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大晦日のスノードロップ

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7部分:第七章


第七章

「だって。私でなければこの贈り物を今持ってはいないわ」
「それはそうですけど」
「けれどどうしてこんなところに」
「贈り物に感謝するのは人として当然のことです」
 エカテリーナは優しい笑みをたたえたまま二人に述べた。
「違いますか?」
「はあ」
 呆気にとられる二人。それは母親によく言われてきたことだが相手が相手である。このロシアの主がまさか自分達に直接会いに来るとは。信じる方が無理な話であった。
「それで御礼を言いに来たんだよ」
 呆然とする二人にアレクサンドルはまた言った。
「ちょっと宮廷を抜けてね」
「そうだったのですか」
「そうよ、それで」
 話は本題に入ってきていた。
「まず約束通り貴女達のおうちには御礼を差し上げるわ」
「御礼を」
「そうよ。少なくともずっと楽しく暮らせるようにね」
「お姉ちゃん、じゃあ」
「うん」
 二人はエカテリーナのその言葉を聞いてようやく我に返った。そして笑顔で顔を向け合う。
「お母さん楽になるね」
「そうね」
「お母さんの為にこのスノードロップを作ったのかしら」
「はい」
 二人はその言葉に頷いた。
「だって御褒美があれば」
「お母さんも今みたいに苦労して働くことはないと思って。それで」
「そういうことだったのね」
「自分達の為じゃなくて母親の為に」
 そのことがエカテリーナにもアレクサンドルにも素晴らしいことに映った。実は二人はあまり家庭には恵まれてこなかった。今はこうして祖母と孫で仲良くしているがそうなるまで夫や息子、そして父親のことで苦労し続けてきたのである。そうした過去があるからこの二人のことが素晴らしいことに思えたのである。
「御祖母様」
 アレクサンドルがエカテリーナに声をかけた。
「ここは」
「ええ、わかっていますよ。アレクサンドル」
 エカテリーナは孫に優しい笑みで応えた。
「ではスノードロップの御礼は貴女達の御母堂に」
「有り難うございます」
「これでお母さんも楽になれるわね」
「そして」
「そして!?」 
 笑みを向かい合う二人にエカテリーナはまた述べた。二人はすぐにそちらに顔を戻した。
「貴女達には私が」
「陛下が」
「そして僕からも」
 アレクサンドルも言った。二人はそれを聞いて一体何があるのだろうと思った。それが何なのか全く見当がつかなかったのである。
「贈り物をね」
「贈り物」
「陛下から私達に」
「座りなさい」
 エカテリーナは二人に対して言った。
「えっ」
「いいから。そこに跪くのです」
「は、はい」
「わかりました」
 二人は何が何なのかわからないままそれに応えた。そして言葉通り跪いたのである。
 エカテリーナは立ち上がり二人の前に来た。それからアレクサンドルが持っていた剣を受け取りそれを抜いた。その刀身で二人の肩を抱いた。
「これが私から貴女達への贈り物です」
「これってまさか」
「そう、君達は貴族になったんだよ」
 アレクサンドルが二人に言った。
「貴族って」
「嘘・・・・・・」
「嘘ではありません。今私が貴女達の肩を叩いたことこそが何よりの証」
「君達はその優しさに見合うものが与えられる価値があるから。それでだよ」
「けど貴族なんて」
「私達そんな」
「真に尊い心を持つ者こそが尊い者になるべきなのです」
 エカテリーナも二人に対して言う。
「だからこそ。私は貴女達を貴族にしたのです」
「はあ」
「けれど私達は」
「いや、君達の心は僕も御祖母様も受け取ったよ」
 まだ謙遜しようとする二人にアレクサンドルはまた言った。
「そして僕からもお願いがあるんだ」
「殿下からも」
「そうさ、友達になってくれないか」
「御友達に」
「うん、君達のような優しい心を持つ子達を友達に欲しいんだ。いいかな」
「殿下がそう仰るのなら」
「私達でよければ」
 二人はアレクサンドルを見上げて言う。夢を見ているような顔であったがそれに応えた。
「御祖母様、それで宜しいですね」
「君主となる者として必要なものは何か」
 エカテリーナはそれに応えてアレクサンドルの顔を見ながら言った。
「私は貴方にいつも教えている筈ですよ、アレクサンドル」
「はい、威厳と公平さ、そして」
「優しさであると。そうですね」
「はい、ですから私は彼女達を」
「よいのですね、それで」
「はい、ですから」
「わかりました。それでは」
 彼女は孫の願いを聞き入れた。そして娘達と彼の間に入る。それからその手で三人を包み込んだ。
「よいですか、心優しき子供達よ」
「はい」
「その気持ち、忘れてはなりませんよ」
「優しさを」
「そう、貴女達は母親を想う気持ちを」
 マーシャとリーザに対して述べた。次にアレクサンドルに顔を向けた。
「そしてアレクサンドルはそれを知り、近付こうとする気持ちを。よいですね」
「はい」
「わかりました。御祖母様」
 三人はそれぞれエカテリーナの腕の中で頷いた。
「時として優しさを忘れそうにもなります」
 それはこの国の主としての言葉であった。国の主であるということは多くの苦難も伴うことであるからだ。それは彼女自身が誰よりもよく知っていた。
「けれど、それが忘れられなかったら」
「その時は」
「今のように祝福が待っているのですよ。よいですね」
「祝福が」
「今の気持ちを忘れなければ」
 エカテリーナは三人を包み込みながら語り続けた。その言葉は三人を包み込み何時までもその心に残るのであった。
 スノードロップがもたらした幸福。それは本当のスノードロップではなかったかも知れない。しかし本当のスノードロップよりも豊かなものをエカテリーナとアレクサンドル、そしてマーシャとリーザに与えたのであった。
 一家は褒美と貴族としての地位により末長く幸せに暮らした。その家は何時までも暖かい心に満たされていたという。どんなに寒い時であっても。それこそが祝福であったのかも知れない。エカテリーナの言った祝福だったのかも知れない。暖かい心の前にはどんな寒さも寒さではなくなる。人の心こそが最も尊いものなのだから。


大晦日のスノードロップ   完


                  2006・8・21
 
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