映画
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9部分:第九章
第九章
「仕掛けます」
「左様ですか」
「一気にですね」
「田沼の相手は私がします」
夕菜は前を見据えていた。
「この手で。あの男を倒しましょう」
「では我々もまた」
「お供します」
こうして彼等はその荒野を進む。やがて大柄な黄色い装束の男もやって来てこれで五人になった。そうして高い漆黒の壁に黄金の瓦を持つみらびやかだが邪悪な雰囲気を持っている天守閣の城に向かう。そうして石垣を登り堀を水ぐもで進み城壁を越え城の中の忍びや侍達を倒し天守閣の頂点に向かう。そうして赤と白、それに金と銀といった毒花の如き南蛮風のカラーまである着物を着た二刀流の男と対峙するのだった。
「田沼、やはりここにいましたか」
「姫、どうやら我等は逃れられぬ宿命のようですね」
田沼を演じているのはこの映画で夕菜と同じように抜擢された若手女優で名前を木下朝香という。女だが男の役を演じている。そこにえも言われぬ耽美が漂っていた。
凛々しさを現わした夕菜と妖艶なその女優の対峙であった。夕菜の周りには他の忍びの俳優達がいるが夕菜はここでその彼等を制するのだった。
「最初に言った通りです」
「ではやはり」
「ここは」
「そうです。私が倒します」
毅然とした声で言うのであった。
「それが因縁ですから」
「秘宝だけではない」
朝香が扮する田沼は言う。長い髪は上で髷にされている。黒いその髪が妖艶さをさらに醸し出している。
「それをわかってくれているか」
「わからない筈がありません」
二刀流の朝香に対して夕菜は右手に忍者刀を逆手に持っているだけだ。だがそれでも毅然とした顔で対峙をしているのであった。その木の天守閣において。
「何故なら私達は」
「そう、闘う運命」
田沼は言う。
「そういうことですね」
「幾度生まれ変わろうとも闘う運命」
姫もまた言う。
「ですから」
「では。参いられよ」
田沼からの誘いであった。
「そして今ここで」
「はい、死合いましょう」
こうして二人は天守閣の頂上において刀を交えた。二人は忍術と妖術も駆使しそれは何時しか城を燃やし二人も包んでいく。姫の僕達の呼ぶ声も空しく。二人はその中に消えるのだった。
場所が変わった。今度は桜に梅が咲き誇り桃の香がする緑の草草の上だった。花々が咲き誇り香と花霞が漂うその世界の中で。夕菜は平安の貴族の礼服を着ていた。男の服をである。それは源氏の君のようであり在原業平のようでもあった。今度は彼女がこの世にあってはならない美を体現していた。
その彼女の前、青い小河を挟んで前に立つのは朝香だった。彼女は十二単を着て今夕菜の顔を見て静かに微笑んでいるのであった。
「今日も宜しいですね」
「はい」
夕菜は朝香の言葉に静かに頷いた。真剣な顔で。
「それでは」
「はい、はじめましょう」
それぞれ筆と紙と出しそれに何かを書いていく。見ればそれは和歌であった。二人は今互いに和歌を書きそれを競おうとしているのだった。
二人は同時に書き終わった。そうしてそのうえでそれぞれを見せ合う。すると。
「また互角ですね」
「そのようですね」
互いの歌を見てわかったことだった。
「では今日もまた」
「これで」
歌を見せ合ったうえですぐに背を向け合い別れる。それだけだった。
実は二人は想い合っていた。しかし歌では競争相手だったのだ。都を二分する歌の作り手として。互いの想いを押し殺してそのうえで歌を作り合う。今日もそうだった。
恋を忍ばせ歌を出し合う。二人はこうして互いの想いを確かめ合っているのだった。己の中にあるものをどうしようもなく感じ合いながら。これもまた運命であった。
「親王、今日もお見事でした」
「素晴らしい」
あのベテラン俳優達がそれぞれ礼服や十二単を着て夕菜の周りに来た。彼等はこの時代においても彼女の周りにいるらしい。
「ですがあの御方も負けてはいませんな」
「確かに」
若手の俳優と大柄な俳優もいた。やはり礼服を着ている。
「今日もまた引き分けですか」
「そしてまた明日も」
「負けはしません」
今は親王になっている夕菜は落ち着き、それでいて気品に溢れた声で彼等に対して返した。今も周りにある花霞を感じながら。
「私は。決して」
「勝たれるおつもりですね」
「その通りです」
今は十二単の女官になっている女優にも優雅に返す。その演技は先程のくの一のものとは全く違っていた。明らかに男、しかも貴公子のものであった。
「負けず。そして勝ちます」
「そうですか。それでは明日こそ」
「勝ちましょう」
「はい」
(ですが)
ここでは完全に親王になっていた。そのうえでの心の言葉である。
(私は。本当はあの人のことを)
目には花も周りの者達も見えてはいなかった。ただひたすらあの優雅な朝香を想っているのだった。だがそれは決して言えずに。この時代から移るのだ。
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