エディプス
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2部分:第二章
第二章
「けれどよくおわかりになられましたね」
「どうしてですか?」
「聞こえるのだ」
彼は言うのだった。目は見えていないが何かを前に見ている顔になっていた。
「声が」
「声がといいますと」
「それは一体」
「アテナイの声がだ」
聞こえるというのである。
「聞こえる。あれはテーセウスの声か」
「テーセウスといいますと」
「あのアテナイの王の」
「そうだ。あのテーセウスだ」
エディプスはまた娘達に告げた。
「彼の声が聞こえる」
「では御父様、ここは」
「そうです」
それを聞いた娘達はあらためて父に告げるのだった。
「立ち去りましょう」
「そして山の奥へ」
「うむ」
エディプスもまた娘達の言葉に頷いた。山は緑に覆われ森の木々が爽やかな風に揺れている。その奥に川がありせせらいでいる。小鳥達は木の枝に止まって心地よく鳴いている。
ここはまだそうだった。しかし奥は鬱蒼としている。そこに入ろうというのだ。
「それでは」
「こちらに」
父をそれぞれ左右から手を取って山の奥に入ろうとする。しかしここで。若い、しかも凛とした美しい女の声が彼等の耳に入って来たのだった。
「待つのです」
「待つ!?」
「待てというと」
「エディプス」
今度は彼を呼ぶ声がした。
「エディプス。行ってはなりません」
「この声は一体」
「これは」
娘達はその声を聞いて顔をあげた。そのうえで周囲を見回すのだった。
「どなたですか?」
「妖精ではないようですし」
「私です」
言いながら二人の傍に一人の鎧兜に身を包み槍と盾を持つ美女が出て来た。
巻いた豊かなブロンドである。そして青く澄んだ水の如き目だ。凛とした美貌を持っており娘達はその彼女の姿を見てわかったのだった。
「アテナ様」
「アテナイの守り神の」
「そうです。私です」
アテナはここで名乗ったのだった。
「エディプス、待つのです」
「アテナ様が何故私を」
目のないその顔をアテナに顔を向けて問うエディプスだった。
「呼び止められるのですか」
「貴方はここに留まるのです」
こう彼に告げるのだった。
「ここに。宜しいですね」
「それは何故ですか?」
エディプスはアテナの言葉を受けて怪訝な声を返した。
「何故。ここに留まれと」
「救われる為です」
これがアテナの言葉だった。
「だからです。ここに留まるのです」
「救われる。馬鹿な」
エディプスはその言葉に顔を背けた。
「私が救われるなどと」
「今からここにテーセウスが来ます」
アテナは再びその彼に告げた。
「それはもう感じていますね」
「はい」
アテナの言葉に今度は素直に頷いた。
「あれだけ強い気配は他にありません」
「テーセウスは心を知る者」
伊達に英雄でありアテナイの王ではないということだった。テーセウスという男はそうした意味で真の英雄であると言っていい男なのだ。
「必ず貴方を迎え入れることでしょう」
「私にはそれが耐えられないのです」
だがエディプスはこう女神に返した。
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