元虐められっ子の学園生活
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進化と退化
憧れ。
それは一般市民が芸能人等に抱く感情である。
言い換えれば、劣等者が優等者を羨む行為である。
あるものは真似をしたり、あるものは参考にする。
それらはまるで模写の様に、似ているところがあればその様に感じとり、己が自信を騙してまでなりきろうとしてしまう。
私からしてみれば、自分の優位性を圧し殺してまでやることではないと考える。
自分が苦手とすることを克服するならまだしも、憧れそのものになると言うことは愚かであるからだ。
やがて無理であったと挫折し、無駄な時間を過ごし、後悔してしまうからだ。
一定の要領を越えてしまったそれは、いずれ取り返しのつかないことにまで発展し、結果的に可能性を壊滅させるのだ。
つまり、デメリットが大きすぎるのだ。
しかし、全てがそうとは一概に言えない。
憧れの過程で自分の可能性に気づき、そちら側へと向かってしまえば、成功の道へと向かうことさえ出来るようになるのだ。
芸能に携わる数人はそうであると私は思う。
だからこそ私は思う。
大切であると思える人がそうなっていたのであれば、私は助力を惜しまない。
会議室。
二週間ぶりに実行委員全員が揃い、会議を行う事となった。
本来なら最初に決めるべき事項を決めていなかったことに城廻先輩が気づいたからである。
「おい。全員揃ったぞ」
緊急でありながらも、校内を走り回ってクラスを回り、実行委員に声をかけて回ったのだ。
声をかけた実行委員の大半が、教唆室内で談笑していたのを確認し、声が荒ぶったのは仕方がないことだろう。
「ああ、そう」
横の席と談笑していた相模は急に不機嫌になり、委員長の席へと座る。
「雪ノ下さん」
相模は雪ノ下にさっさとしろ、と声をかけた。
何でだよ。普通お前が音頭をとるだろうが。
「それでは委員会を始めます。
先程連絡があったように、文化祭のスローガンが決まっていなかったため、この場で会議したいと思います」
☆友情!努力!勝利!
何だっけこれ…たしか少年漫画の……?
☆面白い!面白すぎる!
~潮風の音が聞こえます。総武高校文化祭~
何が面白いのか具体的に言ってみろ。
☆一意専心
これ…絶対雪ノ下じゃねぇか?
☆ファイナルアタック文化祭!
何かの技名?
☆アホやってなんぼの文化祭
何をするつもりだ…!
「まともなやつはないのか…」
「あの中の二つに誰が書いたか心当たりがあるんだが…」
☆ONE FOR OLL
「なぁ…これは無いだろ…」
「ああ…」
俺と比企谷は額に手を当てる。
「じゃあ最後ウチらのほうから」
そう言って相模が立ち上がり、ホワイトボードに文字を綴っていく。
☆絆
~ともに助け合う文化祭~
「うぅわぁ~…」「ぶくっ!くくく……」
静かな会議室に、比企谷の声が深く響き、俺はそれに笑ってしまった。
「な、何かな?何か変だった??」
「「いや、別に」」
「何か言いたいことあるんじゃないの?」
「「いや、まぁ別に」」
「ふーんそう。嫌なら別の案出してね」
そう言って相模は座る。
これはアイツの心を打ち砕くチャンスの一手だ。
比企谷に任せても大丈夫だろうが、それでは俺の気が済まない。
「じゃあ遠慮なく」「あいよ」
さぁ、俺の怒りを思いしれ!
☆人
~良く見たら片方楽してる文化祭~
「人、良く見たら片方楽してる文化祭」
そう言って書いた紙を持ち上げる比企谷。
☆虚言
~進化と言って退化してしまった文化祭~
「虚言、進化と言って退化してしまった文化祭」
俺も記入した紙を持ち上げて相模に見えるようにした。
「あっはっはっはっは!
面白ーい!お腹いたーい!」
急に笑い出したのは雪ノ下姉。
お腹を押さえ、机に伏せて笑い転げる。
「二人とも、説明を」
平塚先生がそう言ってくる。
「んじゃ、まず俺から」
俺は立ち上がり、相模のみを視線に捉える。
「自信の成長を、進化を掲げた誰かさんの言葉が、責務放棄で怠慢し、退化に向かってしまったことを例えます。
それともこれまでの行程が、委員長言うところの進化の過程なのだとすれば、直ぐ様この案は取り下げたいと思いますけども」
俺は座る。
比企谷に目配せをして引き継ぎを促した。
「人と言う字は人と人とがって言ってますけど、片方寄り掛かってんじゃないですか。
犠牲が出ることを容認しているのが人って概念だと思うんですよね」
「犠牲とは主に何を指す?」
「どうせ自分だとか言うんじゃないですか?」
「そうだよな。大事な会議でそんなこと言うくらいなんだからさ」
「そうそう。傲慢すぎるんじゃないの?」
「噂通りだよな。ってか何であいつここにいるの?」
平塚先生の言葉に続くように、複数の生徒から野次が飛んでくる。
野次を飛ばしている者の全員が、今日まで一度も仕事をやりに来なかった奴等だった。
比企谷は下を向き、黙ってしまう。
所詮は数の暴力ならぬ暴言。
一人では言い返せるものも言い返せない。
ならば一人一人に言ってしまえば俺の意見はまかり通る。
その程度で俺の怒りが収まると思うなよ?
「常葉 淑子、高松 秀夫」
俺は立ち上がり、最初の標的の名前を呼んだ。
「お前ら今日まで一度も仕事をしに来なかったよな?何してたよ?」
「そんなもんクラスを手伝ってたに決まってんだろ?」
「そうよ」
「その中に暇な時間は無かった、と?
それはおかしいよな?お前たちのクラスの準備万端4日前には終了したと報告が来ていたんだが?」
「そ、それは…」
「こ、小道具とか必要だったから!」
「お前らのクラスは喫茶店だったはずだが?
必要な資材はテーブルにクロス、食器類に内装。
全て学校からの貸し出しが用意された筈だが、他に何が必要だったんだ?」
「え……あの…」
「その……」
「お前らが放棄した仕事は全部俺に回ってきたんだが、そこんところどうなんだ?」
「「………」」
さて、先ずは一組。
既に静寂が戻っている。もう俺の独壇場と化しているこの場は教員か雪ノ下にしか止められない。
「松永 陽祐、南 久美子。
お前らのクラスも同様に4日前には終了したと報告されてるが、どうなんだろうな?」
「えっと……」
「その報告が間違ってたとか…」
「残念だったな。
俺は報告があったクラスは全て回っている。
その中から不備を探してみたが一つも見当たらなかったぞ?おかしいよな?」
「「……」」
「お前らが放棄した仕事は?
本来委員長に回る仕事を副委員長に回り、その結果副委員長は体調を崩した。
そこのところどうなんだろうな?」
「ご、ごめんなさい…」「すみませんでした…」
さぁどんどん行こう。
「五島 大介、白石 啓子」
「「…」」
「黙ってるってことはもうわかってるんだよな?
写真展示会の報告は6日前に来てる。不備もなかった。
何故来なかった?忘れていたか?あり得ないよな?どうなんだよ?」
「すみません…」「…すみません」
「お前らの仕事は比企谷が担当してくれました」
俺は比企ヶ谷の肩に手を置いてそう言った。
「少なくとも、今比企谷の説明に反論唱えた奴等全員が、今日までサボっていたことは確認している。それともこれが、仕事を他に丸投げすることが、委員長言うところのともに助け合うってことなんですかね?犠牲になりまくってて分かんないんですけど」
俺は相模に目線を向ける。
相模は既に顔を伏せており、誰も喋ろうとしていない。
俺は雪ノ下に目で合図し、次に進めるように頼む。
「……二人の案は却下します。
この議題は明日に回し、改めて全員で出し会うことにします。
鳴滝君、タイムスケジュールを」
「学園祭当日まで残り5日。
各自作業に取りかかり、前日に全員参加で行えばギリギリで間に合うであろうと考えています。
今現在では途方もない量ですが、一人ででも間に合わせて見せます」
一人ででも、と言う部分を強調して言う。
「それでは相模さん。…相模さん」
「っは……じゃ、じゃあ今日は解散します…お疲れさまでした」
相模の声にちらほらと立ち上がって会議室から出ていく生徒たち。
俺は直ぐ様パソコンを開いて作業を開始した。
「無茶をしたな鳴滝…」
いつのまにか前に平塚先生が立っていた。
「平塚先生…ま、これが焚き付けになればそれでいいです。
誤解なんぞはただの装飾品。そのうち掠れて消えていくでしょう」
「比企谷と共闘するとは思わなかったがな」
「それは違います。
鳴滝とはたまたま意見が合っただけで共闘ではありません」
話を振られた比企谷は、顔をそらしながらそう言った。
「そうだったのか!?俺結構楽しかったんだけど…」
「楽しいって何だよ…相模のライフはゼロ通り越してマイナスだったぞ」
「俺の怒りはそれぐらいだったってことだ」
俺は笑いながらパソコンに目を落とした。
まぁこうした場合の展開なんぞ虐め生活からでも結構分かるからな。
妨害に警戒するようにしておこう。
こうして俺はその日一日を終えた。
基本的に俺が使うのはパソコンなので、バックアップを取っていて正解だった。
翌日、パソコンを着けたらフロッピーディスクが抜かれており、溜め息を付きながらバックアップを取っておいたUSBをセットするのだった。
最終日前日。
スローガンも無事に決まり、欠けることなく全員が集まった。
その日一日は慌ただしく、ホームページのテストアップにスローガンの入れ込み、機材の最終調整など、兎に角忙しかった。
俺はといえば比企谷と隣り合って雑務をこなしていた。
「そっちは終わったか?」
「もう少しかかる。
正確にはあと8行半」
「近隣報告の紙ってどこいった?」
「それなら雪ノ下に渡してある」
「ボランティア参加者の名簿は?」
「今終わった」
「「「……………」」」
流れるように作業する俺と比企谷を見て、周りは唖然とするが構っている暇はない。
数字に表して約94%が終わっており、かといって残りの6%がすぐ終わると言うわけでもない。
「やぁやぁ、頑張っているかね?」
「邪魔するなら消え去ってください」
「…………」
暫くして雪ノ下姉がやって来た。
俺はそれを足蹴にして追い払う。
「比企谷くぅん…」
「俺には何とも言えないです」
雪ノ下姉は比企谷にヘルプを頼むが、あっさりと流されて立ち尽くす。
「雪乃ちゃんを助けてくれてありがとう」
「…………別に。
俺は相模がムカついただけですから」
「それでもだよ。
今のあの子は憑き物が無くなったみたいに動いてる」
「雪ノ下自身に思うことがあったんでしょう。
個人的にはそれでよかったと思いますけどね」
「…うん。
君に頼んで本当に良かったと思うよ」
頼んだ……?
俺はこの人から何かを頼まれたような記憶は一切ない。
だとすれば…………!
「もしかして平塚先生の依頼は―――」
「お姉さん、勘の良いガキは嫌いよ?」
そう言って俺の唇に指を当てる雪ノ下姉。
その瞬間、隣からドサッと重苦しい音が聞こえて思わず振り向いた。
「補助員、仕事をしなさい。
スローガン決定に伴う書類の製作、議事録、それから各団体へのスローガンの通達メールを送っておいて。それと今回にかかる費用の予想段階とその用途を纏めておいて。休んでいる暇は無いわ」
何故か冷たい目で俺を見下ろす雪ノ下が立っていた。
何処か不機嫌に感じるのは気のせいではないはずだ。
「あらあら雪乃ちゃん、もしかして―――」
「姉さんは帰って。
それが嫌なら手伝いなさい」
「……ふふっ。はーい」
そう言って去っていく雪ノ下姉……陽乃さん。
「なぁ、会計って聞こえたが会計はどこいった?」
「それなら相模さんの付き添いで体育館へと向かったわ。
客席の設置が間に合わないから手伝う、と」
………逃げたな。
「取り合えず費用の関係は全て終わっている。
平塚先生に引き継いであるから必要なら取りに行ってくれ」
「そ、そう。早いのね」
「作業開始から残業23時間は伊達じゃないってことだな」
「23時間………お前労働基準もへったくれもないな」
「俺は体調を崩したことはないからな。
睡眠時間だって3時間あれば余裕だ」
「……人間か?」
「見ればわかるだろ。息をして二酸化炭素増加させる所なんかは立派な人間だろう」
「それ以外は人間じゃないように聞こえるのだけど…」
こうして一日は過ぎていく。
慌ただしい日常はあと数日で終わりを迎える今日この頃、雪ノ下や比企谷との繋がりに少し強みを感じた日だった。
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