マザー=シンプトン
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第二章
「いいか、囲め」
「この家を囲め」
「猫一匹逃すな」
「何が起こっても逃げるでないぞ」
魔術が出ようが悪魔が出ようがというのだ。
「皆十字架と聖水を持っているのだ」
「聖書も我々が持っている」
「魔女ならばどれも触れることすら出来ない」
「神のご加護が我々にあるのだ」
見れば確かにだ、誰の首にも十字架があり聖水が入れられている筒がある。そして審問官達の手には聖書がある。
その三つを話に出してだ、彼等は兵達に言ったのである。
「臆するな」
「神は我等と共にある」
「主が後ろにおられるのだ」
「それで何を臆することがある」
「例え魔女がどれだけいようともだ」
こう言ってだ、そしてだった。
彼等は兵達に家を囲ませてからだ、家の中に向けてこう言った。
「マザー=シンプトンよ、いるのはわかっている」
「すぐに出て来るのだ」
「汝に用がある」
「大人しく出て来れば慈悲があるぞ」
具体的にはどういう慈悲かは言わないのだった。
「隠れても無駄だ」
「早く出て来るのだ」
「出て来ないのなら無理に踏み込む」
「連れて行くぞ」
「やれやれですのう」
ここでだ、家の中からだった。
一人の腰の曲がった老婆が出て来た、その老婆はというと。
長い漆黒の衣と三角の大きなやはり漆黒の帽子を被っている、顔は皺だらけで鼻は大きく曲がっている。そして杖を持っていてだ。
足元には猫がいる、その猫はというと。
「黒猫だな」
「うむ、そうだな」
「猫は魔性の生きもの」
「しかも黒猫だ」
猫の中でもとりわけ魔力が強いとされているだ。
「間違いないな」
「この老婆、間違いなくだ」
「魔女だ」
「魔女に違いないぞ」
「ほっほっほ、わしが魔女ですか」
老婆、シンプトンは笑ってだ、こう審問官達に応えた。
「それはまた」
「そうではないのか」
長がだ、シンプトンに詰め寄った。間は開いたままだが声でそうしたのだ。
「違うのか」
「まあ魔女といえばですな」
それこそ、というのだ。
「わしはそうなりますな」
「自分で認めるのだな」
「だとすればどうしますかな」
「神妙にするのだ」
長は目を怒らせてシンプトンに告げた。
「汝を捕らえてだ」
「火炙りですな」
「わかっているのなら尋問は許す」
酸鼻を極める拷問は、というのだ。
「そして絞首刑の後でだ」
「火炙りですな」
「神の慈悲を与える」
苦しませずに殺すことがというのだ。
「あくまで神妙にすればな」
「わしを殺すのですか」
「神の裁きを与えるのだ」
どちらにしても同じ意味だが長はこう言った。
「ではいいな」
「やれやれですのう」
シンプトンはここまで聞いて余裕の言葉を出した、そのうえで長に対して言うのだった。
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