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藤崎京之介怪異譚

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case.1 「廃病院の陰影」
  Ⅴ 同日 pm7:38



 今日の不可解な出来事を追求することなく、団員は練習に打ち込んでくれた。これも、団員達の理解あってのことだ。
 俺がこんなもんだから、基本的にオカルト現象は多い。
 無論、練習中にも騒ぎがあったりするものだから、辞めて行くやつもいる。
 だが、今ここに残っているやつらは肝の据わったやつばかりだ。
 ま、そんなやつじゃないと、俺にはとても着いてこれないがな…。
 今日の練習は完璧だった。このプログラムは申し分なく行われるだろう。
 しかし、明日はどうかなんて誰にも分からないものだからな…。
 そんなことを部屋でぼんやりと考えていると、誰かがドアをノックした。
「誰だ…?」
 俺はドアの前に行って鍵を外した。
「先生、少し宜しいですか?」
 ドアの前に立っていたのは田邊だった。
 一体何の用かと思い、一先ず中に入れてソファーに座らせた。
「こんな時刻になんだい?早く休むよう言っただろ?」
 俺がそう言って向かいのソファーに座ると、田邊は徐に資料を広げて話し出した。
「今日見たあの壁の絵なんですが、一人だけ名前の分かる人物がいましたよね?」
 随分と目敏いな…。よく見落とさなかったと、俺は感心した。
「それでちょっと気になって、幾つか調べてみたんですが、意外なことが分かりました。」
 田邊は資料を見ながら、一つずつ話を進めて行った。
「まず、今井と言う人物なんですが、あの廃病院の設立当初、まだ個人院だった頃に勤めていた医師でした。」
「出来た当初って…一体いつ頃なんだ?」
「今から56年前です。天宮グループの傘下に入って総合病院になったのは1971年に入ってからのことになりますね。」
 俺は考え込んでしまった。何だってこの“今井”なる人物が関係してくるんだ?研究してたのは吉野医師じゃなかったのか…?
 そう考えているうちに、俺は一つの考えが頭に浮かんだ。そう考えれば辻褄が合うのだ。
「なぁ田邊。もしかしてその今井ってやつ、新薬開発を手掛けてなかったか?」
 俺がそう言うと、田邊が目を丸くして言った。
「先生、なぜ分かったんですか!?」
 やはりそうか…。だから吉野トメの記憶は…。
 俺は、田邊が今井のことを詳しく調べあげていると思い、今井のその後を聞いてみた。
「調べてあります。彼はその研究が表沙汰となり、資料を全て処分して自殺してます。どうやら患者を実験体として使ったようですね…。これが1968年11月のことです。」
 間違いなさそうだ。どうやら、この“今井”と言う人物が残したものが、現在まであの病院に巣食っているようだな…。
 病院という場所は、一種独特の雰囲気を持っている。生と死が混在し、安らぎと不安を同時に感じさせる。
 時に浅く静かに、また漆黒の闇のように暗く、深く…。
「田邊君…。げに恐ろしきは、やはり人間なのかも知れないな…。」
 田邊は、俺が何を想像していたのか分かったのか、静かに「えぇ、そうですね…。」と、呟くように言葉を返したのだった。
 本当は、想像なんてしたくはない。だが、考えてしまうんだ…。
 俺は窓辺に寄ってカーテンを開き、外の街並みを見つめた。
 田舎ではあるが、かなりの明かりが灯っている。
 人は光で闇を切り裂いてきたが、本来…闇とは安らぎを与えるものだった。
 それを恐れの対象にしたのは、やはり人の傲慢さなのだろう…。
 だがこの世に、勝手気儘に奪ってよい命など一つもないんだ。
「明日で…終わらせる…。」
 僕の呟きに田邊は答えなかったが、何となく、彼は応援してくれているように感じていた…。



 
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