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ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか

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プロローグ

 少年は薄青色の通路を歩いていた。
 瞬きもせず、前を見据える翠緑(すいりょく)の瞳は虚で、進めている歩みも不確かで、余りにも頼りないものだった。歩に合わせて揺れる目に掛かるぐらいの長さの黒髪は手入れがされておらず、ボサボサ。
 着ている白の服は血が滲んでいて、紅い斑点模様が施されている。
 だが、その血は少年のものではない。
 それは、彼が垂らしている腕の先に握られている二つの短刀の刃から(したた)る血に混じっているものと同じ――つまり、彼の凶刃に(たお)れた魔物(モンスター)の血だ。
 彼が歩いている場所はダンジョンの四階層。
 そして、彼はダンジョンに潜る復讐鬼(冒険者)だ。
 ダンジョンとは、人によって見方は変わるが、客観的、もしくは端的に言えば、狩場だ。
 迷宮都市オラリオの地下にあり、大地の奥深くまで広がっていて、モンスターが絶えず吐き出されている。
 ここでは、狩る側と狩られる側は紙一重で、ちょっとの油断やきっかけで立場が逆転することは稀ではない。
 油断した者からその牙を剥くダンジョンは、その存在自体魔物(モンスター)と言える。
 そんな死と隣り合わせの場所に、冒険者は、文字通り、危険を(おか)して潜り、モンスターを狩る。
 彼等の目的は様々で、地位や名声、金に権力、はたまたは出会いだったりする。
 が、少年――名前をデイドラ・ヴィオルデ――の目的はそれらのいずれでもない。

 『ゲギョッ』

 彼の進行方向の先にある十字路の角から現れた緑色の醜いゴブリンが彼の姿を認めると、口元を凶悪に歪めた。
 デイドラは弱冠(じゃっかん)十四歳で、容姿もそれ相応。
 それに加え、憔悴し切ったような(・・・)様子の彼は血に()えたゴブリンにとって格好の餌食だった。

 『ギャギャッ』

 しかし、ゴブリンはすぐに顔を怒りで赤く染めた。
 それはデイドラがまるで何の反応も示さなかったことに起因していた。
 デイドラは、ゴブリンが現れたにも(かか)わらず、瞳を前に据えたまま微動だにさせなかったのだ。
 ゴブリン如き眼中にないと言わんばかりの無反応。
 確かにダンジョン内で最弱の称号を冠すゴブリンではあるが、それを自覚するほどの知能もなく、自尊心だけ一人前にあるゴブリンに、ともすれば、無視とも取れる行為には鼻持ちならなかった。

 『ギャッ!』

 ゴブリンは怒りに任せてデイドラに突貫した。
 だが、ここでゴブリンの側に立って言うとすれば、ゴブリンは冷静になるべきだった。していればきっと彼から匂う拭いきれない濃厚な同志の血の匂いに気付けただろう。

 『ギョエッ!!』

 ゴブリンは、突貫をしても(なお)反応を示さないデイドラに勝利を確信して、見るに堪えない醜い笑みを浮かべて飛び掛かった。

 「遅い。それに隙が多い」

 その時になってようやく視線を向けたデイドラは澄まさなければ聞こえないようなか細い声で言うと、振り下ろされた爪をまるでよろけるようにして横にかわす。
 よけられることなど夢にも思っていなかったゴブリンは着地に失敗し、

 『グェッ』

 と、地面に潰れるようにぶつかり、床をごろごろと転がった。
 壁にぶつかってようやく止まったゴブリンは立ち上がろうとして自分が影の中にいることに気付いて顔を上げた。
 そこには微かな逆光に黒く塗り潰されたデイドラが元からそこにいたように佇んでいた。
 彼の翠緑の瞳だけが闇に浮かび上がる。
 その光景にゴブリンは今更めく自らの過ちに気付いたが、時既に遅しである。

 「弱い、遅い、知能の欠片もないこんな物に…………こんな物にっ!!」

 デイドラは虚ろだった目に瞋意の炎を燃え上がらせると、右手の短刀を振りかぶり、逃げる間も与えず、脳天に刃を突き立てた。

 『ゲッ――』

 気の抜けた断末魔を上げたゴブリンから短刀を引き抜くと、再び目を虚ろにして、その場を去――ろうとしたところで言い付けを思い出したデイドラはめんどくさそうに振り返ると、絶命したゴブリンの傍で膝を折って、ゴブリンの左胸を短刀でえぐった。
 すると、左胸に穿(うが)れた穴からぽろっと指の爪大の紫紺の石『魔石』がこぼれ落ちた。
 魔石は照明などのあらゆる製品の動力源として重宝されていて、モンスターの生命(いのち)の源でもあり、魔物の心臓の近くに埋まっている。
 集めた魔石は地上にある換金所で換金できる。
 また、お金を度外視するならば、魔石を破壊することで、魔物の生命の源を断ち、殺すこともできる。
 魔石を奪われたゴブリンの遺骸は指先から灰となり、あっという間に灰の山と化した。
 それを虚ろな目で静かに見ていたが、おもむろに踵を返すと、足を踏み出した――その時だった。
 デイドラは微かな音を捉えた。
 あまりにも微かで、初めはそれが何の音かはわからなかったが、すぐにそれが人の叫び声だとわかった。

 「――――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――」

 その声の主は疾風の如くデイドラの前の十字路を横切った。
 一瞬見えたその姿は真っ赤に染まった少年。
 一見すれば(おぞ)ましい光景ではあったが、情けない叫び声でそれは霧散していた。
 デイドラはその少年、ベル・クラネル、の消えた方をしばらく無感動に眺めるとベルが来た道を覚束(おぼつか)ない足取りで歩いていった。 
 

 
後書き
今作品は本作重視ですすめていくつもりです。
ベル君が陽であれば、デイドラは陰みたいな感じです。
とはいっても、それほど陰にするつもりも無いですけどね。
そんなことより、以後も手にとって読んでくだされば幸いです。 
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