藤崎京之介怪異譚
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case.1 「廃病院の陰影」
Ⅸ 7.21.pm2:17
「しっかりしろ、藤崎君!」
俺を呼ぶ声が聞こえる…。
一体どれくらい気を喪っていたのだろう?俺はその声で目を覚ましたのだった。
気付くと、そこには天宮氏と秘書の津沼さんが、心配そうな顔をして俺を見ていた。
「大丈夫かね?君は来るなと言ったが、田邊君に聞いたら一時間経っても戻らんと言うから様子を見に着たんだ…。まさかこんなことになってようとは…!怪我はないかね?」
僕は何とか覚醒し、慌てふためいてる天宮氏へ声を掛けた。
「天宮さん、申し訳ありません。どうやら僕は、とんだ思い違いをしていたようです…。」
「どういうことだね?」
天宮氏は不思議げに首を傾げた。
俺はどう伝えればよいか迷い、頭の中で言葉を探していた。そして、それを全て言い表せるであろう一つの言葉…いや、単語を俺は口にした。
「愛…ですよ。」
天宮氏も津沼さんも、俺の顔を見て目を丸くした。
「藤崎様…、大丈夫なのですか?」
津沼さんが言ってきた。まぁ、無理もないが…。
「大丈夫ですよ。ただ、見てきただけですから。」
目の前の二人は、どう反応したものかと考えている様子で俺を見ていた。
しかし、もう時間がないのだ。
俺は彼らを地上へ戻すべく言った。
「お二人とも、この建物から早く出て下さい。恐らく、この建物は崩れますので…。」
俺がそう言うと、天宮氏は険しい顔をして返答してきた。
「君一人置いて行くわけにはいかん!それに、英さんをどうするのだね?行方不明者は?」
深い溜め息を吐き、俺は近くに置いてあったランプを手に204号室の前に行き、それで中を照らし出して言った。
「ここに…全員いますよ…。」
俺にそう言われ、天宮氏はその中を見て絶句し、津沼さんに至っては壁際に行って嘔吐してしまった。
そこは見せられた記録と同じだった。かなり広い空間に、ベッドが幾つも並んでいた。
だが、そこに寝かされていたのは、“元"人間だった物だったのだ。その殆んどには虫が湧き、それが異臭を放っていたのだ。
「藤崎君…、英さんは…?」
俺は半ばのベッドに光があたるようランプを調節すると、そこには既に土色に変色した英さんが横たわっているのが見えた。
「ここに運ばれた時は恐らく、もう絶命していたと思います…。」
そう静かに天宮氏に告げると、彼はそれから顔を背け、壁際にいた津沼さんに言った。
「後は藤崎君に任せる。戻るぞ…。」
津沼さんは「畏まりました。」と言って、天宮氏の後に続いたのだった。
天宮氏が室内を出る時、もう一度俺に振替って言った。
「死ぬな…。」
短く、それでいて重い言葉…。
「私は生きるために、ここにいるんですよ…。」
天宮氏は俺の返事を聞き、何も言わずに戻って行ったのだった。
彼らが出ていったことを見届けた俺は、あの204号室へと向き直った。
すると、そこにはすでに死んでいるはずの人達が、立ち上がって俺を見ていたのだ。
あるものは濁った目で、またあるものは闇のような空洞で…。
「本性を見せたな、悪霊よ。だが、もう終わりなんだよ…。」
人の体と記憶を腐蝕し、神を汚そうとする悪霊…。
だが、この悪霊共は太古の昔は、神を讃えし御使いだった。それゆえ、なおのこと許されないのだが…。
「始めようか。神へ捧げし音楽の祈りを…!」
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