豹頭王異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
邂逅
豹頭王の魔力
イシュトヴァーンは魔道師を召抱えておらず、怪異に対処する術を持たぬ。
スナフキンの剣も無く、巨大な竜の襲撃を退ける手段は無い。
竜の顎が開き、鋭利な牙の群が露出。
兵士達は恐怖を煽られ、随所で悲鳴が響く。
ゴーラ軍の指揮系統は一瞬で麻痺、恐慌状態に陥った。
濃霧を掻き分け現れた竜の牙が一閃、アルド・ナリスを引き裂くかと見えた其の時。
ナリスの裡に異様な感覚が生じ、グインとの精神接触が再現された。
豹頭の超戦士が秘める無尽蔵の活力、膨大な星々のエネルギー。
人間の許容量を遙かに超える黄金色の精気、光と熱の激流が身体中に漲る。
ヴァレリウスは咄嗟に身体が動き、アルド・ナリスを背後に庇ったが。
己の魔力を眼前に迫った竜に叩き付け、爆発させる寸前。
華奢な手が伸び、身を挺して盾となった魔道師の肩を掴んだ。
ナリスの掌を通じ黄金色の精気、想像を絶する膨大な《パワー》が流れ込む。
豹頭の戦士を源とする激流は結界を通じ、数十名の魔道師に波及。
ヴァレリウスはまたしても貧乏籤を引き、最大の負荷を受ける格好となったが。
見習い魔道師も含め、全員が未曾有の衝撃に耐え懸命に意識を保持。
ナリスの右手が閃き銀色の愛剣、レイピアを投槍の要領で叩き付ける。
上級魔道師達が咄嗟に動き、五芒星の魔法陣を敷いた。
4人は荒れ狂う爆流の渦に耐える最強の術者、ヴァレリウスを支援。
アルド・ナリスの掌を通じ精神接触を経由の接触心話、大音声が脳裏に轟く。
「受け取れ、ヴァレリウス!
俺の《パワー》を操り、黒魔道の術を破れ!!」
エネルギーの奔流は精神接触の相手を中継して、パロ最強の魔道師に殺到。
許容量を遙かに超える強力な気と念、波動に魂を消し飛ばされそうになった。
ヴァレリウス、ロルカ、ディラン、ミード、エルムの顔も苦痛に歪む。
「気を失うな、魔力が暴走すれば何もかもお終いだ!」
「《自分》の意識を維持するだけで良い、気を集中させろ!」
「解ってる、そのまま、俺を支えてくれ!」
グインから届く無尽蔵とも思える膨大な念波、生の《力》は想像を遙かに超える。
これだけの熱量を制御する事は、世界三大魔道師にも不可能ではないかと思われたが。
必死で念を凝らす魔道師達は気を喪わず、己の許容量を最大限に活用。
各人が精神を集中し意識を焼く尽くす程に圧倒的な魔力、思念波の制御を試みた。
全員の支援を得た魔道師は重圧を撥ね退け、膨大な《パワー》を懸命に制御。
灰色の眼に殺到する巨大な竜の頭が映り、圧縮された黄金色の精気を掌から放出。
爆発的な真紅の衝撃、強大な念動力の奔流が空気を過熱させ猛烈な炎に昇華する。
紅都アルセイスを襲った業火、火の女神レイラの如き火焔が渦巻き一直線に飛翔。
炎の渦を纏う輝ける真紅の竜と化し、ナリスの投じた愛剣に追い付き炎の紋章を刃に刻む。
白い濃霧に包まれた謎の巨竜、真紅の炎を纏った竜の剣が真正面から激突。
紅玉《ルビー》の様に輝く赤い瞳が輝き、謎の咬竜は閃光を撒き散らし虚空に消えた。
濃密な霧も猛烈な爆風に吹き飛ばされ、跡形も無く消え失せている。
ゴーラ軍を襲った悪夢、巨大な竜は嘘の様に消え去り何の痕跡も見当たらぬ。
太陽の光が燦燦と降り注ぎ、頭上には見渡す限り青い空が広がる。
パロの指導者を襲った黒魔道の術、試練は克服され全員の緊張が一気に緩んだ。
ゴーラ軍の兵士達は安堵の息を吐き、互いに顔を見合わせる。
パロの魔道師達も無言ではあるが、心話が交錯し念が飛び交う。
注視を浴びながら数タール先まで歩み、優雅に膝を落とす聖王家の貴公子。
ナリスは見慣れぬ装飾物を拾い上げ、涼しい顔で周囲を眺めた。
「これが、魔術《マジック》の種か。
首飾り《ペンダント》を触媒として魚竜の一種、咬竜を実体化させたのかな?
紅玉《ルビー》を嵌め込み、燃える様に輝く魔族の赤い瞳を模しているのだね。
ケイロニア軍には気の毒だったが、新たな犠牲者が出る事は無いだろう」
ナリスは独り言の様に呟き、従者の警告を無視して謎の宝飾品を懐に収めた。
不可思議な衝動に駆られ、咄嗟に投じた銀色の愛剣も拾い上げる為に手を差し伸べるが。
レイピアの刀身には見慣れぬ模様が刻まれ、異様な波動を漂わせている事に気付き背後を振り返る。
ヴァレリウスは無言の問いに応え、慎重に掌を翳し銀色の剣が纏う波動を解析。
「我々には未知の《気》ですが、強烈だな!
まるで太陽の様に燃え盛っていて、心の《眼》を灼き尽くされそうな気がします。
強いて言えば糞爺、もとい、グラチウスの相棒が使う魔力に波長が近いかもしれません」
「花の精霊を統べる風魔神の眷属イタカ女王の愛人、快楽の都タイス由来の精霊と自己紹介した淫魔の事?
グインの放出した星々のエネルギー、黄金の精気を喰らって破裂した後の事は知らないね。
ユリウスが魔王子アモン、或いは同類を見た記憶も気になるけれど。
超古代の暗黒大陸カナン由来の刻印であれば、古代生物の魔力に波長が近いかもしれないね」
ナリスは無造作に華奢な掌で愛剣の柄を握り、軽々と振り廻してみた後で鞘に納めた。
「グイン陛下の援護射撃ですが、途轍もない《パワー》でした!
あれだけのエネルギーを中継したのに何故、ナリス様は平気なんです?
あの濃霧からは藻の怪物と同様、イーラ湖の匂いが嗅ぎ取れました。
湖の底に残っていた竜王の魔力、結界を使って霧の渦を創造したのですか?」
ヴァレリウスは荒い息を懸命に整え、朱色に染まった顔面の儘で当然の疑問を投げ掛ける。
「私にも、良く、わからないのだけどね。
ケイロニア軍が襲われたのだから、ゴーラ軍も危ない。
閉じた空間の術で駆け付け、スナフキンの剣を使う手は間に合うまい。
リリア湖の小島に戻り、古代機械を操作するにも時間が足りない。
瞬間移動の為には、転送室に入る必要があるからね。
グイン殿は『セカンド・マスターが危機の際に即刻、精神接触せよ』と命じた。
精神接触の相手に、エネルギーを送る事は可能と証明されている。
私の護衛役は魔道師軍団の中でも最強を誇るから、何とかなるだろう。
その判断が正しかった事は見事に証明され、君達は期待に応えてくれた。
豹頭王陛下から直接、お褒めの言葉をいただいたよ。
パロ魔道師軍団の諸君に感謝の詞を捧げ、更なる活躍を祈念する。
竜の魔物を掻き消した聖炎の魔法、赤い激流を見て思い出したのだがね。
《ゴーラの赤い獅子》アストリアス、鉄仮面の男は何処に居る?
カリナエの地下牢に幽閉した儘、すっかり忘れてしまっていた。
イシュトに対する切り札として、マルガに移したのだったかな?
私を《暗殺》する役割は果たしたのだから、解放してやろうじゃないか。
アムネリスを熱烈に愛する彼は、ゴーラ王妃の親衛隊長に適任だ。
公女将軍に剣を捧げ、ノスフェラス遠征にも同行して豹頭王と戦った。
モンゴールの赤騎士隊長として、黒竜戦役にも参加しているのだろう?
ゴーラ軍も人材豊富とは言い難い、経験を積んだ指揮官は貴重だ。
実戦の指揮を執った事もある筈だし、治療してやってくれないか?
竜の消え失せた後に残った遺留品は、何を意味するのだろう?
クム大公国家の象徴は、竜の紋章だが。
大公家の至宝、竜の首飾り《ペンダント》が存在していたのだろうか?
キタイ移民の国だから竜王の魔手が及んでいる、と短絡的に断定する気は無いが。
パロ魔道師軍団の警戒網を欺き、クリスタル奇襲を成功させた黒幕は誰だ?
キタイの竜王が気配隠しの術を用いた事は、カロン大導師も証言している。
ヴラド・モンゴールを操った竜王が隣国、クムを操っていても不思議は無い。
グインと精神接触の際、イェライシャの証言も知る事が出来た。
ユラニアも闇の司祭グラチウスに操縦され、事実上支配されていたのだよ。
ケイロニアは無事な様だが、まじない小路には黒白不明の魔道師達も潜んでいる。
互いに牽制しあっているのだろうが、勢力の均衡が崩れぬ保証は無い。
やれやれ、すっかり話が脱線してしまった。
咬竜は時の彼方に消え去り、再び現れる事は無いだろう。
本来であれば健康を損ない、変調を来して当然だったのだが。
君のお陰で一定量の念波が転換され、逆流して治療を促進してくれた。
今の一幕で相当、体力が戻って来たよ。
親愛なる導師ヴァレリウス君に感謝の詞を捧げ、アルド・ナリスの名に懸けて誓う。
心を入れ替え、好き嫌いを言わずに食事を採り、剣の鍛錬と精進に励む。
パロ聖騎士の鎧を装着して、クリスタル奪還の陣頭指揮を執る為に努力する。
今度は嘘や韜晦じゃないよ、私の誓約を信じてくれ給え」
アルド・ナリスの笑顔が輝き、ヴァレリウスは大きな溜息を吐いた。
「魔道師軍団を代表して感謝の詞、御誓約を謹んで承ります。
お陰で私も部下達も鍛えられましたよ、魔力が相当に強化されたみたいだ。
対等に竜王と闘えるレベルに進化した、とは口が裂けても言いませんけどね。
手荒い援護射撃でしたけど、グイン陛下の恩恵に感謝致します」
ページ上へ戻る