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ソードアート・オンライン~ニ人目の双剣使い~

作者:蕾姫
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地を蠢くモノ

薄暗い洞窟の中。時間感覚などもうすでに狂っていたので、詳しい時間などわからないが、数時間は歩いただろうか。ようやく洞窟の出口に到着した。

「ここから外に出られるよ。……私は出たことないんだけど、ここから西南西へずっと歩けば人界に辿り着けるんだって」

レアの指差す先にある、洞窟から見える外の世界は赤く渇いていた。

現実世界で赤い色の土といえば酸化鉄が多く混じっていることが多いが、この世界の赤い土は少し違う。どちらかといえば関東ローム層等に見られる赤土に近いだろうか。つまり、粘土化した火山灰と軽石からなる地質だ。普通の土とは異なり、結晶一つ一つがザラザラとしている。この上を滑れば下ろし金に当てられた大根の気持ちが味わえるだろう。

渇いているのは地表だけではなく、風も同じだった。地球でいう砂漠に吹く風のように水気のほとんどない風が、赤い砂埃をあげながら地表をさらっていく。

幸いそこまで強いものではないため目線の位置までは上がってはいない。

「そうか……ここまでありがとう、レア。道案内はここまででいい」

「え?私も着いていくよ?」

キョトンとした表情。完全にそうすると信じて疑わない、そんな表情だった。

むしろ、何故俺がそんなことを言うのか、それを疑問に思うものだ。

「レアが村を出た理由は排除した。そして道案内という報酬ももらった。ならば、ついて来る理由はないだろう」

レアは内面的にまだ幼いように思える。当然、親が必要な年代だろう。平和な世界の感覚であろうが、どちらにせよ、居るに越したことはないのだから。

家族の愛というのはありふれているが、とても貴重なもの。そして本人にはあまりわからないものである。

だから俺はレアに戻って欲しいと思う。障害がなくなった今ならば、そちらの方がレアのためだと。

「拒否されても着いてくよ?だって帰る場所なんてないから」

「は?」

「え?」

虚をつかれて思わず足を止める。視線を渇いた大地から戻すと、苦笑しているレアが見えた。

「だって私。勘当されちゃったし」

「……」

思わず頭を抱えたくなったのは言うまでもない。苦笑しているレアの様子から喧嘩別れをしたというのは考えにくい。となると、可能性は一つだけ。

「……ヘラの策略か。それにしてもよくグレイが許可を出したな」

レアの母親、ヘラが一方的に勘当したのだろう。おそらく笑いながら。退路を断つ手際が実に鮮やかだ。……グレイがごねることを見越して手を打たなかった俺も悪いが。

「えっと……お父さんは全く知らないと思うよ。だってなにも言わずに笑顔で送り出してくれたし」

レア曰く戻ってくることを確信しているような態度だったらしい。少なくとも渋々といった感じではなかったようだ。

排除まで計算に入れて諭していたのだろうか。どこまで先を読んでるのだろうか、あの人は。

「だからその……迷惑じゃなければこれからも着いて行きたいんだけど……ダメかな?」

「……そこまでやられて首を横に振れるわけがないだろう。危険な旅だろうが、よろしく頼む」

そう言うとレアは笑顔で頷いた。

「これからもよろしくね!」

頷いたのだが、そのスピードを最大限に生かしたユウキがレアに抱き着き、即座に視界から消失する。

「……ユウキ。抱き着く相手を考えろ。アスナや俺なら反応できるがレアには無理だろう」

「えへへ。そうだね。ボクとしたことが、失敗したよ」

ユウキは舌をチロッと出して何事もなかったように起き上がった。レアは受け身すら取れなかったようで、放心状態だ。あれは痛い。

「さてと……出鼻を挫かれたがここをどうやって抜ける?」

レアが起き上がるのを待ってから、洞窟の外を見てそう切り出す。するとレアは不思議そうに首を傾げた。

「普通に出ればいいんじゃないの?」

「まあ、死にたいならそのまま出ればいいんじゃないか?」

「死ぬ……?」

不思議そうにレアは洞窟前の空間を漫然と見渡す。そこには所々に波紋のような跡があるだけの砂の大地があるだけだった。

「何か危険があるようには見えないんだけど……」

確かに表面上はなにもなく、安全に見える。

しかし。

「レアは自分の居た集落の伝承は知ってるか?」

「伝承?えっと……確か、洞窟の外に出ると闇に蠢く邪神の怒りを買って、雨を降らしながら暴れるとかなんとか……。でも、迷信でしょ?邪神なんて今はいないらしいし……」

冗談を言っていると思ったのか、呆れたような目でこちらを見てくるレアだが、あいにくと俺は真面目だ。

「残る話には意味がある。伝承はそこに住む祖先の知恵や教訓である場合が多い」

だから昨夜、ヘラからなにかヒントとなるのではないかと聞いておいた。

「じゃあ、リンは邪神が居るって思ってるの?いや、居てもおかしくはないけどさ……」

ユウキの言う通り、このアンダーワールドに邪神は居るかもしれない……というか居るだろう。わざわざ伝承に登場するべたな悪役、この世界の製作者が作らないはずがない。

……満面の笑みを浮かべる菊岡の顔が目に浮かぶようだ。即座に脳内で叩き潰したが。

とはいえ、こんな場所に出てくる程暇ではないだろう。つまり今回は正しく伝承の中に存在する神である。古来より人間は理解できないものや災害を神や妖怪のせいにしたという。

そう考えれば、この伝承から読み取れるのは外に出ると闇に蠢く何かが襲ってくる、ということ。そしてその際には雨が降るということの二点である。

「この様な広場で闇に蠢くとなると地下しかないだろう」

他に日の当たらない、隠れられる場所もない。

「地下になにかが潜んでるってこと?」

ようやく警戒を始めたレアは、外の地面をじっと見始めた。……じっと見ても何も起きないぞ。

「ファンタジーで砂場の地面から出てくるものといえばアレだろう」

「あー……」

様々なゲームを齧っているユウキが納得の声をあげる。そういう知識のないレアは仕切り首を捻っているが。

「二人で納得してないで教えてよ……」

やがて仲間外れであることに堪えられなくなったのか、若干涙目になった。

「えっと、ワームって分かる?」

「細長いあれ?たまに土から出てくるけど……」

そう言うレアの表情に不快感はない。尋ねたユウキも平気そうだ。……だが意外と苦手な人が多いらしいな、ミミズ……earthwormは。

「これと同じ状況でね……よく出るんだよ。ものすごく大きなワームが」

あ、想像したのか青くなった。

「じゃ、じゃあ雨はどうなの?ワーム……ミミズは雨とは関係ないでしょ?」

否定材料を探そうとレアは必死である。まあ、わからんでもないが。

「ミミズは雨になると外に出てくる。最後の決め手は雨だ。雨の一文がなければ蠍や蟻地獄などの可能性があったんだが……」

ミミズが雨になると外に出てくる理由は水が好きだからではない。雨によって地面に浸透した水がミミズの表皮に纏わり付き、それによって呼吸ができなくなるため、外に出てくるのだ。端的に言えば溺れてる。

「えっと……つまり、あのまま外に出てたら……」

「まあ、恐らく丸呑みにされるな」

かなり巨大そうだしな。

「じゃ、じゃあどうするの?このままじゃ外に出れない……。それに、こんなところにいつまでも居ると、あいつらが……」

不安そうに洞窟の闇を見つめるレア。それもそのはず。普通のゴブリンですら自分の手に余るのだ。それは俺達がいるからいいとしても、長きに渡って刻まれた恐怖は早々消えはしない。

「どう……か。それはな……ユウキ」

「うん?」

「任せていいか?」

対人戦では譲る気はないが、単純な剣技、スピードではユウキの方が上。となるとこの役割分担が適切だろう。それに俺は飛び道具も使える。

「え、あー……」

しかし、ユウキは複雑そうな表情で口ごもった。眉間にはシワがより、腕組みをして唸っている。

「どうした?嫌なら俺がやるが……」

まあ、男の意地としては俺がやるのが正しいのだろう。……そう言うとユウキは絶対に怒るだろうが。

ユウキの風に流れる綺麗な髪を見つめながら待っていると、やがてユウキは苦笑いを浮かべ、口を開いた。

「私ね、ALOに来る前はいろいろなVRMMOをスリーピングナイツのみんなと渡り歩いてたんだけどね。その中の一つにアバターが虫になるってやつがあったんだ。それでね、シウネー……あ、ギルドメンバーだけど、シウネーのアバターが芋虫でさ。それを思い出しちゃって」

どうやらユウキの眉間のシワは思い出し笑いを我慢するためのものだったようだ。そういえば口元がヒクヒクと動いていたな。

「……ちなみにユウキはなんだったんだ?」

「アリだよ。アリ! 二足歩行でね! 蟻酸を吐けるんだよ? その蟻酸をタルケンにかけた時の、タルケンの顔が面白くてさ! それで……」

堰を切ったように話始めるユウキ。聞いていてもいいのだが、レアのソワソワが加速しているから止めるか。

「ユウキ、それは後で聞かせてもらうが、とりあえず今はここを抜けよう」

「……そこをシウネーが……あ、うん、そうだね。あはは、ごめん。つい夢中になっちゃった」

途中まで聞かされるとその先が気になるが……まあ、後々の楽しみにしよう。

ユウキは一度クスッと笑うと、洞窟の外に向き直った。そして軽く腕を回すと、腰の剣を引き抜く。やや上段に構えられた剣を右手で持ち、軽く腰を落とした。口元は緩やかなカーブを描き、剣を握る手にも身体全体にも無駄な力が入っていない。気負いもなさそうだな。

「じゃあ、始めるタイミングは任せるね」

「ああ、任せろ」

ユウキの俺に対する信頼は嬉しいことにとても堅い。当然、俺はそれに応えないといけないわけだが……。

俺は近くの地面に転がっていた手頃なサイズの石を拾いあげる。

ワームの感知方法はおそらく音。なので石を使ってそれに生き物の足音を作り上げる。

「行くぞ」

「うん!」

ユウキの返事を聞くと同時に石を水切りの要領で投げる。スナップを効かせて投げた石は砂の上を勢いよく跳ねて行く。そして遅れること数秒後、盛大な砂柱が上がった。

「せやっ!」

「早いっ!?」

ユウキは地面から飛び出してきたサイズは直径一メートル程のワームに一息で肉薄すると、裂帛の気合いと共に剣を一閃。レアが驚きの声をあげる頃にはすでに振りきった後だった。

ザン……と小気味のいい音と共に巨大なワームの胴体に巨大な切れ込みが入る。

あまりの切れ味に、そこから液体が噴き上がるのがワンテンポ遅れた。そしてあがる悲鳴じみた鳴き声。ワームに声を出せるかは甚だ疑問だが、それもまたゲーム故の遊び心だろう。……とても迷惑な遊び心だ。

着地すると同時に地面を蹴ったユウキが身を翻し、身体を空中で捻る。

「これで……終わり!」


その小さな身体のバネを最大限利用し勢いを付けたユウキは、先程切れ目を入れた箇所とは反対側の側面を斬り付けた。……先程斬られた、その痛みで身体を激しくよじっているワームの胴体を正確に。

それにより、ワームはその部分から二つに別れた。

先程とは比べものにならない程の体液がほとばしる。

「リン、やったよー!」

振って剣身についた体液を払った剣を鞘に納めたユウキは手をブンブンと振りながら、いつもの弾ける様な笑顔を見せる。その身に危険が迫ってるとも知らずに。

「ッ……」

「危ない!」

「えっ……?」

ソレが動いたのを見た瞬間、俺は地面を蹴った。そして驚いた表情のユウキを小脇に抱えると、足にかかる負荷を無視して横に跳んだ。

ガチンと、硬質な音を立ててさっきまでユウキの居た空間を人程度なら楽にスクラップにできそうな巨大な歯が噛んだ。

「っ……」

着地した瞬間、足に走る痛みに背中に冷や汗が流れる。捻挫も実装されてるのか、このアンダーワールドは……。

少し振り返り、後ろを見ると半分になった(・・・)ワームがこちらに向かって跳ねてきた。

「虫の生命力には、呆れるな」

ユウキに言い聞かせるために呟きつつ、対応を模索する。


あの巨体であの勢いだと、鋼糸で防御しても効果が薄そうだ。斬っても、そのあとの衝撃でこちらも潰されかねない。かといって剣で受けるには重過ぎる。足がまともならなんとかなるんだが……。

「ユウキ、地面を」

「え、あ、う、うん!」

時間がないので端的に言ったがなんとか伝わったらしい。俺の片足とユウキの両足が地面を蹴った推進力を使い、ギリギリでワームの突進を回避する。

そしてワームが地面を噛んだ衝撃で動きを止めた瞬間、俺は手に持っていた鋼糸を思いっきり引いた。

そしてワームは地面に張り巡らせてあった鋼糸のトラップによって細切れになる。

抱えていたユウキを下ろして、細切れになったワームの破片を見つめる。今度こそ、ピクリとも動かない。

「なんとかなったか……」

俺は小さくため息をつくと手首を動かし、鋼糸を回収した。当然、鋼糸にはワームの体液が蕎麦に絡み付くトロロの如く付着しているわけで。

「……さっさと消えて欲しいな」

思わずそう呟いてしまうほど微妙な感覚だった。

「その……ごめん、リン」

「油断は良くないな、ユウキ。ソロなら死んでるぞ」

先程の嬉しそうな表情とは一転して泣きそうな表情になっている。

そんなユウキの表情に多少の罪悪感を覚えつつ、軽く握った拳でユウキの頭を小突いた。

「あてっ……うん、わかってる」

シュンと子犬のような落ち込みを見せるユウキに苦笑いを投げかけると、改めてその頭を撫でる。

「まあ、結果はどうであれ、経過は良かったと思うぞ」

「でも……リンに助けてもらって……あ、そうだ。足、大丈夫?なんか挙動が少しおかしかったけど……」

傍から見ていたレアならともかく、抱えられていたユウキが見抜くとはさすが……と言うべきだろうか。

「大丈夫……と言いたいが、おそらく捻挫だな。おかげで若干不覚をとったが……。まあ、ユウキを助けられたのなら安いものだ」

助けた相手の助けを借りなければならなかったという。とはいえ、そんなプライドは犬に食わせておけばいいのだが、ユウキは責任感を感じているらしく表情は思わしくない。……少し恥ずかしそうなのは見なかったことにしようか。

「っ~~! そうだ! リン、ボクの肩を使ってよ! 普通よりも歩きやすいと思うけど……」

そう言って自分の肩を差し出してくるユウキ。気持ちはありがたいのだが、小柄なユウキでは大柄な俺の身体は支えきれないと思う。そもそも捻挫等の負傷を治す神聖術はないのだろうか?

「……神聖術を使えばいいんじゃないの?」

洞窟から恐る恐る出てきたレアの指摘でユウキは気づいたらしい。何故かちょっと惜しそうな表情になったのだが、その理由を聞くと俺に触れ合う時間が無くなったからだそうだ。

「別に触れ合うくらいならいつでもできるだろ」

ユウキに捻挫を状態異常回復の神聖術で治療してもらって、足首の感触を確かめながら尋ねると、ユウキは苦笑いを浮かべた。

「なかなかきっかけがなくって。何にも無しに抱き着くのはやっぱり恥ずかしいよ」

「そうか。ならきっかけがあればいいんだな?」

「へっ?」

戸惑う声をあげるが、それを無視してユウキの腕を引く。不意をうたれてなんの抵抗もできなかったユウキが、俺の腕の中に飛び込んできた。

「ちょ、ちょっとリン!?レアが見てるから!」

ユウキは脱出しようと試みるが、間接を押さえているこの状態で抜け出すには少し特殊な技術が必要だ。当然そんなものをユウキが持っているはずもなく、抜け出すことができないでいる。

「全く……少しは落ち着け」

その言葉にユウキはもがくのをやめ、素直にこちらに身を任せてきた。……ジト目付きだが。

しかし頭を撫でると気持ち良さそうに目を細め、擦り寄ってくる。こういう猫のようなところは詩乃とよく似てると思う。

ちなみにレアは少し離れたところで空を見ている。絶賛現実逃避中らしい。

「これでおあいこな。これ以上責任を感じる必要はない」

軽く2、3度頭をポンポン叩いて解放する。しばらく呆けていたユウキは、俺の言葉の意味を少しずつ飲み込み、理解できたところで頬をさらに赤く染めた。

「……狡い。そんなこと言われたら反論できないじゃん……」

「抱き着きたいからってわざと失敗をするなよ?」

少し口角を上げながら肩を叩く。すると赤い頬のまま、こちらを見ると。

「……そ、そんなことするわけないじゃん!」

「ならいい」

答える前に少し間があったことはあえて指摘してやらない方がいいだろう。

「……ありがとう」

小さなお礼の声に、手を振るだけで答えるとレアに声をかける。

「そろそろ戻ってこい、レア」

「……珈琲が欲しい」

この世界にもあるんだな、珈琲。 
 

 
後書き
「ん?」

「しののん、どうしたの?」

「なんか私のメインヒロインの座が危なくなったような……」

「……なに言ってるの、しののん……」

以上茶番。

どうも蕾姫です。ようやく洞窟から出ました。ここから駆け足で原作へと合流していきます。

頑張ります、はい……。感想がもはや原動力です。よろしくお願いします。 
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