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ミョッルニル

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7部分:第七章


第七章

「あれについては何も言われていないしな」
「そうだ。持って来て正解だったぞ」
「用心の時にはめておけというわけか」
「そういうことだ。いいな」
「うむ、貴様の言う通りだ」
 ロキの言葉に納得して頷いた。
「では今からはめておこう」
「それがいい。さて」
 ロキはここで一旦言葉を止めた。
「来るぞ」
「そうだな。丁度いいタイミングだ」
 ここで巨人族の兵士が一人来た。まずはギャールプとグレイプの亡骸を一瞥したうえで表情を見せずにトール達に顔を向けてきた。
「お待たせしました。宴の用意ができました」
「宴のか」
「はい、こちらです」
 表面上は紳士的にトール達に接していた。だが時折ギャールプ達を見てそのうえで激しい怒りをその目に見せていることからそれが仮面に過ぎないことがわかる。それはトール達も承知であった。
 だがそれはお互い隠して招きに応じる。巨大な館の門は樫の木のものだった。それを潜るとそこにあるのはこれまた巨大な宴の間であった。木をそのまま使った柱が何本も並んでいる。そこに多くの巨人達がいた。そしてその中央にいるとりわけ大柄で濃い黒い髭を持つ男こそは。
「ようこそ、トールよ」
 彼は笑顔でトールに声をかけてきた。
「わしがこの館の主ゲイルレズだ。話は聞いているな」
「如何にも」
 にこりともせずゲイルレズに対して応える。その左右にはロキとシャールヴィがいる。二人は時折周囲の巨人達を見つつトールを見守っていた。
「一応はな」
「わしは御主のことをよく知っている」
 ゲイルレズは笑顔だ。しかしすぐにその目が笑っていないことがわかる。それどころか怒気さえ見せていた。
「まずは娘達の粗相を詫びよう」
 この言葉には明らかな怒気があった。それは周りの巨人達も同じだった。
「迷惑をかけたな」
「気にしてはいない」
 それについてはあえて言わないトールだった。
「だから御前も言うことはない」
「そうか。それでだ」
「それで?」
 ここで話が動いた。というよりはゲイルレズがいささか強引に動かしてきたと言える。
「実はわが館には一つ掟があってな」
「掟だと」
「左様」
「来たぞ」
 ロキはそっとトールに耳打ちした。
「気をつけろ」
「わかった」
 小声でロキに頷く。そのうえで再びゲイルレズとのやり取りに入るのだった。二人の言葉が続けられる。
「主からの贈り物は必ず受けなければならんのだ」
「贈り物か」
「左様」
 ここでゲイルレズの目が光った。さっと横に跳ぶとそこにあった暖炉に手を入れる。そしてそこから真っ赤に焼けた大きく長い鉄の棒を取り出すとトールに対して投げつけたのだった。
「受けよトール!」
 今度は殺気を露わにさせていた。
「わしの贈り物、受け取ることができればだがな!」
「トール!」
「トール様!」
 ロキもシャールヴィも叫ばずにはいられなかった。その赤い某は紅蓮の炎と化してトールに向かっていたからだ。それを受ければトールとて無事では済まないのは一目瞭然だった。
 しかしトールはそれを見ても微動だにしない。構えもしない。そこに棒が来たところでだった。
「なっ!?」
「まさか!」
 何とトールはその棒を右手で掴み取ったのだ。その鉄の手袋で以って。彼ならではの恐るべき芸当だった。瞬き一つせずにそれをやってのけたのだ。
「まさか掴み取るとは」
「何ということだ」
「これが雷神なのか」
「ゲイルレズよ」
 トールはその棒を己の方に手繰り寄せつつゲイルレズに声をかけた。その恐ろしい顔が紅蓮の炎に照らし出されさらに凄みのあるものに見せていた。
「面白い贈りものだな」
「くっ・・・・・・」
 ゲイルレズは怯えていた。既にここで勝敗は明らかだった。
「今度は俺からの返礼だな」
「返礼だと」
「そうだ」
 その凄みのある笑みでの言葉だった。
「受け取るがいい。この棒をな!」
「ゲイルレズ様!」
 トールが棒を渾身の力で投げようとしたところで彼の家臣が声をかけた。
「早く逃げられよ!」
「そこに!」
 別の家臣が指差したのは館の柱の裏だった。
「そこにお隠れ下さい!」
「あそこならば!」
「う、うむ!」
 ゲイルレズも必死だった。隠れなければ命がない。それを察した彼は慌ててその柱の裏に隠れた。しかしトールは棒を放ったのだった。
「無駄だ、そんなことをしてもな」
「その柱ならな」
 巨人達は今のトールの行動をまずは嘲笑った、
「棒も突き抜けることはできん」
「雷神も愚かなことよ」
「愚かかどうか」
 だがトールは不敵に立ち巨人達のその声を聞いていた。
「よく見ておくのだ。今な」
「ふん、無理だ」
「そんなことをしてもな」
 その間にも棒は突き進む。紅蓮の光と凄まじい唸り声をあげて迫る。そして遂には。鉄の棒は柱を貫き通してしまったのだった。
 轟音が館を支配し絶叫が木霊した。棒は柱を完全に貫きゲイルレズの身体に突き刺さっていたのだ。その顔を苦悶の色が覆っていた。
「馬鹿な、まさか」
「そのまさかだ」
 紅蓮の炎に身体を支配されていくゲイルレズに対して述べた言葉だった。
「貴様は俺を侮った。その結果がこれだ」
「侮った・・・・・・確かにな」
 身体はもう完全に炎に包まれている。彼はその中でそのことを悟ったのだった。
「わしは貴様の力を軽く見ていたようだ」
「そうだ」
 ゲイルレズに対して答えたのだった。
「だからこそ敗北したのだ。覚えておけ」
「無念・・・・・・」
 これが彼の最期の言葉だった。炎に包まれゆっくりと身体を倒れていく。そうしてその中で事切れてしまったのだった。ゲイルレズの最期だった。
 しかしこれで話は終わりではなかった。主を倒された巨人達がいきり立って声をあげるのだった。
「おのれ、よくも!」
「雷神め!」
 それぞれ剣や槍を手にしている。それで何をしようというのかは言うまでもなかった。
「ゲイルレズ様の仇!」
「生きて帰れると思うな!」
「さて、トールよ」
 ここでロキが悠然としてトールの横にやって来た。シャールヴィも一緒である。
「ここでだぞ」
「そうか、遂にだな」
「トール様」
 シャールヴィはにこりと微笑んでトールの顔を見上げてきた。
「ではいよいよ」
「頼むぞ」
「あいつはミョッルニルを持って来てはいない」
「力帯もな」
 巨人達はそう思っていた。そもそもこれが彼等の策略だから当然である。トールがどういった性格か把握して仕掛けているのだ。
 
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