マリーの待つ部屋の扉を開ける士郎達。
それを出迎えたのは
「いらっしゃ~い」
首を傾げ、右手を差し出すはやて、そして主に言われて無理をして付き合ったのだろう。
頬どころか全身を赤く染め、はやてと同じように首を傾げ、右手を差し出すリインフォースであった。
意外すぎる出迎えに固まるクロノ達と頭痛がするのかこめかみの辺りを押さえる士郎。
「あら? 反応がいまいちやな」
「どういう反応を期待していたんだ?」
そこまで考えていなかったのか笑って誤魔化すはやて。
そんなはやてにため息を吐きつつ、慰めるようにリインフォースの頭を撫でる。
「リインフォース、はやてのおふざけに無理に付き合う必要はないからな」
「……そのようにします」
「それで調子はどうだ?」
改めてリインフォースに視線を向ける士郎。
リインフォースがここにいることは士郎は知っていることなので別に驚くことではない。
というのも士郎のデバイスの受渡しの前にリインフォースのメインプログラムが入っていたデバイスの交換が行われたためである。
闇の書事件の最後にリインフォースの仮の格納用として使用されたインテリジェンスデバイスも高性能ではあるが、リインフォースのような古代ベルカの融合騎を収めるとなると内部の構成やシステムがかなり違う。
最低限収めておくだけなら問題ないが、今後魔法を使う上では古代ベルカに対応したデバイスが必要なため士郎の適性テストとほぼ同じくして製作が開始されていた。
とはいえ古代ベルカの融合デバイスなどほぼ失われかけの技術ではあったも事実である。
だが夜天の書の融合騎であるリインフォースの持つデータを元に作成され、プレシアやマリーが協力してさらに改良され、今日を迎えたのである。
「ああ、違和感もないし、好調だ。
チェック項目も全て問題ない。
この調子なら意外に早く融合騎として機能を完全に取り戻せるかもしれない」
「それは何よりだ」
そんな会話をしていると部屋の奥から出てくる人影。
「そんなところで話してないで入ってきなさい。
士郎もこれから所有者登録もあるし、皆が待っているわよ」
「ああ、すまない、プレシア。
…………皆?」
プレシアについて部屋の奥に行くとなのは、フェイト、シグナム達守護騎士、アルフ、ユーノにリンディ、レティまで勢ぞろいしていた。
士郎もまさかこれだけの面子が揃うとは思っておらず目を丸くする。
「何でこんな大事になったんだ?」
「貴方の魔法適性やデバイスに興味津々だからでしょう。
揃ったのだから士郎とリインフォース二人のデバイスのお披露目を始めましょう。
マリー、準備はいい?」
「はい、プレシアさん、すべて準備完了です」
まさかこんなことになっているとは思っておらず士郎とリインフォースは顔を見合わせ、わずかに肩を落とすが諦めてテスト用の部屋に入る。
「それじゃあ、リインフォースからね」
「心得た」
リインフォースが頷き部屋の中央に移動し、左手を差し出すと同時に現れる真紅の表紙に剣十字の紋章が描かれた一冊の魔導書。
「緋天の書、私の甲冑を」
「Jawohl.」
リインフォースが宿る新たな魔導書、緋天の書の応答と共にリインフォースの足元に紫のベルカ式魔方陣が浮かび、騎士甲冑が展開された。
騎士甲冑のデザインは夜天の書の時と変わらず、インナーと上下分かれた外套だが、その外套の色は夜天の書の時と異なり、鮮やかな赤色であった。
そして、その背中には夜天の書から引き継いだ漆黒の四枚の翼があった。
その姿にはやてとシグナム達はどこか懐かしそうに、なのは達は黒のインナーに赤い外套という姿に見惚れていた。
「どう? 違和感や不具合とか大丈夫?」
「ああ、問題ない。
懐かしい気がするほどにしっくりときている」
「それならよかった。
じゃあ、次は士郎君だね」
マリーの言葉に騎士甲冑を解除し、なのは達の傍に戻る。
そして入れ替わるようにプレシアから士郎はデバイスを受け取り、部屋の中央に立つ。
「じゃあ、士郎はマスター認証からよ」
「ああ、始める」
その言葉と共に士郎はリンカーコアを起動する。
それと同時に士郎の足元に浮かぶベルカ式魔方陣。
その色は鮮血のようにどこか暗さを秘めた紅であった。
士郎は穏やかに手に持つカードを見つめる。
「マスター認証開始」
漆黒のカードの中央にある真紅の宝石が輝き、士郎の手を離れ浮かぶ。
「マスター認証―――衛宮士郎。
術式―――
古代ベルカ
個体正式名称―――
Schmiedeeisen」
錬鉄、Schmiedeeisen
デバイスを作成すると決め、士郎自身が己の魔法適性を理解した時から考えていた銘であった。
錬鉄の魔術師。
士郎が元の世界で呼ばれた二つ名の一つである。
世界を渡り、リンカーコアという新たな魔導技術の適性ですら魔術と酷似していた。
だからこそ、ソレに特化した己の半身にして相棒にもっとも相応しい銘として錬鉄を与える。
「シュミーデアイゼン、騎士甲冑展開」
「Jawohl, Mein Lade」
士郎の命に静かに、だが力強い女性の声が答えると共に士郎の騎士甲冑は展開された。
黒の軽甲冑に装甲に覆われた靴。
そして、最後に現れた真紅の外套は魔力で紡がれるのではなく、小さく収納されていたものが広がり士郎を纏う。
士郎が元いた世界でもしていた馴染みのある格好と同じであった。
その初めて騎士甲冑を身に着けたようには見えない、自然な姿に大人達はわずかに驚き、子供達は士郎の姿に見惚れていた。
士郎は瞳を閉じ、静かに手を握ったりを繰り返し、瞳を開け右手を差し出すと、シュミーデアイゼンはその手に静かに降り立つ。
「どう? 違和感やリンカーコアに異常とかないかしら?」
「ああ、リンカーコアも魔術回路も身体も大丈夫だ。
シュミーデアイゼンはどうだ?
何か問題はないか?」
「Kein problem(問題ありません)」
士郎とシュミーデアイゼンの言葉に頷きながら、プレシアはマリーに視線を向けるが、計器のほうにも特に問題ないようでマリーが笑顔で頷く。
「プレシア、フォルムは?」
「待機と三フォルムはテスト済み。
全テストが済んだら予定通り最後のフォルム開放よ」
「この場で軽く流しても大丈夫か?」
「素振りと感触を確かめる程度なら問題ないわ。
武器の機能としてもあるアームドデバイスだものバランスとかおかしなところがあったら修正も必要でしょうし。
だけどまだ慣らしの状態だから双剣フォルムのみで、本格的な魔法の使用やカートリッジの使用はNGよ」
プレシアの言葉に頷き、士郎は手に持つ相棒を掲げる。
「シュミーデ、フォルムアイン」
「Jawohl, Zwei schwert form」
シュミーデアイゼンは士郎の言葉に従い、本来の基本形態である双剣へと姿を変え、士郎の両手に納まる。
その姿はここにいるほぼ全ての者達の記憶にある姿とよく似ていた。
「フェイトちゃん、アレって」
「うん、白と黒じゃないけど、士郎が闇の書の闇と戦っていた時に使っていた双剣とほとんど同じ」
なのはとフェイトの言うとおり、士郎が両の手で持つ剣は士郎の愛剣ともいえる干将・莫耶とよく似ていた。
違いとしては共に白銀の剣であり、対極図がある箇所はカード状態でもあった真紅の宝石が輝いている。
後はカートリッジシステムが故に本来の鍔がある箇所辺りが機械に覆われてより無骨になっているといったところか。
士郎はプレシア達に背を向けると同時に空中浮遊の的が出現する。
テスト用の部屋とはいえ、デバイスの動作確認が出来るように十分なスペースは用意されている。
士郎は静かにシュミーデアイゼンを構え、一気に踏み込む。
地上での疾走で届く的を一つ、二つと破壊していく。
十個ほど破壊した後、納得したように頷き、地上での疾走では届かない的に視線を向ける。
士郎の飛行適性を知っているこの場の面々にとってはどのように空中の的を破壊するのか気になるところである。
士郎は地上の的と同じように踏み込み、一つ目を破壊し、飛行でなく、空を蹴り次の的へと踏み込む。
それを繰り返し、次々に的を破壊していく。
「すごいスピードやな。
飛行適性無いいっとたのに全然大丈夫やん」
「ううん、はやて。
士郎の奴、飛行魔法使ってない」
「ですね。
でもあの移動速度……高速移動魔法?」
「恐らく違う。
そもそも飛行できぬのに高速移動魔法など使って制御できるとは思えん」
「ああ、そして衛宮の空中での踏み込み方。
アレは飛行ではなく跳躍に近いな」
はやて、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、シグナムのやり取りに
「さすがね。
貴方達の言う通りアレは飛行でも高速移動でもないわ。
足場となる力場を作り、それを使って跳躍しているだけ。
空戦じゃなくて、地上戦を空中でやっているだけよ。
ちなみにデバイスの補助だけじゃ士郎の飛行はほぼ無理よ」
プレシアの士郎の飛行ではなく跳躍の種明かしをすると感心したように納得するリンディやクロノ達。
全ての的を破壊した士郎が空中に着地するように止まり大きく息を吐き、歩くように空中から床に降りる。
「アレって地上部隊や飛行適性が無い局員にも使えないかしら?」
レティの言葉にプレシアは首を横に振る。
「使えれば良いでしょうけど、かなりの魔力制御技術が必要になるわ。
誰でもというわけには行かないわね」
「そう、なかなか難しいわね」
プレシア達の歩いてくる士郎を見つめた時、なのはがあることに気がついた。
「もしかして士郎君のカートリッジシステム、アレってシグナムさんと同じなんですか?」
「デバイスの形態で似たところがあるからな。
ベースにはしているが、まったく同じというわけではない」
「そこらへんは私が詳しく説明しちゃうよ」
聞いてくれるのを待ってましたとマリーがなのは達に傍に立つ。
その様子にシュミーデアイゼンを待機状態に戻し、騎士甲冑を解除した士郎は苦笑して、プレシアとリインフォースと空中跳躍のデータの確認を始める。
「シュミーデアイゼンの製作にあたってシグナムさんの言ったとおり、デバイス形態に共通点が多い点からベースはレヴァンティンだったの。
だけどカートリッジシステムの時に問題があったの」
「あ、わかった。
カートリッジの再装填方法。
士郎君は双剣やから」
はやての言葉にうれしそうに拍手するマリー
「さすがはやてちゃん。
だけどそれだけだと五十点。
魔術のイメージが強くて忘れがちだけど、士郎君のリンカーコアの魔力はそこまで多くないの」
「ああ、レヴァンティンのカートリッジシステムって三発だっけ」
「アルフ、正解。
そこで装弾数が多いレイジングハートとバルディッシュをベースにカートリッジシステムを考えたんだけど」
マリーが操作するとオートマチック型、リボルバー型を装着したシュミーデアイゼンの設計図が表示される。
「オートマチック型は再装填もしやすくてよかったんだけど、サイズ的にどうしてもマガジンが邪魔になっちゃうの。
マガジンを鍔の代わりにとも思ったんだけど耐久性の問題もあるしね。
リボルバー型は反対に収納スペースはよかったんだけどカートリッジの薬莢排出と装填のやりにくさが問題になっちゃってね。
だけど士郎君の意外な提案で解決したのよ」
新たに表示される設計図。
だがそれはシュミーデアイゼンのものではない。
「これは銃ですか?」
「その通り!!
しかもデバイスじゃなくて士郎君達の世界にある質量兵器。
でもライフルとしてはだいぶ古いんだけどね」
シグナムの言葉に頷き、それを証明するように写真などの資料が表示される。
「M1ガーランドっていうライフルなんだけど、このライフルの装弾方法が面白くてね。
弾丸をクリップにまとめてクリップごと装弾するから本体の中にきれいに納まるの!
さらに薬莢の排出と装弾の場所が同じところだから機構もコンパクトにまとめられるの。
そして、完成したのが現行のシュミーデアイゼン!!
剣一振りにつきカートリッジ五発。
シュミーデアイゼンは双剣が基本フォルムだから十発ものカートリッジ格納できるんだよ」
ものすごく楽しそうに説明するマリーだが余りにコアなネタになのは達も若干苦笑気味だ。
「マリー、その辺にしておきなさい」
「あ、プレシアさん」
士郎やリインフォースとの話が一段落ついたのか、呆れたようなプレシアに笑って誤魔化すマリー。
そんなやり取りを何度も見たのか士郎とリインフォースの二人は揃ってプレシアの後ろで苦笑している。
「初期起動のテストは成功したから今日は解散なさい。
士郎とリインフォースは明日からテストが本格的に始まるからそのつもりで頼むわね」
「了解した」
「心得た」
プレシアの言葉に士郎とリインフォースが頷き解散となった。
もっとも解散した後、シグナムを皮切りに模擬戦の話が出ることになり、順番で一悶着おきかけるが、テストが終わった時点でタイミングがあった人ということで話がまとまったのであった。
その夜
プレシアもリインフォースも寝静まった頃、士郎の姿は鍛冶場にあった。
ちなみにフェイトとアルフも士郎の家に引っ越すのだが、引越しや学校への手続きが必要なため、進級したときに住所の変更と名前の変更も含めて行う予定としている。
士郎は新たな相棒であるシュミーデアイゼンに自身の血とルビーを溶かし混ぜ合わせたものを使い、ある模様を描いていた。
それはかつて士郎自身の左手にあった令呪と呼ばれる印である。
無論、士郎の描く令呪に魔術的な効果は無い。
だが共にこれからの戦場を歩む相棒に、そして未熟で手探りでありながらも答えを求め歩む己の誓いとして、もっとも馴染の深い印を描くのであった。
「シュミーデアイゼン、未熟なマスターだがこれから頼むぞ」
「Jawohl, Mein Lade」
静かな夜にマスターとデバイスは新たな誓いを再び交わし、眠りについた。