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化かす相手は

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1部分:第一章


第一章

                   化かす相手は
 京の都に近い山奥で。妖怪達があれこれと話していた。
「全く最近はのう」
「わし等にとって暮らしにくい世の中になったものじゃ」
「全くじゃ」
 酒を囲み車座になって話をしていた。
「酒はまずいし食い物も味が落ちた」
「それに人間がのう」
「何かわからんようになってきたな」
 一つ目小僧が河童に対して言っていた。どうにもしょぼくれた顔で胡瓜や葡萄を食べている。
「変わったのか?」
「変わった変わった」
 山わろが一つ目小僧の横ではやすように言ってきた。
「それもかなりな」
「まあそうじゃな」
 山わろの言葉に一際大きな鬼が憮然とした顔で答えた。金棒を横に置いてあぐらをかいて如何にも面白くなさそうな顔で小さな杯を手にして言うのだ。
「何かというと鬼退治じゃ鬼退治じゃと山に来ておったのに今では」
「とんと山に来ん」
「何か都で騒いでばかりじゃのう」
 こう言ってぼやき合うのであった。
「おかげで化かすこともできん」
「こっちは退屈で仕方がない」
「どうしたものか」
「いやいや皆の衆」
 ここでぬらりひょんが一同に対して述べてきた。
「そう悲しむこともないぞ」
「悲しむことはない」
「そうじゃ。確かに人は山に来ることはなくなった」
 そのことを一同に言う。
「それは間違いのないことじゃ」
「そう、来ないのじゃ」
「おかげで退屈で退屈で」
「だったら人のいるところに行けばよいのじゃ」
 これがぬらりひょんの提案だった。
「人のいるところに?」
「そう、都じゃな」
「うむ、都じゃ」
「何か近頃痩せてやけにきんきん声の男が出て来て威張っておるそうじゃな」
 山奥でも人の話はある程度聞いていた。そのうえでの言葉である。
「その男を見るのか?」
「それだけで都に行くのか」
「いや、そうではない」 
 だがぬらりひょんはそれは否定した。
「それは違うぞ」
 彼もまた一杯やりながら述べるのだった。
「わしが言いたいのはな。人がいるところに降りてじゃ」
「うむ、降りて」
「それからどうするのじゃ」
「そこで化かすのよ」
 彼が言うのはそれであった。
「昔は皆も都に降りたじゃろう」
「まあな」
「今みたいに荒れ果てる前はな。よく出て人を驚かせてやった」
 鬼が言ってきた。
「しかし今ではのう。都も荒れ果てて」
「詰まらんようになった」
「全く詰まらんことばかりじゃ」
 子泣き爺と一反木綿がぼやく。
「最近は知らんがの」
「どうせ今も」
「ところがじゃ」
 しかしここでまたぬらりひょんが言うのだった。
「そのきんきん声がのう。都を随分建て直したそうなのじゃ」
「都をか」
「それで人がそこに集まっているそうじゃ」
 このことを皆に話すのであった。
「それならばそこに言って驚かせばいいとは思わんか?」
「そうじゃのう、確かに」
 彼の言葉に最初に頷いたのは輪入道だった。
「人がいるところにおらなければどうしようもないからのう」
「このまま酒を飲んで食ってばかり」
 傘が面白くなさそうに述べた。
「思えば詰まらんことじゃて」
「よし、ならば決まりじゃ」
 ぬらりひょんはここで話を纏めた。
「皆で都に出るぞ、よいな」
「都にか」
「そこで人共を驚かせるのじゃ」
 楽しげに笑い酒を一杯啜りながら述べる。
「化かしたりしてな。それでどうじゃ」
「普段は物陰に隠れたり人に化けたりしてじゃな」
「その通りじゃ。悪い話ではあるまい」
「うむ、それではな」
「それで行こうぞ。思い立ったが吉日じゃ」
 彼等は口々に言い合いとりあえず周りにある酒や食い物をせかせかと胃に詰め込んだ。まずはそうしたものを全てどうにかしてからだった。
「行こうぞ行こうぞ」
「都にな」
 こうして彼等はとりあえず人間に化けて都に出た。都はもう彼等の知っている都ではなかった。実に人が多く豪華絢爛な有様だった。
「いや、これはどうしたことじゃ」
「つい最近まで草ぼうぼうで荒れ果てておったのに」
 砂かけ婆と塗り壁が周りを見回して驚いている。塗り壁はやけに大柄で横にも広い男になっている。だが余り人間には見えないところもあった。
「それがこんなに変わるとは」
「ほんの五十年で」
「五十年。短い間じゃな」
「全くじゃ」
 ぬらりひょんは右手で扇を使いながらももんじいの言葉に頷いた。
「ほんの五十年でここまで変えるとは」
「人間もまた凄いものじゃな」
「んっ、何じゃあれは」
 ここで一旦木綿がふと何かに気付いた。彼は顔が四角く今にも吹き飛びそうなひょろっとした白い男に化けていた。やはりあまり人間には見えない。
「あそこでやっておるのは。芝居か」
「芝居!?」
「ほれ、あれじゃ」
 何か騒がしい小屋を指差す。赤や青、黄色の看板がありその下に人が集まっている。一旦木綿はそこを指差していたのである。
「あの小屋じゃ」
「あの小屋がどうしたのじゃ?」
 砂かけ婆は殆どそのままだった。
「面白いことをやっているみたいじゃぞ」
「ふむ、面白いことか」
「芝居か」
 彼等はそれを見てそれぞれ小屋を見る。見れば見る程興味が沸いてくるのを感じていた。
「入るか?」
 鬼が言った。
「面白そうじゃぞ」
「そうじゃな。じゃあ入ってみるか」
「うむ。そうしよう」
 これで決まりだった。こうして彼等は小屋に向かった。だが入ろうとするところで不意に並んでいる人に止められてしまった。
「何じゃ、どうしたのじゃ」
「わし等が何かしたか?」
「困るなあ、並んでくれよ」
「皆並んでるんだぞ」
「並ぶ!?」
 妖怪達は並ぶと言われて目を丸くさせた。驚きのあまり変化が溶けそうになっている。
「並ぶというと何じゃ」
「何なんじゃ」
「だから。順番なんだよ」
 困惑している彼等に小屋の中から出て来た若い男が言ってきた。
「順番とな」
「簡単に言うとな。この列の一番後ろに並んでな。それで少しずつ列が前にいくからそれに続いて小屋に入ればいいからさ」
「ふむう。そうか」
「そうすればいいのじゃな」
 妖怪達はそれを聞いて納得した顔で頷き合う。話を聞けば何ということはない話だ。しかしわかるまでにはかなりの手間がかかったのだった。
「では並ぶとしよう。いいな」
「そうじゃな。皆で仲良く並んでな」
「しかし。それにしても」
 彼等はここで列を見る。さっきよりまだ長くなっていた。
 
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