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ルドガーinD×D (改)

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四十八話:約束の地、呪われた宿命


マクスバードに着いたルドガーだったが、まだ、他の仲間は来ていないようで、エルがポツンと堤防で、膝を抱えていた。ルルがエルの側にいて、時々気遣うようにルドガーを見ている。ルドガーは声を掛けたいが、自分が何かしたら逆効果だと思いエルを見つめる事しか出来ない。そんなところに仲間が揃ってやって来た。複雑そうな顔をしてルドガーとエルを見る仲間だったが、レイアとエリーゼが頷いてエルの側に行く。


『事情はローエンから聞いた』

『元気だせ……って言っても無理かもだけどさ』


ルドガーを気遣うガイアスとアルヴィンにルドガーは気にするなといった感じに首を振る。
そんな時タイミング悪く、GHSが鳴った。メールだったらしく、内容は『到着を確認。カナンの道標を五芒星形に並べよ』というものだった。GHSを閉じて、ルドガーが視線の感じる方へ目を向ければ、柱の陰からこちらの様子を伺っている男がいた。


『動きが筒抜けで、嫌な感じね』


ミュゼのそんな言葉に黒歌達も見られているはずがないとわかっていながらも嫌な気分になる。監視されているという事は信用されていないという事でもあるのだ。良い気がするはずがない。


『ごぼーせー……?』


いつの間にかルドガーの隣に来ていたエルが聞きなれない言葉に首を傾げていた。そんな子供らしい様子に見ていた黒歌達の顔は少しだけ明るくなる。


『道標を並べてどうするんだろ?』

『カナンの地への地図でも表示されるのでしょうか?』

『やってみるといい。それはエルとルドガーが集めたものだろう』


エルはミラの言葉に頷き、ルドガーに五芒星形とはどういう形なのかと目で問いかける。ルドガーはそれに対して星の形だと言って、道標を並べていく。そして最後の道標―――エルのパパの道標をエルが置くと光が溢れ、文様が浮かび上がる。


『ルドガー、星!』


その様子に目を輝かせていつもの様にアイボーであるルドガーに声を掛けるエル。そんないつもの調子で笑いかけたエルにルドガーもいつもの様に微笑み返す。だが、エルは何かを思い出したかのようにその表情をすぐに曇らせる。小猫はその様子からやはり、エルの心の傷は大きいのだと察する。その間に道標が眩しいくらいの光を放ち、五つの道標は一つとなって宙に浮かぶ。


『ルドガー……ルドガーは、パパと同じ人なんだよね……?』


違うと黒歌はエルに言いたかった。だが、それが届くことは無いのを思い出すと同時にこれは二人の問題なのだと思い直す。


『パパと一緒で……ニセ物のエルはいらないって思う?』


違う、ルドガーはそう叫びたかった。だが、その言葉は彼の口からは出て来なかった。彼は今まで分史世界を壊し続けてきた。そんな自分が言ったところでその言葉に説得力はあるのかと彼は思いとどまってしまう。

イッセーはヴィクトルのせいでエルが苦しんでいることが悲しかった。ヴィクトルの言い方ではエルに誤解されても仕方がないが、ヴィクトルの過去を見たためにヴィクトルが間違いなくエルを愛していた事とそれしか方法がなかったことを知ったためにヴィクトルを責める気にはなれなかった。そんな時だった。


『ルドガー、あれ!』


声を上げたジュードが指差したのは、空。全員が空を見上げると空が黒く染まる。そして二つの月が重なり合い、その中央が目の形に割れる。まるでギロリと睨まれたような気がして思わず、ギャスパーが身震いをする。


『ミラ!』

『オリジンめ、あんなところに隠していたとは!』


ミュゼがミラに話しかけるとミラは苦々しげにそう吐き捨てる。黒く染まった球体から胎児の姿が映し出される。その余りの不気味さにエルがカナンの地、と嘘であって欲しいというように叫ぶ。そんな様子にアルヴィンも同意するがミラが、あれがカナンの地だと断言する。黒歌達もあんな不気味な地が、願いをなんでも叶える土地だとは思えない為に何とも言えない表情で見上げる事しか出来ない。


『道標が、カナンの地を出現させるものだったとはな』

『ですが、どうやってあそこに?』


ガイアスの呟きにローエンが全員に問いかける。するとティポがミュゼに打ち落としてもらえばと言ったが本人からか弱い乙女になんてことをなどという、どこがか弱いんだというツッコミが入りそうなセリフにより却下されてしまう。因みにゼノヴィアがその案がいいなと思っていたのはどうでもいいことであろう。


『空中戦艦なら!』


『無駄だ。近づくだけでは中に入れん』


レイアが比較的まともな案を出したと思った時、後ろから聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。その声に反射的に振り返ったルドガー達の目の前には宙に浮かびルドガー達を見下ろす大精霊がいた。


『「クロノス!」』


その姿に思わずジュードとイッセーが同時に叫び声を上げてしまう。この二人似ていない様で意外と似ている所が多いのである。そしてクロノスの腕には無造作に持たれたユリウスがいた。その事に声上げるルドガーだったが、クロノスはそれに対して特に反応も示さずに言葉を続ける。


『まさか道標を揃えるとは。探索者の相手をしている場合ではなかったな』


クロノスがユリウスを乱雑に放り投げ、ユリウスは地面に痛々しく叩きつけられる。それを心配して駆けつけようとするルドガーだったがユリウスが勝ち目はないと言い。ルドガーを逃がすために骸殻を使ってクロノスと戦おうとするが時計を取ろうとしたところでクロノスの剣の様な足で手を突き刺されてしまう。


『貴様こそ、やめておけ。時歪の因子化(タイムファクターか)したくはあるまい』

時歪の因子(タイムファクター)を作っていたのはあなたではなかったんですね』

『我はクルスニクの一族に骸殻の力を与えただけ。時歪の因子(タイムファクター)とは、奴らが我欲に溺れ、力を使い果たした姿だ』


クロノスの言う通り、分史世界を創り出していたのは他ならぬクルスニク一族だったのである。そして、かつては現在のルドガーのように世界の為に骸殻を使っていたのではなくまさに我欲に溺れて骸殻を使う者がほとんどであったのだ。

始祖、ミラ・クルスニクはまだ協力して審判を越えようとしたが欲に目を眩んだ者たちに虐げられ、最終的に夫に裏切られ死の淵に追いやられ、死ぬ寸前に史上初の時歪の因子(タイムファクター)となり『始祖分史』となったのである。そんな様子を見ていたクロノスは早々に人間を見限ったのである。


『分史世界を偽物として消去してきた貴様が、真実を知らぬとはな。一体、何をもって真贋を見定めて来たのだ?』


クロノスの言葉に何も言い返せないルドガー。そして、クロノスはそんな様子を見ながら人間とは愚かだと言い、オリジンの審判を待つ必要もないと断言し、ユリウスを痛めつける様に手をさらに踏みにじる。


『ぐううっ……! 逃げろ、ルドガー……』


自分が危機的状態であるにもかかわらず、弟の心配をして逃げるように言うユリウス。そのようすにアーサーはいかなる世界でもユリウスという男はルドガーを大切にしているのだと尊敬にも似た感情を抱いてしまう。しかし、ルドガーは直ぐにユリウスを助けるためにクロノスに斬りかかる。ルフェイは自分でもああするだろうなと思いアーサーを見る。そんな視線に気づいたのかアーサーは若干、決まりの悪そうな顔をする。


『愚かにして未熟』

『なんで、変身しないの……!?』


骸殻を使わないルドガーにエルがそんな叫びをあげる。しかし、ルドガーは意地でも使うつもりはない。エルをこれ以上、絶対に傷つけるわけにはいかないと決めているからである。


『もう骸殻は使うな、ルドガー!』


そう叫びながらユリウスがルドガーを庇うように前に出る。そして、人間はしぶといなと言うクロノスに対して自分は骸殻を使い斬りかかるが軽々しく避けられる。クロノスは醜悪極まると吐き捨てビットの様な円盤を飛ばして来る。それに反応したユリウスが全員に逃げろと警告するが、エルが逃げ遅れて円盤に囲まれてしまう。ルドガーはすぐにかけつけようとするがユリウスに弾き飛ばされて庇われてしまう。


『きゃぁぁぁぁぁ!!』


そして、ルドガー、ミラ、ミュゼ、そしてガイアス以外が結界術により閉じ込められてしまう。その余りの手際の良さにヴァーリはクロノスの力を改めて侮れないものだと再確認する。


『他愛もない。かわせたのはお前たちだけか』


そして四人とクロノスの戦闘は始まる。四人は何とかクロノスと渡り合い、ダメージを与えることには成功するがクロノスの方はどこまでも余裕の表情を浮かべていた。


『そろそろ思い知ってもらおうか。我が何の精霊かをな』


そう言って円盤を飛ばして来るクロノスだったが、ルドガー達は怯むことなくその円盤を弾き返し、クロノスの元に飛び込み、四人で同時にその体を串刺しにし、その体からは血が噴き出す。人であれば間違いなく致命傷、下手すれば即死の攻撃だ。しかし、美候にはどうもワザとくらったようにしか見えなかった。その予感通り、クロノスはゆっくりと体を持ち上げて口を開く。


『怯えるのはこれからだ』


そう口にしたクロノスの背に巨大な歯車が展開され時計の様な術式が映し出される。そして光放ちながら致命傷クラスの傷を一瞬で治していく。


『何と言う回復力だ』

『回復ではない。時間を巻き戻したのだ』

『時間!? まさかお前は―――』


「時間を巻き戻すって……僕の力よりもすっごく強いですうぅぅ」


クロノスの言葉に同じ時を操る能力を持つギャスパーがその異常な力に畏怖する。巻き戻すという事は傷だけでなく体力も元に戻るという事なのだ。はっきりいってそんな相手と戦って勝てる見込みはまず無い。


『我はクロノス。時空を司る大精霊だ』


そして勝負は振り出しに戻されてしまう。いや、体力を消費したルドガー達にとっては不利な状態で再び始まったのだ。そして、ルドガー達が一定のダメージを与えたら、再び時間を巻き戻すということをクロノスは繰り返していく。その様は反則技としか言いようがなかったが現実にそれが行われているのだ。しかし、ルドガー達も諦めることなく戦い続ける。


『なるほど。カナンの地を出現させるだけの力はもっているようだな。やはり醜悪だ』

『また、時間を戻したか!』

『こんなの反則でしょ!』

『念入りに命の時を止めるとしよう』


そしてクロノスが止めとばかりにルドガーに突進してきた時、エルがルドガーの名前を叫びながら走って来て、ルドガーの前で両手を広げて盾になる。それに対してクロノスは結界術がもう切れたことに驚き、手を止める。


『どけ』

『絶対、やだっ!』

『二度は言わぬ』

『どかないよ、ルドガーは……エルの……』


意地でもどかないエルに対してクロノスは子供だからと言って容赦することもなく精霊術を発動しようとする。そんな姿に祐斗が逃げろ、と思うが、次の瞬間にはルドガーとエルの前にはある一人の男が現れる。


『たった一つの命、無駄に捨てるな』

『ビズリー・カルシ・バクー』


その男とはビズリーである。ヴィクトルが見せたような高速移動で二人の前に立ったビズリーに対して面識があるのかクロノスがその名前を呟く。黒歌達はその姿に複雑な思いを抱く。ヴィクトルとルドガーが同じという事は、ビズリーはルドガーとユリウスの父親なのである。しかし、今までのユリウスの態度から見るに明らかに家族関係が複雑なのが分かる。


『カナンの地に入る方法なら、私が知っている。―――――――だろう?』


その声はクロノスとエルにしか聞こえなかったがクロノスはまさか、知られているとは思っていなかったのか顔を怒りで歪める。そしてエルはその顔を驚愕と恐怖の表情に変える。そんなエルの様子に黒歌達は気になったもののビズリーの言葉が聞こえなかったためにその真実を知ることは出来なかった。


『最後のカナンの道標、最強の骸殻能力者は分史世界で手に入れて来た。この世界にはまだ、残っているぞ』


そう言って一瞬だけフル骸殻を発動するビズリー。そこで朱乃は何故、ビズリーが嘘をついていたかを悟る。自分が道標だったために真実を伝えるわけにはいかなかったのだ。その為に狡猾にルドガー達を騙してきたのだ。


『私とクルスニクの鍵、同時に相手をしてみるか?』


その言葉にユリウスがなぜ、未だに嘘をついてルドガーを危険な目に合わせるのかとばかりに、口にするが次の瞬間にはルドガーはクロノスに吹き飛ばされてしまう。そして空間転移の術でルドガーを飛ばそうとするがそこにユリウスが飛び込みクロノスと共に吹き飛びルドガーを守る。


『……残り少ない力で無茶をする』


そんな姿をビズリーは何とも言えない表情で見送るがそれ以上は何も言わない。そしてルドガー達がビズリーにカナンの地への行き方を問いただすがエルがどういうわけかそれを言われることを恐れて叫び声を上げる。


『行かなくていい! カナンの地なんて行かなくていいよっ!』


そんなエルの様子に仲間達が声を掛けるがエルは絶対に行かないと意志を強くして叫び続ける。そんなエルに対してルドガーはエルの時計を手に取ってよく目に見える様にエルの目の前に持っていく。


『約束しただろ、エル』

『一緒にカナンの地に行くって約束……や、約束なんて……どうでもいいし』

『どうでもよくないだろ!』


ルドガーが叫ぶがエルはなおも拒否し続けてしまいにはどこかに行ってしまう。そんな様子に黒歌達は、エルはルドガーを守ろうとしているのではないかと、黒歌を守る為に離れたルドガーの事を思いながら考える。


『あの娘の言う通りだ。お前は、もう骸殻能力を使う必要はない』

『……用済みってわけか?』

『いや、お前はなすべき仕事をなしたということさ。我が一族の人間の悲願、カナンの地を出現させたのだ』


そう言ってビズリーはカナンの地を様々な思いの籠った眼で見つめる。それにつられてルドガーもカナンの地を見上げるが今の彼の頭の中はエルの事でいっぱいであった。そんな様子に黒歌はルドガーの心情を思いやる。


『ルドガー、私は、お前を誇りに思うよ』


そう言ってルドガーに手を差し出すビズリー。嘘ばかりで真実を語らないビズリーであったがこの言葉だけは本心から言ったのであろう誇らしさが漂っていた。しかし、ルドガーはその差し出された手を握り返そうとはしない。あくまでも彼にとって大事なことは世界でも一族の悲願でもなく、エルとの約束なのである。


『俺はエルを追いかける!』

『ふっ、ユリウスの奴が心配するわけだ』


すぐにエルを追いかけようとするルドガーにビズリーが少し、笑いながらそう言うがすぐに真剣な顔つきになり、追ってどうする気だと問いただす。そして、ルドガーがこれ以上骸殻を使えばエルが時歪の因子化(タイムファクターか)することを再認識させる。その事にルドガーは足を止めて悩む様に俯く。


『心配するな。エルは配下の者に保護させる』

『ルドガー、こういう時は時間を置いた方がいいよ』


ルドガーはビズリーとレイアの言葉に納得してこの場は引き下がることにする。そしてミラがビズリーにカナンの地への入り方を聞くがビズリーは本社に着いてから説明すると言う。そのことに不満げな顔をするミラ達であったが、ビズリーはカナンの地は逃げないから慌てるなと言う。


『……逃がすものかよ』


そう呟くビズリーの目はやっと獲物を見つけることのできた餓えた獣のような獰猛さが宿っていた。そしてルドガー達はクランスピア社へと向かう。エルがビズリーに会うために再びこの場所に戻って来ることも知らずに。





ユリウスの心配をしながらクランスピア社についたルドガー、ジュード、そしてミラは早速社長室に向かおうとするがリドウによってジュードとミラはダメだと言われてしまう。しかし、そんなことをルドガーが承知するわけもなく何とかできないのかとヴェルに頼むと、驚きの言葉が返って来た。


『承知しました。ルドガー副社長(・・・)のご判断なら、異存はありません』

『「はあっ!?」』

『「ルドガーがクランスピア社の副社長……!」』


余りの出来事にルドガーの叫びと黒歌達の叫びが重なり合い、ジュードとイッセーの声がまたしてもハモってしまう。ニートから高額負債者、そしてエージェントを経て大企業の副社長というサクセスストーリーにルドガー自身、驚きが隠せない。そんなルドガーが気に入らないのかリドウが舌打ちをする。


『本日付けで辞令がおりています。今日からルドガー様は副社長に就任です。社長がお戻りになるまで、社長室を使っていただくよう承っております』


そしていきなり副社長になったことにいぶかしがりながらもルドガー達が社長室に行くとビズリーの姿はなく代わりにモニターとヴェルとリドウ、そして複数のエージェントが待っていた。


『社長からのメッセージがございます』


そう言ってヴェルがモニターをつけるとビズリーが映し出された。


〔ルドガー。私はカナンの地で行われるオリジンの審判に決着をつけるつもりだ。お前には真相を伝えよう。分史世界とカナンの地を巡る一連の事件は、クロノス、マクスウェル、オリジン、原初の三霊が仕組んだゲームだ〕


ゲームだと軽くは言ってはいるが、ビズリーの言い方には確かな皮肉と、恨みがあった。そしてそこにリドウが、ことは、人間が黒匣を生み出した二千年前に遡ると口を挟んでくる。リドウの話し方にも若干ではあるが間違いなく恨みが籠っていた。


〔人が、黒匣(ジン)を制御出来るかどうかをめぐって対立した三霊達は、人間にその本質を問う試練を課したのだ。人間が、己が魂の業――欲望を制せるか否かを賭けて、な〕


そう話すモニターの中のビズリーに再びリドウが、まだマクスウェルが人間を信じていた頃、断界殻(シェル)を作る前の話だと口を挟んでくる。その言葉にマクスウェルであるミラは骸殻とは何かに気づき、思わず前に進み出る。黒歌達はその試練を随分と曖昧な定義だと思うがそもそも人の本質など元々曖昧な物だと思い直す。


〔骸殻とは、欲望制御のバロメーターとしてクロノスが一族に与えた力だった。時歪の因子(タイムファクター)が百万に達する前に大精霊オリジンの元に辿り着ければよし。失敗すれば、精霊は人間を見限るという契約でな〕


人間との契約というより、クルスニク一族との契約だとイッセーは思い。最早、クルスニク一族に生まれた人間に対する嫌がらせにしか思えなかった。


『だが、この審判には罠が仕掛けられていた』


驚きを隠せないルドガーの前に待っていました、とばかりにリドウが再び口を挟む。その余りのタイミングの良さに黒歌達は、リドウはあらかじめこの映像を見てどこで言葉を挟むかを考えていたのではないのかと思ってしまう。


〔オリジンの元に最初に辿り着いた人間は、願いを一つ叶えることが出来る。この条件が人の欲望を増大させ、一族は醜い対立と競争を繰り返すことになった〕

『その結果、時歪の因子(タイムファクター)と分史世界はネズミ算式に増え続けたのです』


ビズリーの言葉にそう続けるヴェル。黒歌達はクロノスがなぜ人間をあそこまで醜悪と言って毛嫌いしていたのかの一端を知る。人の愚かさをクロノスは知った。そして人間を信じていたかつてのマクスウェルもそれに失望し、人間を見捨てた。

過去の人間達が見捨てられたのは自業自得だが、その子孫であるルドガー達が巻き込まれるのは馬鹿げていると黒歌達はそう思わざるを得なかった。しかも、今となっては、結局辿り着いても、世界を救うには願いが決まっていて、分史世界の消去を願うしかないという趣味の悪さだ。


〔正史、分史含め、これまでどれ程の人間が時歪の因子(タイムファクター)と化し破壊されたことか……全時空では、すでに百万に迫っているだろう。私は、この悲劇を止めてみせる。報酬を用意した。後は私に任せろ。お前の世代に伝える世界は、私が整える〕


最後にビズリーが使命感に満ちた言葉をルドガーに伝えて、そこでビデオレターは終わった。話の余りの壮大さにルドガーが何も言えなくなっていた所にノヴァから借金の取り立てをしなくてよくなったと電話がかかって来る。要するにクランスピア社の圧力で踏み倒したのである。ノヴァはルドガーが犯罪でもしたのかと聞いてきたがルドガーはそれを無視してGHSを切る。


『……ビズリーはカナンの地に向かったのか?』

『はい』


ミラの質問に答えるヴェルだったがその次に聞かれたカナンの地への入り方には一切知らないとシラを切って会議が始まると言って立ち去ろうとするが、そんな努力をぶち壊す言葉をリドウがどういう目的か発する。


『社長。エルを利用してクロノスを殺すつもりなんじゃないかなぁ~?』

『エルだと!?』


その言葉にヴェルは咎めるようにリドウを見て、ルドガー達はその真意を問いただす為にリドウを睨みつけるが、それ以上言う気はないのかリドウは、お客さんはお帰りだと言ってエージェント達にジュードとミラを追い出させる。その後、一人、ルルと共に残されたルドガーはリドウに真実を聞くために社内を捜し、リドウを見つけ出す。


『先ほどは失礼を。何か御用ですか、副社長?』

『さっきの話の続きを聞かせろ』

『……エルがクルスニクの鍵だとは?』

『知っている』


少しルドガーを茶化していたリドウだったが、ビズリーの思惑通りに進ませるのは気に入らなかったのか、それとも真実を伝えた方が面白いと思ったのか話し始める。


『クルスニクの鍵は、審判を超える為に大精霊オリジンの力を与えられた切り札。社長の殺された奥さんがそれだったんだけど……あぁ、副社長のじゃない方ね』

『……つまりは兄さんの母親か』

『昔、社長が対クロノス戦で利用したせいで死んだらしいですよ』


その言葉に黒歌達はゾッとする。ビズリーという男は自分の妻すら道具として使うのだ。つまりは、必要であれば息子のユリウスやルドガーも利用して殺しかねない。思えば、ユリウスがビズリーにルドガーの事がばれたときに本気で殺しにかかったのはルドガーを利用されて殺されるのを防ぐためだったのだろう。自分の母親の二の舞にはさせないように。


『それが原因で、長男は実家を飛び出し、別の家族ごっこを始めたとか』

『お前に何が分かる!』


リドウの言葉に激昂して怒鳴りつけるルドガー。産んでくれた母親が違おうと、何かを隠していたとしてもルドガーにとっては大切でかけがえのない家族なのである。しかし、そんなことはリドウにとってはどうでもいいらしく、軽くあしらって話を進める。


『障害になるクロノスをエルの力で殺すんだろうよ。ま、クロノスを倒す程の力を使えば、鍵は間違いなく時歪の因子化(タイムファクターか)するけどね』

『そんなこと、させるか!』

『俺に怒られても……副社長だって、散々あの娘の力を利用してきたクセに』


思わず、リドウに詰め寄ったルドガーだったが、リドウに皮肉を言われて真実であるために言い返せずに悔しそうに俯く。そんな様子にリアスは知らなかったのだからルドガーが悪いのではないと思うが、ルドガーにとっては慰めにもならないであろう。そしてルドガーは直接聞きただそうとGHSを取り出してビズリーにかける。


『ルドガーか?』

『ああ、この世で最低の父親の息子だよ』

『ふっ……怒っているようだな。大方リドウあたりが煽ったのだろう』


流石は社長というべきか、部下の特性をよくわかっていて、すぐに誰がルドガーに真実を教えたのかを悟る。それに対して、まさかこうも簡単にバレるとは思っていなかったのかリドウがバツの悪そうな顔をしてルドガーから目を逸らす。


『騙したのは悪かった。だが、わかってくれ。これは人間だけの世界を作るために必要な犠牲なのだ』

『ふざけるなっ! 何の罪もないエルが犠牲になるなんて冗談じゃない!』

『……我が一族は二千年もそういう犠牲を払い続けてきた。だが、それも最後だ』


最後だと答えるビズリーの声には万感の思いが込められていた。やっと、一族が呪いから解き放たれるのだと喜んでいるようでもあった。だが、ルドガーにとってはそんなことはどうでもいい。彼にとって何よりも大事な物はエルなのだから


『私は審判を超え、その願いで、精霊から意思を奪い去る。奴等を人間に従う道具にするのだ。心配はいらん。分史世界も、奴等を利用して消滅させる』


そんなビズリーの言葉に黒歌達は思わず息をのむ。ビズリーの真の目的は精霊から意思を奪い去ることだったのだ。それは、長年苦しめられてきた精霊への復讐のためだろう。ビズリーは世界を救おうとしているがそれはあくまでも人間主体としてだったのだ。そんな
事実に声が出ないルドガーの耳にずっと聞きたかった声が聞こえてくる。


『かして! ルドガー? エルだよ!』

『エル! 今どこに―――』

『ルドガー! もうあんなことしなくてよくなるから! もう誰も消えたりしないようにエルが、お願いするから! エルの力があれば、それが出来るんだって! 大丈夫だから! ルドガーは来ちゃダメだよ』


ルドガーの言葉を遮るように必死に思いを伝えて来るエルにルドガーは声が出ない。そんな様子にリドウも話を聞きやしないとばかりに肩をすくめてみせる。


『エル頑張るから……だから……約束やぶっちゃったけど……ゆるしてね』


その言葉を最後にして電話は切れる。ルドガーは慌ててかけ直すがビズリーが着信拒否をしたらしく繋がらない。そんなルドガーを見てルルが悲しげな鳴き声を上げる。そして、リドウがこうなったらビズリーに任せるしかないと言い、さらには、下手に手を出すと、俺達もエルみたいに利用されると嫌味を言う。


『エル……』

『ナァー!』


ルドガーはエルに来るなと言われたことに悩みながら一先ず、ジュードとミラに事の次第を教えるためにルルと共に一階のロビーへと降りていく。すると、何やら騒がしかったので見てみるとジュードとミラが真実を教えないヴェルに業を煮やして口論をしていた。二人はルドガーに気づくとすぐに寄ってきて何か分かったかと聞いてきたのでルドガーは先程、知り得た情報を伝える。


『精霊を道具に……それがビズリーの真の目的だったのか』

『しかもエルを利用するなんて』

『ビズリーを止める。カナンの地に行くぞ!』


そう言うミラに対して、ルドガーは俯いて答えを返さない。ジュードも何事かと声をかけるがルドガーの足は動かない。ルドガーは悩んでいたのだ。エルはもちろん助けたい。だが、他ならぬエルにそれを止められてしまった、自分を守る為に。

しかも、思い返してみれば今まで行ってきた自分の行動でエルを傷つけていたのだ。それなら自分は行かない方がいいのではないかとルドガーは考えていた。そんなルドガーに黒歌はいつも彼に感じる強さではなく、弱さを感じていた。ルドガーとて何かから逃げたい時はあるのだと。
だが―――


『そんなのエルの本心のわけないよ! 大事な人と離ればなれになって、平気なはずないじゃないか!』


ジュードの怒鳴り声がロビーに響き渡る。かつてミラと離ればなれになったことのあるジュードの言葉はルドガーに重くのしかかった。そんな言葉に黒歌はルドガーも自分と離れてやはり辛いのだと確信する。だからこそ、自分がこうしてルドガーを連れ戻しに来たは間違いではないのだと肯定されたような気持ちになる。


『目を醒まして貰うよ、ルドガー!』

『……っ!』


そしてジュードはルドガーに戦いを挑む。ルドガーは未だに迷いが吹っ切れないのか顔を歪めたままジュードに相対する。そして拳と剣がぶつかり合う音がロビーに響き渡る。激しい戦いの最中、ジュードはルドガーに叫びかける。


『エルは君を待っている! 手が届くうちに掴まなきゃ!』

『くっ! うおおおおっ!』


ジュードの言葉に苦しそうに声を上げるルドガー。それを聞いたルフェイはそっとアーサーの手を握る。その事に驚いた顔を浮かべるアーサーだったが振り払うことはせずに好きなようにさせる。そしてジュードとルドガーの戦いは続いていき、ジュードがその想いを拳に込めてルドガーに叩きこむ。


『何を迷ってるんだよ、ルドガー! エルは……エルはルドガーの家族だろっ!』


そして、その言葉を聞いた瞬間、ルドガーの迷いはついに吹っ切れる。


『エルーーーッ!!』


本来ならエルが傍に居なければなれない骸殻へと変身し、ジュードを倒すことに成功する。そして、膝をつくジュードへと手を伸ばす。ジュードはなぜ、ルドガーが変身できたのかと不思議そうに尋ねるとその質問にミラが答える。


『決まっている。エルが君を呼んでいるのだ』


その言葉にルドガーは強く時計を握りしめて覚悟を決める。エルと一緒に……カナンの地へ行く! その決意を胸にルドガーは二人と一匹と共に会社の外に出ようとするが、突如として警報が鳴り響き、エージェントに取り囲まれてしまう。


『ここは通行止めだ、ルドガー副社長』

『定番すぎるセリフで申し訳ないけど、社長命令は守らないと』


イバルとリドウがルドガーにそう告げるがルドガーはそんなことなど聞く気はない。そして、ミラがイバルに退いてくれと言うが、イバルは苦悶の表情を浮かべながらも退かない。


『ふふふ、俺を無視とは興奮しちゃうなぁ。冷徹な君は、まったくもって素敵だ』

『何このキモイ人』


「キモイにゃ、ドMにゃ、変態にゃ。殺すしかないにゃ!」

「……姉様、気持ちは分かりますけどやっても無駄です」


気持ちの悪いセリフを言ったリドウに対してミュゼが遠慮なくキモイと言ってエージェントを倒す、そして何故か黒歌も余りのキモさに耐え切れなくなったのか、ここが記憶の中であることも忘れて巨大な魔力弾をぶつけようとする。それを小猫が後ろから羽交い絞めにして何とか止める。そんな黒歌達の様子を知るはずもなくエージェントをなぎ倒しながらガイアスも現れる。


『迎えに来たぞ。お節介だったか?』

『王様に迎えに来てもらえるなんて光栄だよ』

『あーあ、面倒なお方が来ちゃったなぁー。けど、こっちもルドガー君止めないとヤバイんだ―――命がかかっててね』


そう言ってエージェント達に銃の様な物を構えさせるリドウ。命がかかっているという言葉にヴァーリは眉をひそめる。言葉通りであれば失敗すれば殺されるということだがどうにもその理由が分からなかったのである。ビズリーはむやみに戦力を削るような男には見えないのだ。とにかく、ミュゼがこんな人数で私達を止められるのかと言いながら術を放ったのだが、エージェントが持つ銃に吸収されてしまう。


『それは、まさか!』

『そう、クルスニクの槍だ。携帯版だが、威力は見ての通り、さて、マナを抜かれたマクスウェル様は、どんな喘ぎ声を上げるのかな?』


そんなリドウの言葉に無礼だとイバルが怒鳴り、掴みかかるが、逆に殴られ倒される。そして正論とも言える、上司への礼儀をわきまえろという言葉を吐き捨てるリドウだったがミラがリドウに斬りかかり、術を放つが、クルスニクの槍に阻まれる。


『こんな逃走野郎を助けるとは、お優しいことだ』

『役を解いた覚えはない。イバルは今も私の巫女だ』

『ミラ様……』


ミラのそんな言葉にイバルは感激した面持ちでミラを見つめる。そんな様子にリドウが面白くなさそうにマナと一緒に、そのプライドも剥ぎ取ってやる、と言ってエージェント達にクルスニクの槍を一斉に向けさせる。その絶体絶命の状況にガイアスがルドガーにささやきかける。


『どうする、ルドガー?』

『地下から出られるはずだ』


ルドガーは地下訓練所から街の外に出られると前に聞いたことを思い出してガイアスにそう返す。そして地下まで続くエレベーターをチラリと見る。逃走経路は見つけたが問題はどうやってそこに行くかだ。


『僕が囮になるよ』


ジュードが囮の役目を自らかってでる。そんなジュードに仲間達が激励の言葉を投げかける。それに対して力強く返した後、突如としてジュードが駆け出す。そのことにエージェントがつられて、クルスニクの槍を放つ。その隙をついてルドガー達はエレベーターに向かう。イッセーはジュードの無事を祈りながらルドガー達について行く。


『バカが、陽動だ!』


リドウは気づいたが、ルドガー達は既にエレベーターに乗り込み扉が閉まる直前だった。ジュードは先に行けと言い残してエージェント達を相手にする。ルドガーはそれを苦悶の表情で見送り、先に進む。そして外に続く出口の扉の前に来たとき、扉の前にリドウとイバルが立っていた。


『逃がさないって言ったろ、ルドガー君』

『しつこいぞ、リドウ』


リドウに対してルドガーが苦々しげに吐き捨てる。余裕そうな顔をしているがリドウも必死であることには間違いがないだろう。なぜそこまでするのかはまだ、ルドガー達には分からなかったが。


『イバル。それが今のお前なんだな?』

『そう、俺の仕事……あなたの巫女として失敗した、俺の生き方です!』


厳しい表情で見つめて来るミラに対してイバルがそう宣言する。恐らくは彼なりにケジメをつけようとしているのだろう。その覚悟を感じ取ったのかミラは剣を引き抜きイバルへと突き付ける。ミラもまたケジメをつけようとしているのだ。


『わかった。ならば、私も全身全霊で相手をするだけだ』


かつての主と従者がぶつかり合う。


『たった二人では俺達を止められんぞ』

『そうとも限らないのさ、ガイアス王』


ガイアスの言葉にリドウは自分の心臓を指差しながら。子供の頃、難病を患ったために、マティス、つまりはジュードの父親であるディラックに施術してもらい、おかげで命は助かったが、その時からいくつかの内蔵は黒匣で出来ていると話す。


『俺はその黒匣をさらに改造したんだ。身体能力を倍に引き上げるように』

『体が持つのか!?』

『勿論、持たない。だが、持っている間にお前らをぶっ潰せばオーケーだろ』


ミラの言葉にそう言って、リドウは骸殻を発動させる構えを見せる。そんなリドウにガイアスが何故そこまで自分を追い詰めるのかと聞くがリドウは答えずに骸殻を発動させ叫び声を上げて身体能力を上昇させる。

リドウは叫び声を上げながらイバルと共に襲い掛かって来る。ルドガー達はそれを苦労しながらも何とか倒すことに成功する。崩れ落ちるリドウとイバルを前にミラは通るぞと言い進んで行く。そしてイバルの前で立ち止まる。


『イバル。私はお前の失敗を知っている』


イバルは息を飲み、顔を上げることが出来ない。


『だが、それでお前が私に尽くしてくれた十数年の意味がなくなるわけではない。ありがとう、イバル。感謝している』


その言葉にイバルが驚いて顔を上げる。そんなイバルにミラは優しく微笑みかける。そして、イバルは目に涙を滲ませ、もう一度、深々と頭を下げる。その後、イバルはどこかスッキリとしたかのような顔つきでふらつきながらも帰っていった。そんな様子にゼノヴィアは信じる者に認められてよかったなとイバルを祝福する。


『予言してやるよ、ルドガー……お前はここで止まらなかったことを、死ぬほど後悔するぜ!』


倒れ伏しながら、まるで呪いの言葉をかける様に叫ぶリドウに対して、ルドガーは憐みの視線を向けてから何も言わずに立ち去っていく。その目はユリウスと同じような目でリドウのプライドを激しく傷つけることになるがそんなことをルドガー達は知らない。いや、知ることが出来ないだろう。リドウはこの後すぐに殺されるのだから。

そしてヴァーリはリドウが一体何を言いたかったのかと考えるが直ぐに分かるだろうと考えるのをやめる。そしてルドガー達は無事に外に脱出することに成功する。そしてジュードはうまく逃げられただろうかと案じている所にルドガーのGHSが鳴る。


『俺だ。無事か、ルドガー?』

『ああ。カナンの地に行くまでは死ねないよ』


その言葉は何気ない物だった。しかし、その言葉はユリウスにある残酷な決心をさせてしまうものだったとはその時ルドガーは夢にも思わなかった。どうしても行く気なのかとユリウスはルドガーに問いかけ、ルドガーもそれに肯定する。


『こうなったら、ひかないよな、お前は……わかった。全てを話そう』


優しい、穏やかな声でルドガーに語り掛けるユリウス。そんな声にルドガーは何も考えずに安心していた。それが兄との最後の会話になるかもしれないのに。


『俺はトリグラフにいる。ジュードも一緒だ』


それだけ言い残してユリウスは電話を切る。そして、ジュードと合流するためにトリグラフへと向かうことにする。トリグラフの自宅マンション前に戻ったルドガー達をジュードが出迎えてくれたがその顔はこの上なく暗かった。そんな様子に気づくこともなくルドガーは兄の姿を探す、全部が落ち着いたら、今までのお礼も兼ねて大好きなトマト料理をたくさん食べさせてあげようとそんな呑気な事を考えながら……。


『ユリウスさんは……いない。伝言を頼まれたんだ。……決心がついたら、来いって』

『決心? なんのことだ?』


ジュードの言葉にルドガーが不思議そうに尋ねる。その時、黒歌達の頭に嫌な予感がよぎる。そしてジュードはカナンの地に入る方法をユリウスに教わったと言う。入るには“魂の橋”なるものを架けなくてならないというのだ。そして、その橋を架ける方法は―――


『……強い力をもったクルスニクの一族の命を―――ひとつ生贄にすること』

『生…贄…?』

『つまり、ルドガーかユリウスを―――殺せばってこと?』


ミュゼの言葉にルドガーの顔が絶望に染まる。黒歌達も余りに残酷な条件に言葉が出ない。ルドガーは自分あての手紙が部屋にあることを知ると一目散に駆け出していく。その後ろ姿を見つめながら、黒歌はどうして彼ばかりがこんなにひどい目にあうのだと涙を流して己の無力さを噛みしめる事しか出来なかった。部屋に戻りユリウスの手紙らしき物を乱雑に掴み取り荒い息のまま目を通すルドガー。


【俺の弟、ルドガーへ】

ビズリーはエル……”鍵”の力を手にした。こうなった以上、選択肢はない。カナンの地へ入るには、強い力をもったクルスニク一族の命が必要。命と引き替えに、魂の橋を架けることが最後の試練なのだ。俺は、マクスバード、リーゼ港で待っている。覚悟が決まったら来い。

【兄、ユリウスより】


『なんだよ……なんだよ! それっ!!』


手紙を読み終えたルドガーは叫び声を上げながら手紙をテーブルに叩きつける。そんなルドガーにルルが気遣うように鳴き声上げるが、ルドガーは震えながら顔を俯けることしか出来ない。小猫はそんなルドガーの様子を見ていられなかったが目を逸らすことはせずに見続ける。一番辛いのはルドガーなのだから。そんな所にジュード達が部屋に入って来る。


『ルドガー、ユリウスの手紙の内容を聞かせてもらえないだろうか』


ミラの言葉にルドガーは頷いてミラ達に手紙の内容を話し始める。



――二千年に渡る一族の呪いが、最後の生贄に選んだのは最も一族らしくない兄弟だった――


 
 

 
後書き
遂に……別れの時が近づいてきました。

どうしてこうも残酷なんですかね? (涙) 
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