| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

紅葉

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

4部分:第四章


第四章

「これもじゃ。幻ではないぞ」
「くっ・・・・・・」
「言った筈じゃ。人にわらわは倒せぬ」
 その火の玉を必死にかわる維茂に対してまた言う。
「決してな。さあ、覚悟せよ」
「生憎私は諦めが悪い」
 火の玉が一旦終わったところで構えなおしてまた言うのだった。
「この程度で諦めるとは思わないことだな」
「ではどうするのじゃ?」
「手はまだある」 
 そしてこう言うのである。
「まだな。それを今から見せよう」
「むうっ!?」
「受けるがいい」 
 そう言いながら懐に手を入れる。そしてあの小刀を出してきた。
「これなら。どうだっ」
 左手に持ちすぐに投げる。それは一直線に紅葉に襲い掛かる。
 その速さはさしもの紅葉といえどかわせるものではなかった。そして。妖術が通用するものでもなかった。小刀は彼女の喉に深々と突き刺さったのであった。
「ぬう・・・・・・」
「やはりこれはかわせなかったな」
 小刀を放った維茂は静かに述べた。
「この小刀だけはな」
「まさか。人の刃がわらわに突き刺さるとは」
「これは唯の小刀ではない」
 用心の為に再び構えに戻って紅葉に告げる。
「これはな」
「では何じゃ」
 呻きつつ維茂に対して問う。
「この小刀は。この痛みを与えるものは」
「小烏丸」
 小刀の名を告げた。
「これがこの小刀の名だ」
「これがか」
「そうだ。我が平家に伝わる降魔の小刀」
 苦しむ紅葉に対して告げる。
「これがな」
「むうう・・・・・・ぬかったわ」
「貴殿の罪、これで清められる」
 見れば紅葉の顔が変わってきていた。それまで恐ろしい鬼の顔であったのが今では最初の美女のものに戻っていた。人の顔に戻ってきていたのだ。
「大人しく成仏するのじゃ」
「誰が・・・・・・」
 しかし紅葉は維茂のその言葉を受けようとはしなかった。
「誰がその様なことを」
「無駄だ。その小刀は鬼や邪なる者を滅するもの」
 まだあがく紅葉に対して厳然と告げる。
「それを喉に受けたならば。貴殿とてな」
「わらわは誓ったのじゃ。第六天魔王に」
 最後にこの名前を口に出してきた。
「この国を滅ぼし、恐怖で塗り潰すとな。それでここで滅するわけにはいかぬのだ」
「これも運命だ」
 また維茂は厳然と告げる。
「諦めるのだ。最早な」
「誰が・・・・・・誰がその様なことを」
 紅葉の姿が消えようとしていた。まるで煙の様に。しかしそれでも彼女は何とか生きようとしていた。それは恐ろしいまでの執念であった。
「わらわは・・・・・・わらわは」 
 だがそれももう終わりだった。遂に紅葉の命は尽きその姿が消え去った。消え去ると同時に無数の紅葉の葉が舞い小烏丸はその中に落ちた。
「終わりか」
 維茂はその舞う紅葉の葉と落ちた小刀を見て呟く。
「妄執も何も。だが」
 小刀に歩み寄る。そうしてそれを拾い上げて収める。もうそこには鬼の気配は微塵もなかった。
 消えたその気配を感じつつ周りを見る。周りには酔い潰れて寝たままになっている供の者達と紅葉の葉があるだけだった。
 それを見つつ彼は剣を収めた。そしてそのうえで供の者達に声をかけていく。
「これ、起きよ」
「はい?」
「起きよというのだ」
 穏やかな声で彼等の肩をゆすって声をかけていく。
「寝ていると風邪をひくぞ。風邪を」
「おっと、これは」
「失礼しました」
「さて。これからどうするのじゃ?」
 維茂は何とか目を醒ました彼等に対して問う。
「まだ飲むのか?どうするのじゃ?」
「そうですね。それでは」
「飲みなおしますか」
「ふむ。また飲むというのか」
 彼等の言葉にまずは目をしばたかせる。
「もう遅いぞ。それでもよいのか?」
「あれ、そうなのですか」
「もうですか」
「今帰ればもう夜じゃ」
 このことを供の者達に告げる。
「続きは屋敷でじゃ。どうじゃ?」
「宜しいのですか?それは」
「私共などと」
「よいよい」
 彼等の謙遜を笑って受け流す維茂だった。
「皆で飲もうぞ。楽しくな」
「そこまで仰って下さるのでしたら」
「それなら」
 彼等も維茂の言葉に頷いた。
「是非。御願いします」
「しかし。何事もなくてよかったです」
 彼等は紅葉のことには気付いていなかった。だから維茂から見れば実に呑気な話だった。
「鬼は出なかったようで」
「有り難いことです」
「紅葉が奇麗じゃったぞ」
 その彼等に対して維茂はこう言うだけだった。
「それはな。見事じゃ」
「左様ですか」
「少し持って行こう」
 落ちている紅葉の葉のうちの一つを拾って述べた。
「後はこれをな。肴にして屋敷で」
「飲みますか」
「どうじゃ?それで」
 あらためて供の者達に問うた。
「食べる肴もよいが見る肴もよいぞ」
「そうですな。それは」
「確かに」
「では決まりじゃな。持って帰るぞ」
「はい、是非」
「御願いします」
 彼等も維茂の言葉を受けて頷いた。
「では今から」
「帰りましょう」
「お屋敷へ」
「秋が深くなってくる」
 皆が帰ろうと立ち上がったところで維茂も立ち上がり呟いた。
「しかし。業もまた。深くなりそれは果てしないものなのじゃな」
 こう呟きながら拾った紅葉を見る。紅のそれは静かにその色を維茂に見せている。何も語ることはなく。ただその色を見せているだけであった。


紅葉   完


                 2008・10・8
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧