シャンタウゼー
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
3部分:第三章
第三章
古い話だった。南風の神シャンタウゼーという神がいた。
黒い髪を長く伸ばして穏やかな顔をしている神だった。暢気な性格でいつも木陰で寝ていた。その日もそうだった。
うららかな日差しと草花の香りの中で休んでいた。仰向けに寝てうとうととしていた。
そのうとうととした感じからふと目覚めると。前に広がる野原に一人の少女がいた。
小柄で緑色の服を着て黄色の髪を持っている美しい少女であった。見ればほっそりとしていて顔立ちも非常に整っている。彼が見たこともない程の美しさだった。
「君は。誰なんだい?」
シャンタウゼーはその少女に尋ねた。
「どうしてここに」
「私は。ただここにいるだけです」
少女はそう彼に語った。小さいがそれでいて澄んだ声で。
「ただここに?」
「はい、私はタンポポの女神」
「タンポポの」
「名前は。ポイゾナといいます」
穏やかに名乗った。その名前はシャンタウゼーの心にも残った。
「そう。ポイゾナっていうんだ」
「この花を司っていまして」
「この花?」
「はい、これです」
彼女が野原から摘んで差し出したのは小さな黄色い花だった。彼女の髪の色と同じ色をしている。その黄色がシャンタウゼーの心にも残った。
「その花は」
「タンポポです」
彼女は花の名を告げた。
「これが。私の花なんです」
「君の花なんだ」
「小さい花ですけれど」
そう言うと顔を少し俯けさせた。その動作が実にいじらしく感じたのはシャンタウゼーの心がもう変わりはじめていたからであろうか。それは彼にも少しわかった。
「いや、いい花だね」
彼は言った。
「明るくて。いい花だよ」
「明るいですか」
「うん」
にこやかな笑顔で彼女の言葉に頷いてみせた。
「君の黄色い髪と同じ色で。こんな花ははじめて見たよ」
「はじめて、ですか」
「今まで気付かなかったのかな」
笑顔が苦味を帯びたものになった。どうして今までこの花に気付かなかったのか自分がおかしかったからだ。それを笑顔に出したのだ。
「こんなに側にあったのに。けれどこれからは」
「これからは?」
「ずっと見ていたいな」
元のにこやかな笑顔になって述べた。
「ずっとね」
「ずっとですか。それじゃあ」
「明日もいいかな」
笑顔を彼女自身に向けて声をかけた。
「明日もここで」
「この野原で」
「会いたいけれど。君と」
「この野原は。私の家のようなものです」
ポイゾナは澄んだ奇麗な声で答えた。ささやかで小さな声だがそれでもしっかりと聞こえた。その声もシャンタウゼーの心に宿った。
「君の」
「私はずっとここに来ます。ですから」
「僕がここに来ればいいだけなんだね」
「はい」
こくりと頷いてシャンタウゼーに答えた。
「宜しければ御願いします」
「わかったよ。それじゃあ」
シャンタウゼーは笑って頷く。こうして二人の愛がはじまった。
二人の愛はそのまま静かに二人だけで育まれた。二人は毎日野原で会い楽しい時間を過ごした。だがそれに少しずつ異変が起こっていった。
ポイゾナの髪の色が変わってきたのだ。あの美しい黄色の髪は次第に色褪せて少しずつ灰色になってきていたのだ。
「これはどうしてなんだ」
シャンタウゼーは恋人の髪の色が変わっていくことに驚きを隠せなかった。それと共に美しさが消えていくことに深い悲しみを覚えた。
「君の髪が。どうして」
「私にも」
ポイゾナは哀しい顔で彼に応えた。同じように哀しい声で。
「わからないのです。どうして」
「君のあの黄色い髪は戻らないのか」
「まさか。それは」
「いや、けれど」
シャンタウゼーは言った。
「こうして灰色になっていく。どうしてなんだ」
「私の髪は。もう」
二人にはわからない。どうしてポイゾナの髪の色が変わっていくのか。だが髪の色はどんどん灰色になっていき黄色はなくなってしまっていた。そうして遂には完全に灰色になってしまい戻ることはないかのようであった。
その時は冬だった。ポイゾナの顔は沈みシャンタウゼーも何をどうすればいいのかわからなくなかった。神であろうともわからなかったのだ。
「このまま君は」
「そんなのは」
シャンタウゼーのその言葉に顔を沈めさせる。涙で頬を濡らすだけだった。
「嫌です。私はずっとここにいたい」
「僕もだよ」
シャンタウゼーも泣いていた。涙が止まりはしない。
「君がいなくなったら。一体どうしたら」
「貴方と離れたくはないです」
二人の気持ちはもう決まっていた。愛し合いどうしても離れたくはなくなていた。だがそれでもポイゾナの髪の色は戻らずその可憐さも色褪せていっていた。もうどうしようもないかと思われた。
「どうしたらいいんだ」
シャンタウゼーは必死に考えた。
「この髪も君も。どうしたら」
哀しげに呟きながらポイゾナの灰色の髪を触る。かつては清らかな花弁の様な手触りで眩いまでに輝いていた髪も今では枯葉の手触りで色褪せている。もう戻りはしないと思われた。
だが触ってみると。違ってきた。
「えっ!?」
シャンタウゼーは今自分が触ったポイゾナの髪を見た。何と黄色が戻ってきたのだ。手触りも。
「これは一体」
「どうしたのですか?」
「髪が戻ったんだ」
そう恋人に告げる。
「髪の黄色さが。今」
「嘘・・・・・・まさか」
「いや、本当だ」
驚いた顔と声で恋人に語る。
「今本当に。これは」
「そういえば」
ポイゾナは困惑した顔でシャンタウゼーに告げた。
ページ上へ戻る