極短編集
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短編51「愛すべき退屈な日常」
「「なあ、なんか面白い事ないかなあ」」
僕らはハモった。夏休み明け、僕らは退屈で死にそうだった。高校2年の中だるみ。部活もバイトもしてない僕らは、とにかくとにかく退屈だった。
「そうだ!この椅子使って遊ぼうぜ」
と、友達が言った。
「どうやんだよ!」
「こうやんだよ!」
友達は椅子を後ろ向きに座ったかと思うと、背もたれに両手を置き、両足を思いっ切り左右に開いたのだった。
ヴォーン、ヴォヴォーン!
エグゾーストノートを響かせて、僕らは朝方の峠にいた。コーナーを攻める!最高シフトからのクラッチ。2速でエンブレ、そして僕らはハングオンを決めた。コーナーの立ち上がりに見たものは!
「はい!授業始めるぞ~」
古文のゴリラオヤジの顔だった。
次の休み時間。
「今度はお前の番だぜ!」
と、友達は言って、僕に椅子を差し出した。
「マジかよ~!椅子縛りかよ!?」
仕方がないから考えた。
「よし!山に登ろう」
僕らはエベレストに登っていた。
「えー只今、頂上まであと200となりました。そちらから確認出来ますか?」
僕は無線でベースキャンプと交信した。
「えーこちらでは確認出来ません。非常にガスが濃いです。無理せず頂上アタックをお願いします」
「了解しました」
僕がそう言って、足を上げると……
「それが彼の最期の通信だった」
と、理科の先生がナレーションしていた。
「それでは!授業始めます」
次の休み時間は、昼休みだった。
「いや~椅子縛りは面白かったなあ。じゃあ飯食おうぜ!」
と、友達は僕の席に来て言った。
「なあ飯だけど……」
僕らはそして中庭にいた。そして椅子に座っていた。僕らは椅子をかついで中庭に来たのだ。
「机も持ってくりゃ良かったなあ」
友達はそろえた膝に弁当置いて、姿勢良く食べていた。
「なんだよ!その格好~」
「仕方ないだろ~!生まれがいいから、足がそろっちゃうんだよ」
僕らは中庭で、昼ご飯を食べた。まだ暑い日差しの中。
「今年は残暑厳しいってさあ」
汗だくになって食べた。
午後の授業になった。とにかくとにかく退屈だ。時計のやつは壊れてんじゃないかというくらい、全く針が進まなかった。僕は次の椅子ネタを考えていた。
やっと休み時間になった。
「お前の番だせ!」
と、友達は言った。僕は……
「もう降参!!」
と、言った。なんにもアイデアが浮かばなかった。
放課後になった。
「なあ今日は、うち来いよ!」
てな訳で友達の家に言った。友達の家の駐車場には、スズキのカタナが置いてあった。友達は……
『兄貴の形見なんだ』
と、以前に来たときに言っていた。友達の部屋には兄貴の影響か、バイクやエレキの雑誌や漫画が置いてあった。
「今日はこれ読もっと」
僕は違うバイク漫画を読み出した。
「コーラでいいよな?」
「あっうん。じゃあ頼む」
しばらくすると、友達はコーラを持って来た。友達はジャスミンティーを飲んでいた。しばらくして……
「ぶはっ!」
僕は思わず吹き出した。
「そのシーン笑えるよな!」
と、友達は言った。
「お前分かるの?」
「それぐらい分かるさ」
友達はベッドの上で足を組み直した。またしばらくして、僕は漫画を読み終えた。漫画から目を離して前を見ると、ベッドの前に座ってたから、友達のパンツが丸見えだった。
「お前さあ、足ぐらい閉じてろよ~!」
と、僕は言った。縞パンだった。
「あっごめん」
友達は足を揃えてお姉さん座りになった。そして本当に済まなそうにしていた。僕は冗談のつもりだったから悪い気がした。
「そういや、ハングオンしてる時、パンツ見えてんだけど……」
「パンツ程度で動揺すんな!サービスだよ。サービスサービス」
友達は明らかに動揺していた。
「誰かに見られたかな?」
問題はそこか!?
「大丈夫、僕だけだった」
「じゃあ良かった」
なにがいいんだ!?と思い言いかけた瞬間、友達は読みかけの雑誌に目をやっていた。なので、僕は言葉を引っ込めた。しばらくして……
「なあ、お前は縞パン好きか?」
友達は僕に言った。
「えっ!?」
「縞パン」
僕は正直に答えた。
「まあ縞パン好きだけど……」
「じゃあ良かった」
友達は雑誌から目を離さずに僕に言った。漫画を読み終えた僕は、手持ち無沙汰になり、部屋の片隅に置かれた、友達のギターをおもむろに触った。
「アンプつなぐか?」
と、友達は言った。
「いやいい」
僕はストラトキャスターのヘッドから、ピックを取ると、ブルーノートを爪弾いた。
「お前、上手くなったなあ」
友達は言った。
「ただ単に音階を弾いただけだよ。何かリフっぽいメロディーが弾ける訳じゃないし」
僕もギターを持っていた。友達と同じストラトキャスターでなく、僕の持ってるのはレスポールだった。
「お前って、レスポール好きだよなあ」
そう僕はレスポール好きだ。あの形がいい!
「エッチ!」
「えっなんで!?」
「だいたいレスポール好きは、女好きなんだよ~。形からしてそうだよなあ~。ボンキュボンで!」
なんでだよ!?
「密かに、レスポールにパンツ履かせてるに違いない!」
どうしてそんな発想になる!?
「だいたいパンツなんて持ってないし……」
「じゃあオレのあげようか?」
なんでそうなる!?なんか今日はやけに絡むなあ。と、思っていたら……
「なあ、○○ってどう思う?」
と、友達が言った。
「○○?ああ、髪の長い」
「お前、髪長いの好きなんだ」
確かに髪は長い方が好きだけど……
「短くて悪かったな!」
なんでキレてる~!?僕、聞かれた事に答えただけだろ~。
「○○は可愛いよね?」
「まあな」
「○○はギターやってる奴が好きなんだって」
「あっそ」
「○○は……」
それからは、○○って女の話ばかりだった。だから……
「あのさあ。僕は○○の事は良く知らないし!!」
と、つい怒鳴ってしまった。その瞬間、友達はビクッとして、見る見るうちに、目にいっぱいの涙を浮かべていた。
「あっ!こっち見るなっ。こっ、これは違うんだから」
ポロポロポロポロと涙が落ちた。友達はそのまま膝をかかえ、顔を見せないように、うつむいた。そのうち……
スンスン
と、鼻をすする音だけが部屋に響いた。それからどれだけ時間が経っただろうか?西日に部屋が照らされてオレンジ色になった頃。
「ごべんで」
鼻づまりの声で友達が言った。
「ごべんで。ほんどうに、ごべん」
うつむいたまま、膝を思い切り抱えたまま、友達は言った。
「僕さあ。○○は第一、好きでもなんでもないからな」
僕はそう言うのが精一杯だった。そして付け加えた。
「あと僕、……髪短いのも好きだから。じゃあ今日は帰るな」
僕はそう言うと、友達の部屋を出た。帰り際、駐車場のカタナを見た。左のステップと左のミラーが折れていた。そしてカウルが少し傷ついていた。なんだか今日はカタナが悲しく見えた。次の日……
「そういや、お前ら付き合ってんの?」
男友達の一人に聞かれた。良く聞かれる言葉。
「いや、付き合ってはないと思うよ」
「なんだよ~それ~!?」
男友達は笑っていた。僕と友達は、同じクラスになってから知り合った。
『ねえ、今日。楽器屋行かない?』
そう言ったのが友達だった。その日、二人で楽器屋に行った。
『雑誌見てたからさあ。休み時間』
友達は、僕と同じ音楽雑誌を読んでいたのが分かった。
『オレ、オーバードライブ好きなんだよなあ』
という友達の言葉に……
『僕はクリアトーンで、コンプレッサーかな』
と、話していたのを覚えている。そして楽器屋ではエフェクターにギターをつないで響きを楽しんだのだった。
『久しぶりに楽器屋に行こうかな』
僕は学校が終わると、そのまま楽器屋へ行ったのだった。駅前の通りを抜けると、良く行く楽器屋があった。僕はここに来て色んなギターに触れるのが好きだった。
「なんかあったかい?」
店長が僕に聞いて来た。
「いえ別に」
僕は答えた。僕は吊ってあるレスポールを見た。トラ目のクリア塗装の奴だ。
「なあ、たまにはこれ弾いてみなよ?」
店長は、上の方にある、ES335を取ってくれた。年代物で僕にはとても買えない物だった。
「まずはエフェクター無しで味わってくれよ」
そういうと、店長はシールドをフェンダーアンプに差し込んだ。しばらく弾くと……
「じゃあエフェクターな。まずはオーバードライブ」
ソリッドに近い、倍音の効いた音の波がエフェクターでさらに響き渡った。
「リバーブもいいよ。ディストーションも気持ちいいから」
店長は色々とエフェクターをつないでくれた。ES335の綺麗な歪みに、僕は酔った。明らかに音が違っていた。その後、店長はグレッチを出してくれた。
『今日はなんか、いっぱい弾いちゃったなあ』
時計を見ると7時になっていた。4時半に楽器屋に入ったから、かれこれ2時間半も弾いていたのだ。僕は楽器屋をあとにした。
それからしばらく、僕は楽器屋に入り浸っていた。その間、友達とは全く遊ばなかった。そしてある日……
「なあ今日ヒマか?」
友達が、登校して早々に僕に聞いた。
「ああ大丈夫だよ」
と、答えると……
「そうか」
と、言って友達は自分の席に戻った。そして放課後になった。
「ちょっと来てくれ」
と、友達は言うと通学路とは反対の方向に歩き出した。しばらく歩くと公園に着いた。そこには銀色のカタナがあった。
「直したの?」
と、僕は聞いた。
「後ろに乗って」
友達は僕に、メットを渡した。メットは僕の頭にぴったりだった。
ヴォーン!
と、エンジンがかかる。僕は友達の後ろに乗った。
「しっかりつかまって」
友達は僕の両手をつかむと、自分の腰から前に引っ張りお腹で結ばせた。
『えっ!マジかよ。これって抱き締めてる事になるじゃん!?』
と、思ったのもつかの間、カタナは走り出し、僕は振り落とされないよう、友達を抱き締めざるをえないのだった。
一時間ほど走っただろうか?カタナは大きな公園に止まった。僕が降りると友達もスカートをひるがえしながらカタナから降りた。縞パンが見えた。メットと脱ぐ。友達はすぐに……
「飲み物買ってくる」
と、言って自販機に向かった。しばらくするとコーラと午後ティーを持って、友達が帰って来た。僕らは、飲みながら次の言葉を考えていた。遠くでサックスの音が聴こえる。沈黙を破ったのは友達だった。
「本当は一年の時から知ってたんだ。でも言えなかった。友達から先になれなくて、友達にすらなれなくなるのが怖かった」
と、彼女は言った。
「オレ達は友達で、だから友情でつながっていて……だけどオレ……」
友達は下を向いていた。
「僕も前から知ってたよ。キミが1年の時から」
「えっ!?」
「やっとこっち向いてくれたな!」
僕は彼女と目が合わせられて、嬉しくてニカッと笑った。でも彼女は真っ赤になってすぐにうつむいてしまった。しばらく沈黙が続いた。
「可愛いなあって、思ってたんだよ」
次に沈黙を破ったのは、僕だった。
「えっ嘘?」
「本当だよ。そういや髪長かったよね?」
と、僕が言うと……
「やっぱり長い髪が好きなんじゃん」
と、友達はつぶやいた。
「だけど髪をばっさりと切ったんだよね」
友達はビクッとした。
「兄貴が……兄貴が死んだから」
と、友達はつぶやいた。
「オレは兄貴が大好きだった。兄貴のようになりたかった。だから死んだ兄貴のように髪を短くしたんだ」
彼女の髪はスポーツ刈りだった。一見したら柔道か空手をしているのかと思うほどだ。それなりに似合っていたし格好も良かった。
「でも私は女で、兄貴のいる世界には近づけなかった」
僕は彼女の部屋を思い浮かべていた。男の子のような部屋。趣味はギターやバイク。きっと沢山、背伸びしたんだ。僕はそう思うと胸が詰まる思いがした。
「キミはキミのままでいいと思うよ」
僕はそう言うのが精一杯だった。僕はコーラを飲んだ。遠くから聴こえるサックスの音色はブルースを奏でていた。夕陽が沈んでいく。
「帰ろっか?」
と、彼女が言った。彼女はメットをかぶるとカタナにまたがった。
ヴォーン
と、いうエンジン音と共に、ヘッドライトが木々を照らした。
「乗って!」
彼女の声に、僕もメットをかぶると後ろに乗った。そして彼女にギュッとつかまった。
次の日からは、いつもと同じ日々が始まった。
「「なあ、なんか面白い事ないかなあ」」
僕らはハモった。僕らは退屈で死にそうだった。高校2年の中だるみ。部活もバイトもしてない僕らは、とにかくとにかく退屈だった。
「なんかない?」
「そうだなあ……」
僕はペン回しを始めた。
「どうやんの?」
「中指と親指ではじくんだよ!」
「わっ!」
友達がはじいたシャーペンが僕に飛んで来た。シャーペンは僕の頬にぶつかった。
「ごめ~ん!」
友達は慌てて謝った。
「大丈夫だよ」
僕はそう言ったけど……
「あっ!血が出てる~。ごめんねごめんね」
友達は明らかに焦っていた。友達はスカートに手を入れてハンカチを取り出した。そして僕の頬に当てようとして……
ガタンッ!
こけて、僕に倒れて来た。そしてそのまま、僕も一緒に椅子ごと倒れたのだった。周りに誰もいなければ、きっとそのまま、彼女を抱き締めていた所なのだが……
「おっ!またまた夫婦で何かしてる~」
男友達が冷やかしの声を上げた。周りの友達が僕らを見て笑っていた。
「ごめんね、ごめんね」
友達は僕に覆い被さりながら、僕に必死に謝っていた。なんとか友達をどけて、僕は起きあがると……
「大丈夫だよ」
と、友達に言った。目が合った。彼女は顔を真っ赤にしている。そう、いましがたしてしまったのだ。こうして、いつものごとく……
『唇、柔らかかったなあ』
退屈な日常は、続いていくのだった。
おしまい
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