ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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出会い
「きゃあああああああああああああああああああああああ」
階層を一つ下り、五階層をしばらく探索していた時、唐突に進行方向から空気を裂くような悲鳴が響いた。
デイドラはその悲鳴に覚束ない歩みを止めた――次の瞬間、一瞬前の彼からは予想できないような勢いで地面を蹴って走り出していた。
ただ愚直に足を動かしているだけのようにさえ見えるフォームもへったくれもない彼の走る姿には、まるで生まれた時に帯びた自らの使命を果たさんとするかのような鬼気迫るものを感じさせる。
虚ろだった瞳を血走らせているのもそれの一助となっていた。
悲鳴が耳に入って一分もせずにデイドラはその発信源を視界に収める。
そこは少し広くなっている正方形の広間『ルーム』で、その真ん中で少女が一人犬頭モンスター『コボルト』五頭に完全包囲されていた。
少女はナイフでコボルトを威嚇し、牽制していたが、足元に中程で折れている弓があることから、ナイフがメインの武器ではないことは明らかで、それを裏付けるように、少女のナイフの握りや構えは素人目にさえもつたなく映った。
コボルトはそれに感づいているのか、嫌らしい笑みを浮かべてなぶるように半径一Mの間合を保ち動き回っている。
その状況を瞬時に把握したデイドラは足を止めることなく、逆に速めると、姿勢を前傾させて、短刀を握る両腕を後ろに靡かせた。
そして、コボルトの群れまで二Mのところで、デイドラは極限まで身体をよじり、地面を最大の力で蹴ったと同時に身体をよじった時と同じ勢いで戻した。
すると、デイドラは正中線を軸に高速回転する丸鋸盤と化した。
つまり、独楽の回転軸を地面と水平にして、殺傷能力を持たせたよう、と言えばいいだろうか。
その軌道は山なりで、丸鋸盤の刃をかすめるところに、偶然か必然か、コボルトの頸部があった。
『『『『っ!!』』』』
なぶることにも飽きて締めとばかりに少女に襲い掛かろうとした瞬間、影が目の前に踊り出てきたことにコボルトは二の足を踏んだ。
影は高速で回転していて、着地すると、砂ぼこりを上げながら滑り、少女の傍で止まる。
と知覚したと同時に、ブシッ!という液体が吹きこぼれる音とともに紅い細雨が降った。
それは、ルームに濃厚な血の匂いを残してほんの数秒で、止んだ。
突然のことに得体の知れない恐怖に支配されたコボルトの群れは統率を失い、それぞれが周りを見回していた。
そんなコボルトを余所に、デイドラは静かに佇んでいて、少女はそんなデイドラを初めて見るものを見るような目で尻餅をついた状態で見詰めていた。
ややあって匂いの源はコボルトによって見付けられた。
それは、頭を垂らしたまま動かなくなったコボルト。
いや、正しく言えば、頭を垂らしているのではなく、頸部を引き裂かれて、頭部が、文字通り、首の皮一枚の状態でぶら下がっているコボルトと言うべきか。
生々しい傷口は何度も切り付けられたように荒くえぐれていて、主の絶命に気付いていない心臓が脈打つ度にその傷口からは鮮血が溢れ出る。
その光景は神々の一部のマニアが見れば『スプラッタキタァァァァァァァ(・∀・)ァァァァァァァッ!!』と歓喜するようなそれだった。
知らぬ間に仲間を殺されていたことに動揺するも得体の知れない恐怖が得体の知れたそれに変わったために少し冷静さを取り戻したコボルトの群れは統率を復活させ、一斉に仲間の仇と思われるヒューマンの少年に唸りを上げた。
『ギャ』『ガッ』
が、一瞬で四つの唸り声の内の二つが悲痛な鳴き声とともに途絶える。
その二頭のコボルトの腹部と背部に短刀が突き立っていた。
そして、投げた体勢のままのデイドラの両手には短刀が消えていた。
――言うに及ばずのことだが、デイドラが短刀を正面のコボルトに投擲したのだ。
ただ特筆すべきが、デイドラの動きが目に留まらぬほどに速く、コボルトは痛覚によって初めて攻撃を受けたことに気付いた、ということだろう。
残りの二頭のコボルトは仲間の鳴き声を合図にしてここぞとばかりに背後から丸腰のデイドラに殺到する。
しかし、デイドラは慌てることなくおもむろに振り返ると、背に手を回して腰につけていた短刀を鞘から抜いた。
そして予想外のことに止まり切れずに並んで間合に入った二頭のコボルトの間を縫うようにして通り過ぎ様に凪ぐように一閃した。
完全に擦れ違った一拍後に、コボルトの側面に紅い線が浮かび上がり、血が噴水のように噴き出した。と、同時に魔石ごと両断され二頭は灰となり、風に吹かれて、散った。
それを確認するように少しの間を置いて、デイドラは振り向くと、すたすたともがき苦しむ二頭のコボルトに歩み寄る。
そして、ゆっくりと足をあげると胸部にのせた。
すると、もがき苦しんでいたコボルトはデイドラの足から逃れようと四肢を動かした。
が、やがてデイドラ足がコボルトの躯に完全に埋まり、骨の折れる音がルームに響きはじめたときには、四肢は動きを止めていて、代わりに躯が痙攣し、何かが砕けたような一際大きい音とともに灰と化した。
仲間の死を知ってか、残ったコボルトがもがきながらもデイドラからできるだけ離れようと這いずった。
だが、逃れられるはずもなく、デイドラは無慈悲に死を宣告するように足をのせる。
先程の過程を巻き戻し再生するようにデイドラはコボルトを灰に帰すと、二つの灰の山に一瞥も与えず、少女の方に向き直り、先刻の冷酷無比な一方的殺戮からは想像できないような穏やかな目で見詰めた。
少女もデイドラが現れてときと変わらない姿勢で、呆然としながらもその視線を受け止める。
しかし、少しもせずに、柔らかかったデイドラの顔が歪んだ。
(何故間違えたっ!あいつも皆も死んだというのにっ!俺が見殺しにしたというのにっ!)
デイドラは一気に膨れ上がり暴発寸前となった怒りを発散させるように地面を蹴り付けると、短刀をそのままに、踵を返してその場から去った。
「まっ、待って!」
少女はそれにはっと我に返り、コボルトだった灰の山に埋もれた短刀を回収すると、デイドラの後を追った。
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