骨斧式・コラボ達と、幕間達の放置場所
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番外『有り得ぬ世界』
交節・ぶつかりし狂気は紅(あか)と青
前書き
コラボ第二弾。
対戦相手はAskaさんのオリジナルキャラクター「アオ」。
ただ愉しげに唄う狂人と、戦闘狂を装う殺人者……何だかとってもカオスな事になりそうだ……。
ちなみにSSSとも少し違う、IFでのアインクラッドですので、出会い方は不自然かもしれません。
それではどうぞ。
一人の青年……であろう人物が、夜の更ける直前の荒野フィールドを、悠々と歩いている。
青年であろうと判断せざるを得ない訳は、青色の髪を肩辺りまでに垂らしている事、男と言うには女顔だと言う事。
白いマフラーと白い和風ローブを身に纏っており、その下は体の線が出にくい和服だと言う事がある。
辛うじて解る骨格や歩き方、佇まいなどから男だと解る程度だろうか。
一見すれば美しい、得意な容姿に目をひかれる彼ではあるが、その顔に張り付いているのは、際立たせる微笑みではない。
謎を含ませる無の表情でもなく、されど凛々しくもない。
浮かんでいる表情は…………狂気だ。
狂気を湛えた笑み……否、笑みを湛えた狂気と言っても差し支えない、そこまでの異質さを感じさせる。
彼の名は“アオ”といい、このデスゲームとなったSAOにおいて、ある意味もっとも異常な人物である。
もう人気などとうに無いこんな中途半端な時間に、歪な彼・アオが向かう先。
それはある情報を耳にした為だった。
曰く――――攻略組の部隊が、ほぼ全員殺された――――という、前代未聞の事件があったらしい。
勿論それだけならば、オレンジギルド《笑う棺桶》の例もあるので、驚きこそすれ復讐に燃えるだの対策を考えるだのするであろうし、こんな人里離れた風景を模したフィールドに彼が脚を運ぶ筈もない。
その噂には続きがあるのだ。
その続きとは……『たった一人の女性プレイヤー相手に壊滅させられた事』である。
MMORPGであるSAOにおいて、突出しすぎた強さを “前線” で持つ事はありえぬ事象であり、信じられないどころの話ではない。
だが、現に攻略組の部隊は壊滅し、女性の人相描きまで出回っているのだから、全てが虚言だとばっさり切り捨てる訳にもいかない。
また、攻略組が弱いと言えばそうでも無く、ステータス差やある程度武器を振りなりている事、そして人数の事もあり『本来なら』、殺人を犯したオレンジプレイヤー―――通称 “レッドプレイヤー” 、その大群に襲われでもしない限り、有り得ないことだ。
詰まる所アオは……その危険極まりない、腕がたつどころの話で無い女性に会いに行く為、このフィールドを歩いているのだろうか。
攻略組複数人で勝てなかった相手に一人など、危険にも程がある行動だ……それも、彼が『普通』のハイレベルプレイヤーであった場合、の話だが。
「フ……渡り合える人間が他に居るかもしれないとはな……ああ、楽しみだ」
心底うれしそうに言葉を口にし、アオは下げてある日本の刀のうち片方の鞘を軽く叩く。
仮にも人を大量に惨殺した相手を想像し、嬉しいと言う気持ちを隠さず口にする言葉ではない。
やはり彼もまた、何処かおかしい。
戦を生業とする者なのか、だからこそその人物を追い求めるのだろうか。
プレイヤーの姿も見えぬこのフィールドを、右も左も無く適当に進んで行く内、アオは開けた場所に出た。
ここは一度限りのイベントボスが現れていた場所であり、何も起きない今となっては、モンスターがPOPしない事も相まって、疲れた者達の良い休憩場所と化している。
中央には壊れたままの小さな遺跡があり、そこからモンスターが飛び出してきて戦闘となったらしいが、最早それは過去の事。感慨深さも荘厳さも、緊張感も何も無い。
言うまでも無く、元々アオにも関係の無い場所だ。
その筈だが……彼は何故か立ち止まり、その場から動こうとしない。
彼の目線が向く先には、遺跡の破片に腰掛ける、一人の小柄なプレイヤーがいた。
「~♪ ~~♫」
鼻歌を歌うそのプレイヤーは、目深に被った青字に赤いラインの入るフーデッドケープ、そして低い身長により遠目からでは性別が男か女かも分からないが、唯一ハッキリ解る事と言えばカーソルがグリーンだということそれぐらい。
後ろ向きなので、《策敵》スキルを展開していれば話は別だが、まずアオには気が付いていないと窺える。
即ち折角目を向けたのに、オレンジカーソルを浮かべたプレイヤーを探しているアオには、それこそ怪しくはあるものの関係の無い人物だったのだ。
武器は恐らく腰に下げた短剣。NPC武具店では売っていない代物なので、プレイヤーメイドかモンスタードロップなのだろう。
単に豪胆なだけのプレイヤーだったかと、アオは大いに落胆して肩を落とし、その場から背を向けて去っていく。
「もう帰られるのですか? 今宵は月明かりがとても綺麗だというのに、勿体ない事をする方です」
「!」
……去っていこうとした。
だが、背を向けたその時を狙い澄ましたが如く、向こうから声を掛けられたのだ。
男には出せない高い声から、腰掛けていたプレイヤーは女性、若しくは少女だと分かる。
「よく気が付いたな、俺に」
「気配が漏れていましたし、それにスキルもありますからねぇ……あぁ、それよりも」
アオから振った話を言う事はもう無いのか早々に切り上げて、少女と思わしきプレイヤー、しかし話しぶりが合わない彼女は、ピタリと動きを止めてゆっくり上を向いてから、そして元に戻して僅かに顔を後ろへ傾けた。
「帰られるなど勿体ない。本当に綺麗なのですよ?」
「俺にそんな趣味は無い」
「おや、そうでしたか……こんな瓦礫の散らばる辺鄙な平原へ来られるのだから、てっきり私と同じかとも思いましたが」
「まあ、こんな所にのこのこ訪れれば、確かにそう思っても不思議じゃあないな」
数瞬間、目の前の彼女こそが、先の噂の根源たる攻略組壊滅を齎したプレイヤーなのかもしれないと、アオは当然考えないでもなかった。
だが、フードから若干垣間見える笑みには彼の狂気とは似もせず、寧ろ全く違う純粋な幼児の如きモノだけしか含まれておらず、武器もスコーピオン等の複合ポールアームでは無い、振りやすく素早い短剣。
殺戮して回る人間が月を見るなども考えられず、アオは見当違いと値を付けたのだ。
何よりカーソルがグリーン、これ以上明確に否定できる要素など有りはしない。
彼女から話しかけてきたのだから、別に挨拶はしなくて良かろうと、アオは何も言わず黙って背を向け今度こそ立ち去っていこうとする。
「……そういえば、貴方。随分落胆していましたが、私が何か粗相でも犯しましたでしょうか?」
「いや、個人的な事だ。お前には関係ない」
呼び止められ一旦足を止めたアオは、至極当然の言葉を返した。
すると女性は、何が可笑しいのかクックッと詰まるような笑い声を漏らした。
何があろうともシカトを決め込み、さっさとこの場を後にしようとは考えていたものの、流石に意味不明なこれを無視できる筈も無くアオは体を半身にして、一応少女―――否、女性の方へ視線を向ける。
「何が可笑しい?」
「フ、ウフフ……」
女性の笑い声から数十秒間の無言なる時が過ぎ、アオが待ちきれなくなったか口を開けようとして……女性は瓦礫のイスから腰を上げて、体ごと彼へ向き直った。
そして、まだ詳しくは造形が分からないが、ニッコリ満面の笑みを浮かべている事だけは分かる顔を見せて、小首を傾げる。
「私の見当違いでしょうかね? 貴方からは並々ならぬ執着心を感じたもので♫」
「……何が言いたい」
「恐らく、ですが……貴方の求めるモノは―――」
そう言って女性はケープのフードを下ろし、瞬間、アオの表情が固まった。
「闘争と……そしてこの私のようにも、感じたのですが、ねぇ♪」
触角状のツインアップ、赤い髪、何より顔の『Ω』上の刺青……間違い無かった。
目の前の彼女こそ、紛う無き “あの” 女性プレイヤー、アオが探し求めている人物だったのだ。
メニューを素早く操作してスコーピオンを取り出し、フーデッドケープを千切る様にして放った下から現れた服装で、最早そこにいる人物の真偽など窺いようも無くなった。
「はは、ははは! そうか、お前か! お前だったのか!!」
「うるさいですよ? 月明かりの情緒が大無しになってしまいます」
興奮のままにアオは二振りの刀を抜き放ち、右手を前に、左手を横に構える。
殺人を犯したのに何故カーソルがグリーンなのか、それは恐らく《罪》回復クエスト行ったからだろうと推測し、『時間も距離も足りない』矛盾などアオの頭からは消え去っていた。
「さあ、戦おうじゃないか」
「ふむふむ……私は戦いそのものが目的ではありませんが―――」
待ちきれなくなったか女性の言葉を待つこと無く、アオは刀を振りかぶり突撃。両手に一本ずつと言うイレギュラー装備状態の所為で、ソードスキルこそ行使できないがそれが関係無い程の速さだ。
「オオオオッ!!」
「おっと」
振り降ろされた右手の刀を女性は横から斧刃で弾き、下から迫っていた左手の突きは、絶妙な位置で打ちこまれた柄尻のピックでいなす。
が、左手の刀はそのまま跳ねあげられてきた。少し体を左側へ曲げる事で女性は避けるが、それをもアオは予期して右手の刀がまた迫る。
「ほいっと」
しかし、スコーピオンを後ろに回され、剣を納めた鞘から抜き出す格好、それにも似た挙動で止められる。
まだだと左手の刀を一閃。
それはもう一度グッと屈み、下へ向けていたスコーピオンをの刀身を持ち上げ、僅かに止まっていた右の刀を押され軌道を邪魔されて、結果は不発に終わった。
と、同時に右の刀が振り払われた。後ろへ飛ぶようにしてガードした女性の赤く紅いスコーピオンと、首へと迷い無く吸い込ませていったアオの至高とも呼べる刀がぶつかり合い、耳障りな金属音をあたりへまき散らす。
そのまま追撃をしようとするアオの手が止まる。女性が宙に居たせいで、思いのほか距離を取られたのだ。
近寄れば対処されるギリギリの距離、迂闊な行動は慎むべきだ。
「ハアッ!!」
だが、アオはそんな思考など存在していないと言わんばかりに、連撃の傾いていた思考を切り替え猛進。
爆速で詰め寄り地を蹴って方向を変える。
対する女性は鼻歌を歌いながら肩をスコーピオンでとんとん叩き、刹那後方斜め下へ向けて鋭く突きだされた。
同時に響くは高らかな金属音であり、それはアオが瞬時に回り込んだことを示しているの他ならない。
またも斬りつけんと心臓へ迫るアオの握りし左の剣に、女性はスコーピオンをクルリ捻って右手の方へ鎌刃を当て、打ちあげる様に押して命を狩らんとする刀とぶつけた。
またも右手の刀を大きく振りかぶって、切り掛かる直前で柄を打ち付けるべく、片手でのアームハンマーを決行。
何の思ったか避けずにスコーピオンを立てて女性が避けてみれば、下から向かい来る脚刀で柄尻近くを蹴り飛ばされた。
体勢が前のめりに崩れるが、アオは敢えてその後を追わず彼女の後ろへ向けて低く跳躍。同時にその場を赤い穂先が貫くと、右方からこちらへ向けて紅色が閃く。
掠らせながらもそれは態とか、ガッチリ左の刀で打ち降ろすが如く留め、振り切ってがら空きとなった胴の心臓部へ右の剣を迫らせた。
「おっとと♫」
言葉と間違い全く慌てず、女性はアオの刀を足場にして一度ジャンプ、もう一度今度は左の刀を使い飛びあがって、アオの肩をすれ違い様に蹴りとばした。
今度はアオの体勢が崩される……と連動して左の刀を上方へと振るい、女性へ刃が空気を切り裂き襲い来る。
尤も、それも反対方向からの振り上げで、直ぐに着地する為の手段と使われた。
そこまで距離が離れていない事もあってか、女性が今度は乱れ突きを放ってきた。
顔面、右肩、左腹部、小手、また右肩、心臓部への刺突を、右で弾きそのまま振り上げてからめ捕り、別方向へ誘導して左刀を使い、次々とアオは的確に捌いていく。
次に行われるのはフェイントの空打ち二発。それを隙として体勢を低くし、女性へ向け跳ぶと、腹部めがけて右腕の刀身を構え、しかし振り抜けず彼の刀へ斧刃がぶつかった。
女子得もまた彼に向け刃を進めたらしいが、それにしても恐ろしい切り替えの速さだ。
刀身の一も重心も下がったアオは一瞬間止まる。と、左肩を動かしたか思えばそちらへは回転せず、瞬時に逆向きへ変えて足払いをかました。
「おやっ」
「ハアアッ!!」
そのまま立ち上がり後ろへステップ、そして唸りを上げ吸い込まれていく右方の刀。
女性は棒での筋力トレーニングの応用か、筋力パラメータをフルに発揮して刺さったスコーピオンを両手で掴むと、横向きのまま空中で体を固定した。
斬撃は彼女のギリギリ傍を通り抜けて行った。それでもまだ終わらずアオはグルッと回転して、左の柄をエルボーの要領で打ち込んだ。
打撃武器のも劣らぬ一撃をまたも足場にして、スコーピオンの向こう側へと降り立つ。
ゴムで止めたおもちゃのエネルギーが炸裂したか、そう誤解する程の勢いで刺さっていたスコーピオンの刀身、そのメイスの如き堅さを持つフレームが弾け飛んでくる。
ゲーム内なのだから関係ないのだが、それでも女性ながらに恐るべき筋力と思わざる得ない一撃で、刀を交差し防いだアオの体がのけぞった。
余りに大きな隙を晒した……筈なのに女性は動かず中距離から穂先での貫突を行う。それに合わせたか、体術スキル『弦月』でのサマーソルトキックが槍部分を跳ね上げた。
先の隙が演技だと知っていたからこそ、中距離からそう対処したのだ。
しかし女性の方もまた武器を打ち上げられ、笑んでこそいれども無防備だ。
対してアオは、女性同様笑みを浮かべたままに、左の刀を背負うように構える。……そこめがけてスコーピオンの振り降ろせし剛撃が来た。
不利な状況へ持って行かれるパリングですら、相手のソードスキルを見越した上で攻撃に組み込んだのだ。
「首やら心臓ばかり狙うとは……殺気を消さねばバレバレですよ? ウフフ♫」
「お前こそ変な挙動ばかりするなよ? 動きが読みずらい」
一進一退の攻防、どちらが優れているでも無ければ、どちらが劣る訳でもない、攻略組と比べてなお数段以上も上であると、そう決定付けられる戦闘を繰り広げている。
此処に観客が居たのなら、またアオの表情に狂気が混ざっていなければ、女性が罪を犯していなければ、アインクラッド至上尤も盛り上がるデュエルとなったであろう。
ディエルの申請も無い、異質且つ卓越したこの戦は、先にコンマ数秒でも気を逸らし、そこへ楔を打ち込まれたプレイヤーが負ける、戦闘慣れした玄人同士の戦いと言えた。
「ハアッ!!」
「ウフフッ♪」
右手と左手を僅かにずらした水平ニ連撃に紙一重で回避する事で女性は対処、けれども左の剣は途中で止められ突き攻撃へ移行する。
頭上にある右手の剣へ向けスコーピオンを一振りし、リートの差から横へと無理矢理打ち飛ばされ、用意していた次撃は袈裟切りへと誘導させられる。
更に右側へステップし女性はそれをも避けるが、アオに体ごと振りむいて左の刀を頭へ振りだされた。
それを屈んで避ければ次に顔面へ迫るは、体勢から体に巻きついていた右腕……その手に握られた刀での斬リ払い。
それすらも咄嗟に後ろへ飛ばれ、スコーピオンを掴んだままのバク転でかわされた。
しかしアオは何を思ったか左の剣を緩やかな弧を描いて放り投げる。そこへと目線が言っている間に俊足にて移動し、スピードを上げた右の刀が心臓部へと向うが、それも予測済みか普通に弾かれる。
「粗末な手ですね?」
「ふっ……はああっ!!」
「おや」
左手での猛烈な拳打のラッシュと、二度振り切られた右の刀をスコーピオンの柄でいなし、突き出された左腕へ向けてそのまま追撃へ―――
「や、駄目ですね」
向かわずステップしてみれば、通り過ぎたのは“左”に握られた刀だった。緩やかに高くあげられた剣は、この為の布石だったらしい。
近距離でのインファイトに持ち込んだのも、上から落ちる刀を遠くへ飛ばされない為か。
振り切り左肩が出た状態を活かして、体重を乗せてまたも突撃。倒れ込むようにして一気に軸を変えて別方向から連撃を開始する。
アオからは左で斬り降ろし跳ね上げて、入れ替わる形で右を突き込みすぐ左、また左で水平からの右で行う三撃。
女性からは突きに混ぜて、大きく穂先を晒した状態から鎌刃での引き切り、僅かに位置を移動させての斧刃やフレームの応酬。
と、スコーピオンに打ち降ろされた勢いで右腕のある刀が落ちる……と思った刹那、蹴りあげられて女性のすぐ目の前に飛び出し、直ぐ掴んで顔面へ切り込む。
首を後方へ引っ込めたのも見ず、左での突きもまた行われるが、今度は下に構えてあったスコーピオンが回り込んできた事で、先のやり取りと変わらず無効化された。
担ぐようにして構えられたスコーピオンの柄尻を向け、ピック部分での刺突をこれでもかと繰り出されれば、アオは一歩下がって蹴るふりをして、一旦足を突き出しもう片方の足で本命の水平蹴り。
それは同時に体重を乗せて放たれた、女性の膝蹴りで対処される。
でもそれはスキルでは無い。即ちすぐに行動が出来る事に他ならない。示すかのように右の刀身が降り注ぐ。
「ほいっ」
グルンと脚へと腕を撒きつけ、件に技とスコーピオンを当てて下へ持って行かせながら、またの間とも言える隙間を掴んだ場を使って、アスレチックで遊んでいるかのように潜った。
まともな回避行動ではないソレはアオの言った様に、確かに彼女は変な挙動ばかりする女性だと、幾度となく痛感させられる。
良く見れば、浅いながらもアオにはダメージエフェクトが付いており、女性のカーソルも何時の間にかオレンジへと変わっている。
一進一退の攻防に見えたが、僅かにダメージを入れられていたらしい。
すると……そこでアオの動きが止まり、狂気を湛える笑みのまま、右手の刀の切っ先を赤い女性へと向けた。
「何故隠している?」
「隠す? ……ああ、本気を出さない理由ですか」
「―――そうだ」
自分から聞いた癖に直ぐに答えを出した所為で、少しばかり躓いたがアオは肯定の意を示す。
顎に手を当て態とらしく考える所作は隙だらけにも見えるが、迂闊に突っ込んで行けばどのような目にあうのか、アオは見を持って体感している。
それが彼にとっては寧ろ心地よくもあるのだが。
手心を加える理由、もしかすると先の様に加減しても尚僅かながら実力差がある為、舐めきり馬鹿にしているのか……しかし、そうではなかった。
「いやはや恐れ入りました。同様に “本気” を隠している貴方に言われたくは無いのですが?」
「ふ、ふふふふふふ……」
言い方こそ辛辣なれど嬉しそうな笑みを隠さない赤い女性に、アオもそれ以上の嗤いで返す。
どうやらアオが女性を見切った様に、女性もアオを見切っていたようだ。
笑い終え、静寂が訪れたその地に……一つの変化が起きる。
「なら俺も―――――“私” も本気を出させてもらうとしよう! 久方ぶりの死合いなのだからな!!」
「おおぉ……!」
それは、第弐戦目の、そして本当の意味での殺し合いを訪れを告げる、錆し鐘楼にも似た狂者の叫び。
口調が、一人称が、気迫が変わる。変らぬのは狂気ばかりなれども、しかしそれは確かに増大していく。
彼もまた少し舐めていた。
攻略組を壊滅させたとはいえ、エクストラスキルにユニークスキル、一部持ち合わせる特殊技能に戦略など、全てを持ち込みつぎ込めば何とかなると、そして女性もそう言ったものだと思っていた。
だが剣を交えてそれは見当違いであり、単純な実力で彼等を葬り去ったのだと解ったのだ。
アオより滾々と湧き出る興奮を止める閂など、もうこの場には存在していない。
スキル《血印》により、カーソルがモンスターを表す赤へと変わる。一層筋力と敏捷性が格段に増し、血涙とも取れる青い一本線が刻まれる。
刀を勢いよく交差し、影のみ見ればまさに『鬼』とも言える形相を湛え―――
「夜の明け……星斬り流剣術、異の型・四番ッ! 天舞散血翡翠業ォォゥッ!!」
払われた刀より生まれし二重に重なる首斬りの大太刀が、女性プレイヤーへ御首へと迫る。
「キシィ……あら、無骨ですねぇ?」
その時、厳密には技を放った瞬間か……女性の顔が一瞬だけ “別の顔” になった気がしたが、アオはそんな事などすでに気にしていない。
直ぐに呆れともとれる苦笑いの表情へ戻り、そこから溜息を吐き、頭上を通り過ぎて行く魂狩りの風を見やる。
やはり身長の低さが利点か、難なくやり過ごした。
……尤も、迫りくる速度とよはが尋常ではない為、屈めば良いというものではない。それを危なげな
くやり過ごしたのだからか、アオの狂気は更に増す。
「ハハハハハハ!! そうでなくては意味が無い! これでアッサリ斃れられては興ざめも良い所なのでな!!」
「ウフフ、更に喧しくなってしまいましたか……ウフフ♪」
最早笑んでいるのは顔だけなのではないかと思えるぐらいに、声音には異質な狂気と喜色の感情がこもっていた。
この事から、恐怖も畏怖もしていないことだけが、赤い彼女からは窺えた。
「死ぃぃぃいいいいいいいあああああああぁぁぁぁああ!!」
奇怪な雄叫びをあげてアオは女性プレイヤーへと肉薄した。
今まで以上の激戦が、血を血で洗う闘争繰り広げられる事は、誰の目からも明らか……明らかな筈だった。
アオの一撃は空を切り裂き、風を起こして地を削る。しかし女性には全く当たらず、要所要所で逆に突っつかれ、どんどんダメージが重なっていった。
「もっとだ! もっともっと “私” を楽しませて見せてくれええええっ!!」
これはかなり簡単な話、アオの攻撃に尋常ならざるパワーが加わった分、振りが大雑把になっているのだ。
風圧に耐えられる力、そしてそれ相応の実力と胆力さえあれば、あとは単なる的なのである。
皮肉にも彼が狂乱し、スキル発動から本気を出した事が、均衡を一気に破る結果となったのだ。
さりとて女性の方も先寄り速度が上がっている辺り、本当に本気では無かったようだが、それでも暴威の嵐とも呼べる。
右から振り上げ左腕ごと刀を叩きつければ、また右から振りおろしてもう一発一閃を加え、無茶な挙動でまたも右の刀を三度振るう。
当たらぬと見るや左の刀を豪快に振り回し、鎌刃部分で腹部を切られた事に構わず鉄柱の如き脚撃が襲来。
女性はそれを何と真っ向から打ち落とし、斧刃を腹部を切りつけ右手を逆手に持ち替えて、後方へ体重を込める要領で思い切り吹き飛ばした。
「コレこそが至高だ赤き女よ!! 此処までの戦を “私” は求めていたのだ! コレが “私” の求める闘争なのだ!!」
「……ニィ♪」
しかしながら、女性の表情は先までとは少し違う。
目を閉じて満面の笑みを浮かべていたあの時は何処やら、今は目を半開きにし微笑を浮かべたまま、そこから全く言葉を発さない。
余裕が無い訳ではないのなら、何故に先数十秒前までの嗤い顔を浮かべないのか。それとも……充満する狂気が告げているように、刻一刻と“溜めている”のか。
「まだまだまだまだあああああっ!! 天舞散血―――」
「ニィ……ハアッ!」
そこで女性はアオに近づき、思い切り左拳を振るう。技は力技で一時中断され、下がると同時に振るわれた裏拳がアオの鼻先をこする。
跳び上がる様に繰り出しても、自ら後退してはさりとて当たらない。その一撃を何故繰り出したのか。
「グボオッ!?」
否、当たった。
“真っ赤な影” がアオの前に姿を僅かながら表したかと思うと、至近距離にて何かが爆発したかの様な勢いで、アオは後方へとすっ飛ばされていく。
刀を地に差して勢いを無理やり殺し、目前へ迫っていた穂先を捩じり避け、片手直剣スキル《ホリゾンタル・スクエア》にも似た四連水平切りを繰り出す。
だが、一発一発力を利用して有らぬ方向へと流し、女性はほぼノーダメージでやり過ごしていく。
「クハハハハ……シィィイイイィイィィイアアアアアアアア!!」
剣よりも腕が、肘が、体が先に出る双刀の乱舞。
袈裟降ろしを避け突き込み、切り返しをよけ斬りつけて、体ごと突っ込めばフレームで二度殴打される。
破壊を伴う刀剣の嵐を中を潜り抜け、血色の蠍が次々に刀身を叩きいれて行く。降り注ぐ暴力に対し一歩もひるまず、寧ろ“嬉しそうに”慌てず見切っていく。
出来の悪い殺陣にも酷似した、イレギュラーな戦いだ。
アオの攻撃を真正面から弾くのではなく、勢いを逆利用して流す様に弾く技量は、先程のスピード対テクニックの剣士としての戦いよりも、また上がっている。
女性もダメージが無い訳ではない、しかしながら、優勢なのは女性の方だった。
「ルォォオォオアアアアアアアアアッ!!!」
「うおぉ……!」
意趣返しかパリングしようとしたスコーピオンの柄に刀を叩きつけ、女性ほ後方へと吹き飛ばした。
そのまま一方の刀を地面へ突きたて、もう一方の柄を両手で握れば……あの異形なる剣術が、今また再び迫り来る。
「夜の明け……星斬り流剣術――――異の型・五番ッ!!」
「……スゥー」
息を吐き右へ左へステップを繰り返し、女性は狙いを定まらせない。そんな事はお構いなしに、アオは充満した狂気をぶつけるかのように振り降ろす。
顔から一瞬でも笑みが切る程の妙技が、彼の手により炸裂する。
「斬撃黎明殺此世終焉ィィィィィイイイイイ!!」
剛剣の剣圧が暴風を巻き起こし、巨鬼の剣を打ち込んだが如く地が割れ、剣術ならぬ剣術が命を絶たんと女性へと迫りくる。
彼女はその一撃を、それでも確と見据えて―――
「キシッ♪」
それと同時に血走った目をっぱいに開き、美少女とも呼べた顔を崩す程に口角を上げる。
余りに喜びを抑えきれないと言わんばかりに、ただただ楽しげに笑っている。
アオは彼女の表情こそ目に入っていないものの、嬉しそうに狂気ばんで笑む。
「これもやり過ごすか……良い! 実に良いぞお前はあっ!」
「へぇ、そうですか、それは此方も力を入れた甲斐があるといものです♪」
笑みは笑みでもこもる意味の違う笑顔をころころ変えながら、今度は楽しげなモノをアオの台詞へと返す。
アオの剣術に勝っているのは自明の理。しかし威力では決め手に欠け、対してアオの技は一撃でも直撃をもらえば敗北は必至。
そんな状況の中で攻撃を差しこむ技量は大したものだが、余波でそれなりのダメージを受けているからか、女性は跳び込んで行こうとはしない。
「まだまだだ!! 力の戸張を越し! 己が力量をまだ上げて行くぞ女ああああっ!!」
速度ががまた数段上がる。大振りなれども、いっそもう可笑しくなってしまうスピードで、次から次へと必殺の刀剣が降り注ぎ、跳ねあがり、向い来る。
女性もまだギアが上がるのか、最早彼と彼女を第三者から見ればお互いに、紅い影と青い影のみしか視認出来ない。
両手剣を引きずる様に叩きつけられる右の刀を腕ごと掴んで止め、そこから体を持ち上げて左の刀に乗ると、短く握り右に下がっていたスコーピオンでの突きが炸裂。
飛び退くのも構わず交差され、振り抜かれたニ対からなる一撃で、余波を受け女性はまたも宙を舞うが、追撃の風を見る彼女のスコーピオンは “エボニーとクリムゾン”の二重螺旋に染まっていた。
次いで放たれる突きはアオの剣風を貫き、着弾と同時に盛大に爆ぜる。そこまで予測は出来ずに、アオは着地時に隙を狙えず吹っ飛ばされた。
アオの視界に入った横向きのバーは青も黄色も通り越して赤くなり、それは彼のHPの値が残り少なくなっている事を示していた。
幾ら決定打に欠けるとも、同格の相手から度重なる攻撃を受け続け、更に先の一撃をまともに受ければ、持ち堪えられなくなるなど明白な事だった。
しかしそれでも……アオは嗤っている。女性もまた、
「ぐふあっ! ……ハ、ハハハハァ!! いいぞ、これは良い! 目的が、目的が達成できるのだ! これで、どう転ぼうとも “私” の目的は達せられる!!」
「目的ですか♪ それは興味深いです♡」
「ならば教えよう! 強敵との戦いで身を削り、その身を賭して戦に身を投じ! 呑み込まれ果てる!! 強者との闘争でこの身朽ちる事が “私” の望みなのだ!!」
予期していたらしく、その言葉を受けても、しかし女性は嬉しそうなれどもそれ以上の悦びをさらけ出しはしない。
が……何故だろうか。
彼女の放つ空気から段々と、風船から空気が抜けて行くように、気概が抜けて行っている。
「なるほど……貴方程の逸材と相まみえても、私の心が躍らない理由が分かりました」
「心躍らぬと言ったか―――なら!!」
アオは吠えると剣を交差させて構える。次に打ち出されるは勿論、首狩りの業風たる異質な剣術、その四番。
これまで以上の力を込め、データの筈の筋肉が音を立てて盛り上がる。
「夜の明けぇ……星斬り流剣術ぅ……異の型・四番ッ!! 天舞散血翡翠業オオオオオオオォォォォォォォゥゥゥッ!!!」
一発二発、三発、四発五発……六発に七発、更に幾度も乱れ打ちされる野太刀の如き嵐の刃が、女性の身体諸共魂を打ちとらんと荒れ狂う。
それを受けてか、またも“エボニーとクリムゾン”にスコーピオンは染まる。
一発碌な叫び声も無く鎌風を穿ち、乱れ打ちされる衝撃波のなかを走り抜けて行く。辺りに轟音から来る振動と爆破にも似た閃光をまき散らす。
更に弾幕の密度は上がる……が、途端女性の姿がぶれ、紅い影を幾つも残す程の高速移動を開始した。
尽く当たらず、距離は一気に縮まった。
「―――――」
「ぐ!?」
何かと呟き突き出された穂先のエネルギーが爆散、アオは体を宙へと投だされてジャイロ回転のまま
不器用に着地する。
まだまだ女性が優位、それでもジワリジワリお互いの生命は削られていく―――――終わりは近い。
体現するかのように、アオは太刀風を放つ腕を止めるや否やすぐに両手も地を敢行。自身の嵐からなる弾幕そのままに、ソレごと切り裂かんと己が力を注ぎこむ。
何処までも何処までも膨れ上がっていく猛意の中、女性はとうの昔に冷め切っていた。
そんな些事などに構わず、アオは構えを止めない。
「夜の明けっ! 星斬り流剣術!! 異の型・五番っ―――」
終幕を意味する一撃が、今放たれる―――!
「斬撃黎明殺此世終焉ィィィイイイッ!!!」
狂気と興奮が有頂天となるアオ……そんな彼とは対象的に、
「……もう終わりにしましょうか」
女性は何処までも静かだった。
みると、何時取り出したのだろうか……左手には“赤”色で、 “緋”色で、“朱”色で……“紅” 色で塗られた、スコーピオンがもう一振り存在していた。
殺戮の一刀を前に焦る事も恐慌も無く、ポーンと軽く放り投げて―――
「シュッ!」
ありえぬ個所と挙動で掴み、大砲と見紛わん迫力を持たせて蹴り投げた。
二か所で大発布とも錯覚してしまう爆音と砂煙が高々舞い上がり、お互いの姿を底から覆いかくし、しかしあった事を告げるように大地を激しく揺らした。
白煙と砂煙漂う中、影は二つ見える。1人は立っている、しかし一人は倒れている。
立っている方の人物、それは―――――
「……無様ですねぇ」
紅く、赤い女性プレイヤーだった。
アオには見えていた……蹴り投げた瞬間、彼女の前方で赤い“何か”が爆ぜ、ダメージを負わせながらも強引に退避した事を。
間を縫う形で飛びこんできたスコーピオンに、目視こそ出来れど対処が出来なかった事も。
「ク、ククク…… “私” の、負けか」
「……」
ダメージが重すぎるのか、ゲームの世界だと言うのにアオの体は動かない。このまま殺される事は、言うまでも無いことだろう。
命のやり取りにおいて、奪うことにも奪われることにも忌避感の無い彼は、死の恐怖を感じ取れなかった。
だからこそ、最後の一撃をくらったのかもしれない。
だろうとも、彼にとってはコレこそが臨んだ事。
彼女がまだ本当の意味で“本気”を出してい無かろうと、隠し事が存在しようとも、彼にとって望む結果が訪れるのだから。
「さあ、殺せ……その赤き刃で殺してくれ、この “私” を」
「……」
「お前のような猛者に殺されるのならば、この上なく本望だ」
満足げに言葉を紡いでいくアオに、女性は何の反応も返さない。
数秒とも、数分とも取れる静寂、そして硬直の後……女性はスコーピオンを振り上げ、頭上でクルクルと回転させ始めた。
己の命が尽きる瞬間を、死後の世界まで目に焼きつけようと、その瞬間をひたすらに待つ。
回転速度は徐々に遅くなっていき、唐突にピタリと止まって―――振り降ろされた。
アオの、顔面横に。
「はい、これにて終了です♪ 解りましたね?」
「……は?」
アオの表情が初めて歪み、何を言っているのか分からないと言った表情と、間抜けなまでの困惑が広がる。
女性は肩にスコーピオンを担ぎ直し、背を向けてゆっくり歩いて行く。
「私とて、殺す事も厭わないでしょう……ですが、目的と楽しみは『ソレ』ではないのです。人は命あるからこそ足掻き、失う恐れから踠く。その中でのやり取りが、生き残るためのシンプルなバトルが、私にとっての楽しみなのです♪」
「何を……言って……?」
傾けていた顔を正面へ戻し、女性は歩く事を言ったん止め、未だ呆けている青へと言葉を投げかける。
「死にたがりを相手にしようとも、忌避感を持たぬものを目の前にしても、それは何の緊張も無い……そして何も起きはしない、力だけの世界。感情が虚ろな貴方では、何も生まれず探求出来ず、私の中に入って気はしなかったので―――」
「ま、まて、“私に” っ……お、“俺” に止めをッ……!」
次の言葉を聞きたく無い一心で、アオは持ちあがらない体を必死に擡げる。
「ではこれにて……ちゃお♡」
……現実は、待ってはくれなかった。
「待てっ! 殺せ! 殺していけ!! 俺を殺せ! 殺せぇっ!!」
彼女の背に向けて、幾度となく呼び掛ける。
「殺してくれえぇ……っ!」
だが、彼女は二度と振り向かず、アオの声が荒野の遺跡にコダマするのみであった。
後書き
と言う訳で、謎の女性プレイヤーの勝ちとなりました。
謎の女性プレイヤー「命を奪う事だけが、面白みある行動ではありませんからね? ではぜひぜひ精進をば、アオさん♪」
……なら、あんたの行動の“元”って一体何なのさ……。
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