ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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誓い-ラグドリアン-part1/空賊と王子の友情
初めてグレンとウェールズが同じ戦場に経ったのは、レコンキスタが怪獣を自分たちとの戦争のための生物兵器として投入した戦いの際だ。
これまで王党派とレコンキスタの戦争は、王党派が優勢だった。エルフに奪われた聖地の奪還とハルケギニアの統合。理想としては崇高に聞こえるが、所詮反乱軍。正当性よりも力がなくてはそれを示すことも叶わないし、アルビオンはモード大公がエルフを妾としてかくまったこと、その一件でモード大公に連なる重要人物たちが処断されたことを除けばまだ数十年は安泰を保てるだけの力はあった。勝つこともままならない状態で、国からすればただの腫れ物でしかないのだ。
しかし、突然現れた怪獣ゴメスの暴走、そして王党派のある将の一人とその部隊の原因不明の離反。その二つが大きな要因となって、王党派は一気に形勢を逆転された。数百人ものメイジが束になっても、無策のまま戦って怪獣を殺すことなど決してできるものではない。しかも自軍の将の離反がなぜか連発し、たかが国賊と舐めきっていた連中に、王党派は屈辱の敗北を喫するようになった。
だが、苦戦を強いられる王党派に、ある希望が舞い降りることになった。
突然現れた一機の空賊戦艦、そして、ゴメスをあっさりと倒してしまった、炎を身に纏う巨人。
初戦は、グレンがゴメスを倒したことでレコンキスタの軍勢の軍勢が崩れて引き上げた。
あの後、アルビオン軍はレコンキスタの動きを探る斥候部隊・突如現れた炎の空賊団捜索部隊の派遣。しかし斥候部隊は一人も帰ってこなかった。炎の空賊についても、それは同様だった。
ただ、その後のレコンキスタとの戦争の際は炎の空賊たちが参戦していたのだ。明らかにこちら側が優勢になる形で、だ。特に怪獣をレコンキスタが戦場に持ち出してくると、その時には必ずと言っていいほどグレンファイヤーが自ら現れ、怪獣を撃退するという構図ができた。
炎の空賊団と炎の巨人の存在は、王党派もレコンキスタも無視しきれない存在となった。
ロンディニウム城にて、王党派の首脳・将軍たちが集められ、今後炎の空賊たちに対する対応についての議論が行われた。
空賊団のおかげもあって、滅ぼされる心配そのものはほぼ無くなったものの、彼ら炎の空賊たちに対する疑念が全く無かったわけではない。いや、寧ろあったほうだろう。貴族にとって賊の存在そのものが疎ましいのだ。
「いくら連中のおかげで我々がレコンキスタ共に遅れをとらずに住んだとはいえ、本来なら我々の手でこの国を救わなければ鳴らないのだ。もう奴らの力を借りるべきではない!」
「そうだ!それに奴らとて賊であることに変わりない!実際この付近の空を徘徊していた他の空賊共は全て貴族派に回っているではないか!味方の振りをして、こちらの寝首をかこうとしているに違いない!」
「しかし、彼らの力を除いた状態では、たちまち我らは貴族派に相対する力を全て失うことになる」
「貴様、我ら王党派があのような賊軍ごときに遅れをとるというのか!確かに先の戦では不覚を取られたが…」
「事実だ!我々の魔法は、スクウェアクラスのメイジを数十人用意したところで怪獣の一体も殲滅することもままならないのだぞ。それに初めて怪獣が現れたあの戦、わが国に絶対的忠誠を誓っていたあのグランツ様が離反した理由さえもつかめていない」
「仮に炎の空賊たちが敵だとして、なぜ一思いに我らを殲滅しない?その気になれば…」
「うかつなことを申すな。この会談には、国王陛下と皇太子様もおられるのだぞ!」
会議は泥沼に差し掛かっていた。危険で信用にかけるため、始末するべき。または、彼らの力を借りて反撃に転じるか。ただでさえこの国が貴族派=レコンキスタと自分たち王党派の二派に分かれての内乱で混乱しているというのに、さらにここで二派に分かれたら、それこそレコンキスタの思う壺だ。
ウェールズは、思い切って決断を下した。
「…彼らと、会って話をしよう」
その言葉に、空賊始末意見を出していた貴族たちからの反発が起こる。
「皇太子!あのような賊どもを信用するというのですか!?」
「将軍、考えてみて欲しい。我が軍のみの戦力で彼らに勝てる見込みがあるのか?」
「確かに、悔しいですが絶望的でしょう。ならば軍人らしく奴らに一矢報いた後、戦場で華々しく散って後の歴史の名を残して見せましょう」
賊の力を借りるなどもってのほかだと豪言する将軍。しかしハルケギニアの貴族とはそういう人間が大半を占めていた。自分たちにとって恥になるようなことをするくらいなら、自分の加盟を汚すくらいなら輝かしい死を求める。
「そうだね。華々しく散るというのも一つの選択。本来我らが取るべきものかもしれない。だが、将軍。思い出してくれ。この言い方は少々乱暴かもしれないが、我々は…『かっこつけるため』だけに戦っているのか?」
「な…!」
その一言に、反対派の将軍たちが絶句した。かっこつけ…ただその一言の言い回し、まるで自分たち貴族の理想的な姿、命よりも名を惜しみ誇りある貴族としての姿を…貴族たちの模範であるべき皇太子自らが否定したような言い方だった。
「かっこつけとは何事か!!いくら殿下であろうと、そのような罵りは…!」
「やめろ!皇太子様に向かってそのようなことを…!」
けなされたと思った将軍の一人がウェールズに向けて怒りを露にするが、隣に座っていた貴族の一人が、彼に注意を入れ、ウェールズに問いを投げかける。
「殿下、教えてください。なぜそのようなことを…」
「私は、国と民のためにレコンキスタと戦っている。だが、我々が華々しい死を遂げたところで、国は救えるのか?我々はそれで満足したとしても、それで民たちは満足し切れるのか?」
「それは当然です!平民…民たちは我々貴族に奉仕し、我ら貴族は彼らに法と秩序をもたらす者!故に我らは彼らに情けない姿をさらすことなど言語道断!
死を恐れて貴族を名乗れるはずがない!」
別の将軍がさも同然に言ったが、直後にウェールズからの切り替えしが出る。
「確かに臆病なだけの貴族に民はなびくことは無い。しかし、それはあくまで君の主観です。民から実際に聞いたわけでもない。
民たちが求める貴族の姿とは、果たして我々と同じものといえるのか?」
「何をおっしゃりたいのです、皇太子様」
「私はレコンキスタと我が軍の戦いが起きるようになってから、身分を隠した状態で城下に出向いた時があった。」
「自ら城下に出向いたのですか!?なんて無謀な…」
ウェールズからの衝撃の一言に周囲がざわつく。仮にも時期国王である彼が、わずかにも危険に及ぶことがあるかもしれない城下に自らで向いて万が一のことがある。そんなことになったらこの国の未来がなくなってしまうかもしれないから当然の反応だった。
「ちゃんと偽造した護衛をつけていたから心配ないよ。
その時、彼ら平民たちは我らに対する不満を漏らしていたよ。
『戦争のおかげで商売があがったりだ』。『戦争ならよそでやれ』。『命がいくつあっても足りない』。『お偉いさんはなにをしているのだ』…たくさんのね。中には反乱軍であるレコンキスタの誕生を阻止できなかった我ら王党派に対する不満もあった。
だから、わかったんだ。彼らは戦争よりも、そこで戦う、死をも恐れない誇り高い貴族の存在よりも…『明日』を求めているだけだったんだ。なんてことのない、自分たちの明日をね」
「平民共め…我らが命がけで戦っていることなど気にも留めていないのか!」
「今すぐ皇太子様のお耳を汚した平民を探れ!皇太子様のお心を汚すなど…」
戦争にかかわるくらいなら、どこか隅っこで平穏な暮らしを求める。たとえ隣国に対して恨みがあったとしても戦争なんて本気でしたがるものなどそうはいないだろう。
しかしここにいる王党派にとって、戦場で国のために戦い死ぬことは名誉なことだ。国の役に立ち、その命を国のために燃やすこと。それは確かに立派なことだが、たとえとある貴族を英雄視する平民がいるとしても、それは毎日を平穏に生きていたい平民たちにとって、『単なるかっこつけ行為』程度にしか受け止められていなかったのだ。認識はただの憧れ程度。特に……大きな『意味は無い』のだ。
「やめたまえ!罵りなど承知の上で行ったんだ。彼ら平民に罪はない」
それを悟った将軍の一人が激昂を露にしたが、ウェールズがすぐに差し止めた。
「この民たちの声を知ってから、僕はずっと考えていた。なんのために我ら貴族がいるのか。どうして命を捨ててまで戦わなければならないのか…それは単に、戦場で華々しく散ることだけが理由なのか…」
思えば、確かにどうして自分たちは戦うのか?
戦場で華々しく死んでいったところで、結局平等に死が待ち受けている。それだけだ。他の人間はその死を悼むことだろうが、それを民たちが求めているものなのか?
権威を保守するため?それでは、権力と物欲ばかりが膨れた愚か者でしかないではないか。
「考えた末に、僕は一つの答えにたどり着いた。それは…」
ウェールズの脳裏に浮かぶ、ラグドリアン湖でのアンリエッタとの密会と逢引。そして湖畔で彼女が自分に言ってくれた…『愛の誓い』。
「誇りや名誉よりも、民を守るため。自分たちの愛する者たちが苦しむのを避けるためだ。それが、平民たちを導く貴族としての本来の筋というものではなかったのだろうか?」
周囲が、静かになった。反論したいと思う者もいるだろう。まるで平民に膝を折るとも聞こえるウェールズの発言。貴族が自分たちより格下の存在のためなどに…と言いたそうにしている者がウェールズの視界に移る。
貴族とは、民の上に立って彼らを導くのが本筋。だが時代を経ていくうちに、自分たちは選ばれた存在だの、平民が貴族に奉仕するのは当然のことだのと…権力を持ったがために、同じ人間に対するものとは思えない対応をする貴族が当たり前になってきている。
それが間違いだと気づきつつあったウェールズだが、すぐに改めろといわれてそれができるほど人間とは単純ではない。だが、いつまでもこのままであっては、たとえレコンキスタがいなくいてもアルビオンも、他の国々もほころびが生じ、自ら滅んでいくことも懸念された。
「…少し話がそれてしまったな。だが、我々王軍が本来成すべきことは、いたずらに戦を起こすレコンキスタから、この国を奪われ他国への侵略の手を伸ばすことを阻止することだ。それが成せるのなら、僕は自ら手を汚すこともいとわない」
「ウェールズ…」
隣に座っていた国王ジェームズ一世が息子を見上げる。ウェールズも自分に視線を泳がせてきた父に気づく。改めてみると、父はもうすっかり老いていた。親子というよりも、まるで祖父と孫のようにも見える親子だった。
「父上。勝手だとは思いますが、我が軍のみであの賊軍を倒すことなど不可能でしょう。ですが炎の空賊たちの力を借りることで、貴族派たちと戦えるだけの力が得られるのなら、僕はこの手段をとることで戦に巻き込まれていく民たちを守りたい。
このまま身を滅ぼすだけなら、私はこの賭けに国の未来を可決所存です」
ジェームズ王は息子からの強い決意表明に、悩む様子を露にしながらうなる。ウェールズの言い分は、この場で最も意表をついていた。自分たちが命よりも守るべき貴族としての誇り…だがそれ以上に民を守ること。
「…いいだろう。もとより、あのような賊軍を生み出したのは遠からず私にも責任がある。断る理由をつけるなどおこがましいことだろう」
「では…!」
「炎の空賊たちとの同盟を許可する」
国王自らの同盟の決定。その決断に驚いて目を見開くアルビオン貴族たち。しかし、国王の決定に今更反対意見を述べようとするものは居なかった。彼らにとって王の命令は絶対的なものだから、逆らう権限など持ち合わせていない。だが問題なのはその後のことだった。
視点を現在に戻そう。
「ぐ、グレン!?あの空賊の…!」
まさか生きていたのか!?ルイズは驚いた。こんな形でまたあの炎の用心棒の姿を拝むこととなろうとは。
「いつあいつと会ってたのよ!?」
「タバサの実家に泊まっている間にね、ちょっとしたいざこざがあったのよ。そのときに彼が、ね」
どうやらキュルケとタバサの実家に滞在中に何かに巻き込まれていたらしい。その際に彼…炎の用心棒グレンファイヤーと思わぬ再会を果たしたのだ。
「話は後。こっちは…」
タバサがひとまず現状を把握するように促してきた。
確かにグレンがどうしてキュルケとタバサと共にここに現れたのかも気になるが、それ以上に今はこの悪い状況を打開しなければならないのだ。
視線の先に見えたのは、呆然と立つアンリエッタの姿だった。
「……」
アンリエッタは、もうどうすればいいのかわからなくなり始めていた。
冷酷なウェールズのルイズたちへの対応。新たな黒いウルトラマン。そしてウルトラマンとなった人間と、赤い炎を見に纏う巨人。
「……なんなの……。
どうして…なんでこうなるの…私はただ…ウェールズ様とともにいたい!ただそれだけなのに!どうしていつもいつも!!」
王族としての運命、それゆえの窮屈な日々と、皇女としてではなく一人の少女としてやっと掴んだささやかな幸せであったウェールズとの出会いと、彼と通じ合わせた想い。
まるで世界そのものが、自分とウェールズの関係を決して許すまいと謀っているかのようだ。
「姫様…」
国や民を背負う役目を担うこととなるアンリエッタが、すべてを捨てようとしてまでウェールズを求めたこと。それは確かに罪といえることなのだが、彼女が全て悪いわけではない。どんなに下らない理由があったとしても、人間とは誰でも一度は彼女のように全てを拒絶したくなるようなことだってある。それを悪しき者が利用した。それだけのことなのだ。ルイズは幼き日の友人として今のアンリエッタを不憫に思えてならず、同時に彼女の純情を弄んだ者への激しい怒りを募らせ拳を握った。キュルケは、今のアンリエッタが駄々をこねているようにも見えたものの、ルイズと同じことを考えていたため責めようとはしなかった。タバサも、何か思うところがあるためか何もいわなかったし、アニエスも仕えている主に対して今言うべき言葉を定めなかった。どのみち、精神的にかなり不安定になっている今のアンリエッタはとても戦える状態ではなくなっていた。
「グレン、生きていたのか!?」
思わずゼロが、サイトの意識で言った。グレンは名前を呼ばれて一瞬、はじめて見るゼロの姿に誰なのかわからなかったが、すぐにゼロの正体がサイトであると気づいた。
「んあ?そういや見ない顔がいっけど、あんた…あぁ!!お前、あんときの桃髪ちびっ子の使い魔ちゃんじゃない!!」
「………」
一応助けられたことは理解できたネクサスことシュウ。しかし正直言ってこの炎の巨人に対して思うところがあった。なんなんだこいつは?と。行き成り現れてかなりおちゃらけた口調で喋るこの男に対して、なんとリアクションすればいいのか不明だった。しかし実際自分たちは彼に助けられた。起き上がったガルベロスの双頭の顔が焼け爛れている。今のグレンの一撃が、偶然にも奴の顔ごと目を焼いてしまったのだ。ネクサスに仕掛けられた幻覚による激痛も治まった
「ったく、久しぶりに会ってノリの軽い奴…」
この状況下でへんな呼び方をしてきたグレンに、なんだか毒気を抜かれたような気分になるゼロ。
「さあて、そこの変な奴二名は一体どなた……………」
グレンはメフィストとミラーナイト、そしてガルベロスの方を振り返る。これで3体3だ。これで勝負がわからなくなった…と思ったとき、グレンはミラーナイトと目を合わせる。
その視線の感覚にグレンは、覚えがあった。黒銀色の体に顔の赤い十字架のクリスタル。見たことも無い姿ではあるが…なぜか不思議と初めて会った気がしない。
「グレン、あいつは…ウェールズ皇太子だ」
「なっ!?」
ゼロから告げられた事実にグレンは言葉を失う。
あの巨人が、ウェールズ!?確かに、妙に会った事のある感覚こそあったが、と若干混乱したグレンだが、すぐに納得を示す。
「なるほどなぁ…だとしたら、あいつ手に入れたってことか。王家の血に流れる、鏡の騎士の力って奴を」
彼も話を聞いたことがある。事実、アルビオンにサイトたちが訪れ、男三人で『鏡の騎士』の伝説を聞かされたことを口にしていた。
「けど、妙に穏やかじゃねえよな。今だってここのお二人さんを一方的に、それもそこにいる不細工な犬っころと強面の兄ちゃんを従えている時点でな」
そういってグレンはミラーナイトの傍らにいるメフィストと、ガルベロスを見る。とてもあの高潔さを大事にするウェールズが従わせたがるタイプの味方ではない。
「…っと、それよかお二人さん。まだ動けるかい?」
まずは、奴らをどうにかしなくては。グレンはゼロとネクサスにまだ戦闘を続行できるかを問う。
「ああ、この程度で負けてるようじゃ、レオの奴にどやされるしな」
「…聞くまでも無い」
ゼロとネクサスは立ち上がる。すでに彼らのカラータイマーは点滅を始めていたものの、戦闘不可能ということはなかった。それよりも、グレンが助太刀してくれたおかげもあって勝機が見えてきた気がした。
「お二人さん。あいつ…ウェールズは俺に任せてくれ。あいつと俺は身分は違うけど、ダチ公なんだ」
「…いいんだな?」
空賊と王子。あの二人の友情は一度見たくらいだが、ゼロ=サイトも知っている。アンリエッタが戦うどころか、ウェールズを妄信して着いていくことに決めたことに対し、まったく異なる選択を取ったこともあって、本当に後悔はないのかと問う。
「おう。一発ぶん殴って目を覚まさせてやる」
しかしグレンは迷うことなく言ってのけた。性格が単純ゆえなのか、いや、きっとサイトと同様に、大切に思うからこそ間違いをみのがしてはならないという意識からなのだろう。
「シュウ、お前はどうするんだ?」
ゼロはネクサスの方を見やる。
「好きにしろ。その代わり、俺はメフィストを相手にする。平賀はガルベロスを始末しろ」
「へへ、了解」
これで配分は決まった。ミラーナイトはグレン、メフィストはネクサス、ガルベロスはゼロが相手をする。
「けど、お前腕は…」
ゼロが腕の負傷がまだ残っているのではと懸念していたが、ネクサスはいたって平気そうに腕を軽く振り回す。
「ガルベロスは目から催眠波動を出す。完治したはずの俺の腕が痛んだのも、さっきお前が光線を外したのもそのせいだ」
「あ…」
さっき、メフィストに苦戦していたネクサスを援護するために放ったはずの光線を逆にネクサスの近くで爆発させてしまったことで後ろめたさを覚えるゼロ。
「気にするな。お前のせいじゃない。だがグレンとやらがガルベロスの顔を焼いたおかげで、もう痛みは引いた。遠慮は要らない。思う存分やるぞ」
「わかった!」
これで方針は決まった。後は、方針通り敵と戦い、勝つこと!
「ハアアアア!!」
「よっしゃ行くぜえ!!」
三人は、目の前の三対の強大なる敵に、立ち向かって行った。
自らミラーナイト=ウェールズの相手を引き受けたグレンファイヤーは、ステップを効かせ体をほぐしながら、目の前で身構えているミラーナイトを見る。
「なぁウェールズ。覚えてっか?俺と会ったあの時を、そして俺たち炎の空賊たちと過ごしたあの日々をな…」
「…」
ミラーナイトは何も答えない。ただまっすぐこちらを見ているだけだ…と思ったら、残像を残すほどの速い動きで接近し、グレンに向けて蹴りを乱打する。
「うおおお!?」
不意打ちを食らって後ろにのけぞったが、すぐにグレンは持ち直した。
「っとっと…行き成り不意打ちたぁ、ずいぶんらしくねえ真似しやがる。最も、んなひょろっちぃ蹴りじゃやられねえけどよ」
蹴られた胸元を、埃を取り除くように払い、再び軽いステップを鳴らしてから構えなおした。
「そうそう、さっきの話だけどよ。確かそう…レコンキスタとの戦いで連中が行き成り怪獣を遣って王党派軍を混乱させた時だったな」
「……………あの時…?」
あの時…。
炎の空賊たちとは、そのあとの捜索部隊の手によって居所をつかむことができた。場所はアルビオンの空に浮かぶ、ある空中戦艦だった。ちょうどその日、北の方面はレコンキスタに占領こそされているが、王党派が支配している南側に炎の空賊団がいることを突き止め、直ちに王党派は彼らとの同盟締結のため船を走らせた。
その戦艦は炎のように燃え上がる模様と蒸気を放ちながら空を飛んでいた。
「船長、こっちに何か来ているぜ!」
見張り台に立つ船員の一人が、炎の空賊船長に呼びかけた。それに反応し、船長室からあの船長の三兄弟が顔を見せてきた。
「レコンキスタの船かぁ?ギル」
「いやいや、待てグル。あの旗…王党派の連中だぞ」
近づいてきている船の旗を見て、ギルは近づいている戦艦が王党派のものだと気づいた。接近している船は、王党派の船にして、後にサイトたちがウェールズや炎の空賊たちと対面する船、『イーグル号』だった。
「連中、俺たちが手を貸してやってるってのに、喧嘩でも吹っかけに来たか?」
クルーの一人が細い目でイーグル号を睨むが、直後に否定的な意見が耳に届く。
「…うん?いや…そうじゃないみたいだぜ」
そういってきたのは、灰色の髪をした褐色肌の、オレンジがかった服に身を包んだ少年…人間形態のグレンだった。彼の視線の先には、イーグル号の先端で両手を振り続けている王党派の船員の姿が見える。こちら側に戦う意思は無い、という意思表示のつもりのようだ。
「罠を張っている気配もねえ。レコンキスタの連中なら、降伏の振りをして不意打ちしかけることもたやすくやらかすだろうけどな」
「違いねえ」
グレンの言い分に、隣に座っていたクルーが相槌を打った。
「船長、どうするよ?」
「…総員、武装し配置に着け。だがすぐに攻撃はするな。攻撃するのは、奴らが攻撃を仕掛けてきてからだ」
戦闘の意思が、本当に無いのかどうかはまだ定かではない。ガル船長は戦闘配置を敷きつつ、王党派を迎え入れる姿勢をとった。
迎え入れられた王党派というと、甲板で出迎えてきた空賊たちの体勢にしわを寄せている。
「貴様ら、我ら栄誉あるアルビオン王国の重臣を相手にしているというのに武装しての出迎えとは何事だ!無礼者め!」
貴族の一人が殺気立つ甲板の空気に神経を尖らせ喚くが、空賊たちは済ました顔だ。すると、グレンが彼に向かって言い返す。
「人がせっかく自分ちに上げてやったんだ。なのにお邪魔しますの一言もねえ癖に偉そうに言ってんじゃねぇ」
「き、貴様!」
「みんな、ここは僕が彼らと会話する。黙っているんだ」
炎の空賊たちと戦いに来たわけではないのに、ここで相手の気に障るようなことは避けなければならない。ウェールズは同行した貴族たちを黙らせ、一歩前に出る。
「私はアルビオン皇太子ウェールズ・テューダーだ。君たちと会談するために来訪した。船長はご健在か?」
なるべく相手から舐められるような様を見せない。凛とした態度でウェールズは自己紹介する。
「会談だと?」
ガル船長が目を細める。
「君たちのおかげでレコンキスタ…あの叛徒たちに状況としては均衡を保っている。だがいつそれが崩れるかわかったものではない。それに同じ敵と相対している以上、我々はともにうまく連携を取り、勝利の可能性を少しでも高めることが合理的と考えている。
我々と、盟を結んでもらえるか?もし盟を締結してくれるというのなら、相応の恩賞を約束する」
賊なら、王室からの褒章は喉から手が出るほどのものだろう。…普通ならば。
グレンは先頭に立つウェールズの姿を凝視する。そして一種の嫌悪感を抱き、ウェールズに向けて言い放った。
「よう皇太子の兄ちゃん。なかなかいいこと言ってくれてるじゃねえか。けどな…あんな卑怯者共の誕生の原因が自分たちにあるってことから目を背けては、連中の好き勝手を許すわ、果ては自分たちだけじゃ勝てないから俺たちに盟を求める自分たちが恥ずかしくねぇのかよ?」
彼から見ると、ウェールズはなよなよしていて弱そうな優男。そんな印象があった。確かに理知的ではあるが、弱いくせになにかと嫁と希望理想論ばかり吐いて吼えるだけの子犬のようだ。
「貴様!!皇太子様になんて口の聞き方を!」
「いや、それだけではない!我々を侮辱するとは…賊の分際で!分をわきまえろ!」
グレンの暴言に対して激昂する同行者の貴族たち。我慢なら無くなり杖を引き抜こうとするが、直後にウェールズの怒鳴り声がとどろいた。
「お前たち!誰が口を開けと申した!今は私が話を持ちかけているのだぞ!!!」
「で…殿下…」
いつもの物腰柔らかな印象など、そこには微塵も無かった。まるでこの世に覇を唱える覇王のような気迫を放つウェールズに王党派の貴族は思わず言葉を失った。それはグレンも含めた空賊たちもまた同様だった。
「今の我々は、彼らに頼みを申し出に来たのだ。無礼な口を開くのなら、その口を我が風の魔法で切り裂く!」
ここまで来ると、貴族たちは何もいえなくなり、黙るしかない。
「…ふん。青臭いだけの小僧だと思っていたが、悪くない気迫だのぅ」
ギルがその気迫に戦慄を覚えつつも、それだけのものを放ってきたウェールズに関心さえも覚えた。貴族というものは、見栄を張るだけで、権力と地位がなくなると一気に弱弱しくなる口先ばかりの弱っちぃ連中とばかり思っていた。グルやガル船長もただの尻の青い青年というイメージを抱いていたが、もしかしたら彼だけでもそうではないかもしれない、と思わされた。
「へ、言うじゃねえか。けどな…俺たちは自分が認めた奴としか、話をしねぇんだ」
グレンは笑みを浮かべると、自分の首をコキコキと鳴らし、軽いストレッチをしてウェールズと改めて向き合った。
「ガル船長、俺たちはムズい上に長ったらしい話をするのは苦手だ。だからよ、ここはタイマンで確かめるってのはどうだい?こいつらが、何よりこいつが信用できる奴なのか…ああそうだ。自慢の魔法だって使っていいぜ」
ウェールズの力と信念を確かめるために、条件としてグレンは勝負を申し込むことにしたのだ。
「別にかまわないが…他の者は?」
ガルが、この条件については自分としては文句は無いとは思うが、自分の一存だけで決めていいことではない。他のクルーたちに異論がないことを問う。
「俺たちは船長たちの判断を信じてます!」
「船長の判断に、間違いなんて不思議なほどなかったからな!」
「兄者、わしも同意見だぞい」「わしもじゃ」
「…皇太子。そちらはどう思うのだ?」
どうやら誰も特にこれといって文句は無いらしい。後はウェールズ自身の意思次第だ。
「皇太子様、これはチャンスです!」
「ええ。これであの身の程知らずの空賊共に身の程を思い知らせることができますぞ!」
(まったく無謀な奴らだ。メイジに魔法を使ってもかまわんなどとほざくとは…)
まだこの時点で、誰もグレンがあの炎の巨人の正体であることを知らなかった。ハルケギニアの王族とは、常に天才的な才能と力を持つメイジを誕生させている。ウェールズも若くしてトライアングルクラスにまで成長するほどだ。たかだか平民、またはどこぞのはぐれメイジごときが勝てるはずが無いと思っていた。しかも魔法を使ってもかまわないとは、こちらからすれば自ら勝ちを譲ってきたようなものだ。
「お前たち、あまり出すぎたことを申すな」
ウェールズが再び、部下たちの嫌な物言いに顔をしかめながら注意する。
「僕が勝てば、話を聞いてくれるんだね?」
「男に二言はねぇ」
対するグレンは魔法の使用許可を与えただけでなく、変身するつもりはなかった。フェアな勝負を好む彼としては、人間相手に本当の姿である巨人の姿で戦うことは不本意でもあった。
「来な」
とんとん、とんとん…とステップし首を回してから、グレンは指先で手招きする。先手さえもウェールズの方に与えてきた。さすがに、ウェールズはなんとなく理解した。こいつはこちらを舐めている。事実グレンは、これまでメイジを何人も素手のみで倒してきた経験があり、メイジは魔法が使えたとしても自分に勝てるわけが無いという自負があった。
「…」
グレンは、ファイティングポーズをとったまま一歩も動いてこない。その場でじっと立ったままだ。さすがにここまで来ると、馬鹿にされていると思えて少々イラッとくる。
なら、望みどおり魔法で!
ウェールズの風魔法〈エアカッター〉が、グレンに向けて放たれた。その数は、3,4…10発。風の刃が切り裂きに掛かってきた。
奴は自ら動こうともしない。勝った、貴族たちははっきり思った。しかし、それは確信などではなく、ただの盲目であることを知ることになる。このままあの男の体を切りつけるとばかり思っていた光景は、グレンの次にとった行動によって幻と化した。
ゼロの肘打ち、わき腹への蹴りの二段コンボがガルベロスにヒットする。顔を焼かれたせいか、逆に今度は自分が激痛にさいなまれているガルベロスは対処しきれずモロに受けてしまい、逆上してやけになったのか、単調な突進でゼロに攻撃を仕掛けるが、あっさりと頭上に飛び越えられる形で避けられてしまい、逆にゼロが頭上でバク転しながら手刀をガルベロスに叩き込んだ。
ゼロの着地と同時にガルベロスは一次ダウンするが、すぐに持ち直そうと立ち上がるが、すかさずゼロが襲い掛かる。真ん中の頭を左手でガシッとつかみ、脳天に再びチョップ、次ニーキック、さらに今度は回転を加えた飛び蹴りでガルベロスを蹴り飛ばした。
もうガルベロスはグロッキー状態だ。今度こそ止めを刺す!
ゼロは頭に装備していたゼロスラッガーを二本とも手に取り、ガンダールヴのルーンを発動、ガルベロスに向かって駆け出す。
もう奴の目から怪しい光…催眠波動は放たれていない。グレンが今ミラーナイトの、ネクサスがメフィストの相手をしているので、もう恐れるものなどない。
〈ゼロスラッガーアタック!〉
「ダアアァァァーーーーーッ!!!」
ガルベロスとすれ違いざまに、ゼロの二段斬りが炸裂した。ゼロの攻撃を受けて一次動きを止めたガルベロスだが、すぐにゼロのほうを振り向く。その右腕から生えた鋭い爪で背後からゼロを切り裂こうとしている。
しかしゼロは振り向くことは無かった。頭にゼロスラッガーを戻したと同時に、ガルベロスはその爪をゼロに当てることが叶わず、そのまま倒れ、二度と動くことは無かった。
「〈ミラーナイフ〉…」
ミラーナイトの手から、3,4…10発近くもの光刃が飛んでくる。飛んできた光刃に対して、グレンは避けることはしなかった。初めてウェールズと相対したあの時と同じように、彼は右手を前に突き出した。
(あの時は…こうして防いだんだっけか!)
突き出された右手の先に、炎が点り細長く伸び、一本の黒い如意棒となる。
炎の如意棒〈ファイヤースティック〉。グレンファイヤーの得物である。それを風車のように振り回し、ミラーナイフを全て弾き飛ばした。
「こうやってお前の風魔法を跳ね返したあんときのお前の部下の驚き顔は、そりゃ見ものだったよな。魔法が絶対なんて馬鹿げた考えが覆った瞬間だったしな」
少しばかりお調子に乗ったような言い回しをするグレンだが、決して油断はしていない。何せ相手が相手なのだ。あの…『ウェールズ』なのだから。
「最初は正直、そこらへんのメイジと同じで、弱っちくて口先だけのジャリボーイかと思ってたけどよ、てめえは違ってた」
ファイヤースティックを炎にして一旦消し去り、グレンファイヤーはミラーナイトに向かって拳を繰り出した、1、2、3…と繰り返して放っていく。
「へへ、腕上げたんじゃねえか?あん時はえらく俺の拳にぼっこぼこにされてたのに…よ!」
ミラーナイトがグレンの拳を受け流しながら、今度は自らがグレンに向けて蹴りをぶつけ、さらにもう一撃続けてまわし蹴りを放ってきた。潜り抜けるように姿勢を低めて回避したグレンは、ミラーナイトのすぐ真正面に立ち、その両腕を掴みかかる。その両腕を力強く押さえつけ、動きを封じるグレンだが、ミラーナイトがグレンの腹に蹴りを入れて無理やり突き放す。
「っぐ…!!」
再びファイヤースティックを取り出し、それを振るったグレン。しかし、その一撃はミラーナイトに届くことは無かった。
攻撃があたったと思ったら、ミラーナイトの姿が空間ごと破壊され、鏡となって散っていったのだ。
「鏡を…!」
驚きを見せるグレンだが、その直後だった。突如彼に向かって空から光刃が雨のように降り注いできた。
「うわ!!痛だだだだ!?ッんのお!!」
きめ細かいとはいえ、殺傷力と切れ味のある光刃を連発され、地味に痛みが走るグレンは、光刃が飛んできたほうを睨む。ミラーナイトの姿が見えた。飛び掛るように彼は拳を突き出してミラーナイトに向かうが、残念ながらそれも鏡に映っていた幻だった。
「また鏡か…!」
グレンが苦虫を噛むように呟く。鏡の世界に逃げ込まれてしまったのだ。ミラーナイトはすでに、グレンの周囲にいくつも鏡を用意し空間に溶け込ませていたのだ。逃げ道と攻撃手段としての鏡の結界。こうなってはこちらから手を下すことが用意じゃなくなってしまう。
「決闘じゃ正々堂々を尊ぶ貴族にしちゃ、トリッキーな手を使うよなてめえはよ…そういや、あの時もだったか」
ふと、彼は今のミラーナイトの攻撃手段を見て、当時のことを一瞬思い出し、懐かしんだ。
「ほれほれどうした!?俺ぁ満足してねえぞ!!ファイヤァ!!」
「ぐふあ!!」
あの時のウェールズは、自分の魔法があっさりを破られたことで動揺してしまい、グレンの炎の拳を全部モロに食らってあっという間に顔がすすだらけになっていたものだ。たとえ人間の姿であっても、グレンの拳はなぜか相手にやけどを負わせてしまうのだ。
「ば、馬鹿な…!なぜ…皇太子様が…!?」
「それにあのような棍棒、トライアングルクラスの皇太子様ならたやすく切り裂けるはずなのに!」
「おいおいおい!もっと足掻いてくれよ皇太子さんよ!!」
同様はもちろん貴族たちにも走るが、その反面空族団のクルーたちは盛り上がっているようだ。
「く…」
口から流れ落ちる血を指先でふき取り、立ち上がるが、すかさずグレンのラッシュパンチが繰り出される。
「ほら!おうら!!そうらよ!!」
「が…!!」
メイジの弱点とは、魔法の詠唱中の隙を疲れてしまうこと。ワルドの場合、杖をレイピアのように振るい接近戦にも対応できるようにしたことでその弱点を克服していたのだが、ウェールズはまだ戦慣れしていない身だった。城の中で生活の大半をすごしてきて、実践の経験がほとんどないせいもあってワルドほど完璧に対処しきれるはずも無く、さらに蹴りを受けて吹っ飛ぶ。
「ぐあああ!!」
「皇太子!」
「この下賎な空賊め!よくも!」
怒りに駆られる貴族たちは杖を抜こうとするが、直後にウェールズが立ち上がる。
「皇太子!お怪我は…!?」
「大事無いよ。それより…みんなは下がるんだ。これは、僕と彼の決闘なんだ」
「し、しかし!!」
これ以上皇太子の手を煩わせることなどできようかと、ウェールズに戦うことをやめさせるように言おうとするが、ウェールズはそれをかたくなに聞かなかった。
「それにここで僕が引けば、我々アルビオン王党派が空賊に屈したという事実が残る。それはレコンキスタに隙を突かれる要因ともなるかもしれない。
だから、僕に逃げるという選択肢は…ない!」
「へぇ…まだやる気なのかよ兄ちゃん?さっきの腕っ節からすると、まともな喧嘩なんざやったことねえだろ?その諦めの悪さは嫌いじゃねえが、勝てる見込みなんざあるのか」
諦める様子を見せてこないウェールズに、関心を寄せる反面呆れた様子も見せるグレン。一流になってくると、戦闘中に相手と多少拳を交えただけで、相手の力量がわかることもある。実際城の中で後生大事に家臣たちに守られながら最低限の訓練しか受けたことの無いウェールズはグレンと比べて圧倒的に弱かった。このまま正面から立ち向かったところで、勝ち目がないのは明白だった。
痛みをこらえ、ウェールズは立ち上がる。引き下がるわけには行かないのだ。自分たちの力だけでは、もはや怪獣たちを使役し、どのような手段を講じているかは知らないが同じ王党派の仲間たちを裏切らせ仲間に引き入れ続けることで、さらに戦力を増徴させていくレコンキスタに勝つことはできない。そうなれば、あの叛徒たちはさらにこのアルビオンを、果ては…。
「…アンリエッタ…」
3年前の晩餐会、初めて彼女と出会った。自分とは従兄妹同士だが、会うのはあの時が初めてだった。だけど、あの時互いに交し合ったことで通じ合った想いは、本物だと思っている。あれからほんの数通程度だが手紙だって交わして、互いの絆の重さをかみ締め合っている。
「…負けられ…ないんだ…」
ここで彼に勝たないと、自分たちに未来が無い。何より…。
「僕がここで倒れたら…この国の民たちも…あの叛徒たちに……彼女も……それだけは……それだけは!!」
「無駄だ!今更、あんたのちゃちな魔法じゃ俺を倒せないぜ!」
グレンは、そして炎の空賊たちはすでに勝利を確信していた。グレンとウェールズに実力の差があるのは一目瞭然だった。それでもウェールズは諦めなかった。
次の瞬間、ウェールズは杖を振るった。また魔法が自分の方に飛んでくるとばかり思っていた。予想通り、ウェールズが杖を振るったことで大きな風が巻き起こる。だが、グレンにとってそれは取るに足らないものだった。確かになかなかに強い風だったが、自分を倒すだけの威力などない。しかし、直後に意外なものを目にした。
「!!」
風の中に、何かが混じっている?冷たい何かが混じっている。まさか…!
グレンが表情を一変させると、ウェールズが杖を頭上に掲げたままグレンを見る。
「君に殴られていると、やけに殴られた箇所が熱くなっていた。黒く染まるほどにね。おかしいと思っていた。まるで炎のメイジの魔法を受けたかのようだった。まして魔法が使えない平民のわざとも思えないし、かのエルフが使う先住魔法とも違って詠唱してもいない。だから敢えてしばらく殴られ続けたんだ。そうしたら、その理由がなんとなくわかった」
「てめえ…」
「君の正体は、あの炎の巨人…そうだろ?」
グレンや、そして炎の空賊たちはウェールズに対して目を見開いた。
「原理はわからないが、だから魔法とは関係無しに炎を操ることができる。だが炎そのものだとわかれば、君の弱点は必然的に水だ。でも単に水を浴びせたところで、おそらく蒸発させられる。だから、僕の風の中に…魔法で作り出した水を混ぜらせておいた。僕はトライアングルクラスだ。一応風のほかにも二つ使える系統がある」
このたった一度の戦闘だけで、グレンの正体を、弱点も含めて見切ったほどの洞察眼にガル船長や他のクルーたちは驚きを見せる。
「なるほどな…水を含めた風をありったけ俺に浴びせ、俺の体を弱らせる…それがあんたの狙いってわけか。けどな、あんたの精神力じゃ無理があるんじゃねえのか?」
「…」
ウェールズは無言だった。確かに、グレンの正体が炎の用心棒グレンファイヤーであること、弱点を幹わけはことはいいが、グレンの言うとおりだ。自分の精神力は、グレンの炎を鎮火できるほどの量ではない。だが、それでもウェールズはこの手を緩めなかった。さらに風とその中に含んだ水を放った。
(さすがに、トライアングルクラスの王族二人でやっと発動できるヘキサゴンスペルの本来の威力には届かないか…!でも!)
やらなければならないことを成すためには、『この手』を使うこちに一々躊躇いなんて持つべきではない。ウェールズは、杖を振るって水を含ませた竜巻をグレンに向けてぶつけた。
風の中に取り込まれたグレン。風は思いのほか激しく、グレンが苦手とする水が彼の全身を濡らす。視界がふさがれるほどだったが、グレンは耐え抜く。
「んなもん!うおおおおおおおお!!!」
この程度の水を含んだ風など、蒸発させてやる!グレンは雄たけびをあげながら両腕を広げると、その熱気を帯びた衝撃が彼を包み込んでいた水と風を吹き飛ばした。
「へ、どうよ…な!?」
自慢の魔法を打ち破ってやったぜ、と勝ち誇るグレンだが直後に息を詰まらせる。彼の周りが、今度は白い靄で覆われてしまっていたのだ。
実は、これはウェールズの狙いだった。自分も多少なりとも水魔法が使える。かのヘキサゴンスペルを元に、風の魔法と混じらせて使い、それをグレンに浴びせる。そうすれば必然的に存在そのものが炎でもあるグレンはかき消そうと熱気を放つと予測したのである。そうすれば風の中に含んだ水が水蒸気化し、周囲が切りに覆われるということだ。
ウェールズの姿が見えない。しかもこの急な霧の発生に、貴族やクルーたちもざわついている。
「くっそ!どこ行きやがった!?」
姿が見えないこの状態にグレンはもどかしさを感じる。ふと、うっすらと人影が見えた。そこか!とグレンは飛び掛る。
「捕まえたぞ!てめえの負け……?」
今度こそ勝ったと思ったが、見当違いだった。
「…グレン、俺だってば」
それは、グレンとはよく話す空賊のクルーの一人だった。たまたま霧の近くに巻き込まれたために、彼とウェールズを間違えてしまったのである。
「くそ!はずしたが!!本物は…ッ!!」
改めてウェールズを探そうとしたその直後だった。振り向いたその瞬間に見えたのは、自分に向けて杖を剣のように突き出して、不適に笑うウェールズの姿があった。その杖にはすでに魔法によって風がまとわりついている。その気になればグレンをこの超至近距離から攻撃できる。
「…チェックメイト…だね。この魔法はエア・スピアー。風魔法の中でも貫通性がある。さすがの君でも、人間の姿で…それもこの距離からでは逃げられないはずだ」
その時、空の気流の影響でか霧が晴れた。クルーたちはそれを見て、まさかの番狂わせに驚き、貴族派たちからはすっかり調子に乗った歓声があがった。
「や、やった!!さすがは皇太子様!」
「わははは!ざまあみろ空賊め!やはり貴族にたかが賊が勝てるはずが…」
「静まれ!僕はさっき言ったはずだ!!僕たちは彼らと対等な盟を結ぶためにここに来たんだ。なのに相手を見下すような物言いをするとは何事か!」
直後に、厳しい表情のウェールズから静粛にするようにと指示が入り、さっきの喜びようから一転して貴族たちは意気消沈した。まったく…貴族の悪い癖だ、とウェールズは自己嫌悪する。メイジというものは、魔法があるからといって平民に勝る力を手にしているからか、どうも調子に乗りやすいたちなのだろうか。
ため息を漏らすと、背後からグレンがウェールズの肩を叩いてきた。
「……はは!!お前やるじゃねえか!!」
「え?」
あまりにフランクに話しかけてきたグレンにウェールズは目を丸くする。
「船長悪いな。さっきの勝負、俺の負けだ。あそこにいる貴族連中のことをとやかくいえねえな。俺も同じ要因でてめえを舐めきってたからな。魔法におんぶにだっこのボンボンだって。
けど、あの状況で頭をひねって俺の喉元に…戦場だったら死んでたもんな」
「いいのかい?」
意外なグレンのいい分にウェールズはただ首をひねる。
「あ?」
「どうして君は、炎の巨人の力を僕たちに向けなかった?」
素朴な疑問だった。グレンのあの力、炎の巨人の力は自分たち王党派が束になったところで勝てるようなものじゃない。自分に逃げてはならない理由はあったし炎の空賊たちがその条件から別の条件に変えてくれるという保障がなかったからこそ引き下がれなかったのだが、その気になれば炎の巨人の力を用いて自分たちを壊滅させることだって用意だったのに、それどころかこれまでのレコンキスタとの戦争の際は、状況的に不利だったこちら側に手を貸していた。なぜそんな意味のわからない行動に出たのか、ウェールズは知りたがった。
髪がぬれていき、風でなびいていくグレンは珍しく真剣みのある無表情を現しながら言った。
「簡単な話だ。俺たちは、フェアな戦いが一番楽しいのさ。それに俺が巨人になって勝負したら、その時点で勝負じゃなくなっちまうっての」
「は、はあ…」
「よくわからねえって顔だな。まぁいずれわかるさ。まずはその細い腕、俺が鍛えてやらねえとな!」
「え、鍛えるって…?」
「いいよな船長。俺たちの条件をこいつはちゃんとクリアしたんだからな」
ほうけるウェールズをよそに、グレンは背後の高台に立つガル船長たちを見上げてたずねる。
「ふむ、そうだな。わしらも納得の上での勝負だった。そしてそこの皇太子はそれを見事にクリアした。文句は無い」
「なかなか面白い勝負だったぞい。変身しとらんとはいえ、あのグレンの隙を突くとはのう」
素直にウェールズの戦いを褒めたギルと、それに続いてグルが拍手をする。さらに空賊たちは拍手をしたり、ファンファーレ代わりの指笛を吹くなりと、すっかり盛り上がり出した。しかしウェールズは、釈然としなかった。
「待ってくれ。考えてみれば…僕は不意打ちという貴族らしからぬ先方で君の勝負に勝った。実力で圧倒的に劣っているままである以上、僕の勝ちとは…」
「ばーか」
「痛!?」
すると、突然グレンがウェールズに向けてでこピンする。
「俺たち全員が納得した上での勝負だったんだ。この勝負は、お前さんがどれだけ強いのかとかを図るためじゃねえ。勝てないとわかっていても、勝負に勝つことにどれだけ執着できるかを試すためだったんだよ。んで、てめえは見事その覚悟を俺たちに示したってわけだ。他の誰の力も借りずに、てめえ自身の力だけでな。今更つべこべ言うなよ。お前さんは勝者なんだ。それに自分たちの力だけじゃどうにもならねえから、ここにきて俺たちとの盟を申し込んできたんだろ?」
グレンは額を押さえるウェールズに向けて、手を伸ばす。
「俺のことは、グレンと呼んでくれよ」
少し戸惑いながらも、結果として自分たちの望みが叶ったことを知ったウェールズは、伸ばされたグレンの手を握り返し、頷いて見せた。
「じゃあ、…僕のこともウェールズと呼んでくれ」
これが、空賊と王族の、これまでに見られなかった友情の始まりだった。
「そうだ、てめえはあんときも、自分の姿を一度隠しただけじゃねえ、俺の目をくらませて隙を突いた。だから実力じゃ何枚も上手だった俺に勝てた。
へへ…正直なめてたぜ。魔法がちょいと得意なだけの口先だけの貴族のボンボンだってな…」
一人語り続けるグレンを、ミラーナイトはある位置から観察していた。グレンの隙を突いて、一撃必殺の技を叩き込もうと息をまいていた。今だ!と彼は、くみ上げた両手をバッと広げ、これまでの幸甚と比べてさらに大きく鋭い、一発の十字型の光刃を放った。
〈シルバー・クロス!!〉
十字型の光刃は、まっすに三人の元に向かっていく。
「けどな…」
その時、グレンファイヤーが三人の中でいち早く、反射的に頭上を見上げた。そして右手を突き出したその途端、一発の燃え上がる火球を幸甚に向けて放った。
「〈ファイヤー・フラッシュ〉!!」
火球と光刃が互いにぶつかり合い、相殺された。驚くミラーナイトだが、ミラーナイトがシルバー・クロスを放つために鏡の中から上半身だけを出していたところを、グレンが見つけ、飛び掛って彼を掴み、そのまま引きずり出す。両手と胸ではさむようにして捉えた後、ミラーナイトを無理やりさかさまに吊るしだす。
「いっくぜ……〈グレンドライバー〉あああああああああああ!!!」
その姿勢のまま地上に叩きつけられたミラーナイトは一次ダウンする。
「ぐふぁ…!!」
今の一撃はこれまでのグレンの攻撃の中でも最も力と凄みがあった。背中を地面に打ち解けられながらも、再び立ち上がって目の前にいる敵に向けて構えを取るが、すでに両足がおぼつかなくなっていた。
「同じ手は、二度も通じねえ。油断さえしなけりゃな。にしても…まだやる気なのかよ?」
問いかけるグレンだが、ミラーナイトは何も言わない。無言で肯定したということか。だがすでに、グレンドライバーを受けたダメージも相まって彼は立つのもやっとな状態のはずだ。
「もうよせよ。確かにてめえは強くなったし、望みだった鏡の騎士の力を手に入れた。けどな…今みたいな力の使い方って、お前が目指していたやり方だったのか?」
首を横に振りながら、グレンはミラーナイトに…ウェールズに言う。
「お前言ってたじゃねえか。他ならない自分の口からな…。
まあ…最も、お前がこんなことになっちまったのは、俺がお前らを守ってやれなかったからだもんな。俺がもっと強けりゃ、お前らに苦労をかけずにすませていたのにな…」
すまねえ。数度目の回想を終えて、グレンは頭を下げ謝罪した。頭を下げた際、彼の視線の先に、すでに戦意喪失しルイズ・アニエス・キュルケ・タバサの保護を受けたアンリエッタが見える。
「ウェールズ、もう目を覚ませよ。あそこにいるお姫さんが、お前が惚れてたお姫さんだろ?惚れた女の前で、これ以上みっともねえとこ見せんなよ、な?」
「…………」
その口調は、グレンにしてはいたって穏やかで優しいものだった。その言葉に何かしらの反応を示したのか、ミラーナイトは赤く染まったクリスタルを埋め込んだ顔を、アンリエッタに向け、そして呟いた。
「…アン…リ…エッ…タ…」
静かに愛する姫の名を。
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