豹頭王異伝
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暗雲
反撃の布石
(待て、ヴァレリウス!
グインの膨大な《パワー》を浴びた者、皆が魔力を強化されている!!
ラス、タール、キアス、マウラス、モルガン、キノス!
お前達6人は、特に効果が顕著だ!!
魔力を増幅する触媒として、ヴァレリウスに同行せよ!)
(かしこまりました!)
オーラの最も強い部下6人の声、心話が同時に響いた。
六芒星の魔法陣を組み、ヴァレリウスの思念波に同調。
共鳴相乗効果で結界が輝き、青白い閃光に包まれる。
(思ったより強いな、役に立ってくれそうだ。
このまま飛ぶぞ、気を研ぎ澄ませ!)
パロ最強の魔道師、1級魔道師6人の姿が浮上。
七人の魔道師が空中を滑る様に進み、ケイロニア軍の夜営地に接近。
慎重に気を探るが黒魔道の波動、陥穽、結界は感じ取れない。
ゾンビーや竜の門が現れた気配も無く、グインの天幕に接近。
半身を乗り出した状態で、倒れている姿を見出したが。
グインの思考を読み取れず、記憶の走査を試みるが精神測定の術も無効。
傍らの上級魔道師ギール、他の魔道師達も全員が意識を喪っている。
強めの接触心話を送り込んでみたが、反応は無い。
ヴァレリウスは手を使わず、偉丈夫の身体を揺さぶってみた。
グインは無事に夢の回廊、魔王子の仕掛けた罠から脱出。
予想に反し数タル後に瞼が動き、トパーズ色の瞳が現れた。
「陛下、大丈夫ですか!?
全員が意識を喪っていますが、何が起こったのか教えて下さい!」
「余計な気を遣わず、俺の記憶を読め。
アモンの使った術は言葉化し難い、魔道師の視点から解説を頼む」
グインは気を抑え、サイコ・バリヤーを弱めた。
《何処にもない世界》に現れた魔王子の罠、シルヴィアの呪詛。
スナフキンの剣で斬った後に姿が崩れ、意識を取り戻すまでの一部始終。
戦慄の体験が再現され、魔道師の脳裏に再現される。
「ちょっと待ってくれ、ヴァレリウス。
古代機械から念話が届いた、すまぬが説明は後だ。
ナリス殿に精神接触《コンタクト》して直接、俺の記憶を見て貰う方が早い」
賢明な魔道師は好奇心を抑え、ギールを目覚めさせ経過を確認。
ロルカに遠隔心話を飛ばし、魔道師軍団全員に前進と合流を指示した直後。
銀色の思考が閃き、魔道師を貫いた。
(私だ、ヴァレリウス!
古代機械の備品《オプション》、思念波増幅装置を使っている。
お前に同行した下級魔道師6名、ディランに中継してくれ。
アモンが夢の回廊を操り、王妃の精神状態を悪化させた。
即刻サイロン黒曜宮に飛び、治療を試みよ!
本当は、君に飛んで貰いたいけどね。
絶対に譲らないだろうから、ディランが指揮を執れ。
サイロン市街の一角に世捨て人ルカ、白魔道師が居る。
まじない小路を訪れ、グインの名に於いて協力を要請せよ。
シルヴィアの錯乱状態を鎮め、昼夜問わず護衛と監視を継続して貰いたい)
アルド・ナリスは精神接触を通じ直接、グインの体験を《知った》。
シルヴィアの身を案じる盟友の苦悩を察し、魔道師の急派と常駐警護を提案。
安否確認を果たした報酬として、古代機械に思念波増幅装置の使用許可を要請。
<ファイナル・マスター>の命令には逆らえず、銀色の強力な思考が投射された。
グイン最大の弱点、シルヴィアを護る事は総てに優先する。
頼りになる部下6名、ディランの戦線離脱は痛いが背に腹は変えられない。
ヴァレリウスは異を唱えず、七人の魔道師も閉じた空間の術で姿を消す。
悪夢を統べる女神ヒプノスの名を冠する精神攻撃、呪縛の解除を試みる。
被術者が自ら精神状態を悪化させ、底無し沼に際限なく沈んでいく魔性の罠。
昼間の濃霧には催眠効果を助長する触媒、没薬が含まれていた。
ケイロニア軍、パロ聖騎士団、カラヴィア軍の全員が吸い込だ事は間違いない。
強力な睡眠薬を吸引した様に、例外なく深い眠りに就いている。
1人ずつ身体に刺激を与え、夢から目覚めさせるしかない。
ヴァレリウスは人手を確保する為、ケイロニア軍の警戒担当班を叩き起こした。
ギールや他の上級魔道師達は問題無く、目覚めた直後に事態を認識するが。
下級魔道師の大半は夢の回廊、アモンの術で受けた精神的衝撃の為か反応が鈍い。
中には心此処に在らず、と云った風情で物憂げに首を振る者もいる。
ディラン率いる魔道師達の到着後に漸く、人海戦術が軌道に乗り始めるが。
揺り起こされ説明を受ける各部隊の指揮官達も、眼から力が抜けている。
事態の収拾に追われる最高指揮官、グインの眼前に。
遙か上空から、黒い物体が落下し地面に激突。
濃霧の中から現れた巨大な竜と同様、首から上のみ。
巨大な骸骨が直立、ぱっちりと眼を開き四方八方に視線を走らせる。
豹頭の追放者を認めた直後、盛大に唾を飛ばし声高に捲し立て始めた。
「何が、パロの王太子アモンだ!
全ての時空に接するもの、究極の門の守護者じゃないか!?
何故あんな化け物を儂の様に善良な、か弱い老人が相手にしなければならんのじゃ!
冗談じゃない、酷い目に遭わされた!!
許せん、やり直しを要求する!」
「か弱い?
善良??」
「やかましいっ!
年寄りの言う事は黙って聞かんか!!」
「泣くな、グラチウス。
おぬしは世界三大魔道師に名を連ね、ドール教団のみならず黒魔道師を束ねる闇の司祭。
北の見者ロカンドラスは入寂し、大導師アグリッパは現世に介入せぬと判明した。
現在では地上最大の魔道師とも云うべき、最も強力な魔力を行使し得る存在ではないか」
「あぁ、うぅ、気持が良い。
いや、全然、物足りんぞ。
偉大な魔道師グラチウス様を幾ら褒めた処で、褒め過ぎると云う事は無いのだからな。
もっと褒めてくれ、もっと」
異次元の扉が開いた気配を敏感に察し、グインの傍に魔道師軍団の指揮官が現れた。
ヴァレリウスは無駄口を慎み、沈黙は金の格言に倣う。
「良い加減にせんか、グラチウス。
貴様と掛け合い漫才、カルラアの楽しみをしている暇は無いのだぞ」
珍しくも一瞬、闇の司祭が絶句。
何とか体勢を立て直し、平静を繕い他人事の様に呟く。
「まぁ、当然だな。
アモンを王が斬ってくれたおかげで、何とか閉鎖時空間から脱出できた。
危機一髪の事態を救っていただき、誠に有難い。
礼を言うぞ、危うく本物のミイラになる処だった」
グラチウスは神妙な面持ちで、頭を下げる。
首のみである事を失念、バランスを崩し無様に転倒するかと見えたが。
其の儘、勢いを殺さず一回転し直立不動の姿勢に戻る。
得意満面の髑髏首が歪み、ニヤリと微笑う。
「面倒な奴だ。
いっその事その儘ミイラになってくれれば、最高の礼なのだがな」
聞こえよがしに呟く鉄面皮の弁士、グイン。
ヴァレリウスは肩を竦め、雄弁な溜息を吐く。
グラチウスの唇が震え、奔流の様に言葉が溢れた。
「これこれこれ、そんな事を言うでない!
わしが居らねば南の鷹も死に、奇蹟の機会が喪われてしまうのだぞ!!
そうじゃ、こうしてはおれぬ。
とっくの昔に、薬が切れている筈じゃ!
ちょっくら失礼するよ、急用があるでな。
スカールめが、弱っておる。
あの燃え盛るような気、生命力の波動が全く感じられん。
放浪好きな鷹め、何処へ行きおったのだ?
まさかと思うが、くたばってしまったのではあるまいな?
えい、面倒な。
奴の向かいそうな場所を、虱潰しに走査せねばならんではないか!
暫く待っておれ、鷹に餌を与えた後に此の場へ戻って来るからな。
ケイロニア軍2万人を叩き起こすには数ザン、かかるじゃろう。
わしが戻るまで、クリスタルに近寄るでないぞ。
木っ端魔道師など何百人集めた処で、物の役には立たぬ。
豹と月と鷹を揃え、力の場とやらを作り出す他あるまい。
北の豹、水晶の盾は既に揃っておる筈じゃな。
闇の司祭様が鷹を連れ戻るまで、軽挙妄動するでないぞ。
豹頭王が居れば心配は要るまい、遅れを取る事は無いだろうがな。
わしが戻るまでしっかり見張っとれよ、ヴァレリウス。
間違っても、アモンに、ちょっかいを出すなよ。
《何も無い処》から首尾良く逃れるを得たは、儂なればこそじゃ。
重大なダメージ、魔力の弱体化する程の傷を負った事は間違いなかろうが。
木っ端魔道師など偵察に出せば、逆に乗っ取られ魔力を吸収されるがオチよ。
では、さらばじゃ」
髑髏首は喚き散らすと、一気に上空へ浮揚。
数度周囲を旋回の後、心を決めかねる風情で数タルザン静止。
イシュタールへの帰路を待伏せする、と読んだらしい。
意を決したと見え、北に向かう軌跡が蒼い空に描かれた。
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