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化かす相手は

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3部分:第三章


第三章

「普段は稲葉山におるらしいぞ」
「稲葉山というと確か」
「美濃の」
 彼等の記憶ではそうであるのだ。
「あそこにおるのか」
「それか戦の場におるらしいな」
「随分忙しい奴なのか」
「それでも時々都に来るらしい」
 天狗がここで言った。
「そっちの仲間から聞いたぞ」
「美濃の天狗にか?」
「そのきんきん声の名前も聞いた」
 河童に対して答える。彼等は今は人に化けてはいない。元の姿に戻ってその姿で飲んでいた。
「そうか。それで何というのじゃ?」
「何でも織田信長というらしい」
 ここでこの名前が出た。
「随分気が短くて何かというと刀を振り回すらしいな」
「物騒な奴じゃな」
「昔からそういうのはおるな」
「それでじゃ」
 仲間達の言葉を聞きながらまた述べる。
「そのきんきん声は今この都におるらしい」
「おお、そうか」
「それはいい」
 妖怪達はその言葉を聞いて皆笑みを浮かべた。
「ならすぐに行けばいいな」
「驚かしてやるか」
「そうじゃな」
「それでじゃ。その場所は?」
 塗り壁はそこを尋ねた。
「この都の何処におるのじゃ?」
「どっかの寺か?」
「二条城じゃ」
 天狗は仲間達の問いに対してこう答えた。
「そこにおるとのことじゃ」
「今もか」
「左様、今もじゃ」
 そう述べた。
「今もおるらしいぞ」
「ふむ、それを聞いたら話が早い」
 鬼は天狗の話を聞いて意を決した顔で頷きながら述べた。
「早速二条の城に行こうぞ」
「今からか」
「丁度酒も馳走もなくなった」
 見ればもうなくなっていた。実にタイミングがいい。
「行ってもいいじゃろ」
「そうじゃな。腹ごなしに丁度いいしな」
「行くとするか」
 山わろと一旦木綿が鬼のその提案に同意した。
「皆で行くのじゃろ?勿論」
「それは当然じゃ」
 ぬらりひょんが話を纏めるようにして言い切った。
「誰か一人置いてもいかんし抜け駆けもいかん」
「楽しみは皆でじゃな」
「その通り。では行くぞ」
「うむ」
 酒を飲み終えたところで皆立ち上がった。そうしてその足で二条城に向かうのだった。途中正体で都を歩いていたので警護の侍達や夜道を歩く者達が驚く声をあげる。彼等はそれを聞きながら楽しく城に向かっていた。
「愉快愉快」
「人の驚く声はやはり最高じゃ」
 彼等は横から後ろから人々が驚き慌てる声を聴きながら楽しく城に向かっていた。時折前からも声が聴こえるが彼等はすぐに逃げ去っていく。その中で進んでいく。
 そして遂に二条城まで来た。ここまで来ると一旦姿を消した。
「ではよいな」
 ぬらりひょんは姿を消したうえで仲間達に声をかける。
「行くぞ」
「うむ、いよいよか」
「きんきん声、果たしてどんな顔か」
 彼等はもうこれからのことが楽しみで仕方がなかった。
「見てみたいのう」
「特に驚く顔が」
「正面から行くぞ」
 ぬらりひょんは今から楽しみで仕方がないといった様子の仲間達にまた言う。
「よいな」
「よし、わかった」
「参ろうぞ」
「きんきん声のところにな」
 こうして彼等は姿を消したまま城の奥に向かうのだった。城というよりは屋敷でありそこを進んでいくのは彼等にとってみても存外楽しいものであった。
「いやいやここもまた」
「いいものじゃのう」
 こう言いながら奥に奥にと進んでいく。その頃その城の奥では。
「今宵は随分と騒がしいのう」
「何でもあやかしが出たとか」
「あやかしとな」
「はい」
 奥の座敷であった。そこで若い小姓が上座にいる細面の男に対して述べていた。見れば顔は白く髷は総髪を後ろにやっている感じだ。鋭利な鋭い目をしていて全体的に剣呑な印象を与える。だがそれでも美形といっていい顔ではあった。
「今宵都のあちこちで出ているそうで」
「ふむ、嘘であろう」
 男はそれを聞いてすぐにそう述べた。
「大方酒に酔っておるのじゃ」
「酒ですか」
「そうじゃ。だからそんなものを見るのじゃ」
 男は小姓に対してもこう述べる。
「そうではないのか?」
「果たしてそうであればよいのですが」
 小姓は畏まりながら彼に言葉を返す。
「どうなのでしょうか、そこは」
「何か言いたそうじゃな」
「それは」
「よい」
 ここで言葉を許すのだった。
「許す。言ってよいぞ」
「宜しいでしょうか」
「そちの考えを聞いておきたい。どう考える」
「都は昔よりそうした話が多いです」
 彼は男の許しを得てからこう述べるのだった。
「ですからやはり」
「あやかしだと思うか」
「そうではないでしょうか」
 あらためて男に対して答えたのだった。
「やはり。これは」
「あやかしか」
 男は小姓の言葉を聞いてそれまで両膝にそれぞれ置いていた手を服の中に入れてそのうえで組むのだった。考える姿勢である。
「まことにおるか」
「いるのでは」
 また男に対して答える小姓であった。
「やはりそれは」
「おるならおるで見てみたいわ」
 男はあらためて答えた。
「この目でな」
「この目で見ないことにはわからん。さて」
 男は腕を元に戻した。そしてまずは灯りを見た。灯りは彼の顔を静かに照らしている。その周りには虫が少し寄っていた。だがその虫には構わずにまた小姓に顔を戻すのだった。
「もう遅いな」
「休まれますか」
「いや、暫しここにおる」
 だが彼は今は休まないと言うのだった。
「ここにな。しかしそなたはもう下がってよい」
「左様ですか」
「元の持ち場につけ」
 そして今度はこう述べた。
「よいな」
「はっ、それでは」
 こうして小姓は去り男一人になった。彼はそのまま一人で座敷の中で考える顔でいた。だがそうして考えていたがふと部屋の中に何かが入って来る気配を感じ取ったのだった。
「何者じゃ」
「むっ、何者じゃと」
「まさかわし等に気付いたのか?」
「気付いたも何も気配でわかる」
 男は姿を見せぬ相手に対してこう言ってみせた。
「気配で丸わかりじゃ。この信長の目は誤魔化せぬぞ」
「信長!誰じゃそれは」
「聞いたことがないぞ」
 妖怪達は皆姿を消したまま部屋の中に入っていた。そのうえであれこれ話をしていたが実は信長とは誰なのか全く知らなかったのである。
 
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