ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~
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女のプライド
ただひたすらに南々西を目指す旅。保存食の消費を抑えるために野生生物を狩り、水は川から汲んで補給する。一応かなりの量を持ってきてはいたのだが、こうして補給できるのはかなりありがたい。
そんなある夜。枯木を集めて作った焚火を囲んで今日の野営の準備をしていた。
「むう……」
俺が鍋を掻き混ぜながら味を見ていると、いきなりユウキが不満げな声をあげた。
「どうした?」
日が落ち、光源が焚火しかない現状で視界はかなり悪い。周囲の警戒がてら枯木を探しに行っていたユウキとの距離は少し離れていて、声はすれどもその表情はうっすらとしか見えない。しかし、その声色からユウキが何らかの不満を持っていることがわかる。より詳細に判別するなら嫉妬か?
「……リン、料理上手いよね」
「まあ、それなりにはな。自炊できるレベルくらいはあると自負してる」
「いや、自炊できるとかそんなレベルじゃないよね!?この間なんてよくわからない名前の料理を作ってたし!」
この間……よくわからない名前の料理か。ああ……。
「中華料理を作った時か。だが、そんなに大したものは作ってないぞ?」
家庭で作れるような中華料理なんて案外簡単なものばかりだ。麻婆豆腐なんかで一番面倒な香辛料の調合は店で素が買える。まあ、素材の味を出した方が美味いので、面倒なとき以外は自分で作るが。
ちなみにユウキはその時見ていただけ。しかし、そのあとVR空間でも作らされたのはいい思い出。
「……たとえそうでも、女としてなんか負けた気分だよ……。ボク、全然料理できないし……」
それはある意味当たり前だろう。ユウキはエイズに冒されていたのだ。料理を学ぶ機会など、ほとんどなかっただろうし、そもそもそんなことをする余裕もない。VR空間でもユウキの場合は自分の生きた証を遺そうと必死だったわけで……。
「これから練習すればいいだろう。俺も詩乃も最初からできたわけじゃない」
手招きし、ユウキを呼び寄せるとその頭に手を置いて髪を梳くように撫でる。
「じゃあ、リン。ボクに料理を教えて。ボクが存在できるのはVR空間だけだけど……そこでリン達に美味しいご飯を作ってあげたいんだ!」
元気よく答えるユウキ。何と言うか……健気だ。そんなことを言われて断れるはずもなく。
「詩乃と一緒に教えるからな。頑張って俺達に美味い料理を作ってくれ」
「うん!」
満面の笑顔を浮かべて抱き着いてきたユウキと戯れていると、哨戒に出ていたレアが慌てた様子で戻ってきた。
「大変だよ!……ってまたイチャついてるの?」
慌てた様子だったのだが、ユウキが俺に抱き着いてる様子を見て一気に呆れたような様子に変わった。
「えっと……レア。羨ましいの?」
ユウキは俺に抱き着いたまま自慢げな表情を見せる……が、頬が赤くなっており、かなり恥ずかしがってるのは冷静に見れば明らかだ。そう、冷静に見れれば。
「う、羨ましくないよ!」
対するレアはそれに気づけない程に動揺していた。
その理由に関しての考察はノーコメントで。
「それよりもレア。なにがあったんだ?」
「え?なにが?……あ、そうだった!」
頬にはまだ先程の羞恥の跡が残っているが、こちらに来た際の緊張感を取り戻して叫んだ。
「向こうから狼みたいなのが寄ってきてたって言いに来てたんだった!」
「ああ、だろうな。そこで隙をうかがってるぞ」
暗闇の中、わずかに生えている草に伏せている黒色の体毛を持った狼のような動物。目だけが爛々と光ってる様は結構ホラーである。
とはいえ、その程度で恐怖を感じるようなか弱い性格をした女性はいないわけで(レアも一応戦える)
「ボクがさっさと片付けてくるね。……もうちょっと抱き着いてたかった」
ポツリと呟いたその言葉は聞こえなかったことにしつつ、抱き着く時間に水を差した狼に心からの黙祷を捧げる。
狼の強さは分からないが、今のユウキに敵はいなさそうだ。妙なオーラを纏っていたし。
「……ユウキの攻撃の矛先、私に向かないよね?」
「それは確約できんな」
仕方がないことだったとはいえ、タイミングが悪かったのは事実だ。あとはユウキがどれだけ折り合いをつけれるかによるが……。
まあ、でもユウキだし狼と戯れて(別名、虐殺)きたらそれで鬱憤をすべて解消してそうだがな。かなりサッパリとした性格であるし。
それにユウキはそんな理由で剣を向けたりはしない。ちょっとからかって遊ぶくらいだろう。
つまりレアの心配は杞憂だ。
そう考えながらも口には出さず、狼達の悲鳴とユウキの鋭い気合いの声をBGMに鍋を掻き混ぜる。
「……もう考えないようにしよう。ところで今日はなに?なんか美味しそうな匂いがするけど……」
「干し肉を戻したスープだな。バランスを考えられないのが少しアレだが、この世界は栄養バランスなんてものはないからな」
逆に考えなければならないとなると、途端に旅の難易度があがる。ある程度は虫食(虫は栄養学上から見ると非常に素晴らしい食料である。見た目さえ気にしなければ)で補えるのだが、バリエーションが少ないとどうしても偏ってしまう。
「エイヨウバランス?」
聞き慣れないのか、片言になるレアに何でもないと言って材料を追加投入する。
そのまましばらく無言のまま煮込んでいると、たった今、狼を複数頭狩って来たとは思えないような、あたかもそこら辺に散歩に行っていたかの様な雰囲気でユウキが戻ってきた。その雰囲気が逆に怖いらしくレアはビクビクとしている。
そんなレアを見てユウキは不思議そうに首をコテンと横に傾けた。
「レア、どうしたの?猛獣に食べられる直前の小動物みたいに震えて」
天然なのかは知らないがユウキ(猛獣)がレア(小動物)にプレッシャーをかけ始める。見た目は逆だろうに。
レアが若干涙目になりながら俺に目線で助けを求めてくるが普通にスルーをしておく。
そんな俺にフォローはもらえないと悟ったレアはゆっくりとユウキに向き直ると、言ってはいけないことを言ってしまった。
「も、もう一度抱き着けばいいじゃない」
その言葉を聞いたユウキは頬を赤くする。その様子を見たレアは安堵で息を吐くが、それは悪手だとなぜ気づかない。
「は、恥ずかしいって言ってるよね!?」
レアの肩を掴んで前後に激しく揺すり始めるユウキ。羞恥と若干の恨み。そして、ユウキの敏捷とある程度の筋力が合わさったユウキの'じゃれ'はレアの頭を前後にガックンガックンと揺らした。……あれは酔いそうだな。
まあ、わざわざ地雷を踏みに逝ったレアが悪い。
「ユウキ、レアが死ぬぞ」
とはいえ、このまま続けさせるとレアの実力的に死んでしまうので、声をかけてやめさせる。
「うー……顔から火が出そう」
レアを離したユウキは俺から顔を逸らしながら焚火の前に座り込んだ。それにしても……初だよな。詩乃もそうだが。
「……ん?どうした?レア」
鍋を見つめながら詩乃について考えていると、レアが口を押さえて立ち尽くしているのが目に入った。
「……気持ち悪い」
「揺られ過ぎて平衡感覚が狂ったか」
戦いの訓練をしていればそれなりに鍛えられるはずなのだが……レアには耐えられる速度ではなかったみたいだな。レアの頭で残像ができていたし、仕方がないのかも知れない。
「……平衡感覚ってな……うっ……」
――しばらくお待ちください――
「……もうお嫁に行けない……」
「大丈夫?ほら、タオル」
口を濯いだレアが地面に突っ伏している。ユウキがかいがいしく世話をしながら慰めてるが、その原因を作ったのは自分だということを忘れてないか?
「……そろそろ出来るぞ」
目撃したのは俺とユウキだけ。ならば黙っていれば問題ないだろう。今はさめざめと泣いているレアも、腹を膨らませて一晩寝れば多少は薄れるに違いない。
レアが俺の作った料理を食べて流す涙の量が増えたのは別の話。
後書き
ほのぼの回にしてゲロインの誕生回。
どうも蕾姫です。レアはどうしてあんな子になっちゃったんだろう……。最初はちょっと天然の入った庇護対象として作ったのに……どうしてこうなった。
私、銀髪でクールで小動物なキャラが大好きです。うん、某天使ちゃんだね。
ちなみに好きな獣耳は狐です。え、聞いてない?だろうね(真顔)
というわけでそんなキャラが好きなんですが、シノンはデレデレになりすぎてクールが消えたし……
シノン「えっ……」
という愚痴を挟みつつ、後書きです。
今回はほのぼの回です(二回目)
料理が作れる男性ってそれなりにいると思うんですが、どう思いますか?蕾姫はできるんですが、LINEで聞いたら、ねーよって言われたんでちょっと気になりまして。話せる女性なんてLINE含めて極少数しかいないんで、男女平等が叫ばれる現代で女のプライドが傷つけられるかは不明です。まあ、女性の読者の方なんて皆無だとは思いますが……。
レアは……うん、そっとしておいてあげてください。
感想、挿絵、その他。お待ちしています。
ではでは。
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