晃とクロ 〜動物達の戦い〜
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2部分:第二章
第二章
「猫が人間の言葉を話せるなんて。しかも脳味噌を食べて」
「脳ってのはな、不思議な力があるんだ」
猫は語る。
「食べるとその力を授かるんだ。これは人間にだってそうだって言われてるだろ」
「そうなの」
「ほら、人が人を食う話ってあるだろ」
「知らないよ、そんなの」
晃は憮然として言う。
「人間が人間を食べるなんて。頭がおかしいよ」
「けれどな、昔は普通だったんだぜ」
猫はその話を信じようとしない晃に対して説明した。
「結構な。食い物がない時とかな」
「そうだったの」
猫の言ったことは真実であった。かっては飢饉の時等に弱った者や死体の肉を食べて生き抜いたのである。こうした陰惨な歴史も各地に残っているのは事実である。
「大概は飢え死にしない為に最低限のことだったのさ。けれどな」
「そうじゃない場合もあったんだね」
「そうさ。ほら、生き胆ってあるだろ」
「鬼が食べるあれだね」
「そうそう、あれを人間が食べる場合もあるんだ」
「どうして?」
「その生き胆の持ち主の力を身に着ける為さ。これも昔あった話なんだ」
かって薩摩では敵の勇猛な者の肝を食っていた。これはその者の力を手に入れる為だ。こうした話は中国や他の国にも残っている。多分に儀式的な要素が残っている。
「脳味噌もそれと同じさ」
「そうだったの」
「そして人間の脳味噌を食べて俺はしゃべれるようになったんだ」
「人間を食べたんだね」
晃は薄気味悪そうな目で猫を見ながら言った。
「気持ち悪いなあ」
「まあ知らなかったこととは言えな」
猫は言った。
「食べちまったのは事実さ。それに美味くはなかったな」
一説によると人の肉は美味しくはないらしい。誰かが牛と豚を会わせた様な味がすると言っていた。別の者が筋張っていると言い、他にはアンモニアが強いとも言われている。無論本当のことは誰も知りはしないがこうした話が残っている。もっとも中には美味いという話もある。どちらにしろ多くの者は食べたいとは思わないであろうからそれに関しては殆どの者が知りはしない。知っていれば大変なことであろう。
「そういう問題じゃないよ」
だが晃はこう言い返した。
「どっちにしろ食べたんだから」
「安心しな、何も人を食べたいなんて言わないからさ」
「当然だよ」
口を尖らし、腕を組んで言う。見ればまだ着替えてもいない。上だけ脱いで学生服のズボンのままであった。あまりのことなので着替える余裕すらなかったのだ。
「そんなこと考えただけでも家から追い出すからね」
「だからそれはないって」
猫は晃を宥めて言う。
「何でそんなこと考えなくちゃならないんだよ、俺が」
「どうだか」
「いいかい、よく聞けよ」
猫はここで言った。
「俺はな、ごく普通の猫なんだよ」
「人間の言葉を話すけれどね」
「だからそれを除いたら普通の猫なんだよ。それにこれだってあの住職さんに気付かないうちに食わされたんだよ」
「その住職さんだけどさ」
晃は尋ねた。
「どうして君達に脳味噌なんて食べさせたの?それも人間の」
「今言っただろ、力をつける為だよ」
「力を」
「ああ。この場合は知識かな」
猫は言った。
「脳味噌を食べるとな、知識がつくんだよ」
「そうなの」
「俺だって人間の言葉を話せるようになったしな。これが何よりの証拠じゃないか」
「認めたくないけれどね」
「まあまあ。どうも住職さんは色々と知りたがっているんだよ」
「何をだよ」
「知識ってやつをさ」
「そんなの勉強すればすぐにわかるじゃないか」
「ところがそうじゃないのさ」
猫はそれを否定する。
「勉強しても身に着くものなんてさ。たかが知れてるのさ」
「まさか」
晃はそれは信じられなかった。
「何でも勉強すればわかるじゃないか」
「そりゃ学校の勉強はね」
猫はまた言った。
「勉強すればわかるようになるさ。あんなの教科書丸覚えでいいじゃないか」
「簡単に言ってくれるね」
普通位の成績の彼にとってはそう言い返したくなる言葉だった。
「猫が人間の言葉話すのよりはましだろ」
「だからそれは普通有り得ないんだって」
「その有り得ないことを身に着ける為なんだよ」
「その為に脳味噌を?」
「そうさ。住職さんはとにかく何でも知りたがっているんだ」
猫は説明する。
「何でもね。その為には手段を選ばない」
「それで脳味噌を食べるんだね」
「そういうことさ。で、俺達はその実験にされたってわけ」
「本当に知識が身に着くかどうか」
「で、身に着いたと。言葉も話せるし」
「やっとわかったよ」
晃は憮然としながらそれに応えた。
「何で君が話せるのかね」
「御理解頂いたようで」
「最初は化け猫かと思ったよ。どうしてやろうかと」
「おいおい、物騒だなあ」
「当然だろ、それに黒猫だし」
晃は言う。
「あからさまに怪しいじゃないか。それで怪しくないって言えるの?」
「俺はそうは思わないよ」
「君が自分でどう思おうかなんて関係なのの。大事なのは僕や周りがどう思うかてことなんだよ」
「で、俺は怪しいってことだね」
「そうさ。人前で話したら駄目だよ」
「ちぇっ、面白くないなあ」
猫はそれを言われて顔を顰めさせた。
「折角人をからかって楽しんでたのに」
「じゃあ最近街で噂になってたのは」
「そうさ、俺がやったんだ」
胸を張ってこう言った。
「流石にあれは驚いたみたいだぜ」
そして誇らしげに告白する。
「猫がしゃべるなんて思いも寄らなかったらしいからな」
「威張れることか」
「痛っ」
だが晃に頭をぴしっとはたかれてしまった。思わず前足で頭を押さえる。
「何するんだよ」
「怒らない筈ないだよ」
晃は言い返す。
「そんなことして。何考えてるんだよ」
「何って面白いじゃないか」
それが猫の言い分であった。
「人を驚かせるのなんてさ。慌ててさ」
「悪趣味だね」
「それが猫ってやつなんだよ」
全ての猫がそうなのかはわからないが少なくともこの猫がかなり意地の悪い性格をしていることは事実であるようだ。
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