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ブラッシュマン

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3部分:第三章


第三章

「そこにいるよ」
「そうなの。よかった」
 それを聞いてまたほっと胸を撫で下ろすのだった。とりあえずはである。
「それだったら」
「それでどうするの?」
 ブラッシュマンはまた娘に対して尋ねる。茫洋とした調子で。
「戻るの?やっぱり」
「ええ、そのつもりよ」
 きつい目でブラッシュマンを見ながら答える。
「帰るわ。皆のところに」
「そういえば君」
 ここでブラッシュマンはあることに気付いた。娘を見て。
「随分濡れてるね」
「あんたのせいでしょ」
 今の言葉を聞いてまたむくれた顔に戻る娘であった。
「あんたが嵐なんて起こしたから」
「じゃあ村の皆も同じだね」
「そうよ、同じよ」
 そのむくれた顔でブラッシュマンに告げる。
「もうすぐ夜になって寒くなるのに。何てことをしてくれたのよ」
「わかった」
 しかしここでブラッシュマンは不意に言ったのであった。
「事情はわかった。ブラッシュマンが悪い」
「わかってもね。どうするつもりよ」
「やれることがある」 
 彼は言うのだった。
「皆をここに呼ぶ」
「皆って?」
「だから君の村の皆を。ここに呼ぶ」
「呼んでくれるの?」
「ここには雨は降らない」
 これは言うまでもないことだった。洞窟の中にまで雨は降ってはこない。それどころか風も入らず程よい暖かさにもなっている。実に過ごし易い場所であった。
「だから。ここに皆を呼ぶ」
「けれど服とかは濡れたままよ」
「それも心配ない」
 彼はまた娘に告げた。
「僕服一杯持ってる。本当に一杯持ってるから」
「いいのね」
「勿論君の服も持ってる」
 笑顔で娘にも告げた。
「だから着替えればいい。それに」
「それに?」
「お詫びに皆に御馳走する」
 こうも言うのであった。
「だから皆で楽しもう。それでいいよね」
「まあそこまで言ってくれるのなら」 
 娘としても反対する理由がなかった。確かに迷惑なことをされたが服は着替えさせてくれるし食べ物まで御馳走してくれるのなら。それに越したことはないからだ。
「いいわよ。それで」
「じゃあすぐに呼ぶ」
 娘の言葉に頷くとすぐに両手を掲げた。そうして何やら呪文を唱える。
 暫く呪文を唱えていたがそれが終わると。広い洞窟の中に娘の村の人達が皆来ていた。誰もが突然洞窟の中に来たので目を白黒させている。
「何だここ」
「洞窟!?おかしいな」
「さっきまで野原にいたのに」
「そうだよな。嵐にあって」
「それがどうして」
「僕が呼んだ」
 洞窟の中を見回して驚いている彼等に対してブラッシュマンが告げたのだった。
「僕が皆を呼んだ。このブラッシュマンが」
「えっ、ブラッシュマン!?」
「あんたがか」
 皆ブラッシュマンのことは知っていた。お節介焼きで迷惑ばかりかける精霊としてだ。彼等の中にも彼に迷惑を受けた者が結構いたのである。
「俺魚釣ってたらとんでもなく大きな魚が出て来て襲われたぞ」
「食べがいがあるだろうと思って」
「あんな大きな魚があるかっ」
 壮年の男は釣りで彼のお節介を受けたのだ。
「あんな馬鹿でかい魚。危うく食べられそうだったぞ」
「私だってそうよ」
 今度は中年の女が言う。むくれた顔になって。
「とうもろこしにお水をやっていたら台風になって」
「水、いるかと思って」
「台風はやり過ぎよ」
 こう言ってブラッシュマンを見据える。
「危うくとうもろこしが駄目になるところだったじゃないの」
「御免、勘違いだった」
 女に対して頭を下げる。彼のお節介と迷惑は昔からなのだった。
「それで今回もかい?」
「あの嵐はあんたが」
「そう」
 申し訳なさそうにぺこりと頭を下げて答えた。
「僕がやった。これ間違いない」
「またどうしてあんなことを」
「訳がわからないよ」
「私の為だったらしいわ」
「御前の為!?」
「ええ」
 娘がここで言って村人達に答える。
「私が針箱を落として怒られているところを虐められてるって勘違いして」
「それでか」
「そう、それでなのよ」
 こう村の人達に語る。
「それで嵐を起こして私を助けたらしいのよ。嵐で皆が戸惑ってる間に私を助けてこの洞窟にね」
「成程、そうだったのか」
「それでか」
 村人達はここまで話を聞いてまずは嵐のことはわかったのであった。
「それであの嵐が起こったのか」
「全く」
「僕の勘違いだった」
 またこう言って謝るのだった。
 
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