野原で
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3部分:第三章
第三章
「このしゃれこうべ。それで」
「埋めるだべか?」
ここでおゆりは言った。
「仏さんもここにずっといるよりはやっぱり土の中の方が」
「そうだべな」
唐兵衛も女房の今の言葉に頷いたのだった。
「やっぱりその方がな」
「そうだべ。いいだべ」
おゆりはここでまた言った。
「だから。ここはな」
「わかっただ。それじゃあ」
「とりあえず火に使えるだけは集まったし」
「そうだべな。丁度終わる時だし」
「向こうにでも埋めるだべ」
ここでおゆりは野原の離れを見るのだった。
「そんでどうだべか」
「そんだな。そうすっか」
「んだな。それじゃあ」
こうして二人はそのしゃれこうべを拾い土の中に埋めて供養することにした。持って来たその鎌で土を掘りそうして穴を作りその中に埋めようというのだ。月明かりを頼りに穴を掘ってそのうえでしゃれこうべをその中に入れる。ところがその時であった。
「有り難いのう」
不意にそのしゃれこうべが言葉を発してくれたのだった。
「わしを埋めてくれるというのか」
「んっ!?しゃれこうべが話した!?」
「何だべ、これって」
「いやいや、驚くことはないぞ」
しゃれこうべは今度はこんなことを二人に対して言ってきた。
「それにはな」
「んだどもしゃれこうべが話すなんて」
「そんだこと」
「驚くことはないというのだ」
しゃれこうべはまた言ってきた。
「それはな」
「なしてだ?」
「わしとてかつては生きていた」
しゃれこうべはこうも唐兵衛達に言ってきた。
「今は死んでおるがな。しかし魂は残っておってじゃ」
「そんで話せるだべか」
「左様。実はわしはな」
「しぇれこうべさんは?」
「何処の誰だべ」
「かつてここの殿にお仕えしていた浜崎信義という者じゃ」
「んっ!?名字があるつうことは」
ここで二人はあることに気付いた。
「お侍さんだべか?」
「お侍さんがどうしてこんな場所に」
「戦でのう」
この言葉から彼がかなり昔に生きていたことがわかる。
「昔この辺りで戦があったのじゃ」
「それって何時頃だべ?」
「戦なんて」
「なあ」
当然二人は戦と言われても知っている筈がない。大阪の陣からもうかなり経ってしまっていたからだ。
「そんなもんあっただか?」
「おら達の生まれるずっと前だべ」
「その通りじゃ」
その浜崎信義と名乗るしゃれこうべは今度はこう二人に答えてきた。
「わしはもうかなり前の人間じゃ」
「そうだか。やっぱり」
「そんでそのお侍様がまたどうして」
「わしは戦で死んだ」
今度はこう言ったのであった。
「もうな。見事なものだったぞ」
「見事って?」
「何がですか?」
「見事に首を切られたのじゃよ」
こう二人に話してきたのだった。
「刀が横薙ぎに来てな」
「それでですか」
「首が」
「あっという間じゃった」
また言うのであった。
「気付けばしゃれこうべになっておった」
「今のお姿にですか」
「いやいや、死んだらのう」
しゃれこうべは動かないがその声はからからと笑っていた。
「もう一旦寝るとそのままになってしまうのじゃよ」
「そのままなんですか」
「左様、そのままじゃ」
また二人に言ってきた。
「ちょっと寝ただけで普通に十年とか二十年経ってしまう」
「それって何か」
「考えられませんけれど」
「生きておるうちはわからんよ」
信義のしゃれこうべは二人に対して語った。
「生きておるうちはな」
「死んでからですか」
「そうじゃないとなんですね」
「その通りじゃよ。まあ死んだ者には死んだ者の世界がある」
「死んだ人間の世界がですか」
「それは地獄とか極楽とかいうものですか?」
「ちと違うな」
それは違うというのである。
「それはのう」
「違うんですか?」
「少しばかりな。行くこともできるが」
「ではどうしてここに?」
「ずっとおられるんですか?」
「わしの場合は行けないのじゃよ」
声が寂しげなものになった。
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