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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン22 鉄砲水と手札の天使

 
前書き
前回のあらすじ:稲石さんに見事にボコられた清明。そこで気になることを言われ、弱小カードが捨ててあった古井戸に行ってみるのだった。

2015年4月19日現在、いまだ性別不明の今回のキーカード。
とりあえずうちでは女の子として押し通しますのでご了承ください。
 

 
「あいっかわらず寂れてんねえ」

 もう4回目になる頭にかかった蜘蛛の巣を払いのける作業を終え、思わず文句が出る。去年来た時も大概だったけど、今年は輪をかけてひどい。足元は雑草だらけだし、木の間には今どけたもの以外にも直径1メートル近い蜘蛛の巣がぽつぽつかかってるし、おまけにふと上を見ればカードの亡霊がゆるゆる飛び回っている。

「えーっと、道はこっちだったっけか」

 こうは言ったものの、別に迷っているわけではない。地図あるし。稲石さんの廃寮を出てから一言も喋らないチャクチャルさんから何かしらの反応を返してもらおうと水を向けたのだ。

「いやー、今日は晴れてるね」

 なるほど、これも無視、か。気まずい。これ以上やってもこっちが精神的にダメージ受けるだけで終わりそうだったので、諦めて無言で歩くことにする。結局例の古井戸にたどり着くまで、誰も何もしゃべることはなかった。

「どれ、もうカードは全部回収したはずだけど……」

 この地点のみにピンポイントで地震なんて、カードの仕業としか考えられない。ただ問題は、そんな強力な精霊がいたのならもっと早くに誰かしらが気づいてなきゃおかしいということだ。つまり、最近になって誰かが捨てたカードなのか、あるいはその逆で……。相変わらず返事してくんないチャクチャルさんを少し本気で心配しつつ、自分の考えを口に出す。

「ずっと前からあるカードがたまたま前に来たときは見つからないようになってたか。で、いいんだよね?」

 最後のセリフはチャクチャルさんへのものではない。井戸の奥深く、どうも土砂崩れか何かのせいで埋まっていたのが半分ほど出ていたらしい、かすかに見える小さなお(やしろ)の一部とその前でこちらに背を向けてうずくまる茶色い和服を着た銀髪の女の子に対して確認を取ったものだ。
 女の子は僕が声をかけてもピクリとも動かず、ひたすらじっとうずくまっている。腰のあたりに鋭そうな鎌を指しているのが少し引っかかったが、いざとなれば霧の王たちに助けてもらえばいいさと思い切って飛び降りてみる。

「よっ……あ()っ!?」
『………』

 女の子の手前格好つけようとした罰が当たったのか、着地の瞬間泥に足を取られて変な方向に足をひねってしまい、足首のあたりから嫌な感触が伝わってくる。これ、ちゃんと自力で上まで登れるだろうか。面倒だからってはしごやロープを持ってこなかった自分を呪いながら、湿った地面の上でどうにかあぐらをかく。

「い、痛ったぁ……!わ、悪いけど、しばらく休ませてもらうよ」

 女の子の沈黙を肯定と受け取り、そのまま持ってきた荷物に手を伸ばす。稲石さんと別れたのがお昼ちょっと前。なんやかんやで今が12時半ぐらいだから、1時ごろには動けるようになるだろう。じっとしているのも暇なので、長丁場になるかもとわざわざ寮まで一回戻って作ってきたお弁当でも食べようかと包みを開く。真っ白なおにぎりに別で持ってきた海苔を巻き、最近作ってみた浅漬けをポリポリやりながらかぶりつく。うん、ちゃんと米全体に塩の味がほんのりついて、パリッとした海苔の感触と相まってなかなかおいしい。こういうのを手前味噌っていうんだろうけど。あ、味噌もおかずとしてはいいなあ。今度こぼさずに持ち歩ける保存法を考えてみよう。いっそおにぎり自体の具にしてみようか。

『………!』

 あれ。ふと気が付くと目の前の子がこちらに振り返っていて、きれいな赤い目でじーっと残りのおにぎりを物欲しそうに見つめていた。

「えっと、欲しいの?」
『……ッ!』

 思わず声をかけると慌ててそっぽを向くが、視線はばっちりお米の方に注がれているのが丸わかりだ。その証拠に2個目を掴もうとして手を動かすとそっちに視線がついてくる。右に動かせば右を見て、左に動かせば左を見る、といった具合だ。ちょっと面白かったので1、2往復ほどしてから、あんまりいじめるのもかわいそうかともう一度声をかける。

「ごめんごめん。あいにく僕は動けないからね、こっちおいでよ。別に何もしやしないからさ、一緒に食べよ」
『………』

 これは、地雷踏んだだろうか。バリバリの警戒心と殺意のこもった瞳でこちらを見つめる彼女の白い顔を見ながら、冷や汗がつうっと流れていることにぼんやりと気づいた。見た目が人間の女の子だから、心のどこかで油断していたんだろうか。人間とは比べ物にならないぐらいの力を持った精霊だってことぐらい、自力で壁を壊してお社ごと外に出たことから気づいてもよさそうなものだったのに。僕の喉に押し付けられた鋭い(なた)がその証拠だ。目にもとまらぬスピードで後ろに回り込み、こちらの両腕を細腕からは想像もできないような怪力で抑え込みつつもう片方の手で首にこんなものを押し付けるなんて、並みの芸当じゃない。いまだに落ち着いていられるのは、もう命がけにはこの1年ちょいで慣れっこになったからだろうか。とはいえそれは全てデュエルでの話、こんなふうに物理的に命が危ないのは初めてで逆に現実感がない。

「え、えっと」
『……?』

 とにかく何か喋ろうとすると、首に押し付けた鉈を軽く動かすジェスチャーをする。いらんことしたらその場で首を斬るぞ、ってことだろう。だけど逆に考えれば、ともかくも喋るお許しが出たみたいだ。
 とはいえ、特に何か言いたいことを考えていたわけではない。さて、どうしようか。僕の精霊を呼び出したとしても、多分ここまで密着された状況なら何かしらのアクションを取る前にばっさりやられるだろう。というか、だから皆こんなピンチでも助けに出てこれてないんだろうし。アクア・ジェットをはじめとした魔法、罠カードを実体化させたらどうだろうか、ともチラッと考えたが、割と自由にこっちの世界に出入りできるモンスターの精霊と違ってあの手のカードはいちいちデッキから引き出さないと実体化させることができない。チャクチャルさんが前に教えてくれたけど、この問題はカードに関する不思議な力を持つ超能力者、サイコデュエリストのカード実体化部門でもなかなか克服できない課題だったらしい。
 とにかく何か喋りつつここから抜け出すためのヒントを掴もうとして、視線をずらす。そもそもこの子は、さっきまで何もしてこなかったのになんでいきなり怒ったんだろう。解説という名の精霊通訳者、チャクチャルさんは相変わらず沈黙したままだ。どこかへ行っちゃったわけじゃないのは感じるけれど、何かアクションを起こすだけの力がないらしい。

『………』

 許可したにもかかわらずいつまでたっても何も言いださないことにしびれを切らしたのか、不機嫌そうに彼女が地面を蹴る。小石を蹴り飛ばしたらしい音に気を取られ、ふとそちらに目を動かしてみると、見えた。別にやらしい意味じゃない。なんとかこの場を生き延びるための手が見えたのだ。とはいえよくよく考えてみれば、彼女がデュエルモンスターズの精霊で、しかも人型である以上この方法が一番手っ取り早く平和的なのは明らかなはずだった。単にテンパって気づかなかっただけで。

「ね、ねぇ。僕と、デュエルしようよ」
『………』
「そのデュエルディスク、君のでしょ?デュエリストならこんな物騒なものしまって、カードで言いたいこと言えばいいんだしさ」
『……』

 ほんの少し、締め付ける腕の力が弱まったような気がした。ここはもうひと押しとみて、あえて黙ることにする。この場でペラペラしゃべることは、少なくとも彼女が相手の場合決してプラスにはならない。伝えたいことは伝えたのだから、後はそちらの判断に任せるということを態度で伝えるのだ。

『……!』

 これが結果的によかったのだろう。ふわり、と音もなく飛び上がった彼女は驚異的なジャンプ力で空中一回転をかましつつ数メートル離れた位置に着地した。そして腰につけていた驚くほど古いタイプの、いつかニュースで見たことあるヨーヨーの親玉かカップ焼きそばのデカいのみたいな回転式のデュエルディスク第一号ほどではないものの、そのすぐ後に開発されたモデルと思しきデュエルディスクを腕にはめる。

「自分で言い出したこととはいえ、なーんでこんなことになってるんだか。……なんだっていいよね、別に。それじゃあ、デュエルと洒落込もうか」

 結局、言ってみればいつもとやってることは何一つ変わらないのだ。ならそれでいいかと納得し、カードを引く。どれ、僕が後攻か。彼女の最初の動きをうかがうべく、フィールドに目をやる。少女の見た目からは想像もつかないがなんだか妙に様になっている動きで、クイックイッと指を動かす彼女が見えた。
 ………え、嘘。もう終わり?いくらカード引けない先攻だからって、ホントに何もなし?事故ったんならいいけど、ここまで何もないとかえって不気味だ。

「調子狂うなあ……」

 とはいえ、僕だってもうデュエルアカデミアの2年。こんな盤面で何を警戒すればいいかはわかる。それはずばり、冥府の使者ゴーズだ。奴の特殊能力は、フィールドで何もない状態でダメージを受けた時に特殊召喚してそれが戦闘ならダメージがそのままステータスになるカイエントークンを生み、効果ダメージならそのダメージをこっちにも押し付けることだ。
 その攻撃に対処する手は、もうこの手札に揃っている。動きを脳内で軽くシュミレーションしてから、もう一度手札を確認して動き出す。

「水属性モンスターのシャーク・サッカーを召喚して、そのままリリース!こうすることで手札のシャークラーケンは特殊召喚できる」

 シャークラーケン 攻2400

「バトル、シャークラーケンでダイレクトアタック!」

 シャークラーケン 攻2400→無口な少女(直接攻撃)
 無口な少女 LP4000→1600

『………っ!』

 やっぱりお出ましか。大方の予想が当たり、シャークラーケンの攻撃をトリガーとして彼女の足元にぽっかりと深い穴が開き、冥府の階段を上って二人の使者がフィールドに乱入してくる。

 冥府の使者ゴーズ 攻2700
 冥府の使者カイエントークン 攻2400

 だけど、その展開は予想済み。僕の手札にはフィールド魔法、ウォーターワールドがある。これを使えばシャークラーケンの攻撃力は2900まで上昇し、2体の使者でも突破できないほどの火力を手に入れることができる。あえてメイン1ではなくメイン2に使うことで、戦闘ダメージと同じ攻撃力になるカイエントークンをすり抜けるのが僕の狙いだ。

『……』

 そんな思いを見透かしたように軽く笑う彼女。手札からさらに1枚のカードを見せ、それをモンスターゾーンに置く。しまった、そのカードも持っていたのか。トラゴエディアは戦闘ダメージに反応して手札から出てくるモンスターで、手札の枚数によって変動するステータスを持つだけでなく墓地のモンスターを利用してレベルを変動させる効果と、手札のモンスターを利用して相手モンスターを洗脳する効果を持つ。一瞬嫌な予感もしたが、まさかだからといってウォーターワールドを発動しなければゴーズに一方的にやられてしまう。

 トラゴエディア 攻?→1800 守?→1800

「メ、メイン2に移ってフィールド魔法、ウォーターワールドを発動。カードを2枚セットして、ターンエンド」

 シャークラーケン 攻2400→2900 守2100→1700

 無口な少女 LP1600 手札:3
モンスター:冥府の使者ゴーズ(攻)
      冥府の使者カイエントークン(攻)
      トラゴエディア(攻)
魔法・罠:なし

 清明 LP4000 手札:2
モンスター:シャークラーケン(攻)
魔法・罠:2(伏せ)
場:ウォーターワールド

『……』

 また、1枚のモンスターを見せてくる。今度は何事かと覗き込むと、それはレベルもステータスも低い天道虫。

 無口な少女 LP1600→2100

 井戸の入り口の真下に立っているため日光が差し込んで明るい僕の位置とは違い、彼女が立っているのはやや奥の方。ただでさえ薄暗いうえに遠いカードを見分けるために素の視力だけでは足りずダークシグナーの力までフル稼働して、ようやく彼女が何をしたのか理解する。あれは黄金の天道虫(ゴールデン・レディバグ)というカードで、スタンバイフェイズからエンドフェイズまで公開することで500ポイントのライフを回復できるカードだ。

『……』

 手札からレベル6のモンスター、カオス・ソーサラーを見せ、そのカードとトラゴエディアをそれぞれ指さしてから墓地に送る。なるほど、コントロールを奪う効果を使った、ってわけか。

『……!』

 彼女のフィールドにいる4体のモンスターの攻撃力合計は、こっちのライフ4000なんぞはるかに上回る。なるほど、デュエルの腕もなかなかのものだ。

「だけど、まだ甘いね!リバーストラップ、バブル・ブリンガー!このカードの効果で、お互いにレベル4以上のモンスターじゃあ直接攻撃できない!」

 足元から泡の壁が立ち上り、僕の周りを包み込んで攻撃を防ぐ盾になる。これでこのターンをしのいで………

『……』
「サ、サイクロン……」

 永続トラップはチェーンして破壊されると、その効果が一切適用されない。結局4体の攻撃は止まることなくこちらに襲い掛かった。ええい、至善の策が駄目なら次善の策だ!

「最初の一回、トラゴエディアの攻撃はそのまま受ける!」

 トラゴエディア 攻1200→清明(直接攻撃)
 清明 LP4000→2800

「まだまだっ!次、カイエンの攻撃も受ける!」

 冥府の使者カイエントークン 攻2400→清明(直接攻撃)
 清明 LP2800→400

 あっという間にわずか400までライフが減る。これまでの僕ならこのままなすすべもなくやられていただろうけど、もう違う。これは、僕が進歩しているという僕自身への証明のデュエルでもあるのだ。

「だいぶ削られたけど、もうここで止まる僕じゃない!早速助けてもらうよ稲石さん、相手の直接攻撃宣言時に手札からゴーストリック・フロストの効果を発動!攻撃モンスターを裏側守備表示にして、さらにこのモンスターを裏側守備表示で特殊召喚!」

 シャークラーケン→???(セット)
 ???(ゴーストリック・フロスト)

「最後のゴーズの攻撃に対してトラップカード、ポセイドン・ウェーブを発動。その攻撃は無効にする」
『………』

 攻撃を終えても特に何か言うわけでもないが、どこか不思議そうな目でこちらを見る少女。何が言いたいのかと少し考え、フロストの効果に思い当たる。

「ああ、なんでカイエントークンの攻撃にフロストを発動しなかったのかって?」
『……』

 コクリ、と頷く少女。確かに、そのタイミングでフロストを使えば裏側表示になるということがないトークンはそのまま破壊できていただろう。

「でも、そういうわけにもいかないのよねこれが。そのシャークラーケン、やっぱり僕のカードだからさ。倒すにしろアドバンス召喚の素材にされるにしろ、せめてその様子を見たくなかったしシャークラーケンにも見せたくなかったって言うか、なんていうか。んー、なんかうまく説明できないけど、こういうのって気分の問題だしね」

 自分のカードを自分で倒すのも、他の誰かに利用されるのも見たくないし、そのカード自体にも見せたくない。ばかげた話かもしれないけど、あのフロストの効果を受けた瞬間のシャークラーケンのどこかほっとしたような顔。それが見えただけでも、十分あのタイミングで使う価値はあった。と、僕は思う。だいたいそんなことを言って聞かせると、彼女はどこか寂しそうで羨ましそうで、でもかすかに嬉しそうな微妙な表情で頷いた。そして、またこちらを手招きする。もしかして、あのデッキは魔法も罠もほとんど使わないフルモン寄りの【ドローゴー】ってことなんだろうか。だとしたらちょっとこのカードはもったいないかも。

「僕のターン、ドロー。ゴーストリック・フロストをリリースしてアドバンス召喚!さあ出番だよ、氷帝メビウス!」

 氷帝メビウス 攻2400→2900 守1000→600

「メビウスの攻撃力は2900……ここは、トラゴエディアを攻撃!シャークラーケンの仇、アイス・ランス!」
『………!』

 氷帝メビウス 攻2900→トラゴエディア 攻1200(破壊)
 無口な少女 LP2100→400

 トラゴエディアが倒れたことで、もうこれ以上のコントロール奪取は防ぐことができた。さすがに防御札はもう手札にない、ここからは手札が肥えるまでなんとかメビウスに持ちこたえてもらうしかない。

「任せたよ、メビウス。ターンエンド」

 励ましの声をかけ、メビウスがそれに応えてこちらを見て軽く頷く。それを見てまた、彼女がさっきフロストの発動タイミングについて話した時と同じような顔になった。

 無口な少女 LP400 手札:2
モンスター:冥府の使者ゴーズ(攻)
      冥府の使者カイエントークン(攻)
      ???(シャークラーケン・セット)
魔法・罠:なし

 清明 LP400 手札:2
モンスター:氷帝メビウス(攻)
魔法・罠:なし
場:ウォーターワールド

『………』

 無口な少女 LP400→900

 スタンバイフェイズにふたたび黄金の天道虫による回復。そして魔法カード、七星の宝刀。えーっと効果はなになに、手札かフィールドのレベル7モンスターを除外して2枚ドローと。なるほど、ゴーズじゃ勝てないと踏んでいちかばちかのドローに繋げてきたのか。

 冥府の使者カイエントークン 攻2400→守2400

 さらにカイエンも守備に変更。どうやらいいカードは引けなかったと見える。

 カードカー・D 攻800

 そしてモンスターの通常召喚。カードカー・Dは召喚時にリリースすることでターンのエンドフェイズになる代わりにカードを2枚引くことができる。さらにドローを狙ってきたのち、問答無用で僕のターンに移行する。   とはいえ、さっきから手札誘発ばっかり使ってくる彼女のデッキなら宝刀はともかくカードカーのデメリットはほぼゼロ。そしてあっちの手札は天道虫入れて5枚、か。あやかりたいものだ。

「僕のターン、ドロー。ふむ、まずはバトル。メビウスでカイエントークンに攻撃、アイス・ランス……なっ!?」

 氷帝メビウス 攻2900→工作列車シグナル・レッド 守1300

 メビウスの氷の槍の前にいきなり割り込んできた1台の小型列車が、なんとその槍を車体で防ぎ切った。

『……』

 もう何度目かもわからない手札誘発。その効果を見ると、今出てきた工作列車シグナル・レッドは相手の攻撃時に手札から特殊召喚してその攻撃を自分に誘導し、さらにその戦闘では破壊されない効果を持つらしい。

「なるほどね。だったらメイン2、モンスターをセットしてターンエンド」

 無口な少女 LP900 手札:4
モンスター:工作列車シグナル・レッド(守)
      冥府の使者カイエントークン(守)
      ???(シャークラーケン・セット)
魔法・罠:なし

 清明 LP400 手札:2
モンスター:氷帝メビウス(攻)
      ???(セット)
魔法・罠:なし
場:ウォーターワールド

……強い。
 何とか今は膠着状態に持っていけているが、手札誘発だらけのデッキを相手に膠着状態なんて愚策そのものだ。考えてみれば、これまで僕が戦ったカードの精霊はみなやたらと強い奴だらけだった。サイコ・ショッカーしかり、ラビエルしかり。

『……』

 無口な少女 LP900→1400

 そして彼女はまた、カードを引いて黄金の天道虫の効果を使うだけで自分のターンを終える。これまでとは全く違う、見たことのない異質なデッキが余計に緊張をかきたて、悪い方へ悪い方へと想像が進んでしまう。

「くっ!僕のターン、ドローッ!」

 気持ちで負けていてはデュエルには勝てない。それがわかっているからこそ、押し寄せる不安を振り払うために必要以上の大声を出す。
 引いたカードは、サルベージ。墓地の水属性モンスターを文字通りサルベージできる効果を持つが、今の墓地にはいまだ対応カードがシャーク・サッカー1体しかいないため発動すらできない。

「メビウスでもう一度カイエントークンに攻撃、アイス・ランスッ!」
『……』

 ピンク色の爬虫類な紳士が、紅茶を飲みながらステッキ片手にカイエントークンの前に立ちはだかる。また手札誘発、それも攻撃誘導系の………えーっと、名前がジェントルーパー?攻撃宣言時に特殊召喚できて、これまた攻撃を誘導する効果があるらしい。シグナル・レッドと違い戦闘破壊耐性がないのが救いだろうか。

 氷帝メビウス 攻2900→ジェントルーパー 守1000(破壊)

 それにしても、これで確信できた。彼女がなぜここまで執拗にカイエントークンを守るのか。間違いなく、彼女は待っている。光属性にとって最強の手札誘発カード、オネストをドローするのを。だから、次だ。あのカイエントークンが次に攻撃表示になったとき、勝負は決まる。

「これで、ターンエンド」

 無口な少女 LP1400 手札:4
モンスター:工作列車シグナル・レッド(守)
      冥府の使者カイエントークン(守)
      ???(シャークラーケン・セット)
魔法・罠:なし

 清明 LP400 手札:3
モンスター:氷帝メビウス(攻)
      ???(セット)
魔法・罠:なし
場:ウォーターワールド

『……』

 無口な少女 LP1400→1900

 このライフ回復も地味ながら効いてきている。もたもたしているうちに、すっかりライフ差が開いてしまった。

『………』

 そしてまた、ターンエンド。
 もう、これ以上待つのは自殺行為だ。こちらの攻撃を誘っているのはわかるけど、だからといって動かないでいることもできない。ここは、そろそろ覚悟を決めよう。

「僕のターン、ドロー……セットモンスターを反転召喚、水晶の占い師!このカードのリバース効果でデッキトップを2枚めくり、そのうち1枚を選択して手札に加えることができる。デッキトップはそれぞれシーラカンスとジョーズマン、ここはシーラカンスを選択。さらに水晶の占い師とメビウスをリリースして、超古深海王シーラカンスをアドバンス召喚!」

 超古深海王シーラカンス 攻2800→3300 守2200→1800

「シーラカンスの効果発動、手札を1枚捨てて、デッキからレベル4以下の魚族を出せるだけ特殊召喚する!行くよ、魚介王の咆哮!」
『……ッ!……!』

 魚の王が空気を震わせて叫ぶ。だけどどうしたことだろう、その姿が急に苦しみだし、まるで毒や呪いでも受けたかのように地面に倒れた。

「な、え?」
『………』

 少女が見せてきたカードに描かれていたのは、まさに少女自身のイラスト。

「なるほど、これが君の本体ってわけね。それでデッキも手札誘発ってわけか……」

 幽鬼(ゆき)うさぎ。フィールド上に存在する魔法か罠、あるいはモンスター効果が発動した時に手札かフィールドから墓地に送ることでそのカードを破壊する能力を持つカード。手札からやってきていきなり破壊するとは、いかにも彼女らしいというかなんというか。

『……』

 まだ何か言いたげに、こっちのデュエルディスクを指さしてくる。何事かと視線をそちらにやると、なんとシーラカンスの効果はまだ生きていて、早く魚族を出せと効果の処理途中であることを示す赤いランプが点灯している。なるほど、あくまでもできることは『破壊』であって『無効』じゃないから、シーラカンスが倒れても一度使った効果自体はまだ生きてるのか。

「そうと決まれば!出ておいで、僕のモンスターたち!」

 シャクトパス 守800→400 攻1600→2100
 ハンマー・シャーク 守1500→1100 攻1700→2200
 フィッシュボーグ-アーチャー 守300→0 攻300→800
 キラー・ラブカ 守1500→1100 攻700→1200
 ハリマンボウ 守100→0 攻1500→2000

 ポセイドン・ウェーブを使っちゃったことが悔やまれるけど、これはどうしようもない。あそこで使っていなければもっと早くにやられていたのだから。

『……』
「おっと、ただこっちだけに召喚させる気はない、ってこと?やるじゃない」

 こう言ったのは、彼女のフィールドにもまた、2体のモンスターが追加されたからだ。

 カオスハンター 攻2500
 カオスハンター 攻2500

 このタイミングで出てきて、しかも彼女の手札が0になっているということはおそらくカオスハンターはドラゴン・アイスと似たような効果、つまり相手の特殊召喚に対応して手札コストを払うことで特殊召喚できるを持っているのだろう。

「やっと手札がなくなった、か。このターンはもうできることもないからね、これでターンエンド」

 無口な少女 LP1900 手札:1
モンスター:工作列車シグナル・レッド(守)
      冥府の使者カイエントークン(守)
      ???(シャークラーケン・セット)
      カオスハンター(攻)
      カオスハンター(攻)
魔法・罠:なし

 清明 LP400 手札:3
モンスター:シャクトパス(守)
      ハンマー・シャーク(守)
      フィッシュボーグ-アーチャー(守)
      キラー・ラブカ(守)
      ハリマンボウ(守)
魔法・罠:なし
場:ウォーターワールド

『………!』

 冥府の使者カイエントークン 守2400→攻2400
 工作列車シグナル・レッド 守1300→攻1000
 シャークラーケン 攻2400→2900 守2100→1700

 ここを攻め時と見たのか、それともついにオネストを引いたのか。いずれにせよカイエントークンが再び攻撃態勢を取り、シグナル・レッドもまた動いた。一瞬ためらうそぶりも見せたが、シャークラーケンも再び表を向く。

『……!』

 カオスハンター 攻2500→キラー・ラブカ 守1100(破壊)

「キラー・ラブカを最初に破壊?」

 一体何を、と思う間もなく、矢継ぎ早に次の攻撃が繰り出される。

 カオスハンター 攻2500→フィッシュボーグ-アーチャー 守300(破壊)
 工作列車シグナル・レッド 攻1000→ハリマンボウ 守100(破壊)

「ハリマンボウが破壊された時、相手1体の攻撃力を500ダウンさせる!ここは、シグナル・レッドを選択!」

 工作列車シグナル・レッド 攻1000→500

 そしてついに最後の1体、カイエントークンの凶刃がハンマー・シャークに襲い掛かる。

「おっと、それは通さないよ!墓地からキラー・ラブカの効果発動、このカードを除外することで相手の水、魚、海竜族に対する攻撃を無効に………あれ?」

 いつまでたってもラブカの半透明な体は現れず、そのまま僕のフィールドに最後まで残っていたハンマー・シャークまでもが破壊されてしまう。

 冥府の使者カイエントークン 攻2400→ハンマー・シャーク 守1100(破壊)

「そ、そんな、なんでラブカの効果が」
『……』

 軽くため息をつき、モンスターゾーンのカオスハンターをこちらに見せてくる少女。手札を1枚捨てて特殊召喚でき、さらにこのカードがある限り相手はゲームからカードを除外できない、か。普段は怖くもなんともない効果だけど、今日に限ってはピンポイントで刺さったってわけか。

『………』
「ああ、ターンエンドってわけね。ごめんごめん、ちょっと考え事してて」

 圧倒的に不利だけど、別に勝ち目がないわけじゃない。彼女の場には攻撃力500のまま無防備なシグナル・レッドが1両。つまりこのターンで攻撃力2400以上のモンスターを何らかの方法で場に出すことができれば、あるいは。

「まだ諦めないよ!ドロー!」

 恐る恐る引いた、そのカードは。

「……来た!速攻魔法、帝王の烈旋を発動!このカードは相手モンスター1体をリリースして、モンスターをアドバンス召喚できる!もう一回力を貸して、シャークラーケン………これで終わらせるよ、霧の王(キングミスト)

 霧の王 攻0→2400→2900

『………』
「シグナル・レッドに攻撃……楽しかったよ、ミスト・ストラングル」

 霧の王 攻2900→工作列車シグナル・レッド 攻500
 無口な少女 LP1900→0





「ふー……」
『……』

 かなりギリギリだったけど、どうにか勝利。よかった、これで生きて帰れる。そろそろ足の調子も良くなってきたし、地震の原因も突き止められた。ぼちぼち潮時だろう。

「じゃあ、またね」
『………ッ!!』

 別れに手を振ると、思わずといった風にこちらに手を伸ばす。だけどなぜ手を伸ばしたのかは自分でもよくわかっていないらしく、その姿勢のまま不思議そうに首をかしげる。これはもしかして、いけるだろうか。せっかく助かった命を無駄にするような行動かもしれないことは百も承知だったけど、それでも声を掛けずにはいられなくなり、こちらからも手を伸ばす。

「ねえ、幽鬼うさぎちゃん」
『……?』
「僕は今、どうしても強くならなきゃいけない理由があるんだ。勝って、僕の友達を、皆を元に戻したい。だから、1つ頼みがあるんだけど。僕と、一緒に来てくれない?」
『………』
「ダメ、かな」
『……』

 一瞬目を伏せて迷いを見せたのちに、僕の差し出した手を握った。ほんの一瞬だけこれまで見たこともないほど柔らかい笑みを見せて、彼女はカードになった。

「これからよろしく、幽鬼うさぎちゃん。あ、そうだ、おにぎり食べる?」
『………!』

 パッとカードから出てきてこくこくと頷き、無表情ながら嬉しそうに残りのおにぎり1個を頬張る。そんな嬉しそうなら、こっちも作ったかいがあるってもんだ。デッキの中にゴーストリック・フロストに次ぐ新しい仲間を入れ、外を見上げる。普通によじ登るのは大変そうだけど、ダークシグナーになれば余裕だろう。チャクチャルさんの力を引き出そうとして、初めて異変に気が付いた。

『マスター………すま、ないが今は……くっ』
「チャ、チャクチャルさん!?一体何があったのか、いい加減僕に教えてよ!一人でぶっ倒れてちゃなにもわかんないよ!」

 数時間ぶりにチャクチャルさんの声が聞けてほっとしたのもつかの間、その声に込められた異様な衰弱にぞっとする。まるで、全身の力が吸い取られているような……。

「誰!?一体誰がこんなこと!」
『奴が、奴が私の、力を………だが、よせ、マスター……!』
「奴!?」
『太陽神……ラー………』
「チャ、チャクチャルさーん!」

 この言葉を最後に、もうチャクチャルさんはうんともすんとも言わなくなった。ラー、ラーっていうとあの三幻神の中で最強の神、ラーの翼神竜のことだろうか。だけど、あのカードはデュエルキングの武藤遊戯さんしか持っていない、正真正銘世界に一枚しかないカードのはずだ。それがここにあるって?
 何が何だか、まるで分らない。だけど、僕の大事なチャクチャルさんをここまで弱らせているんだ。ラーだろうとヲーだろうと知ったことか。僕の全力で、たっぷり礼をしてやろう。 
 

 
後書き
無口系少女のうさぎさんもありだと思っていただけたなら私としては今回の話を書いたかいがあるってものですが、はたしてそれが伝わったかどうか。
ちなみに今回のお社は、前の持ち主の誰かがやたらと強大な幽鬼うさぎの精霊としての力を恐れて封印するために作って、さらに地面に埋めたものです。まだ悪いことしてないのに埋められた彼女はすっかり人間嫌いになり、それが最初の態度につながります。だけどシャークラーケンやメビウスとのつながりを大事にする清明のスタイルに考えを改め、最終的にはもう一度人間(=清明)のところにつくことに決めたのでした。……という長いうえに誰得な設定。

最期に、読者の皆様に質問があります。意見が聞きたいので、つぶやきまでどぞ。 
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