| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

豹頭王異伝

作者:fw187
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

黎明
  精神治療

「全く失礼な豹じゃ、愚弄する事は許さんぞ!
 木っ端魔道師なぞ、映つ価値も無いと思ったに過ぎぬ。
 グラチウス様の高度な遠隔視能力、鼻垂れ共に察知する術は無い。
 頭上の鷹に気付かず、チーチーが寝惚けておる様なものさ。

 偉大なる闇の司祭、グラチウス様の千里眼《クレアボワイヤンス》。
 遠隔視能力は強大な念動力の変形、時空間に特殊な波長の念波で干渉する秘術。
 正確無比な同調作用を施し、次元間の透視を可能とする神技であるのじゃ。
 パロの魔道師風情では闇の司祭、グラチウス様の念波を感知する事も叶わぬ。
 ましてや遠隔視の術を察知する等、到底無理と言うものよ」

「付き合いきれん、本当に面倒な奴だ。
 一言事に、己を褒め称えるのは何とかならんのか。
 まるで、加賀四郎の様だ」
「何か、言ったか?」
「そこは突っ込まんで良い所だ、聞き流せ。
 ナリス殿の派遣した魔道師が、其処に居るのであれば話がしたい。
 以前セム族の長、ロトー臨終の一部始終を看取らせて貰った。
 ラゴンの勇者ドードーとも言葉を交わしたが、同じ事が出来るか?」

「如何にも、可能であるがな。
 ひとつ約束をしてくれたら、何ザンでも話をさせてやるよ。
 『お前に従おう』等の馬鹿な事を言え、と要求する心算は毛頭無い。
 わしと手を組め、とも言わぬ。

 魔王子と名乗る怪物、アモンを退治てくれ。
 その為なら幾らでも、わしの力を貸してやる。
 あれは、とんでもない玉だ。
 わしのみでは、ちとしんどいな。
 王が己の力を使いこなしておれば兎も角、現在只今の危なっかしい状態では心許無い。

 イェライシャの阿呆も、キタイに飛んでおる。
 ヴァレリウス程度の魔力では、どうにもならぬ。
 アルド・ナリスが万一、アモンに喰われでもしたら何が起こるかわからん。
 調整者の存在を嗅ぎ当てた想像力、直感には儂も一目置いておるでな。
 現世に介入する気の無い大導師アグリッパですらも、名前を知っとる位じゃ。
 あの天才的な頭脳を悪用されたら、とんでもない事になりかねん。

 魔を斬る力を秘めし剣にて深傷を負わせ、多少の猶予を得たは勿怪の幸いであった。
 彼奴が痛手から回復する前に、何が何でも始末せねばならんのだよ。
 折角、射し初めた希望の光が、今度こそ、掻き消されてしまう。
 残念だが、楽しんでおる暇は無い。
 無駄口は叩かぬ、是非とも協力してくれ。
 な、王よ、悪い話ではなかろう?」

「無駄口を叩かぬだと?
 何処がだ、この、お喋り魔めが。
 まあ八百数十年も生きておれば、1度位は、まともな事も口にするのだな。
 アモンを退治る事は或る意味、総てに優先する。
 俺も彼奴は退治せねばならぬ、キタイの竜王を凌ぐ怪物とも感じた。
 誠に残念至極ではあるが、已むを得ぬ。
 貴様との決着は後廻しだ、腕を擦って堪えてやる」


 奇怪な髑髏は顔を綻ばせ、わざとらしく大袈裟に嘆息。
 首のみで直立するのも飽きたと見え、途方も無く年老いた骸の如き全身を現す。
 落ち窪んだ眼窩の奥に、炯炯と強い光を発する闇黒の瞳が拡がる。
 黒衣を纏う身体から異様な波動が迸り、空間を染めた。

「ありがたき幸せ、気が変わらぬうちに話を進める方が得策じゃな。
 陛下の御要望に応え、木っ端魔道師を呼び出してやるとするか。
 ほら、こ奴だよ」
 再び闇が渦巻き寝室の角、結跏趺坐の姿勢で潜み黒衣を纏う影2体を映す。
 1級魔道師ラス、タールは不意に顔を上げ慌ただしく四方に視線を走らせた。

「ほう、見られている事に感付いたか?
 ヴァレリウスの阿呆も多少は、出来る奴を送り込んだ様じゃな」
 強力な黒魔道師の気配を察し、狼狽して周囲の空間を撫で廻す魔道師達。
 唐突に動作が凝固し、驚愕の叫びが迸る。

「陛下、ケイロニアの豹頭王様ではありませんか!
 王妃様の警護中であります故、御容赦願います!!」
 国王に対する礼を捧げる余裕も無く、慌てて平伏。
 無人と見えていた寝室の角で闇が渦巻き、もうひとりの魔道師が現れる。


「貴様、どうやって、急激に基本的な魔力を数倍に高めた!?
 儂にも気配を悟らせず隠れ通す程の術、何処で身に付けたのじゃ!
 イェライシャが尻尾を巻いて逃げ戻り、密かに貴様等を鍛えでもしたか?
 対等に儂と闘えるレベルではないが、小癪な真似は許さん!」

「待たんか、グラチウス!
 シルヴィア護衛の為、魔道師を借りた依頼人(クライアント)は俺だ。
 勝手に喧嘩を売るな、闘うなら俺が相手になるぞ。
 スナフキンの剣よ、お前の」

「待て、茶番は止めだ!
 魔剣を出すなら、わしゃ逃げるぞ!!
 王の遊びには付き合いきれん、右腕が光っとるじゃないか!
 遠隔視の術も解くからな、シルヴィアの安否確認は勝手にやれ!!」

 グインは吼える様に笑い、一旦は高く掲げた逞しい腕を下した。
 グラチウスにも悟らせぬ気配隠しの術、同僚の特技を解除した魔道師に微笑。
 1級魔道師キアス、マウラス、モルガン、キノスも遠隔心話を受け寝室に集合。
 パロの魔道師達を代表して、ディランの唇が動いた。


「我等の魔力は陛下の御力にて強化され、感謝の詞を捧げる次第であります。
 1ザン程前に到着致しましたが、危うい所で御座いました。
 シルヴィア王妃殿下は錯乱状態に陥り、自暴自棄の感情に支配されております。
 周囲の制止も聞く耳を持たず、取り返しの附かぬ行動に移る寸前でありました。

 寝室に結界を張り、失礼ながら御記憶を確認させていただきました。
 陛下に斬りつけられた夢が記憶に焼き付かれ、現実と混同されています。
 負の感情を鎮める為、強力な暗示が必要と診断せざるを得ません。
 夢の回廊に関連する記憶を封じ精神の安定化、心理学的治療を試みました。

 誠に申し訳無き仕儀ながら御就寝いただき、交代で御守護申し上げております。
 王妃殿下の御心から無用な恐怖、不安を取り除く作業も慎重に進めさせて頂く所存。
 マリニア殿下の聴覚治療、心話の擬似音声を発声訓練の一助とする手筈も整えました。
 上級魔道師1名、下級魔道師3名が急行中であります」

 グインの緊張が解け、面に安堵の色が滲み出た。
 黄金の毛並みに黒玉の斑点を散らした鮮やかな色彩が波打ち、深々と太い息を吐き出す。

「感謝する、ディラン殿。
 丁寧な御説明、痛み入る。
 真に忝い、大いに安心させて貰った。
 宜しく頼む、必要な物があれば何でも言ってくれ」

「御心配には及びませぬ、宰相ハゾス閣下には既に報告し御理解を戴いております。
 心底より真摯に王妃殿下を心配されている従者、パリス殿にも格別の配慮を賜りました。
 ハゾス閣下の御判断で選帝侯アウルス・フェロン殿、ロベルト殿も事情を御承知です。
 宰相の采配宜しきを得て必要な物も全て用意していただき、誠に恐縮であります」

「侍女クララ、従者パリスか。
 迷惑を掛けてすまぬと直接、礼を言わねばならぬところだ。
 シルヴィアの相手を務める辛さは、身に滲みている。
 2人の精神的疲労も癒し、心を配ってやって貰えると助かるのだが」

「畏れ多い御言葉を賜り有難く存じます、陛下の御心遣いに感謝致します。
 陛下から直接に御言葉を掛けて頂ければ御2方とも、大変に勇気付けられる事と思います。
 大変申し上げ難い事ながら王妃殿下の御相手は、非常に精神的消耗が激しいのです。
 陛下から御二方に直接、御言葉を頂ければ私共も大変助かります」

「尤もだな、良くわかった。
 早速、2人と話せる様にしてくれ」
「畏まりました、御理解を戴き重ねて感謝を申し上げます。
 別室にて就寝中ですが、お連れ致します」

 1級魔道師モルガン、キノスの姿が消える。
 数タル後、寝室の扉が開いた。
 のっそりと歩を運ぶ武骨な大男、従者パリス。
 牛を思わせる顔は内心を窺わせず、小さな眼が寝台に注がれ気遣わしげな光が滲む。

 続いて何事か災いが生じるに違いないと決め込み、頻繁に周囲へ視線を走らせる年若い女官。
 挙動に落着きが無く不安気な風情を漂わせ、警戒心が強い印象を見る者に与える侍女クララ。
 出来る事なら王妃と極力、距離を置きたいと願う内心と蓄積された心労が露呈している。
 2人を先導した魔道師は、何も無い空間に向かい丁寧に一礼。
 手印を組み魔力を増幅させ、グインの映像を《見せた》。

 慌てて平伏する侍女、クララ。
 表情を変えず、うっそりと頭を下げる従者パリス。
 トパーズ色の瞳に応え、明瞭な発音を思念波に変換。
 2人の耳には聞き取れぬ遠隔心話、心の《声》が脳裏に響く。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧