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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-29




「本当に行かせてよかったのでしょうか?」
「……どういうことですか? 山田先生」


 蓮と束の二人が水平線の彼方に姿を消したころ、旅館の一室をブリーフィングルームとして使用している千冬と真耶の二人はモニターに目を向けたまま話を続ける。


 今のIS学園における最高戦力を上げるとすれば、真耶の目の前に小難しげな表情をして腕を組み立っている千冬をすぐに思い浮かべる。だがそれは千冬がいつでも自由にISを使用できることが大前提である。ではいったい誰なのか。そんなものはすぐに分かるだろう。
 そう、ISの開発者にして稀代の天才である篠ノ之束だ。彼女は実家の剣術の流派を高校生になったころには皆伝していた。実父である篠ノ之柳韻に化け物と言わしめるほどである。その類いまれなる頭脳と身体能力を兼ね備えた究極ともいえる存在である。そんな彼女が只ならぬ思いを寄せる少年は一体何なのだろうか。


 御袰衣蓮。
 千冬は真耶に頼んで彼の経歴などを別モニターに映す。そこから分かることは……何もない。
 経歴が全くの白紙なのだ。どこで生まれ、どこで育ち、どの学校に所属したのか。さらには家族構成ですら不明なのだ。
 一応通っていた高校と進学しようとしていた大学は判明しているが、二つともよく書かれるようなことばかりで全くあてにならない。


「あの二人は正直言って不気味です。分からないことだらけです。日本政府も篠ノ之博士に関してはまだしも御袰衣君に至っては何も分かっていないとしか返されません。尊敬すべき人と守るべき生徒であるはずなのに私は怖いんです。恐ろしいんです」
「…………」


 千冬は真耶にあの二人が亡国機業に所属していたことは伝えていない。何せ真耶自身世界の裏の顔を知らない清廉潔白な状態なのであるから、わざわざ引っ張るようなことはしない。だから真耶の本音に千冬は何も返せなかった。ただ無言を貫くしかなかった。
 千冬にとって真耶は眩しい存在であった。両親がいなくなっては一夏を育てるためだけに奔走してきてその過程で闇に手を染めてしまったが、闇を知らずに光の中で胸を張って生きている彼女が羨ましいと思う時が一度や二度あったりした。――――たらればの話になるが、もし自分も光の中で生きていけたらと……。


 千冬は大きく首を左右に振った。そんなもしもの話をしたって過去は過去である。
 いつの間にか話がずれていた。元に戻す。
 千冬は蓮についてのある程度の予想は立てていた。


 あの圧倒的なまでの戦闘能力と戦闘経験は、亡国機業にいて身についたものであろう。束自身もわずかに実力が向上していた。彼女に足りなかった経験をあの組織で身に着けつつあるのだろう。二人がかりで攻められると自分でも相当厳しいことが安易に予想できる。
 なにより自分自身、自由に動ける立場にいないから実質あの二人に敵はいないのかもしれない。


 ――――そう言えば、ラウラの奴は見袰衣と矢鱈と親しい仲だったような気がする。いや、あれはたしか気のせいではなかった筈。
 あいつがあんな表情をするなんて思いもしなかったのだから。けれども、そうなってくるとラウラも亡国機業に所属している可能性が出てくる。バカな、あいつは愛国心の塊のような奴だぞ。そんなことがあっては――――!
 千冬の中で電撃が迸った。今まで欠片でしかなかったパズルのピースが一瞬のうちに組み立てられた。


 考えてみれば、ラウラと蓮が親しいのはおかしい。蓮は軍属ではないし、ラウラも一般常識を全く知らない生娘だ。どこにも接点なんてものは見当たらない。だったら……どこかの組織で出会っていたと考えるのが普通なのではないのか? いや、たまたま彼女が待ちに出かけていた時に出会ったと考えるのは……有り得ない。訓練の鬼のような奴が、一日も訓練を怠らないあいつが街に出るなんてことは全くといっていいほどないはずだ。
 よくよく考えてみれば見るほどおかしな点がどんどん浮かんでくる。ということは、あいつの先ほどの態度からして近い未来にあの組織が行動を起こすのは、ほぼ間違いないとみて問題ないだろう。
 これは本格的に拙いことになってきた。
 ただ、確信が得られない。これまで考えてきたことは全て想像の域を超えないのだ。直接問い詰めてもしらを切られればそれで終わりである。それでもある程度可能性はあるとみて、これから自分がどうするべきか。


「…………山田先生」
「はい、何でしょう?」
「例えばの話だ。もし、あの二人。御袰衣蓮と篠ノ之束の二人が世界の敵になったらどうなる?」
「ええっ!!?」
「例えばの話と言っているぞ。……どうなると思う」
「……はい。おそらく世界の半分は壊滅するでしょう。ISの生みの親である篠ノ之博士は勿論、御袰衣君の操縦ははっきり云って異常です。あんなに自分の体を顧みない高速戦闘なんて到底できるものではないんです。そしてその戦闘センスはモンド・グロッソ前回大会の格闘部門のヴァルキリーであるイーリス・コーリング以上。数で押し切れば被害は抑えられるかもしれませんが、ISは博士が向こうについている時点で無力化されるのは目に見えていること。もし無力化されなくとも生半可な操縦者ではなすすべがない。……織斑先生、本当にもしもの話なんですよね?」
「ああ。……今はな」


 真耶は自分で推測したことに恐怖を抱いた。こんなことは実際に起こって欲しくない。起こったら最悪世界は壊滅する。そう思って身震いをする。
 だからか、千冬がボソッと呟いた言葉に気付くことはなかった。


 二人の会話から数分経つが、相も変わらず二人の視線はモニターに向いている。見ればもう数十秒もすれば福音に接敵(エンゲージ)する。千冬は杞憂であってほしいと切に願う。――――そんな最中であった。


「織斑先生っ!」


 一夏を目の前で傷つけてしまったショックから立ち直った箒がセシリアたち四人を連れてブリーフィングルームにまでやってきたのは。
 厄介な種が増えたことに嘆息しながら追い返そうと彼女たちの方に視線を向ける千冬。


「部屋で待機と言って――――「一夏がっ、福音のもとへっ!!」


 千冬の言葉に被せるように箒が言う。言われたことを理解するのに千冬は数瞬を要した。そして自分の弟の命が危ないことに思い至るとすぐさま行動に移す。


 真耶は思考を制止させることなく、むしろもっと回転速度を上げた。千冬が言葉にするより先にモニターに専用機持ち全員の居場所がわかるように映した。映し出されたモニターを六人はくいるように見つめる。
 箒、セシリア、シャルロット、千冬は今の一夏の現在地を。鈴とラウラは蓮と束の現在地を真っ先に確認した。そして全員がほぼ同時に目標までの距離を割り出す。思ったより時間はなかったようだ。


 真耶は一夏に連絡を取ろうと試みるが一向に応答はない。通信自体を切っているのか、それとも単に気づいていないだけなのかは分からないが、時間がないことだけは理解していた。必死に連絡を取り続けるがやはり応答はない。ならばと次は蓮と束のもとへ連絡を取る。


『――――何? こんなことに意識を割いている暇なんてないんだけど、早く言って』


 応答したのは束だった。聞く人誰もが身震いしてしまうほどの底冷えした声色で空中に映し出されている筈のモニターに目もくれずに福音から放たれた高密度の弾幕を紙一重で回避していく。その向こうでは何か黒い線がジグザグな軌道を描いて福音に接近していた。それが蓮であることはすぐに分かった。


 真耶が怯えながらも一夏が戦闘区域に飛んで行ってしまった旨を伝える。その間、誰も涙目の真耶をフォローしてあげようと考える者はおらず、モニターに視線が釘付けであった。ただ箒だけは見たことの無い姉の姿に驚きが勝っていて、ぱくぱくと鯉の口のように動かすだけ。
 真耶から一夏接近について知らされた束は、撒き散らされたエネルギー状の弾幕の射程距離から離れると機体を止めて僅かに顔をしかめ、何かを考え始める。
 相変わらず真耶は怯えていて、手が震える始末である。


『……ちっ。分かったよ、もしあいつが来ても命は保証するからもう連絡してこないで』


 ぶつっと一方的に打ち切った束。震える真耶を横目にモニターから目を離さない千冬。その後ろで流れる映像をただぼんやりと見つめて何かを考えるのは鈴音。ラウラは何かそわそわしていて落ち着かない様子だった。セシリアとシャルロットは単純に一夏の身の安全を願う。箒は昔の姉とは一変してしまった束の姿にショックを受けている。


(…………ねえ、甲龍。あたしがまだ二次移行(セカンド・シフト)出来ないのは、ちゃんと機体を信じ切れていないからなんだね。ごめんね、こんなあたしで。許してね、これからちゃんと信じれるように頑張るから)


 きらっと鈴音のつけているブレスレットが光った。


 ◯


「れんくん、あともう少しで戦闘区域に乱入者が来るからそいつ任せていい?」
『ああ問題ないが……何だ織斑の奴か。んじゃあ、そっち任せるぞ』
「うん」


 束が福音との戦闘区域を素早く抜けて一夏が通るであろうルートを予測して戦闘区域から五百メートルの位置で止まる。一分もたたないうちに旅館の方角から何かが飛んでくる。
 今まで何も武装を出さなかった束がここで初めて展開する。両手に粒子の光が集まって構築されたのは、二振りの日本刀に近い形をした剣。それらを特段構えることなく自然体で一夏を待ち受ける。


「束さん!?」
「やあやあ。さっきぶりだね、どうしてここに来たのかな?」
「そんなもの決まってる。この先にいるみんなを助けるためだ。だからこの先に行きたいんだけど……もしかして束さんも?」


 一夏の問いかけに静かに首を横に振る束。そして何かを諦めたように、それでいて呆れたように一夏に言う。


「あのね、この先にはあの子たちは来てないよ。それぐらいビーコンの信号で分からないかな?」
「え? あ、本当だ。…………よかった。束さん」
「……何?」
「たとえこの先にみんながいなくても俺は行かなくちゃいけない。福音は助けを求めていたから、俺は福音を助ける」
「あの子が助けを求めた? うふふふ、あはは、あははは、あーーっはっはっはっ!!!!! そんなわけない。だってあのコアの人格はもう死んでいるんだから」
「…………?」
「別にわからなくてもいいよ。今君が理解するべきなのは、この天才である束さんが君の敵であることだけだよっ!」


 戸惑いを隠せない一夏に向かって束は、一気に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を用いて肉薄する。そのままがら空きの脇腹に向けて蹴り込む。


「ぐわあっ!!」


 からだをくの字に折り曲げながら吹っ飛んでいく一夏。何とか体勢を立て直すことに成功し、束と相対する。その瞳はようやく彼女を敵と認識していた。そんな瞳を見て束はにやりと頬を釣り上げる。


 一夏は束を敵と認識したものはいいものの、まだ心のどこかで躊躇いがある事にも気づいていた。でも、それでも戦わなくちゃいけない。それに聞きたいこともある。
 勝てるかどうかは分からない。圧倒的に格上の相手とみていいかもしれないが、一夏には負ける気なんて更々なかった。格上だからなんだ、開発者だからなんだ。勝てるかどうかじゃなくて勝つ。


「喜んでもいいんだよ? この束さんが直々に手解きしてあげるんだから」
「別に、いい。俺は聞きたいことが聞ければそれでいいんだ」
「へぇ、なにかな? 面白いね、聞くだけ聞いてあげるよ」
「――――どうしてこんな敵対するようなまねをするんだ。たかがこんなことをする必要性なんてあるのか?」


 瞬間。束の顔から表情が消えた。何も映そうとしない瞳が一夏を見据える。


「……お前に、お前に私の何が分かる!?」
「分かるわけない! だけどその苦しみを一人抱え込むよりはましだ!」
「…………もういいよ。結局織斑一夏という存在もそこら辺の有無無像と同じだったんだ。期待した私が馬鹿だったよ。……よし、行くよ? 手加減なしの、全力全開で」
「――――! 望むところだっ!」


 二人の距離が一瞬でゼロになる。一夏が振り下ろす雪片を束はその側面を叩くようにして右手の剣を振るい、弾かれて体が開いたところを左手の剣で横に薙ぐようにして振るう。
 一夏はそれを咄嗟の判断で後ろに無理やり下がって避ける。そうして開いた間を束は詰めて右手の剣で斬り上げる。半身になって避けるとその勢いを利用して雪片を右から振る。さらに二次移行(セカンド・シフト)して新たに増えた左腕についている雪羅の荷電粒子砲のチャージを始める。
 束はさらに一歩間合いを詰めて左手の剣を白式に突き刺す。それを避けることも出来ずに直接くらう一夏。絶対防御が働いて大きくエネルギーを削る。半ばやけくそ気味に荷電粒子砲を放つがひらりと余裕を持って避けられる。


 再び二人の間に距離が出来た。
 お互いに息を合わせたわけでもないが、ほぼ同時に瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使い、刹那の間に雪片と二刀の剣がぶつかり合って衝撃波を巻き起こし、眼下に広がる海にさえ若干の影響を与えた。








 
 

 
後書き



一夏が強く見えますがそんなことないです。最初だけです。それに同じ篠ノ之流をやっていたからでもあります。
山田先生がチキンでへたれですが、気にしないでください。なんか普段から淡淡している人なので勝手なイメージでそうなっちゃいました。山田先生ファンの方々、申し訳ございません。





 
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