しても、アルゴの仮想の瞳に映る“冷笑”を浮かべるのではないかと。
三口目でリンゴを丸ごと食べきったリュウヤは手をパンパンと払い(仮想世界では大した意味をなさないが)じゃあな、とひらひら手を振ってその場を去っていった。
アルゴはただ立ち尽くす。
彼女の予感が、彼女に恐怖を与える。
キリトは、上層に上がるにつれ、どんどんと強くなっていき、『最強』の名を手にするだろう。
アスナは、その類稀なるセンスとリーダーシップで、《フロアボス攻略集団》をまとめ上げるほどの人物になり、やがて二つ名を得て光り輝くだろう。
そしてリュウヤは、あの冷笑をモンスターに浴びせ続け、やがてはモンスターだけでなく、プレイヤーたちにさえ、恐怖と畏怖を抱かせる日がやってくるだろう。
そんな予感を振り払いつつ、アルゴはベッドに倒れていった。
「う〜ん、しゃべりすぎたか?」
一人トボトボと宿屋を目指すリュウヤはゴチる。
今回リュウヤがアルゴに接触した目的は、彼女の《情報屋》としての腕を見極めるためだ。
逃走の仕方から始まり、臨戦態勢時の雰囲気、異常事態時の冷静な対応と状況判断、瀬戸際での彼女の思考力、動揺した際の反応の良し悪し。
そして情報量の次に一番大事な『言葉の駆け引き』。
「まあだいたい大丈夫じゃないかな〜」
ヘラヘラと笑いつつ、彼女の《情報屋》の腕を認める。リュウヤも割とポーカーフェイスは得意な方だと自負しているし、相手の反応でいくばかか相手の心の内を読むことは可能だ。
「でも、“ハッタリ”に気づかなかったのは惜しかったなぁ」
リュウヤの言うハッタリ、それは「最西端の村にある秘クエ」だ。
そんなものは存在しない。リュウヤが作り上げた嘘だ。
あんなに簡単に信じてもらえるとは思わなかったが、彼女の中にある《リュウヤ》という存在が過大評価されているというのが一番納得のいく答えだろうか。
「ま、自分で情報集めるよりかは楽だしいっか」
金はボッタくられるだろうけど、とつぶやきながら、朝日の光を浴びてリュウヤは宿へと戻っていった。
リュウヤが帰り道を歩いているのを目撃した人が、「ゆ、幽霊!?」と悲鳴を上げていたことに気づかずに。
後書き
いかがでしたでしょうか。
なんか説明くさい話になってしまった感が否めないのですが、まあいいでしょう(適当)
では次回ですが、第一層ボス戦が開始します。
たぶん一話で終わらせると、思います。
それではまたお会いしましょう
See you!
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