ルドガーinD×D (改)
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四十六話:君へと捧げる鎮魂歌
二匹のルルの出来事以来、元気のないミラを心配しながらも借金を返していたルドガーの元にヴェルから最後の道標の発見を知らせる電話が来る。そのことに有頂天になったエルに急かされながらクランスピア社にルドガーは行く。
『お疲れ様です。お待ちしておりました』
『つかれてないから、すぐに最後のミチシルベ見つけに行くよ!』
クランスピア社に着いたルドガーとエルをヴェルが出迎える。そんなヴェルに早くカナンの地に行きたいエルがルドガーを急かすがそれは出来ないとヴェルが言う。それはどういうことかとルドガーが怪訝な顔をするとヴェルが手短に答える。
『精霊マクスウェルと思われる物体が分史世界進入の障害になっているのです』
『ルドガー!』
マクスウェルが邪魔をしているという言葉に驚愕の表情を浮かべるルドガーの元にジュード、ミラ、ガイアス、ミュゼが揃ってやってくる。そして何があったのかと事情を尋ねるとエルが両手を勢いよく振りながら答える。
『ごめん、話してるヒマないの! 最後のミチシルベをマクスウェルがジャマしてて大変だから!』
『マクスウェルが……』
ミラが、マクスウェルという名に反応する。そんなミラに対してルドガーは間違いなく二匹のルルの出来事を気にしているのだと察する。出来れば聞かせたくなかったとも思ってしまうが全ては後の祭りだ。その後、詳しい事情を聞くために全員でビズリーの待つ社長室へと向かう。
『遅かったな、ルドガー』
余程、事態は急を要するのかビズリーがルドガーにそう告げる。そして同時にルドガーの後ろに居たガイアスに気づき、珍しく声を上げながら面と向き合い、自己紹介をし、握手を交わす二人だったが、その空気は和やかな物ではなく凄まじい威圧感を放っていた。その事に黒歌達は改めてこの二人がただ偉いだけの人物ではないと感じる。
『しかし、よろしいのですか? 和平条約の調印直前に無用心では?』
『問題ない。それで、何が起きた?』
ガイアスの問いにビズリーは頷き、ヴェルに視線を向ける。そしてヴェルが説明を始める。
ヴェルが言うには最後のカナンの道標が存在する分史世界を探知したのだが、時空の狭間に障害物が存在し、進入点を塞いでいるというのだ。そしてリドウも進入を試したらしいのだがはね返されたと言う。そして一体何がはね返したのかというと―――
『四大精霊の力でな』
『四大の力!?』
『ミラ!』
『そう、ミラ=マクスウェルが最後の道標の壁になっているのだ』
『クロノスに飛ばされたんだ』
ビズリーが進入点を塞いでいるのは四大精霊の力、つまりはそれを従える精霊の主、ミラ=マクスウェルが壁になっていると言う。それに対して四大が一緒なら、時空の狭間から抜け出すくらい出来るはずとミュゼが言うが、現実としてミラ=マクスウェルが戻ってこない以上は戻らぬのか、それとも戻れぬのかという事だ。
『とにかく、ミラ=マクスウェルをなんとかしなければ道標は手に入らない』
『ミラ=マクスウェルを戻す方法なら、わかっているわ』
ミラが突然そう呟き、部屋から走り去っていく。ルドガーはなぜミラが走り去ったのかを理解しているために苦しそうな顔をしながらジュードとエルと共にミラを追っていく。そんな後ろ姿を彼にはどうしてこうも苦難ばかり降りかかるのかと思いながらゼノヴィアは追っていく。
ミラは海を何も焦点の合っていない目で見つめながら佇んでいた。そして空はどんよりと曇りまるで今の彼女の心を表しているようであった。ルドガー達はそんな簡単に壊れて消えてしまいそうな寂しげなミラの背中を見つめる。
『ルドガー……ミラがなんか変なんだよ』
『…………っ』
『気づいているんでしょう?』
エルに話しかけられてなお、苦しげな表情を変えることのできないルドガーの心境を知ってか知らずか、ミラがルドガーにそう尋ね、振り返って寂しげな目をルドガーに向ける。
『ミラ=マクスウェルを復活させる方法……だな』
『そう、マクスウェル復活の障害は……私よ』
『どういう、こと?』
子どもゆえに分からずにミラに尋ねるエル。そんなエルに対して淡々と説明を始めるミラ。黒歌達にはその姿は自分を蔑んでいるようにも見えた。
『正史世界では、同じものは同時に存在出来ない。あなた達のミラがこの世界に戻れないのは、私が、ここにいるせいなのよ』
『待って、ミラさん―――』
『ミラ=マクスウェルを、この世界に復活させる方法はひとつ―――』
ジュードの言葉を遮り、ミラは吐き捨てる様に続けた。
『私を殺せばいい』
その言葉に分かっていたものの心の整理が出来ずにルドガーは声を上げてしまう。そしてイッセーはそんな馬鹿なことがあっていいのかとミラを悔しげに見る。アーシアも同じような顔で自暴自棄になって自らを殺せばいいと言うミラを涙ながらに見つめる。
『殺す……?』
『子供の前でやめろよ』
いつから話を聞いていたのか、アルヴィンが現れ、ミラを咎めた。それに対して事実だからしょうがないと投げ槍気味にミラが話すがアルヴィンはそんなことを言って揉めてる場合じゃないと話し、ガイアスから、アルクノアがテロを計画してるって連絡があったことを伝える。
『まさか、平和条約の調印式を!?』
『多分な。で、大事になる前に抑えたいから、手を貸してくれってさ』
この大変な時に何をしてくれているんだと、黒歌達は第三者であるにもかかわらず思わず思ってしまう。そして、アルヴィンのどうするという問いかけにジュードは手伝いに行くと答える。さらにルドガーも。
『俺達も手伝うよ。なあ、ミラ』
『え? 私も?』
『ミラー』
まさか自分も呼ばれるとは思っていなかったのかポカンとするミラ。そんなミラの手をエルが引き、ルルが促すように鳴く。ミラはそんな様子に苦悶の表情を浮かべて悩んでいたがやがて折れてわかったと言った。しかし―――
『中途半端な同情が一番……』
その苦しみから解放されたわけではない。ルドガーに同情ならやめてくれとばかりに吐き出し不安げにその瞳を揺らす。
『同情なんかじゃない、俺は君の事を本気で……』
ルドガーはそんなミラの言葉に聞こえないように小声で何かを呟きガイアスに合流するため、調印式が行われるマクスバードへと足を向けた。その時のルドガーの顔がミラと同じぐらい酷く苦しげで切なかったのを黒歌達は傍にいけないことを悔しがりながら見つめる事しか出来なかった。
『来たか』
ルドガー達がマクスバードに着くと、ガイアスが厳しい表情で待っていた。そこでジュードが状況を確認すると、街に潜伏したアルクノア兵を水面下で検挙中らしい。その手際の良さはまさに一国の王を務めるにふさわしい物だろう。
『出来れば表沙汰にしたくないもんな』
『こっそり消してなかったことにする―――あなた達の得意技ね』
アルヴィンが表沙汰にしたくないと言うとミラがルドガーを睨みながら皮肉を言い放つ。それに対してルドガーは真実であるために何もいう事が出来ずにばつが悪そうに黙り込むしか出来ない。そんなルドガーを庇うようにジュードがミラを止めようとする。
『……何があった?』
その余りにもぎすぎすした雰囲気にガイアスが問う。
それに対してルドガーが答え辛そうに返す。
『ちょっと……な』
『確かに『ちょっと』よね。世界を消すのに比べれば、私を消す事なんて……』
悲しそうな目をしたままルドガーを見つめてそんなことを言うミラにルドガーは何かを言いかけて、口を閉じる。そんな様子にガイアスがルドガーを睨んでマクスウェルを消すのかと問いかけ、一触即発の空気が流れる。
『ケンカしないでー!』
そんな空気を嫌がったエルが大きな声でそれを止める。そしてジュードが調印式まで時間がないことを聞き、ガイアスが街中のアルクノアは抑えた事と、あとは外部からの進入を防げばいいと話そうとしたところで、第三者が現れる。
『あー、くっそ騙された!』
『マルコ!』
『げ……アルヴィン!?』
アルヴィンがマルコと呼んだ男はアルヴィンの姿を見て、一目散に逃げ出す。アルヴィンは、誰? と問うエルに、アルクノア時代の知り合いだ、と答えてマルコを追った。
『ミラ!』
『ええ……』
『一つ、言っておく』
立ち止まっていたミラにエルが声をかけ、ルドガー達もマルコを追おうとしていた時、ガイアスが口を開いた。
『なすべきことの為なら、己の消滅にさえ立ち向かう。ミラとは、そういう女だ』
ガイアスは顔色一つ変えずにミラにそう言う。言外にこの世界の為に死んでくれと言っているようなものだが、ガイアスは王として眉ひとつ動かさずにそれを言いのけた。この世界の為に汚れ役を進んで引き受けたのだ。ただ、アーストとしてはどう思っているかは定かではない。その姿にリアスは王としての在り方を改めて考えることになる。
『私には、もうなすべきことなんて……』
自分にはもう何もないから生きている意味がないとばかりにミラはそう零し、マルコを追うために駆け出す。その後ろ姿はまるで全てから逃げようとしているようにも見えた。そんな様子を見ながらルドガーは下を向いて顔を歪めながら呟く。
『……人は何かのために生まれなければ、生きられないのか? ただ生きたいと思うのはダメなの事なのか?』
ルドガーの問いに答える者は誰もいない。場面はそこで移り変わる。
マルコから聞き出した情報から街に潜らされたアルクノアは囮で、本命はマルシア首相が乗った、旅客船ペリューンだと言うことを知り旅客船ペリューンにルドガー達が乗り込んだ場面になっていた。ルドガー達はマルコを囮にして見張りをどうにかしようとしたが徹底された管理で取り付く島もなく、マルコは取り押さえられそうになる。
『やばいぞ。奴ら徹底してやがる』
『作戦変更だ!』
アルヴィンの呟きにルドガーが強行突破に作戦を変更しアルクノア兵に襲い掛かる。そしてそれと同時にミラも飛び出し、片方のアルクノア兵の相手をする。
『こいつは私が!』
『舐めるな! 死ね!』
『あぁ……』
しかし、冷静さを失っているミラはアルクノア兵に倒され銃を突きつけられてしまう。それを見たルドガーがすばやく骸殻を開放しアルクノア兵の背中を切り裂いてミラを救う。ミラは今まさに死にかかった事に茫然としながらもゆっくりと立ち上がる。
『油断すんなって。死んじまうぜ?』
『……その方が、よかったんじゃないの?』
『いいわけあるかっ!!』
アルヴィンの言葉に若干下を向きながら皮肉気に言い返すミラだったが、普段は人に対して滅多に怒鳴らないルドガーが怒鳴ったためにビクリと震えてしまう。エルとルルもルドガーの普段とは違う様子から若干怯えた様子で見る。因みにギャスパーはどこからか取り出した段ボール箱に飛び込んでいた。
『なによ……全部あなたのせいじゃない! それなのに自分勝手に―――』
『ああ、そうさ。俺は自分勝手だ! 自分の目的の為に世界を壊したり、人を殺してる、最低の人間だ! ミラの事だって全部俺の自分勝手の責任だ。だから、この際、自分勝手に言わせてもらうぞ―――』
ミラの言葉を遮り、ルドガーが一気にまくしたてる。そんなルドガーの様子にジュード達だけでなく黒歌達も呆気にとられている。それほどまでにルドガーが伝えたいこととは何なのかとミラは怒りも忘れてルドガーが再び口を開くのを黙って見る。
『生きる意味がなくていい。なすべきことがなくていい。だから―――生きてくれ、ミラ!』
ルドガーは全力で嘘偽りの無い思いの丈をぶつけた。今まで罪の意識故に言えなかったがもう、そんなことを考えることもなかった。ただ、ミラを救いたい、ミラに生きて欲しい、それだけだった。ミラはその言葉に声が出なかったがしばらくして涙を流し始める。
『あなたって本当に自分勝手ね……最初は私を殺すつもりだったのに今は生きろ、だなんて……』
『ああ、それが俺なんだ』
『エルもミラが死んじゃやだよ。エルのミラってミラだけだし。それにエルはミラのスープ好きだし』
泣きながら話すミラにルドガーは笑いながらそれが俺だと言う。そしてエルはミラのすぐ傍に行き見上げながらミラのスープが好きだと話す。ルルもミラの足に体を擦りつけて励ますように泣き声を上げる。
そんな様子にミラはこの世界に来て初めて生きていてよかったと思う。黒歌もそんなミラの気持ちが分かったのか嫉妬の感情を起こさずに……少しは起きているかも知れないが小猫に制裁を加えられることにはならなかった。
『スープ……これが終わったら、また作ってあげる』
『つくってくれるなら、たべてあげるよ』
ミラが涙を拭きながらそう答えるとエルが満面の笑みで食べてあげると言う。そんなエルの笑顔に元気づけられたのか、ミラも柔らかな笑みを浮かべてエルに笑いかける。その顔は同性であるヴァーリやリアスから見ても綺麗なもので、異性であるルドガーは思わずその笑みに見とれてしまっていた。
『さてと、早いとこ終わらせてエルにスープをごちそう出来る様に俺達も頑張ろうぜ』
『うん、そうだね』
それを見ていたアルヴィンの言葉にジュードも力強く頷く。そしてルドガー達はマルシア首相達を助け出すために駆け足で中央ホールへと向かうのだった。そんな様子を黒歌は不安げな顔で見つめる。その事に気づいたアーサーが何事かと問いかける。
「どうかしましたか?」
「うーん……なんだか、すっごく嫌な予感がするにゃ」
「確かに、あの様子だとこの船から出る時には二人はゴールインなんて可能性もあるわね」
「そういうのじゃないにゃ! ……少しは嫉妬してるけど。でも、そんな感じの予感じゃないにゃ、何だかルドガーが苦しみそうな気がするにゃ……」
嫌な予感がすると言う黒歌に対しヴァーリが茶化すようにそう言うが黒歌の顔はそれでも晴れなかった。予感というものは嫌なものほどよく当たると相場が決まっている。故に彼女の予感は当たってしまう事になる。最もここが記憶の中である以上はどれだけ察知しても変えられないのだが。
場面は変わり、ルドガー達が中央ホールに辿り着いた場面だった。中は不気味なほど静かで、ルドガー達が慎重に進んでいると女性の叫び声が聞こえた。
『近づいてはいけません!』
『余計な発言はお控えを』
『リドウさん……なんであなたが!?』
リドウはニヤリと薄気味悪く笑い、ルドガーを見る。そんなリドウに対して本来ならば味方であるにもかかわらず、ルドガーは警戒して睨みつける。そんなルドガー達を無視してリドウは歩いて縛られている男性の元に行き彼を蹴り飛ばす。そんな行動に黒歌達もやはり嫌な奴だと思い顔を歪ませる。
『マクスウェルの召喚を手伝ってやろうっていうのに、そんな顔するなよ』
そう言って骸殻を発動させたリドウがルドガー達の目の前から一瞬で消えた。そして気づいたときにはアルヴィンの後ろに回り込んでおり軽々しく蹴り飛ばした。ルドガーはすぐに双剣を抜いて、後ろから放たれた攻撃を防いで距離を取るが、すぐに距離を詰められ、不利な状況に陥る。そこにミラが援護に入るが、リドウに蹴り飛ばされ、床に倒れる。
『マクスウェルの召喚?』
『我が社にはその術式があるんだよ』
激しい戦闘をしているのも関わらずリドウは余裕綽々と言った表情でミラの問いかけに答える。そんなリドウに対してアルヴィンが銃と剣で攻撃を繰り返しながらリドウに嫌味ったらしく声を掛ける。
『ハッタリにしては三流だな』
『クランスピア社が、マクスウェルを最初に召喚した人間、クルスニクが興した組織でも?』
『ミラ=クルスニクが?』
その事実に衝撃を覚え思わずリドウに確認してしまうルドガー。黒歌達もクランスピア社という大企業が、元々クルスニク一族が作り上げたものだと知り驚きを覚える。二千年以上も続いていることも驚きではあるがそれ以上にルドガーがこのようなことを一切伝えられていないという点である。ルドガーは今回の件においてもリドウが来るなど知らされていない。クランスピア社への不信が黒歌達に生まれはじめる。
『条件はやかましいんだが、まず必要なのは生体回路―――』
『しまっ―――!』
リドウが抵抗できなくしたジュードとアルヴィンの二人を吹き飛ばし、壁にはりつけする。
そして同時にあらかじめ用意してあった黒匣が発動して、二人を包む。そこでミラがリドウに斬りかかるが、逆に剣を足で蹴り飛ばされる。リドウはバク天をして、ホールの中央から退き、何かを始めようとする。
『で、隠し味は―――生け贄だ』
突如としてホールの中央にポッカリと穴が空き、奈落の底へと続くかのようにそこがない闇が顔を覗かせる。そしてちょうど、ホールの中心部分に居たミラはその穴の中に吸い込まれるように落ちていく。
『あああっ!』
『ミラァァァッ!』
ルドガーはすぐさま骸殻を発動させ、ミラの元へと駆け寄っていく。そして今まさに落ちていこうとするミラの手を掴むために槍を支えとして地面に突き立てて可能な限り身を乗り出してミラの手を掴むことに成功する。その事に思わず、ホッとして息を吐き出すイッセーだったが、まだピンチを脱したわけではない。
『ルドガー! ミラ!』
『リドウーっ!!』
エルがルドガーとミラを心配して大声で二人に呼びかけ、磔にされた状態のジュードは余りの怒りに普段の丁寧な口調もなくなり怒りの雄叫びを上げる。そんなジュードに対してリドウはあざ笑うかのように声を掛ける。
『素直になれよ、ジュード・マティス。会いたいだろ、愛しのマクスウェル様にさ』
『この! このっ! これ、止めてよっ!』
『大人気だね。ニセ者』
ニヤニヤとしながらミラが落ちそうになっているのを見つめるリドウにエルがその小さな手でミラの剣を持ち上げリドウに叩きつける。しかし、所詮、子供の力ではリドウに傷一つ、つけられるはずもなくリドウはミラを偽物呼ばわりしてその状況を楽しむ。
『ニセ者じゃないし! ミラは……ミラだよ!』
その言葉にミラはエルを見つめる事しか出来ない。しかし、そんなエルをリドウは軽々しく蹴飛ばし。そのまま倒れ伏すエルにナイフを向けてゆっくりと歩いていく。危機的状況のエルを見てルドガーとミラはすぐに助けなければと思うがミラの手を離す事がなければエルの元にはいけない。そんな絶望的な状況に見ている黒歌達は言葉を失う。
『は、離して! このままじゃ……』
エルを助けるために自分の手を離して助けに行ってくれと懇願するミラの手を絶対に離さないという想いを込めてルドガーはさらに強く握りしめる。しかし、内心ではこのままではエルが殺されてしまうとも焦っていた。だが、彼はその手を離すことはしない。彼女も……ミラも彼にとっては掛け替えのない大切な者だからだ。
『そんなこと言わないでくれ…っ。俺には世界を壊すことは出来ても君を見殺しにすることなんて出来ないんだ!』
『あきらめちゃダメ、ミラー!』
『お前は、諦めろ!』
必死に叫び声を上げてミラを助けようとするルドガーとエル。しかし、現実というものは残酷だ。リドウがナイフを振り上げエルの体に突き立てる構えを見せる。その事にルフェイがやめてと悲鳴を上げるが勿論リドウには聞こえない。もっとも聞こえたところで聞き入れる可能性はゼロだろうが。
『しっかりしろ! 誰がエルのスープをつくるんだ!』
『……ごめん。あなたがつくってあげて』
ルドガーの言葉に最後に無理やり作ったような笑顔を浮かべてそう告げるミラ。その事に反応してさらに強くミラの手を握るルドガー。彼は彼女に恋をしていた。初めは罪悪感から気にかけていたが徐々に彼女に惹かれ今は本心から彼女の事を想っている。
しかし、ずっと彼女の世界を壊してひとりぼっちにしてしまったことに罪の意識を抱いてその想いを伝えることは出来なかった。だからこそ、これが終わったら想いを告げようとしていた。だが、彼女が死んだら元も子もない。
一方の彼女もまた彼に恋をした。自分の世界を壊した張本人故に最初は憎んでいた。しかし、彼はどんなに憎まれ口をたたいても自分の傍に居てくれた。彼のアイボーと一緒に自分を“ミラ”として見てくれた。本気で自分の事を心配してくれた。生きていてくれと言ってくれた。
そして自分の事を彼のアイボーと同等、またはそれ以上に大切にしてくれている。痛い程に自分の手を握る彼の手がその証拠だ。そこまで分かった彼女にはもう迷いはなかった。なすべきことがなくてもいいと彼は言ってくれたが、自分は今なすべきことを見つけたのだ。自分の大切な者達を守る―――その命を賭して。
『―――――』
最後に彼にしか聞こえない言葉を残して彼女はその手を自分から振り解く。茫然とした表情の彼を見て少し心が痛んだが、これが自分のなすべきことなのだと自分の心を納得させる。そして痛い程に握られていたために彼の手形が残った手が不思議と嬉しかった。その温もりを最後まで感じていられる気がして。
『お願い! エルをっ!』
「うそ……ですよね」
暗い奈落の底へと落ちていくミラを見てアーシアが嘘であってほしいと呟く。他の者も余りにも残酷な現実に打ちのめされ、ただ、ミラが消えた穴を見る事しか出来ない。そして祐斗は思い出す。ルドガーがかつてリドウは俺から大切な人を奪った奴だと言っていたことを。それがこの場面なのだと分かりルドガーのこの時の心境を思いやる。
そんな時だった、突如として穴から青い光の波動が噴出してきてエルとリドウそしてルドガーを吹き飛ばす。そして、その中からある一人の女性が華麗に宙を舞い、地面へと舞い降りる。そして彼女の後ろには、ウンディーネ、イフリート、ノーム、シルフの四大精霊が付き従うように現れる。その姿に驚きながらもジュード達はゆっくりと彼女に近づいていく。何故ならそれは彼等がよく知る人物だったからだ。
『ミ……ラ……』
そう声にするジュードの口を彼女は指で塞ぐ。ルドガーはそんな彼女の登場にも気づいているのか分からない程、茫然自失し彼女の手を離した左腕を見つめて俯いているだけだった。朱乃はその様子をみてかつて自分を守る為に母が死んだときの自分を思い出す。そんな重苦しい空気の中リドウが待っていましたとばかりに場違いな拍手をしながら彼女の名前を口にする。
『やっとお出ましだね、ミラ=マクスウェル!』
そんなリドウの言葉を無視してミラ=マクスウェルはエルの元に歩いていき、戸惑うエルに凛とした声で話しかける。
『その剣を貸してもらえるか?』
『………………』
『ありがとう』
ミラは無言でエルから差し出された“ミラ”の剣を受けとり、礼を言う。そんな様子を茫然と見ている黒歌達はそこで彼女が“ミラ”でないことを理解する。そしてミラはジュード達の前に戻り、リドウへとその剣の切っ先を向け力強い声で言い放つ。
『相応の礼をさせてもらおう』
その言葉に従い、リドウに向けてイフリートから放たれる業火球、ウンディーネによる水の砲丸、シルフの風の刃、そしてノームにより大地の棘。それをリドウは壁を蹴って上空に上りながら巧みにかわしていき地面に降り立ちナイフを構える。
『あ、そう。大精霊って、寝起き悪いんだ』
そう言って斬りかかって来るリドウをミラが剣で受け止めそして弾き返す。そしてリドウが下がった所目掛けて先程まで俯いていたルドガーが悲痛な叫びをあげながら斬りかかっていく。
『あははは! 面白くなってきた!』
『うおおおおおっ!!』
『何だよ、ルドガー君。もしかしてニセ者に惚れてたのか?』
『これ以上、俺とエルのミラを侮辱するなあああああっ!!』
ホールに響き渡る悲しみの咆哮は今、彼が彼女に捧げることのできる唯一の鎮魂歌だった。そんな悲しみの歌を黒歌は悲痛な面持ちで聞いていた。自分の彼氏が自分以外の女性の為に悲しんでいる姿に思うところがないわけではないが、それ以上に彼の悲しみを癒してあげることが出来ないことが苦しかった。
そして、なぜ彼が自分に刃を向けてまで自分を守ろうとするのかの一端を知った。彼はもう二度と愛する人を失いたくなのだと。それこそ、手を振り払う力を奪ってしまってでも。
その後、戦いはルドガー達の勝利に終わりリドウは逃げ去って行ったが、無事にマルシア首相を助け出すことには成功した。しかし、ルドガーの顔には笑顔など欠片もなかった。なぜなら―――
『ね、ルドガー……ミラ……は?』
『もういない―――どこにも』
彼とアイボーにとってのミラはもうこの世のどこにも存在しないのだから。
あの後一先ず、マクスバードに戻ったルドガー達は港で心配して駆けつけて来た仲間達と顔を合わせる。そしてミラ=マクスウェルとの再会に喜ぶ仲間達だったがエルとルドガーだけは笑顔は見せなかった。ミラ=マクスウェルは彼等のミラではないからだ。
そして、その事実に幼いエルは耐え切れなくなり自分の“ミラ”とは違うミラがミラと呼ばれるのが聞きたくないと言って走り去っていってしまったのだ。その事にルドガーは自分自身も心の整理が出来ていなかったがエルを一人にするわけにはいかずに追っていく。
そして一足早くエルを見つけていたルルと共にエルを挟み込む様に座り一緒に寂しげな目で海を眺める。
『ルドガー……どうして……どうしてミラを助けてくれなかったの? ルドガーもミラの事好きだったのに……』
『ミラが……望んだんだ』
『自分が消えちゃうのに? そんなの変だよ……』
ルドガーが、ミラが望んだことを伝えると目に涙を溜めておかしいと呟くエル。祐斗はかつての同士が自分を逃がすために死んだことを思い出し、エルの気持ちを察する。しかし、ルドガーはエルに何も言葉をかけてやれずに辛そうな顔をするが、その時、後ろから声を掛けられる。
『ミラは、お前を守りたかったのだ……勿論、君もだ』
『なんでそんなの!』
後ろから声を掛けてきたのはミラ=マクスウェルだった。そして仲間達も二人を心配してか全員揃っていた。しかし、エルはまだ感情の整理が出来ずにミラ=マクスウェルに当たり散らす。しかし、ミラ=マクスウェルはそれを当然の責任として正面から受け止め冷静に返す。
『わかるのだ。違うミラだが、同じミラ=マクスウェルだから』
彼女はエルの足元にまるで騎士のように跪き剣を抜き、誓いを立てる。
『彼女を犠牲にしたことは言い訳しない。エル。私はお前に誓う。もう一人のミラの生を無駄にしないと』
『子どもに、むずかしいこと言わないでよ……』
『では、少し言い方を変えよう。私は、お前と一緒にカナンの地へ行く。私のなすことを見届けて欲しい』
そう誓い立てを終えたミラにガイアスがただ事ではないと気づきカナンの地で何が起こっているのかと尋ねる。それに対してミラは時空の狭間で分史世界が増えすぎて魂の浄化に限界がきているのを見たと答える。
『カナンの地は、全時空で唯一、魂を循環させている場所。増殖した分史世界の魂―――浄化すべき負が、全部カナンの地に流れ込んでいるのね』
それに対してミュゼが察し良くどういうことかを理解する。そして全ての分史世界を消さなければ、遠からず浄化は破綻し魂のエネルギーは拡散し、負は濃縮されていくというのだ。そしてそのどちらかでも世界は滅んでしまうだろう。
『浄化が破綻するとどうなるの?』
『負から発生する猛毒―――瘴気が溢れ出すだろう』
そしてそれは、人間、精霊、双方の死を意味する。余りのスケールの大きさに若干現実味が湧かないまでも相当不味いという事をイッセーはなんとか理解する。そしてエリーゼが大精霊オリジンは、なんとかしてくれないのかと聞くが、その価値が人間にあるのかどうか試すのが、オリジンの審判なのだとミュゼに言われる。
『……つまり、カナンの地に辿り着き、審判に合格してみせるしかないわけだな』
『そして大精霊オリジンに願うのだ』
『すべての分史世界を消滅させてくれ、って』
それはつまり、全ての分史世界の人間を皆殺しにしてくれと願うという事だ。その事が分かった黒歌達は今更ながらにルドガーのやっている行動の重さを知る。しかし、だからといってルドガーは足を止めるわけにはいかない。エルと一緒にカナンの地に行くと、こわくても、つらくても、いっしょにがんばると約束したのだから。彼は足を止めない。
例え―――再び大切な何かを失う事になっても。
あれからヴェルから連絡があり、現在時空の狭間がかなり不安定になっており、最後の道標がある分史世界に進入可能なレベルに落ち着くまで、少し時間がかかると言われて準備が整うまで待つことになったルドガーは自宅に帰る。
そして、ミラを失ったショックが大きく、まだ精神が不安定なエルを寝かしつけて、ルルに子守を頼み自分はマンションの外の広場に行き、一人ベンチに座り黙って雲で隠れたために一つしか見えない月を見上げる。そんなルドガーの元に一人の女性が現れる。
『ルドガー……少し君に話したいことがあるのだが』
『……ジュードにでも俺の家の場所を聞いたのか?』
『もう一人の私を通して私は今まで君達を見てきた。その影響だ』
『そうか……それで話ってなんなんだ―――“ミラ”』
ルドガーは振り返ってミラ=マクスウェルを見る。彼女と同じ金色の髪、彼女と同じ輝くルビーのような瞳。彼女と瓜二つだ。しかし、彼の求めているミラではない。そんな当たり前の事実にルドガーの胸は締め付けられるように痛む。そして同時に彼女と同一視していない自分に安堵する。ミラはミラだったのだと。
『もう一人の私は君に伝えたいことがあった。それを伝えに―――』
刹那、ルドガーの双剣がミラ=マクスウェルの首に突き付けられる。そのことに思わず、ギャスパーが悲鳴を上げるがミラ=マクスウェルは眉ひとつ動かさずに、俯きながら剣を突きつけて来るルドガー見つめるだけだった。
『やめてくれ……ミラがどんなに俺に伝えて欲しいことだったとしても……ミラ以外からは聞きたくない!』
腹の底から声を絞り出して震えながら話すルドガーの姿が黒歌には今にも壊れてしまいそうなほど脆く見えた。だが、それでも彼は壊れずに立っている。その心の強さにヴァーリはこれこそが彼の本当の強さなのだと理解する。
『そうだな……すまない。君の気持ちをもっと考えるべきだった』
『いいんだ。元々悪いのは全部、俺なんだから……お前が気にすることじゃない。……それと、いきなり剣を突きつけてゴメンな』
ルドガーは剣をゆっくりと引き、しまう。そして顔を上げて無理やり作った笑顔で笑いかける。その顔にミラ=マクスウェルは悲しそうな表情を浮かべるが何も言わずにルドガーを見つめるだけだった。黒歌達もルドガーという人間は辛い時でも無理やり笑顔を作って他人を安心させようとする人物だと知っているのでルドガーが無理をしているのを察する。
『さっき、俺さ……馬鹿な事考えていたんだよ。“ミラ”を殺したら、もしかしたら彼女が帰って来るんじゃないかって……でも、そんなことないよな。彼女は……もうどこにもいないんだから』
つい先ほど、自分を殺そうとしていたと言われたのにも関わらず、ミラ=マクスウェルはルドガーに向けて微笑みかける。その微笑みは大変、美しかったのだがルドガーにとってはミラがもうどこにもいないのだと実感させるだけで余計苦しくなるだけだった。それでもルドガーは前を向いて進む足を止めようとは思わない。そんな覚悟を感じ取ったのか、ずっと黙っていたミラ=マクスウェルが口を開く。
『君は強いな……』
『強くないさ、ただ、エルと約束したから。ミラに託されたから、俺は進み続けるんだ。これから先……どんなことがあっても』
『そういうところが強いというのだ……そろそろ、私は帰らせてもらおう』
ルドガーの返事に満足げに頷き、話すこともなくなったとルドガーに背を向けて帰ろうとするミラ=マクスウェルだったが何かを思いついたように突如として足を止める。そんな様子に見送っていたルドガーは不思議そうな顔をするが直ぐにミラ=マクスウェルの言葉に目を見開く。
『もう一人の私ではなく、私が君に伝えたいことがあったのを忘れていたよ。
もう一人の私を―――愛してくれて……ありがとう』
振り向きざまにそう言ってほほ笑む一瞬……“ミラ”に彼女が重なって見えた。ルドガーはそのまま歩き去って行く“ミラ”の後ろ姿をしばらく茫然として眺めていたが、ふいに目頭を押さえて証の歌を途切れ途切れながらに歌い始める。その歌を聞いた黒歌達がそのもの悲しさに涙を流す。エルが泣いていないのだから自分も泣くわけにはいかないのだと必死に自分に言い聞かせて涙をこらえるルドガーの代わりに。
その歌は、ただ一人、愛した君へと捧げる―――鎮魂歌。
後書き
最後のは完全にオリジナルですが入れないと作者的に消化不良だったので入れました。
どう思うかは皆様にお任せします。
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