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極短編集

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短編8「僧侶の作った地蔵」

「これなあに?」

 と、娘が父親に言った。もうすぐ2歳になる娘と、近所を散歩している時だった。

「あれ!?こんな所にお地蔵さんなんてあったっけ?」

「おーどーさん?」

 道の角にいつの間にか現れたお地蔵様。お地蔵様の前には、近所の人が置いていったのか?饅頭やらお菓子やらが置かれていた。
 しかしまあ、なんとも粗末な地蔵様だった。木で出来ていて、それもかなりの荒削りで作られていたのだった。

「ぱーぱ!飴、ちょーだぃ」

「飴欲しいの?」

 父親は、ポケットから持っていた飴を出し、娘に渡した。

「おーどーさん、あげる」

 娘は父親からもらった飴を、嬉しそうにお地蔵様の前にお供えした。その姿を見ていたら、父親も何やらあげたくなり、近くの自販機からジュースを買ってお供えした。
 家に帰ると一年生になった息子が遊びから帰っていた。父親はふと、さっき見た近所の、お地蔵様の話をした。

「知ってるよ!あのお地蔵様、不思議なんだよ!お供え物がどこかへ消えちゃうんだ」

 と、息子は言った。この辺りで結構、噂になっているようだった。

「あのお地蔵様を見るとなんでか、何かあげたくなるんだよなあ」

 と、息子は言っていた。

◇◇◇

「これは酷い村だ」

 さびれて今にも崩れ落ちそうな、泥と草の家が並ぶ村を見て、旅の僧侶はつぶやいた。土地はひどく痩せているし、山野は枯れ木ばかりだった。それでも人は住んでいるようで……

「ああ、坊さま。よく来て下さいました。こんなへんぴな所、何もありませぬが」

 と、家の中からボロボロの着物を着た男が、ヨロヨロと歩きながらやってきた。その男の手足は枝のよう、胸からはアバラが透けて見えていた。
 その夜、僧侶は長老の家に泊まった。他の者の、泥の家とは違い、木の板で出来ていたが、壁は穴だらけ屋根もスカスカの家であった。
 飯の時間になった。

「本当ぬ本当ぬ、申し訳ない。こんなもぬしかなくて……」

 と、長老が出して来た夕飯は、お椀の中に茹でた木の皮だけが浮かんでいた。僧侶はそれを、黙って有り難くいただいた。
 布団もなく、僧侶は(わら)を編んだ物を借り、布団代わりにかけて横になった。

『さても貧しい村だ』

 と、僧侶は思い、星の見える屋根を見ながら、眠りについたのだった。翌日……

「お坊様、お願げいがあります」

 と、長老が言った。

「亡くなった者へ、お経を唱えてもらえんだろか?」

 済まなそうに頼む長老に、僧侶は……

「お安いご用だ」

 と、返事した。
 僧侶は村はずれにある、墓地へと案内された。村を抜ける間、痩せ細り、腹ばかりが出た子どもたちの姿が見えた。

「村を出よにも、その力がありませぬ。あの子どもたちが亡ぐなったら、この村は全滅でえ」

 と、長老は言った。
 墓場についた。そこには、人骨が一体ずつ集められ、かたまりになっていた。そして、それが点在していた。

「本当は埋めてやりたいのだが、掘りにくい土地だでね、死んだ者をここにおいて、鳥や獣に喰わせるしかないんですじゃ」

 僧侶は、点在する骨の集まりの前にいっては、短く経を唱えたのだった。
 お経を唱え終え村に帰ると、一人の男の子が僧侶に近づいてきた。男の子は……

「有り難うごぜえます」

 と、頭をさげ、木の皮を僧侶に出した。長老の話によると、この間、両親とも亡くなったそうだ。木の皮は、両親にお経を唱えてもらったお礼だった。

「小僧、それはもらえぬ。礼だけでいい」

 と、僧侶は言うと、男の子の頭に片手をのせ数珠を握り、お経を唱えたのだった。

「所で長老。この村の者は、なぜこうも礼儀がよいのじゃ?」

 と、僧侶は長老にたずねた。

「はあ、なんともわかりませぬ」

 と、長老は言った。
 僧侶は各地を回って来た。人が人を騙し殺し、力が正義なのを見てきた。親が子を喰らい、子が親を喰らうのも見て来た。なので僧侶は、この村の人々が、いつにましても不憫でならかった。
 僧侶は長老にお願いをした。

「この村で一番、切れる物を持って来て欲しい」

 それからしばらくして、この村で一番切れる物……『鎌』が持ってこられた。

「では始める」

 そう言った僧侶は、鎌を手に取ると、その辺に転がっていた太い木を使って、何やら掘り出した。陽も暮れ、夕刻になった頃。

「出来た」

 僧侶の前には木で出来た、お地蔵様がいた。とにかく削って作られたお地蔵様は、かろうじてお地蔵様と分かるものだった。

『この村の人々なら大丈夫であろう』

 そう僧侶は思うと、地蔵に向かって経を唱え始めた。
 次の日、長老が目を覚ますと、僧侶の姿はなかった。それからのことだ。お地蔵様がおかれたその日から、お地蔵様の前に見たこともない物が現れるようになった。それはとても美味しく、栄養のある物ばかりであった。

◇◇◇

『あれ?そういえば、お地蔵さんがなくなってるなあ』

 また父親が、散歩をしている時の事だった。あったはずの地蔵がなくなっているのだ。

◇◇◇

 村の人々が、だんだんと元気になり、村も元通りになった頃。地蔵は朽ち果て……



 土に還ったのだった。

おしまい

 
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