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紅葉

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3部分:第三章


第三章

「世を騒がし多くの民を害した罪、今ここで清めてやろう」
「清めてやるというのか」
「若しくは降れ」
 こうも紅葉に告げるのだった。
「帝に。降れ。どちらにするのだ?」
「どちらも採るつもりはない」
 冷笑と共に維茂に告げた言葉であった。その整った顔の口が耳まで裂け歯は牙になっていた。手にも紅く禍々しい爪が伸びている。
「帝じゃと?朝廷じゃと?」
「本朝は降ればそれで許す」
 このことは保障する維茂だった。
「必ずな。だから降るのだ」
「誰が降るものか」
 しかし紅葉は維茂のこの言葉をまた冷笑で受け流すだけであった。
「誰が。笑止千万よ」
「降らぬというのか」
「わらわはそもそもみちのくにおったのじゃ」
「みちのくだと」
 後の奥州だ。
「そこで摩利支天の加護を受け生まれたのよ」
「第六天魔王のか」
 摩利支天は長い間信仰されると共に魔王として恐れられてもきた。軍神としての二面性でありこれは相反するものでは決してなかったのである。
「そして都に入ったのじゃが」
「それは知っている」
 鋭い目で維茂は答えた。
「平経基殿の側室となり世を騒がそうとしていたのだな」
「すんでのところで見つかったがのう」
「そして今はこの信濃でか」
「その通りじゃ」
 また維茂に対して答える。
「今度こそこの国を混乱と恐怖の坩堝に陥れてくれるわ」
「では。降らないのじゃな」
「当然じゃ。無論敗れるつもりもない」
 やはりそのつもりもないのだった。
「汝を倒し。そしてこの国を荒らし回ってやるわ」
「わかった」
 維茂はそれを聞いて静かに頷いた。この間も刀は構えたままだ。
「それではだ。斬る」
「左様か」
「貴殿を斬る。覚悟するのだな」
「わらわはそう簡単にやられはせぬぞ」
「鬼だからか?」
「鬼は死ぬことはない」
 紅葉はそこに絶対の自信を持っているのだった。
「決してな。死ぬことはないぞ」
「さて。それどうかな」
 ここでまた一歩摺り足で出る維茂だった。
「私とてただここに来たわけではない」
「ほう」
 紅葉は今の言葉を聞いて楽しそうに目を細めさせる。その目は赤く血走っておりまさに鬼の目そのものだった。赤く禍々しく光る鬼の目であった。
「ではどうするのじゃ?」
「斬る」
 一言だった。
「貴殿をな。参るぞ」
「来るか」
「死ぬのだ」
 言いながら刀を振り下ろす。しかし紅葉はそれを己の爪で受け止めるのだった。
「受けたというのか。私の刀を」
「言った筈じゃぞ。鬼は死ぬことはないと」
「こういうことか」
「唯の人が倒せると思うのか」
 悠然と言葉を返しその刀をゆっくりと上にやってみせた。
「今度はわらわの番じゃぞ」
「くっ・・・・・・」
 何とその爪が伸びてきた。鍔競り合いになっていたがそれは次第に紅葉の優勢になっていた。そのうえでのこの爪であった。
「死ぬのじゃ。これでな」
 紅葉の笑みがさらに禍々しいものになった。伸びる五本の爪はそのまま維茂の腹に襲い掛かる。鬼女はここで勝利を確信していた。しかしであった。
 維茂もさる者だ。ここで紅葉が思いも寄らぬ行動に出たのであった。
「そうはいかんぞっ」
「何じゃとっ!?」 
 一旦後ろに跳んで間合いを離しそのうえで右にかわしたのである。それによりすんでのところで爪をかわした。衣を破られただけで済んだのだ。
「危ないところだったな」
「わらわの爪をかわしたか」
 紅葉は今の維茂を見て顔に浮かべていた笑みを完全に消した。
「どうやら。やるようじゃな」
「腕に覚えがなくてここに来たりはしない」
 維茂は再び刀を構えつつ紅葉に言葉を返した。
「決してな」
「ではわらわをどうしても倒すつもりか」
「名前は聞いた」
 これが維茂の返答であった。
「それならばな。最早逃げることはできぬ筈だ」
「如何にも。それではだ」
 その目がさらに赤く輝いた。禍々しさがさらに増す。
「死ぬがよいぞ。ここでな」8
「参るっ」
 音もなく摺り足で接近し今度は突きを入れる。
「これならばどうかっ」
 それは一度ではなかった。二度、三度と続けて突きを入れる。しかしそれは紅葉の身体をすり抜けるだけであった。ただ宙を突いているだけであった。
「むっ!?」
「見事な剣術なのは確かじゃ」
 刀をすり抜けさせている紅葉は悠然と笑っていた。
「じゃが。それだけではわらわは倒せぬぞ」
「妖術か!?」
「さてな」
 悠然と笑ってその言葉には答えない。
「何であろうな。しかしじゃ」
「むっ!?」 
「これは幻ではないぞ」
 今度は爪は伸ばさなかった。それで上から引き裂こうとした。維茂はそれを咄嗟に後ろに飛び退いてかわした。また危ういところで難を逃れることができた。
 しかし今度はそれで終わりではなかった。何と手の平から次々の火の玉を打ち出してきたのだ。それで維茂を焼こうというのだ。
 
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